大河の源流には禁足地
「こちらにも、外交官が央の国の女王陛下に謁見したときの手記があります。こちらは比較的新しいものです」
大河の調査団が源流の禁足地に入ったと知り、女王は即、彼らの処刑を命じました。彼らは禁足地と知らなかったと言ったのですが、全く聞き入れられませんでした。
個人的な手記なので「央の国の女王、超怖。マジやべー」と感想がありました。
「禁足地? 初めて聞きました。昔はあったのでしょう」
エレーヌは時を経て変色した紙にそっと触れました。
「この者は、央の国で日食を見ております」
それまでの東の島国において、日食は太陽が欠ける不吉なこととして恐れられていたそうです。実は天体現象であること、いつ起こるか予測できることを、外交を通じて央の国から習得しました。手記には月食についての図つきの解説があります。
時はちょうど日食の日。外交官は、知識人から日食について説明を受けた後、央の国の女王や家臣と共に庭で日食を観測。そのとき、禁足地へ入った報告が届いたのです。外交官は、大河の源流は神聖な場所なのだろうと記していました。
『水害のときに生贄を捧げるところだから?』
エレーヌはそう思いました。それでも入っただけで処刑はやり過ぎだと。
東の島国の習わしが風流に行われます。神の子孫は央の国の大河を見てみたいといった内容の詩を読みました。
東の島国独特の詩は、エレーヌにはさっぱり分かりませんでしたが、その場にいる皆と一緒に拍手しました。
「お見事でございます」
「「「「ございます」」」」
話している途中、使いの者が「お越しになられました」と通達しました。
「総督が参りました。お会いしてはいかがですか」
武力と実権を持つ者は、総督と呼ばれているようです。
神の子孫から、総督に会うことを勧められました。願ったり叶ったりです。会いに行く手間が省けました。ここは西の都。総督の住まいは東の都です。港からと同じほど馬での旅をする必要があったのです。
現れたのは、武力を掌握しているとは信じ難い、穏やかな物腰の肌の綺麗な男でした。総督の着衣は金糸銀糸が使われた美しいもの。神の子孫に頭を下げるだけでなく、エレーヌ達よりも後ろに座って頭を下げたままです。
フォーは、会話をしたいので頭を上げて欲しいとお願いしました。すると、総督は神の子孫に許しを得てから普通の姿勢に戻りました。
聞けば、武力でのトップ争いが終わったのは何百年も前のこと。今は平和な社会が続いているそうです。
『だから、戦に縁のなさそーな外見なんだ』
神の子孫が民のことを考え、総督に命じて社会を統治するというシステムでした。
エレーヌは狐につままれたような気分です。
帰路、エレーヌはフォーに零します。
「武力と実権を握ってる総督がさ、神の子孫を乗っ取ったりしないんだね」
それにはアルバートが答えました。
「神の子孫に危害を加えるなどとんでもないことです。東の島国の人々は、裏切りや不義に厳しいのです。そのようなことをした人間など、誰もついていきません」
更に、神の子孫の方々はとても尊い存在なのだそうです。
異文化に囲まれた東の島国での旅は終わりを迎えます。
体力勝負の旅はハード。ゆっくり考える時間などありませんでした。宿は邪推したとおり一人部屋でしたが、狭く、隣の部屋との境は薄い板の引き戸。めくるめく夜に誘われる可能性は皆無。
最もエレーヌに影響を与えていたのは、自分とフォーが兄妹ではないと分かったことです。嬉しさよりも、どう進めばいいのか戸惑いました。東の島国に来るまではいちゃこらしていたというのに、です。
『フォー。どーして何も言わないの?』
フォーは不気味なほど、伯爵夫人とエレーヌが似ていることに触れません。
何も話さないフォーに対して「フォーが話さないんだったら、私も話さない」と、最初は向きになっていました。そのうち「どーして話してくれないの?」という気持ちが怒りに近くなりました。今は寂しく感じます。
『私はフォーだったらなんでも話せたのに』
エレーヌは、そんな心の声をすぐさま打ち消しました。フォーには、どうでもいいくだらないことをなんでも話せたのです。大切なフォーへの気持ちは、ずっと隠し続けてきました。
『嬉しいって言っちゃったけど』
フォーに触れられたことが嬉しかったとは伝えました。
小さなころから何年間も、フォーだけでなく、友達にも誰にも本心を話していません。話せるはずなどないのです。社会から逸脱した異常者、アウトロー、禁忌。そのような醜い中身を晒すなどもってのほか。エレーヌは、女王になるはずの人間でした。一点の曇りもないパーフェクトが求められます。
サードの「墓場まで持っていく覚悟、ある?」という言葉を思いましてしまいます。
『私、秘密を墓場まで持っていける人間かもしれない』
事実を知ったところで、なにが変わるというのでしょう。
『なんだかなー。他の人は、私達のこと兄妹って思ってるから、結局、状況は前と一緒』




