旅行費のコストカット
翌朝、サードは提案しました。
「旅のルートを変更しよう。なるべく海岸沿いって考えてたけど、南の国に星宿る海がある可能性はほぼない。日程を短縮できる。旅は危険でもあるし、コストがかかる」
エレーヌはまったくもって、その面を考えていませんでした。
「危険?」
「本来乗る予定だった船は嵐で到着していない。たぶん難破したんだろうね。旅は危険と隣り合わせ」
「コスト?」
「分かるだろ? 母上が僕らを同行させて外交を絡めたのは、せめてものコストカット」
「5人が旅するだけなのにですか?」
「旅の金銭管理は兄上達がやってたもんね。エレーヌ、帳簿を見るべきだ。君は国家予算も知らなければ、パンの値段も知らない」
「パンは安いのですよね? 宝石を売れば、何年も暮らせるって聞いたことがあります」
「それは、農民と同じ生活をする前提だよ。野菜を自分の畑から賄って、肉を野菜と交換で猟師からもらい、川で魚を釣るような。君は、せめて1ヶ月くらいは自分で生活できるようにするべきだ」
エレーヌは、自分が逃げたとき、サードが「このまま逃がそう」と言ってくれたことを思い出しました。
「はい」
サードに帳簿を見せられ、やっと、お店で食べるのはバーベキュー形式よりお金がかかることや、宿代、馬代、服や日用品の値段を知りました。
「馬って、高いのですね。でもって、馬によって違う」
「そうだよ。戦用の馬はもっと高い。馬にあげるカイバも必要、蹄鉄の取り替え、馬具」
エレーヌが知らないことだらけです。
「お兄様は帳簿についてどこで覚えたのですか? 授業にはありません」
「んー。まあ、貴族の家ってのは、婦人が家計を預かっていることが多いからね。執事がやっていたとしてもチェックする」
つまりは愛人達から得た知識でした。年上マダムが男を育てる腕は、見習わなければなりません。
旅は順調です。
南の国はざっくり言えば、北が上とすると逆三角形の半島が2つ並んだ形です。エレーヌ達が船で上陸したのは左の逆三角形の上の西側の角辺りです。南の国の都は、その逆三角形の上の東側の角に近い場所。星宿る海は南の国にはないでしょう。一直線に都を目指すことができます。ちなみに、都は2つの逆三角形が北の方でほんの少し繋がっている部分になります。
「こう寂しいところばかりだと、よけい寒く感じる」
サードは焚き火に当たりながら、凍えた指をぱらぱらと動かします。南の国は春。けれど寒いのです。国王の住む都への最短ルートは、高原を通る道。標高が高いので気温は真冬並みです。エレーヌとジジも寒くてブランケットに包まります。
植物にとっては十分春が始まっているのか、草原には短い草が生えています。
温かいスープで体が中から温まってくると、サードはバイオリンを持って立ち上がりました。練習です。
『またぁ?』
サードは暇さえあればバイオリンを弾きます。暇? 環境? とにかく、弾けそうならば。隙あらばというくらいです。華々しい曲を演奏するのではなく、ひたすら音階。それが終わったかと思うと、同じフレーズを何度も何度も飽きるほどーーー聴いているエレーヌはとっくに飽きていますーーー練習します。1曲を止まることなく通して弾くことは、1日のうちで数えるほどしかありません。
ジプシー的な曲を弾くことが多いサードが、珍しく、宮廷音楽を奏でました。
皆で焚き火を囲んでいると、メェ〜メェ〜と何頭もの羊が通りがかります。羊の群れの最後にヤク(動物)に乗った女性が、じっと曲に聴き入りました。日焼けし、がさがさに荒れた手で涙を拭っています。
曲が終わると、女性は拍手を送りました。女性のすぐ傍には、馬に乗った男性もいました。男性は、女性を物憂げな瞳で見つめます。
エレーヌは、サードの顔とバイオリンは、国や年齢や身分を問わず、女性にウケがいいのだと感心しました。そして涙する女性に声をかけました。
「すてきな曲ですよね」
女性はただただ頷きました。男性は女性の代わりに答えました。
「昔を懐かしん……」
「ダメ」
女性は男性の発言を止めました。
「昔を懐かしむ」そんなはずはありません。今のは宮廷音楽、舞踏会のBGMです。女性はどう見ても遊牧民です。
フェミニストのサードはリクエストを求めました。女性は涙を溜めた目で言いました。
「メヌエットを」
バイオリンの音色が澄んだ空に響き渡ります。やっと春を迎えた草原の若草色、針葉樹の深緑、白い雪を残した山々、どこまでも続く空。
メヌエットは、城の大広間で着飾った男女が踊るための曲です。エレーヌは、きらびやかな宮廷よりも、今の美しい自然の方がずっと曲のイメージに合うと思いました。
「もしよければ、我々のテントへいらっしゃいませんか?」
エレーヌ達は、お茶に招待されました。




