ハンカチの船の絵は?
エレーヌが目覚めたとき、サードは旅立った後でした。
「サードお兄様にお別れを言ってない」
美しい朝、開け放たれた窓からは海が見え、カモメの鳴き声が聞こえます。
ぐっすり眠ったせいか体が軽くなりました。体を洗い、髪を結い、貴族の服でもラフなものを身に着けました。
「サード兄上は、起きるの待ってたんだよ。昨日。起きなくてさ」
エレーヌは1日半眠りました。サードが諦めたのも頷けます。
大きな丸テーブルの斜め前にはフォー。パン、魚、肉、スープ。テーブルの上には様々な食べ物が並んでいます。どれも一流シェフの最高級の味です。
海賊船でパンを一口大に千切らずかぶりつくことを知ったエレーヌは、くすっと思い出し笑いしました。あの、仲間と食べた焼き立てのパンの美味しかったこと!
「どした? エレーヌ」
「パン、丸かじりしたことある?」
「軍の演習のときに」
「そっか。私ね、船で初めてしたの。美味しいね」
海賊船でどのようなことが起こったかは、すべて他の女性達やジジが説明済みでした。
「あ、サード兄上がエレーヌにって」
サードの走り書きを手渡されました。
エレーヌへ
そいつが僕からのバースデープレゼント。旅の予定が大幅に早まったことを知らせておいた。君がいなくなったときは、心臓がつぶれるくらい心配したよ。ところで、僕には様々なことの検討がついた。羊と遊んでた君が聞いてたかどうかは知らないけどね。じゃ、お先に。
「ええーっ」
「何?」
「いろいろあって。でも、サードお兄様は、私には分からないことが分かったみたい」
エレーヌの言葉に、フォーは不思議そうな顔をしました。
「あ、エレーヌ。ジジが、申し訳ないって、めちゃくちゃ責任感じてた。サード兄上もオレも、分かってるから『ジジがいたから助かったんだ』って」
「そう。そうなの。ジジが海賊船まで追っかけてくれたから、、、あれ? どーして船で拐われたって分かったの?」
「それは、」
あまりにエレーヌとジジが遅いので、サード達は香水のお店へ行きました。女性達は「買い物をしたいのに店員が出て来ない」「奇声が聞こえたよね?」と困っていました。不思議に思い、建物の周りを見回ると、崖の遥か下、転がされているアラサー女性が「たすけてー」と大声を張り上げていたそうです。
海賊が「ババアはいらん」と転がしてくれたおかげでした。
ところで。
「ラインハルト様はなぜ?」
「ん? ああ。ここら一体はラインハルトの一族の領地なんだ」
「実はここ、ラインハルトん家」
「へ」
エレーヌはてっきり、王家の別荘だと思っていました。フォーとの合流地点は王家の別荘の予定だったからです。予定よりやや南です。フォーがラインハルトの城へ寄っていたとき、海軍に緊急辞令が出たことを知りました。海賊船に拐われたとエレーヌを、フォーもラインハルトも海軍の船に乗り込んで探したのです。
「ほら」
フォーが掌を上に向けた先にあるのは、暖炉に飾られた、一族の紋章入りの盾です。紋章の中央には帆船があります。帆が1枚だけの昔の船。これこそが、古くからの名門貴族である証なのです。
気づけば、エレーヌが持っているフォークにも紋章がありました。食器にも。ナプキンにも。船、船、船だらけです。
ーーー船。船の絵。貴婦人の持っとったハンカチに船の絵ぇありましたーーー
エレーヌは、老婆の言葉を思い出しました。
「フォー。サードお兄様、なんか言ってた?」
「ん?」
「この紋章、見てた?」
「紋章は見るって。門、玄関。この城の全部の暖炉に飾ってある。食事もしたしさ」
「だよね」
エレーヌはカトラリーの紋章を見ました。
あのサードが気づかないはずありません。
1つ、謎に関しての手がかりが分かりました。赤ん坊と一緒にいた貴婦人が持っていたハンカチの船の絵は、恐らく、船の紋章のことでしょう。貴族の女性が紋章入りのハンカチを持つのは一般的です。
紋章に船が入っているのは、央の国ではラインハルトの一族のみ。
老婆の家は城の裏門からの1本道。それは東へ向かっています。このラインハルトの一族の領地は、王都のずーっと東です。貴婦人と赤ん坊は、この領地への旅をする予定だった可能性があります。
さて、ここが王家の別荘でないならば、城主に挨拶するべきです。
エレーヌは、正式にお礼を言いに行きました。
ラインハルトの両親は静謐で優雅でした。エレーヌを、子供ではなく、女王を産む女ではなく、1人のレディとして敬意を払ってくれました。
侯爵であるラインハルトの父親の瞳は、ラインハルトと同じ美しい翠色。未来のラインハルトの姿なのでしょう。
海賊船に乗っていた女性達にも会いに行きました。
エレーヌ同様、体を洗い、新しい服に着替え、美しい姿に戻っています。香水店の店員の女性達は南の国の生まれ。様式の異なる央の国の城に面食らっていました。面食らうのは当然。央の国でも侯爵の荘厳な城なのですから。
「貴方、何者?」
「えーっと、それは」
「船乗りの娘? じゃなきゃ、帆船の動かし方なんて分からないわよね」
「ね、ね、イケメンが1人どっか行っちゃったの」
「使用人達が残念がってる」
「もう1人のイケメンは?」
本当に楽しいメンバーです。女性達は、城ではゆっくり休んだ後、陸路で南の国へ帰ることになりました。船に監禁されていた海賊は、央の国で裁かれます。ならずもの達の港の場所も分かったそうです。一件落着。




