そして誰もいなくなる
海賊達は「女神様の嫉妬、怖ぇ」と言いながら片付けています。女性は牢へ連れて行かれました。牢の外には蝋燭を立てましたし、人数が足りません。何より縛られた男が1人入っています。
この後、エレーヌの捜索が始まるでしょう。
『そのときはそのとき』
今ひとつ危機感の薄いエレーヌでした。
海賊達は甲板の掃除を終了しました。しかし、掃除をし忘れた箇所がありました。血を滴らせながら男が歩き回ったので、暗がりの中、1箇所見えなかったのかもそれません。
海賊達はわらわらと船の中へ引っ込みました。
『♪』
エレーヌは靴を脱ぎ、裸足になりました。そして、血がたくさん混じった水に足を浸し、乾いた場所に足跡をつけました。エレーヌは船縁まで足跡を繋げたいのです。まるで海に飛び降りたようではありませんか。足の血の痕がつかなくなってくると、靴を履いて血水溜まりのところまで歩き、素足になって足に血水をつけ、膝で歩いて続きの足跡をつけました。王女あるまじき行為です。いいのです。誰も見てはいませんから。たぶん。
『できた』
エレーヌは血水溜まりを掃除しておきました。証拠隠滅です。
なんという達成感でしょう。小さなころにフォーと雪だるまを作って完成させたときのような気持ちです。大きくなってからは味わっていません。王立学園の課題の刺繍を完成させても、分厚い本を読み終わっても、これほどの気持ちにはなりませんでした。
ところで、海賊達はエレーヌ捜索をしていません。不思議です。
バシャン
遠くで、聞き慣れた、何かが落ちるような音がしました。
灯りが消えた船の上、エレーヌは膝を抱えて丸くなりました。お腹が空いて夜風が冷たくて気分が落ちてきました。
どれほどか経ったころ、星の位置からして1時間ほどでしょうか。船内がざわつき始めました。
「やっぱいねぇ」
「ホントにいねぇ」
「トイレ行ったままだっけ」
「あいつは?」
「いねぇ」
「いつも寝てる場所見てみたけど、いねぇ」
「どんだけ残ってる」
「半分以下」
「船の女神様じゃねーか?」
「やめてくれよ」
皆がそれぞれに仲間の名前を呼び、探し始めます。
『どーしたんだろ。人探し?』
探されては困ります。エレーヌは巨大ロープの束の中に身を潜めました。
「おい! こんなところにランタンが」
誰かがエレーヌの置きっ放しにしていたランタンに気づいたようです。エレーヌは自分がどこにそれを置いたのすら忘れていました。どうやら甲板への出口付近のようです。
「蝋燭、どんだけ残ってる」
「半分以下」
「なんだって?! そんなん、いつ燃えたんだ」
「こんなとこに光なんかなかったよな」
「あったら気づく」
そういえば、エレーヌはランタンの中の蝋燭の半分を、牢の前に立てました。
海賊達はしーんと静かになりました。マストと畳んだ帆の音が、きしぃきしぃと不気味に響きます。
少しの間の後、誰かが小さな声を出しました。
「海の女神様の嫉妬か」
そして再び間。
「今夜はみんな誰かと一緒にいろ」
「そうしよう」
「ん?」
「どーした」
「あれ、なんだ?」
「見て来い」
「誰か一緒に」
「そんなとこくらい一人で大丈夫だろ」
「ここから見ててやるから」
エレーヌには音声しか分かりません。
「ぎゃーーーー! 血、血、血」
場は騒然となりました。エレーヌは笑いを堪えるのに必死です。
「海へ行ったのか?」
「なあ、壁にも足跡が」
「神様だからな」
「あっちから来てる」
「ここが始まりだ」
「ここって」
「逃げようとした航海士が、、、」
「殺されたとこ」
「「「ひぇ〜」」」
怖がっている海賊達の中に1人冷静な発言をしている者がいましたが、誰も聞いていませんでした。
「この足跡、女だぞ。航海士は男。おい、聞けって」
海賊達はだだだだっと甲板の上を走り、船室へ入って行きました。
全員いなくなったと思ったのです。エレーヌはロープの束の中から顔を出しました。
「おい」
どっきーんとエレーヌの心臓は口から出そうになりました。後ろから、先ほど、たった1人冷静だった男の声です。すると、畳み掛けるようにもう1つの声がしました。
「おい」
ジジの声でした。恐る恐る声の方を振り返ると、ジジが男の喉元に短剣を突きつけています。
「ジジ!」
「エレーヌ様、悪戯が過ぎます」
どかっ
言い終わらないうちに、ジジは男を蹴飛ばし、
バシャン
海に落としました。
「ジジ、そんなことしたら、あの人、死んじゃう」
「海賊とはそーゆー稼業です。泳げるでしょうし、運が良ければ助かります」
『怖いよー』
誰もいない甲板で、物陰に隠れ状況確認です。
「樽を爆破したのはエレーヌ様ですか?」
「爆破じゃなくて破裂。あれはね、」
水がいっぱいに入った樽に豚の腸の一方を繋げ、もう一方をメインマストについている滑車で見張り台近くまで持ち上げました。見張り台の高さは約30m。豚の腸の中は水で満たされています。水圧は水の深さによります。樽は豚の腸の天辺から見て、とても深い場所。樽の中の水は、水深約30mと同じめちゃくちゃ高い水圧になりました。なので樽が破裂したのです。
「エレーヌ様があの汚いゴミを捨てていなかったとは。驚きです」




