星宿る海への手がかり
「タランチュラの死骸を撒くときに、触れてしまったから、害があるかどうか調べたくて」
『ゲロってる』
あっけらかんと自白する現寵姫に驚きです。旧寵姫の部屋の前の方の犯人は、やはり現寵姫だったようです。
「仕えている女性に頼んだの。そしたら『それだけは勘弁してください』って泣かれちゃって」
『そりゃ泣くって』
「もう死んでるから平気なのに。蜘蛛程度でこれじゃ、先が思いやられるわ。まあ、自分でやっちゃった方が何事も手早く内密にできるかもしれないけれど」
エレーヌは、何事もの内容を想像してしまいました。殺人でしょうか。
「旅行記の中に、東の方へ行ったものがありました。星宿る海とは記されていませんでしたが、自分の運命を知る場所とあったような、なかったような」
「読んだのですか?」
「はい。私の母は、この国が南東に侵攻したときに捉えられて奴隷になりました。なので、その地の話が書かれていそうな書物を読みました」
2人でハレムの外、王宮の書庫へ向かいます。
「ハレムの外へ出ることを許されているのですか?」
「はい。私に限り、書庫だけ特別に。書庫の管理者は老人なので大丈夫だろうと」
『だいじょうぶって何が?』
エレーヌは、ハレムの常識にいちいち面食らってしまいます。要するに、不義密通が起こらないということなのでしょう。書庫では、耳が遠い、絶対に間違いが起こりそうにない老人が本の管理をしていました。
どの旅行記かを教えてもらい、エレーヌはページをめくって「自分の運命を知る場所」についての記述を探しました。
ありました。
「現地の人々が『自分の運命を知ることができる』と話すところを探したが、季節外れだったせいか、見ることができなかった」と書かれていました。
エレーヌは狐につままれた気分です。ある場所を探したのに、「なかった」ではなく「見ることができなかった」とは。場所は訪れるところです。見るとは何を見るのでしょう。しかも季節外れとは。その場所はどこなのでしょう。
幸いにも旅行記のその部分までページは少し。エレーヌは最初から読むことにしました。
旅行記の棚にありますが、残念ながらエッセイ集のようなものでした。100年ほど前に書かれています。
『旅行記っぽく書いてよー』
旅行記ならば、日付と足取りが分かります。しかし、エッセイの1つに、寒かった思い出として挙げられていました。日付は旅行をした日ではなく、エッセイを書いた日です。北の国へ行ったとき寒かった、それと同じくらい寒い思いをしたのに、空振りだったという記述です。
『寒かったの、いつー。どこー』
こっちこそ空振り、とエレーヌは思いました。その人は、西の国の冒険家で、西の国の都を中心に東西南北を旅した模様。どうも空振りの場所へは「船まで使った」ようです。が、西の国の都はナッツ海とオレンジ海に挟まれた場所。どこへ行くにも船に乗ると便利です。
それでもエレーヌはポジティブシンキング。
『北の国と同じくらいの寒さを感じたってことは、北の国じゃないってこと。北の国では星宿る海のことを誰も知らなかったことと合致してる。赤道近くや南の島々は違う。西の国の冬も温暖。南の国で寒くなるのは北部の央の国との国境辺り。山岳地帯だけ。星宿る海。海なのだから、東の島への海?』
だいぶ絞られてきたと小さくガッツポーズです。
他にも何か手掛かりがあるかもしれないと読み進めると、タランチュラについての記述がありました。「見た目は実に強面で、象をも死に至らしめそうなのだが、実際には、ハチよりも毒が弱く、人間を殺傷するほどではない。冬眠する種類は、温度を上げれば動き出し、冬眠を忘れる」と。
エレーヌは、さっそく現寵姫に知らせました。
「ありがとうございます。なるほど。今は冬。冬眠してるタランチュラを放てば、お風呂で温まって動き出すのね。毒は大したことない」
浴場の天井近くには、通気のための窓があります。現寵姫は、誰かがそこから落としたのだろうと言いました。
「いくら冬眠してるとはいえ、女性があの大きさの毒蜘蛛を扱うとは思えません。何匹もだからそこそこ重かったのよ」
さすが現寵姫。自分で麻袋を持って死骸をばら撒いただけあります。
「誰かが手引きして、宦官を入れたんでしょうね」
宦官というのは、子供を作ることができない体になった男性です。ハレム内でも力仕事や警備など男性の手が必要です。なので、機能の一部を排除した宦官がハレムに出入りします。
「いくら宦官でも浴場の中へは入れません。やはり、通気用の窓から落としたのでしょう。毒蛇を使わなかったのは、国王陛下が命を落としては困るから。夜伽を妨害しようとしてもムダよ。夜は何日でもあるんだから」
ふんっ、と現寵姫は鼻を鳴らしました。そして、なんとも魅惑的な言葉を発したのです。
「なんだか、ぱーっとしたいわ。王女様はギャンブルってご存知ですか?」




