央の国の悲しき女王達
まだ16歳のエレーヌに、央の国は見当もつかないほど重過ぎます。
「フォー、私ね、怖い」
「女王の役目?」
「うん」
女王の最も大切な役目は後継者を作ることです。もちろん央の国の治世も重要ですが、そちらは、他の兄弟や政治家達にもできます。
「エレーヌは大事にされてるよ。お母様は15でファウストを産んだんだ。お祖母様の婚儀は14」
「分かってる。なのに逃げちゃって」
ほんの少しずつ、変わってきてはいます。
先々代の女王は子供を産める体に成長すると、同時に5人の男性を婿に迎えました。先々代の女王はその異常さに心を病みながらも、娘である先代の女王の婚儀は14歳のときにし、婿を1人に変えました。
先代の女王はなかなか子ができず、結婚離婚を繰り返しました。その全てを嫌悪した先代の女王は即位と同時に、王室の後継者に限り、婚儀という形式をなくしました。
現女王である母親は、自分は15歳で子供を産む羽目になったのですが、娘のエレーヌには16歳の今まで何も言いませんでした。
エレーヌの兄妹は全員父親が違います。今、女王は独りです。
その姿に、エレーヌは圧倒的な孤独を感じるのです。母であり、女王であり、治世を行い、人格者。非の打ちどころのない孤高の女王の女としての部分は、壊れてしまっているのではないでしょうか。エレーヌは母親に未来の自分を重ねてきました。
「逃げて当然だよ」
「すぐ捕まっちゃったけど」
「いっそ、捕まえるのをやめようかって話も出たんだ」
「え」
「でも、エレーヌ1人じゃ、とても生きていけない」
「そっかな?」
どちらかといえば、エレーヌは冒険気分でわくわくしていました。夜も怖くありませんでした。馬車に乗らず自分の足で歩くのは楽しくて、満月を味方に夜通し歩く予定でいたほどです。お金の心配も全くなし。エレーヌが持っている装飾品は、庶民が何年も暮らしていけるほどの価値があると聞いていました。イヤリングやネックレスを1個ずつ売って旅の資金を調達する予定でした。
「大変ってゆーか、どー考えてもムリ」
フォーは教えてくれました。道の先には狼の住む森があることを。夜怖いのは、狼だけではありません。盗賊や人拐いもいます。昼間だったとしても、お腹が空いたからといって、誰もが食べ物を差し出してくれるわけではありません。そして、若い娘をなんの疑いもなく泊めてくれる宿は、間違いなくヤバい場所。
エレーヌはあまりにも世間知らずでした。
「だからさ、旅をするのはいい機会だと思うんだ」
「いい機会?」
「生き延び方が分かる」
「……」
言葉が大袈裟、とエレーヌは最初思いました。けれど、狼に襲われても、人間に襲われても死ぬでしょうし、食べ物がなければ餓死します。ヤバい宿などに宿泊したら、どこかへ売り飛ばされてしまうでしょう。
『私って、ホントにひとりじゃ生きられないんだ』
月の光がやっと届く静寂の中、フォーは枕に零れたエレーヌの髪に触れました。
「旅は長い。きっといろんなことがあって、エレーヌはいろんなことを知るんだろうな。逃げるのは、その後でもできる」
「そんなことしたら、央の国が、」
「女の子が1人いなくなったからって、これほどの大国、揺らがないよ」
フォーの暗い瞳に見つめられ、エレーヌの喉の奥が苦しくなりました。
「ありがとう。フォーは優しいね」
エレーヌは自分が運命から逃れられないことを薄々分かっています。大恋愛をしたとしても成就しないことも。星宿る海を見つけて絶望するだろうことも。そのときは、心を殺し、今までの女王と同じように責務をまっとうしようと決めています。
星宿る海で風が奏でる音楽を聴き、人は運命を知ると言われています。エレーヌにとって本当にしなければならないことは、大大大恋愛をする確認ではなく、女王として生きる覚悟をすることでした。
「兄さん達と協力して、オレ達が央の国の平和を守る。外から攻められないよう、内乱が起きないよう、国民が幸せに暮らせるように」
それら全てを女王が行なっているわけでないことぐらい分かっています。それでも、長きに渡って女王が必要だったのです。
「……」
涙を堪えて微笑むと、フォーがエレーヌを組み敷くかのように上に来ました。エレーヌの息が止まります。
「だからエレーヌ、誰のものにもならないで」




