大人の階段をのぼる旅
星宿る海の話が下火になり、そこここで恋のゲームが始まります。16歳以上は大人なのです。もちろん、エレーヌの女友達は、普段は慎み深いご令嬢。それでも、好きな人や一族の出世を虎視眈々と狙っています。
貴族の、ことに女性の結婚は早期。多くは家同士の繋がりや利害関係から決まります。それでも本人達は、少ない選択肢の中から自分にとって最良の人を選びたいと願います。
当然、貴族の女性達に、エレーヌの兄達は大人気。ダンスの相手に選ばれようと女の子達が群がります。
「エレーヌ、素晴らしい機会をありがとう」
『企画は私じゃないんだけどね』
「ファウスト様に申し込まれたいわ」
「素敵な方々ばかり。あ、ラインハルト様もいらっしゃる!」
エレーヌとの別れに涙したのも束の間、皆、ささっと切り替えて時間を有意義に使います。
エレーヌの兄達と互角に人気があるは、ラインハルトでした。1学年上の剣の達人です。剣を持って馬に乗る姿は凛々しくも優雅。銀髪が舞い、深い翠の瞳が獲物を狙います。目が合っただけで腰から崩れ落ちてしまうという噂です。
4番目の兄はなによりも妹の幸せを願っていました。そっとエレーヌに耳打ちしました。
「エレーヌ、ラインハルトを招待したよ。話しかけな。いつも見てるじゃん」
ラインハルトは、4番目の兄、フォーの親友でした。エレーヌは友達と一緒に、フォーやラインハルトの数人のグループをハコ推ししていました。学園でとても目立つ存在で、たくさんの女の子達の注目の的なのです。その中のツートップがラインハルトとフォー。けれど、エレーヌはラインハルト担ではありません。
フォーは、エレーヌがラインハルトを見ていると思っています。ところがどっこい、エレーヌが熱い視線を注いでいたのは、フォーだったのです。
『相変わらず、にぶっ』
エレーヌは、斜め上から覗き込む兄に可愛く見えるだろう、研究しつくした表情でフォーを見つめました。あざと女子から仕入れたテクニックです。可愛さにどきっとなるはずです。
「当たって砕けろ。旅が失恋を癒してくれるよ」
『テク、効いてないじゃん』
フォーはラインハルトの親友なので、彼が誰を好きか知っているのでしょう。優しいつもりだろう声かけから、すでに告白した場合の結果が分かってしまいます。そんな抜けているところすら、エレーヌは愛しいと感じます。
エレーヌは、色々と気遣いが間違っているフォーに『もう告っちゃおうかな』と一瞬気迷いました。
『ダメダメ』
ここでそんなことをしてしまえば、エレーヌはフォーとの東の島国への旅行を楽しめなくなってしまいます。恋を告白するチャンスはたっぷりあるのです。
歳が1つ違いのエレーヌとフォーの間に、堅苦しい言葉遣いはありません。
「フォー、憧れと恋は違うよ」
この点だけは、エレーヌはフォーよりも大人だと自負しています。
「そ? オレ、そんな種類とかカンケーなくエレーヌだけを好きだけど」
_| ̄|○
軽々と言ってのけるフォーに降参です。
「フォー。私……」
気持ちが溢れ、喉の奥からぽろりと出そうになっているところで、フォーはダーツゲームに戻ってしまいました。
『危なかった』
このやりとりを聞いていたのが、侍女でした。飲み物が載ったお盆を持ち、まるで置物のように気配を消して傍にいたのです。
「エレーヌ様」
「! びっくりした。そこにいたのね」
「はい、ずっと。私は女王陛下から、エレーヌ様が大人の階段を上る手助けをするように仰せつかっております」
「そーなの?」
「今夜、ラインハルト様がエレーヌ様の部屋を訪れるよう、手配いたしましょうか」
「やめて」
「遠慮なさることはありません。お任せください。たとえ告白を断ろうとも、殿方が夜伽の話を断るはずございません」
「な☆%!」
身もフタも無い話ですが、これが貴族の現実なのでしょう。それゆえ、皆が色めき立っているのです。ですが、エレーヌはその点において慎重を貫いてきました。様々な話でエロい知識はそこそこ豊富です。聞いて騒いで盛り上がるのは乙女の嗜み。ですが、自分が経験するとなると、乙女として騒いで楽しむことなどできなくなります。
「エレーヌ様はもう16歳。せめて最初は好意を寄せている相手がよろしいかと」
「絶対にやめて!」
エレーヌは強く拒否しました。




