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乙女ですもの清らかに恋したい  作者: summer_afternoon
旅へ

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大人の階段をのぼる旅

使用人達は、ガラスの器に入った蝋燭(ろうそく)を集めて調べています。消えた原因は見つからないでしょう。


先ほど蝋燭が消えたのは、二酸化炭素という燃えない空気のせいです。エレーヌは侍女にお願いし、水に重曹とクエン酸を混ぜて燃えない空気を作ってもらいました。それを数個のグラスに入れて準備です。目に見えませんが、燃えない空気は重いので、空気が動いていない状態ならグラスに入っていてくれるのです。

テーブルの上にあった蝋燭はガラスの器に入っていました。エレーヌ達は、そのガラスの器の中にグラスから燃えない空気を注ぎました。

火には燃える空気が必要です。ガラスの器の中で蝋燭の周りが重い燃えない空気だけになってしまい、蝋燭が消えたのです。


悪戯を知らない皆は、別荘に幽霊がいると噂しました。


エレーヌは、パーティにいる一人一人の袖口を見ます。袖口が汚れている人が犯人です。カフスボタンを入れたのは、深さのある果物皿。エレーヌは器の縁に松ヤニとココアパウダーを混ぜてうっすらと塗っておきました。カフスボタンを取り出すとき、袖口が汚れてしまうのです。エレーヌは一人一人の袖口に注意を払いました。


皆で、食事の間から大広間へ移ります。すでに舞踏会の楽団が待機していました。楽団の演奏には3番目の兄が参加します。彼のバイオリンは悪魔的に華やか。リサイタルでは失神する女の子がいるほどです。


『あ』


バイオリンを構えた3番目の兄の右の袖口に、ココアパウダーが付いているではありませんか。けれど3番目の兄の場合は、バイオリンの弓に塗る松ヤニのせいでしょう。ココアパウダーが付いてしまったのは、デザートにココアパウダーが使われていたから。

そうなのです。本日のデザートにはココアパウダーが振り掛けられていました。誤算です。エレーヌが部屋を真っ暗にしたので、うっかりココアパウダーが付いてしまった人もいるでしょう。


楽団が美しい音楽を奏で、そこここで恋のゲームが始まります。蝋燭の火が消えたハプニングは会話のきっかけ。


16歳以上は大人なのです。もちろん、エレーヌの女友達は、普段は慎み深いご令嬢。それでも、好きな人や一族の出世を虎視眈々と狙っています。

当然、貴族の女性達に、エレーヌの兄達は大人気。ダンスの相手に選ばれようと女の子達が群がります。


「エレーヌ、会えなくなるのは寂しいわ。でも、素晴らしい機会をありがとう」

『企画は私じゃないんだけどね』

「ファウスト様に申し込まれたい」

「あ、ラインハルト様もいらっしゃる!」


エレーヌとの別れに涙したのも束の間、皆、ささっと切り替えて機会(チャンス)を有意義に使います。


エレーヌの兄達と互角に人気があるは、ラインハルトでした。1学年上の剣の達人です。剣を持って馬に乗る姿は凛々しくも優雅。風に舞う銀髪と深い翠の瞳は芸術品。目が合っただけで腰から崩れ落ちてしまうと評判です。


『ココアパウダーが』


ラインハルトの左の袖口にココアパウダーが付いています。その横にもう1人、右の袖口にココアパウダーを付けている人がいました。


『まさか』


もう1人は、暗がりでうっかりデザートに袖口をくっつけてしまっただけでしょう。

爽やかで、悪戯っぽくて、優しくて。小さなころからエレーヌの頬をつついたり、鼻を(はじ)いたりする人。

4番目の兄、フォーでした。


エレーヌの視線に気づいたフォーは、エレーヌに近づいてくると、そっと耳打ちしました。


「エレーヌ、ラインハルトを招待したよ。話しかけな。いつも見てるじゃん」


ラインハルトは、フォーの親友です。エレーヌは友達と一緒に、フォーやラインハルトの数人のグループをハコ推ししていました。王立学園でとても目立つ存在で、たくさんの女の子達の注目の的なのです。その中のツートップがラインハルトとフォー。けれど、エレーヌはラインハルト担ではありません。

フォーは、エレーヌがラインハルトを見ていると思っています。ところがどっこい、エレーヌが熱い視線を注いでいたのは、兄のフォーだったのです。


『相変わらず、にぶっ』


エレーヌは、斜め上から覗き込むフォーに可愛く見えるだろう、研究しつくした表情で見つめました。あざと女子から仕入れたテクニックです。


「当たって砕けろ。旅が失恋を癒してくれるよ」

『テク、効いてないじゃん』


フォーはラインハルトの親友なので、彼が誰を好きか知っているのでしょう。優しいつもりだろう声かけから、すでに告白した場合の結果が分かってしまいます。そんな抜けているところすら、エレーヌは愛しいと感じます。

エレーヌは、色々と気遣いが間違っているフォーに『もう告っちゃおうかな』と一瞬気迷いました。


『ダメダメ』


ここでそんなことをしてしまえば、エレーヌはフォーとの東の島国への旅行を楽しめなくなってしまいます。恋を告白するチャンスはたっぷりあるのです。

歳が1つ違いのエレーヌとフォーの間に、堅苦しい言葉遣いはありません。


「フォー、憧れと恋は違うよ」


この点だけは、エレーヌはフォーよりも大人だと自負しています。


「そ? オレ、そんな種類とかカンケーなくエレーヌだけを好きだけど」


_| ̄|○

軽々と言ってのけるフォーに降参です。


「フォー。私……」


気持ちが(あふ)れ、喉の奥からぽろりと出そうになっているところで、フォーはダーツゲームに戻ってしまいました。


『危なかった』


このやりとりを聞いていたのが、侍女でした。飲み物が載ったお盆を持ち、まるで置物のように気配を消して傍にいたのです。


「エレーヌ様」

「! びっくりした。そこにいたのね」

「はい、ずっと。私は女王陛下から、エレーヌ様が大人の階段を上る手助けをするように(おお)せつかっております」

「そーなの?」

「今夜、ラインハルト様がエレーヌ様の部屋を訪れるよう、手配いたしましょうか」

「やめて」

「遠慮なさることはありません。お任せください。たとえ告白を断ろうとも、殿方が夜伽(よとぎ)の話を断るはずございません」

「な☆%!」


身もフタも無い話です。これが現実なのでしょう。それゆえ、皆が色めき立っているのです。エレーヌはその点において慎重を貫いてきました。エロい知識はそこそこ豊富です。聞いて騒いで盛り上がるのは乙女の嗜み。ですが、自分が経験するとなると話は違います。


「せめて最初は好意を寄せている相手がよろしいかと」

「絶対にやめて!」


エレーヌは強く拒否しました。


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