身分違い駆け落ち夫婦
招かれたのは、大きなテントでした。背の高い男性陣が普通に立って歩けますし、収容人数は10人どころではありません。ほぼ家です。
テントの中にはストーブがあり、とても暖かです。
ミルクティとクッキーを振る舞われました。バターとナッツが入った、とても香ばしいクッキーです。
ヤクに乗っていた2人は夫婦でした。
「どこへ行かれるのですか?」
夫の問いにサードが「王の城です」と答えました。バイオリン奏者ですし、不自然ではないでしょう。ですが、夫婦の顔はこわばりました。不思議です。
「どうかなさったのですか?」
「……。」
「……。」
ほんのわずかの間の後、夫婦は顔を見合わせ、夫が話し始めました。
「昔、私達は大きな罪を犯しました」
南の国には多くの民族が暮らしています。民族は地域ごとに分かれています。南の国の国王は、それらの地域の長の娘を花嫁を迎え、国全体を統治しています。妻は、ある地域の長の娘でした。
花嫁として都へ向かう途中、地震に乗じて夫と駆け落ちしました。夫は、妻の護衛でした。
花嫁は地域の友好の証です。その花嫁がいなくなるというのは大問題でした。当時、その地域は洪水の被害で農作物の収穫がほとんどなく、国王から継続的な援助を受け始めたところでした。花嫁を差し出さず、万が一援助が遅れたり途切れたりすれば、多くの人々が餓死してしまいます。
花嫁の一行は、地震で親を亡くして泣いていた娘を花嫁に仕立てました。そのことを駆け落ちした夫婦が知ったのは、1年も経った後でした。
「どれだけとんでもないことか分かっています。突然、花嫁にされた方に申し訳なくて。私はきっと地獄に落ちるでしょう」
「オレのせいだ。君は何度も振り向いて迷っていたのに、無理やり連れ出した」
妻の所作は美しく、言葉に品がありました。地域の長は、央の国に例えると、かなり高位の貴族です。だから妻は、小さなころから宮廷音楽に触れていて、それを懐かしく思ったのでしょう。
「あの大地が揺れた夜、もう戻れませんでした。理屈も責任も大勢の人の命さえも。『行こう』というたった一言の前に塵となりました」
「すまない」
夫婦は、世間から隠れるようにして、遊牧民生活を送るようになりました。妻の高貴な佇まいは、周りの人に変だと勘づかれます。定住には無理があったのかもしれません。
「それでもオレは後悔していないんです。本当に自分に呆れます。好きな人を苦しませて、慣れない生活で苦労させて、全然知らない女の子まで不幸にしたのに。どうしようもない」
エレーヌは気休めかもしれない言葉を紡ぎました。
「全然知らない女の子は、幸せになっているかもしれませんよ?」
口から発して音になったとたん、女の子は本当に幸せに暮らしているような気がしました。国王の城へ行ったら、確かめてこようと思いました。
「私の身代わりになった方は、オザリンと名乗っているでしょう。歳は35歳くらいです。その方が辛い思いをなさっている分、いえ、あの世に行ってから永遠に、私は罰を受けるつもりです」
夫婦が駆け落ちしたのは17年前のことでした。
夫は地図の1点を指します。
「この火山が噴火したんです。地震の原因もたぶんそれです」
それは央の国の山岳地帯の山でした。
央の都のずっと遠く南に位置します。
「火山と離れていたからでしょうか。揺れはそれほど大きくはありませんでした。けれど、前日まで雨が降っていたからか、泊まっていた宿の裏の山の上から土の塊が転がり始め、土砂崩れが起こりました。逃げたのはそのときです。火山はその後もしばらく、赤い火を噴いていました。今は火山の麓で温泉が出ているそうです」
山が火を噴き、大地が揺れるとは。エレーヌは自然の怖さに身震いしました。
その日はテントに泊めてもらうことになり、夜は演奏会です。妻は立琴の名手でした。昔、城にいたときは、ハープを演奏していたそうです。今は夫のお手製の小さな立琴で楽しんでいます。枠は木、弦は豚の腸でできています。古くからの遊牧民の楽器でした。
サードは心からセッションを楽しんでいました。
何時間も続くセッションに飽きた、ん? なエレーヌは、ソーセージに舌鼓。豚の腸や羊の腸を見せてもらい、長さに感動しました。
眠るとき、エレーヌは藁のベッドを期待。実はちょっと憧れているのです。違いました。動物の毛皮や分厚い布を重ねた温かいベッドです。
藁じゃない、と少々残念そうに呟くエレーヌを見た護衛は呆れました。
「納屋のホンマもんの藁の布団はな、馬のクソがついてるんだぞ。でもって、ベッドじゃねー。地べた」
どうやら経験したことがあるようです。
翌朝。別れるとき、夫婦は、大河の源流の方へ向かうと話します。
「大河とは、央の国を流れている川ですか?」
「はい。源流は南の国に近い所です。我々遊牧民に国境はありません。高原や山々はずーっと繋がっています」
「そうですね。ステキです」
エレーヌは、国やしがらみに縛られない夫婦の生き方を眩しく感じました。




