夜の海を風上へすすめ
「窓ね。どーしよう。あ!」
「いい案ですか? エレーヌ様」
「足跡みたいなのするの。今度は血の手形とかどう? そしたら怖がって窓を開けないと思う。でも、血のお水、もうないんだよね」
「血ですか。見張り台に1人いますが。どうせなら、体の一部でも切り取って窓に吊るしましょうか?」
「絶対ダメ!」
トン
エレーヌは思わず机を叩いてしましました。「うわぁ」「なんだ」と船長室の下にある船室からざわめきが聞こえます。
エレーヌは窓の外に吊るされた手足や生首を想像してしまいました。17人もを夜の海に突き落としたジジなら、サクッとしそうです。
「きっと効果ありますよ?」
『そりゃあるでしょーよ』
「えーっと。私が嫌なの」
「そうですか」
結果、とてもありきたりに窓の外側の板を閉めることになりました。嵐や高波に備え、ガラスを守るための板があるのです。それは外側についています。窓も外側の板もそれほど大きくありません。
エレーヌとジジは波に合わせ、とても小さな声でハミングしました。西の国で現寵姫達が歌っていた曲です。
「了解です。エレーヌ様」
「じゃ、このテンポで」
2人で、海賊達がいる船室外側の真ん中辺りに立ちました。一緒にとても小さな声でハミングを始め、足音を忍ばせて、それぞれ別々のドアの外側へ行きます。そして、曲のクライマックスの頂点で、
がちゃり がちゃり
鍵を閉めました。OKです。エレーヌには波に紛れて、ジジが同時に鍵を閉めた音が聞こえました。次のフレーズに合わせ、テンポよく窓の外側の板を閉めます。板は船室の両側に3つ。閉め終わったら、モップの柄を板についている金具に通し、中からは開かないようにします。
「助けてくれぇ」
「航海士だ。あいつだ。あいつの霊だ」
「悪かった」
「うわぁ」
海賊達がどたどたと騒いでいる様子が聞こえます。
ドアが蹴破られないよう、そこらへんにあった箱や道具などを置きました。
エレーヌは船底の女性達を解放しに行きました。ジジは、見張り台に1人海賊が残っているため、甲板で見張りです。
牢の前でエレーヌは状況を説明しました。
「まだ1人残っていますし、海賊達が出てきてしまう可能性もあります。絶対安全なのは牢の中ですが、上に行きますか?」
女性達は全員、牢から出ることを選びました。
甲板への階段を上るとき、ジジともう1人、人影がこちらに向かってきます。
「エレーヌ様。念の為、捕えておきました」
なんと、見張り台の上にいた男です。両手を頭の後に組んで歩かされています。
「こ、殺さないでくれ。何でもする」
何をされたのか分かりませんが、男は泣いています。エレーヌは可哀想になってしまいました。
「だったら、船を動かすのを、「エレーヌ様!」
なかなかの剣幕でジジに止められました。
「はい。」
「牢の鍵をお貸しください。ぶち込みます。でなければ、海にぶち込みます」
「はい」
エレーヌは素直にジジに従いました。女性が1人、ランタンと鍵を持ってジジの足元を照らす係をしました。
閉じ込められている海賊達に気づかれない方がいいので、船室から離れた場所で集います。
「船は、基本北に向かっていますが、少しずつ東に流されています。陸は西です」
それは恐らく、央の国の海軍に見つからないために、陸からやや遠い針路をとっているからと考えられます。
エレーヌは、女性達に訴えました。協力してほしいと。
西へ行って、陸が見えたら座礁するぎりぎりまで近づいて停泊し、漁師に見つけてもらうというのが理想的です。今、風は西から吹いていて、風上に進まなければなりません。それには帆を動かす必要があるのです。
全員で7人。万が一海賊達がドアを蹴破ったときの対処要因は、もちろんジジです。ジジは船室前から動けません。
「ロープだらけで、どれがどの帆を動かすかなんて分からないわ」
「その前に、どう動かせばいいのか」
その点は、エレーヌが分かります。ただ、実際にやったことはないので、自信はありません。
「やってみましょう。何もしなかったら遭難するだけよ」
誰かが言ってくれました。
「そうね。男と同じ力は出せなくても、2人3人でだったら動かせるかも」
そんな風にして、さくさくと決まっていきます。
ムリだと思いつつ、エレーヌは言ってみました。
「本当は見張りが1人欲しいのです。私は、舵を動かすので」
「じゃ、私が」
すっと1人が名乗り出てくれました。
「あそこですよ?」
エレーヌはメインのマストの遥か上にある見張り台を指しました。
「ええ。きっとできるわ。小さなころ、椰子の木に登って遊んでいたの。ちょっとツルツルなのが気になるけど」
椰子の木の幹には横に線があって凸凹しています。そこに足をかけて登るのす。エレーヌは船の横から斜めに見張り台に向かってある、ロープの網を指しました。
「あれを使って登るんです」
「だったら簡単」
頼もしい応えでした。
現在、船の帆を畳んだ状態で北北東への潮流に流されています。西へ向かうには、まず帆を広げなければなりません。帆船で風上へ進むのは、初心者向きではありません。畳んであった帆を広げます。
「すごい。こうなっているのですね」
「引っ張られるぅ」
「手が」
力仕事などしたことのない香水の店員です。
「きゃあ、ごめんなさい」
手の中のロープが滑ってしまったり、結んで固定できなかったり、なかなか大変です。
「結ぶのは、私が」
ロープには、様々な結び方があります。エレーヌは、西の国から南の国への船で教えてもらったことを、しっかり実行しました。
次は舵をとって動かします。
「進んでる!」
「ちょっとずつだけど風上に進んでるわ」
「やった」
みんなで喜び合いました。




