セカンド似エレーヌ似
エレーヌには、もう、フォーとの距離の取り方が分かりません。
近くにいて欲しいのです。誰にどう思われようと、フォーが触れてくれることの方が世間体より何倍も大切なのです。
御者は気づいています。ジジも気づいているでしょう。護衛は見て見ぬふりなのかもしれません。
部屋が3人部屋と2人部屋なことは幸いでした。もしフォーだけ1人部屋だったら、どうなっていたのか。エレーヌは自制心に自信がありません。
『ダメ』
踏みとどまらなくては。けれど、今後、東の島国での宿は、恐らくフォーは一人部屋。
唯一残されている突破口は、自分が取り替えられた赤ん坊であると確認することです。そうすれば、エレーヌの気持ちは禁忌ではないのですから。
眼球の白い老婆が浮かびました。エレーヌの頭の中で、老婆が語り始めます。
ーーー遠くの南の空がぁ血で染まった夜があったーーー
!
ファウストは、山火事か戦争だろうかと言いました。もう1人から、話を聞いたではありませんか。
ーーーこの火山が噴火したんです。地震の原因もたぶんそれですーーー
央の国の山岳地帯の山。夫婦は地震に乗じて駆け落ちしました。
「エレーヌ様、大丈夫ですか?」
ジジは常に傍に控えています。
「あ、ええ。風が冷たくなってきたから部屋に戻ろ」
狭い2人部屋。エレーヌはベッドの下の段に座ります。ジジはドア横のイスに腰掛け、置物のように気配を消しました。
がさり
エレーヌは、現寵姫からの地図を広げました。地図は、丸い地球が平面に表されるときに距離が歪みます。その地図は、東西の距離は歪みますが南北の距離は保たれている正距円筒図法。
央の国の都から噴火した山までを見ます。とうてい肉眼で山など見えない距離です。
もう1つ。央の国から北の国へ入り、遠く北の空が赤紫色に光っていたのを見た場所です。そして狐火を見た場所。この2つの地点は東西に離れすぎています。見た日も何十日と違います。
エレーヌは、北の国へ入り、赤紫色の空を見た日に、北の方角、北極に近い場所で狐火が出ていたと仮定しました。仮定した緯度は、実際に狐火を見た緯度です。狐火は、北極に近い場所で出ると聞いたからです。その地点と赤紫色の空を見た地点の距離を考えました。
すると、狐火が出た地点と見た場所は、央の国の都と火山までの2倍ほどの距離がありました。
噴火した山は見えなくても、空の色が赤く変わったことは見えた可能性があります。噴火は17年前のこと。
『私だ』
もし赤ん坊が取り替えられたとしたら、それは自分なのでしょう。夜の空の色が変わることなど、そうそうありません。
覚悟はしていました。理由から考えて、自分しかないと思っていました。それでも、地図の距離を測った指が震えました。
確認しなければ。確認してどうする。知っておかなければ。知らないでいいこともある。相反する気持ちが入り乱れます。
央の国にとって、暴いてはいけないこと。
『フォー』
エレーヌにとっては、どう生きるのかに繋がります。
フォーとラインハルトは、どこまで知っていて、どう考えているのでしょう。
東の島国に到着しました。
金銀銅がざくざく採れる国と聞いていたのですが、北の国のような、きんきらきーんはありません。これまでに見た、どこよりも目に入ってくる色が地味です。人々の髪も瞳も黒。服の色すら紺グレー黒。港の船は塗装されておらず木目調。船の上から見た街並みも、屋根はグレー、建物は木でした。
「島国だから、独特なのかな」
フォーの言葉に共感です。
「だね」
潮風の中桟橋に降り立ったエレーヌは、痛いほどの視線を感じました。
視線の主は、小柄で華奢な東の島国の人達の群れから、にょっきりと頭を出しています。目立ちます。その瞳は、エレーヌだけを凝視しています。
「お迎えにあがりました」
出迎えに来たラインハルトのいとこ、アルバートでした。数年前のセカンドに激似。声、佇まい、表情の作り方、笑い方までそっくりです。
「ヤベー」「似てる」「ちょっと」
護衛、御者、ジジは、ひそひそと目配せし合っています。
フォーは、そのことに触れませんでした。
荷物を馬に積みました。東の島国は、馬も小柄で華奢です。荷物を馬に積んでいるときも、エレーヌはアルバートからの視線を感じます。それは、女の子が憧れの人を見つめるようなものとは明らかに違い、まじまじといったものです。
そこから30分ほど歩きました。
「この国は馬車をあまり使わないんです。地面の起伏が多いので。馬に乗る人はいるのですが、なにせあのサイズ。1人しか乗れません。あの」
「はい?」
アルバートはフォーに何かを尋ねようとします。
「エレーヌ様、で、間違いありませんか?」
「「はい」」
エレーヌもフォーと一緒に返事をしました。
「母に似ています。私の母に。驚きました。さきほどから失礼なほど見てしまってすみません」
「そうなのですね。お会いするのが楽しみです」
答えながら、エレーヌは心のどこかで「ああ、やっぱり」と思いました。




