母親が父親に死刑宣告
フォークとナイフを止め、顔を上げると、じっと見つめてくる青い瞳がありました。エレーヌは、サードのこのメスのような視線が苦手です。心の奥まで切り開いて調べられている気がするのです。恐らくそれは、エレーヌ自身に隠し事があるからだと、エレーヌは自分で分かっていました。
日に透ける明るい金髪、どこまでも澄んだ湖のような青い瞳、スラッとした細身の体躯。絵画の中の美青年そのもののサードは、どこにいても注目を集めます。港町のレストラン、テラス席。道ゆく人々がサードを見ていきます。小さなころから、そんなことに慣れているサードは、多くの視線などおかまいなし。エレーヌを穴が開くほど見つめます。
そして「あのさ」と優しくテノールボイスを響かせました。
「エレーヌ、もう教えてくれてもいーんじゃない? 松ヤニ」
エレーヌは、旅の第1日目の夜、別荘でサードから松ヤニを借りました。カフスボタンの持ち主を探すため、果物入れの器の縁に松ヤニとココアパウダーを塗りました。ココアパウダーだけでは、手で払えば簡単に落ちてしまうからです。
結果、ココアパウダーが付いていたのは、フォーとラインハルトとサード。サードもカフスボタンの持ち主である可能性があるのです。
「あの日、特別なお客様がいたんです。そのお客様を連れてきたのは誰なのか、知りたかったから、松ヤニとココアパウダーで印をつけようと思いました」
青い瞳に隠し事は難しいのです。エレーヌは、この後旅をする間、ずっと青い瞳のメスで心を解体されると思うと、少しでも気落ちを軽くしたくなりました。
「へー。そんなことしてたのか」
「お兄様の袖にも付いていました」
「知ってる」
「え」
「僕、どんなカフスボタンなのか見たから。そのとき付いたよ。君、こそこそ果物皿に何かしてたからね」
「分かってて松ヤニのこと、聞いたんですか?」
「そ。」
にーっと口角を上げ、サードは愉快そうです。自分の袖にわざとココアパウダーを付け、エレーヌに見えるようひらひらさせたりしていたとか。バイオリンを構えるときは、エレーヌの角度から袖口がしっかり見えるように意識したようです。
「どうして」
「君が僕に、言ってくれるかどうか」
「試したんですか?」
「じゃさ、蝋燭が消えたのは? あれも君がやったの?」
仕方なくエレーヌは種明かしをしました。重曹とクエン酸で燃えない空気を作ったことを。
「知らなかったよ。そんなことができるんだ」
「そうなんです。化学反応です」
「いや。君が探偵だって話」
「……」
「で、お客様って?」
そこは伏せるつもりでした。けれど、聞かれてしまったので言うしかありません。エレーヌは老婆のことを全てを話しました。
「とりかえ……」
サードが呟きました。
「え? 今、なんて」
「赤ん坊が取り替えられたのかなって」
「ま、さか、、、」
貴婦人から母乳が出ていたはずですから、貴婦人にも赤ん坊がいるはずです。王の城で双子が生まれたという線は消えています。取り替えなど、エレーヌは思いつきもしませんでした。
「可能性だよ。例えば母上が産んだのが女の子だったとする。母上は自分の娘を後継者にしたくなかった。だから、近い誕生日の男の子の赤ん坊と取り替えた。あるいは、母上が産んだのが男の子だったとして、、、女の子を産まなければならないから、女の子に取り替えた」
「そんな気がしてきました」
「エレーヌ、君は素直だからね」
『あ、バカにされてる。素直=単純』
「他の場合も考えよう。貴婦人は乳母として城に呼ばれたって可能性もある。が、首になった」
「乳母。あ、そうかもしれません」
「君は単純すぎる」
「……。」
はっきり言われてしまいました。
「僕ら兄妹に乳母はいなかった。1人目の子は必要かどうか分からないから用意されていたとしよう。けれど、貴婦人の馬車が立ち往生したのは城に誰かが誕生した日。赤ん坊が生まれてすぐ、母乳が出るかどうかは分からない。つまり貴婦人は乳母じゃなかった」
「……。」
「他の貴族の屋敷から来た馬車が、どこから来たのか分からなくするために、わざわざ、城の裏門からの道を使ったーーーということも考えられるが」
「が?」
「あの道へ出るには、城の周りを1周している道を使う必要がある。その道には城の衛兵がいる。昼間以外は間違いなく呼び止められる。忍ぶために使う道じゃない。そうすると、やっぱり取り替え? 僕ら兄妹の中に、他人がまぎれてるってことになる」
「兄妹の中で、似ていないのは」
考えるのはムダでした。全員父親が違います。4人の兄達は外見も中身も全く似ていません。1番目の兄は誠実、2番目の兄は大らか、3番目の兄は繊細、4番目の兄は爽やか。エレーヌは、兄妹の中で群を抜いて甘やかされて育ち、自由奔放です。
「セカンドの父上にお会いしたんだろ? 似てると思った?」
「はい。そっくりでした。外見と雰囲気が」
「僕もお会いしたことがある。親子で間違いないと思う」
セカンド父は、たびたび央の城を訪れるそうです。
「まあ、父親が一緒で母親が違うってパターンもあるにはあるだろうけど、セカンドの場合は間違いない」
実は、母親である女王が愛しているのはセカンド父だと囁かれています。それは使用人達の間の噂にすぎませんが。
「では、他は?」
「僕の父親ははっきりしてる」
「え」
初耳です。城の中で子供達の父親の話はタブーなのです。ただ、正面の美しいサードの顔の造形を見ると、相当な遺伝子が引き継がれていることが分かります。日に透ける金髪、青い瞳、端正な顔立ち、細い線。女王である母親も兄達も美形ですが、サードの美しさは抜きん出ています。
「父は罪人として処刑された」
「……」
衝撃です。
「母上が死刑を決めたんだ」
「え」
「城で僕らの父親の話がタブーなのは、僕の父親がやらかしたことを封じるためだよ」




