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乙女ですもの清らかに恋したい  作者: summer_afternoon


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旅の夜の愛しい訪問者




『大丈夫かな、何もないよね』


エレーヌは部屋のドアの前で落ち着きません。いくら拒否したとしても、侍女にとっては女王の命令の方が重いのです。エレーヌはドアに耳をくっつけました。エレーヌの部屋の前には侍女の控えの間があります。その向こうが廊下です。

多くの部屋が、侍女の控えの間を脇にし、恋を楽しむために直接廊下からメインベッドルームへ出入りする造りになっています。しかしファウストは、エレーヌに、それができない部屋を割り当ててくれました。侍女が手引きすれば、せっかくのファウストの心配りはムダになってしまいますが。


『なにも聞こえない』


侍女は眠ったようです。

一応、エレーヌは部屋のドアの前にチェストを置いて、ドアが開かないように(ふさ)ぎました。


『これで安心』


朝から馬車に揺られ、とても疲れています。

エレーヌはベッドの脇にあった蝋燭(ろうそく)を消しました。


コンコン


不意に窓ガラスを叩く音。そーっと窓に近づきます。月明かりの逆光で、黒い塊があることしか分かりません。


「エレーヌ、窓、開けて」

「フォー?」


声を聞き、大急ぎで窓を開けました。


「さんきゅ」


フォーはお猿さんのようにするりと部屋へ入りました。


「フォーったら。こんなとこから来なくても」

「女の子に追われてさ。逃げてるとこ」


積極的な女の子がいるものです。エレーヌは誰だろうと今日のメンバーを思い浮かべました。なんと言っても恋のライバルなのですから。


「じゃ、ここで……ね、ね、寝る?」


エレーヌは大胆な提案をしました。心臓はばっくばくです。もちろん、兄妹間の夜伽など禁忌。そこまで大それたことまでは考えていません。


「いい? じゃ、寝よ。すっげー眠い」


フォーは、掛け布団をめくってベッドにダイブ。ぽいぽいっと靴を脱ぎました。そして、掛け布団を持ち上げたまま、エレーヌが来るのを待っています。まだ暗闇に慣れきっていないエレーヌの目に、自分のためのスペースが奈落のように漆黒に見えます。そこには喜びと苦悩が背中合わせにあるのでしょうか。甘美な誘惑。ごくり、と緊張で思わず唾を飲み込みます。


エレーヌはそっと、フォーの隣に横たわりました。フォーはゆっくりと掛け布団を下ろしました。


窓からの月明かりは、天井を見つめるフォーの完璧な横顔を浮かび上がらせ、少しウエーブした黒髪にきらきらと散っていました。大好きな人の顔がとても近くにあります。邪魔しているのは、ふっくらした枕の膨らみだけ。手を伸ばして触れたい、そんな気持ちを悟られないよう、エレーヌはフォーに体を向けたままじっとしていました。

静寂に、エレーヌの心臓の爆音がフォーの耳に届いてしまっている気がします。気まずさを誤魔化そうと、エレーヌはお喋りを始めました。


「小さなとき、一緒にお昼寝したよね?」

「だな」

「お母様はいつも忙しくて」

「だな」


くるん


上を向いて寝ていたフォーが突然、体ごとエレーヌの方を向きました。大きな手で枕の膨らみを抑え、暗がりの中、エレーヌと目を合わせます。こんなとき、いつもだったら微笑むのに、フォーは刺すような視線でエレーヌを(はりつけ)にしました。


「……フォー、眠いんじゃないの?」

「眠い」

「おやすみなさい」

「眠れない」

「そーなの?」

「エレーヌ、旅の意味、分かってる?」

「たびのいみ?」


フォーの視線がエレーヌを越えて、ドアをブロックするチェストに行きました。


「ああ、分かってるんだ」

「……」

「エレーヌ、この国の制度は、王家の女性だけが辛い」

「……」


(おう)の国は女王の国。その歴史は古く、人々が農業と定住を始めたころから続いています。小さな集落がぽつんぽつんとあった遥か昔、集落の中で婚姻関係を結ぶと血が濃くなってしまいます。人々は集落同士で交流し合い、女性は外の集落の男性と子供を作って自分の集落で産み育てる、という慣わしでした。家の中心は血脈を守る女性でした。

時代が流れ、やがて小さな集落は、水滴同士が繋がるように合わさり、巨大な央の国に発展しました。


さまざまな集落や家族の変化がありました。庶民はいち早くフランクに順応しました。貴族階級において、家名と権威のため、婚姻は非常に重要です。多くの貴族は家の存続のために女系への固執を捨てました。

社会に流されず今も伝統を守っているのが、王室です。


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