自分の存在が咎ならば
気づけば、護衛とジジは寒さに震えていました。御者はその場で駆け足をして寒さをしのいでいます。獣を注意する北の国の兵士は、空など全く見ていません。
狐火はかなり動きました。普段の夜空の部分が増えてきました。まだまだ緑色の光は広がっていましたが、この後は部屋の中から見ることにしました。
部屋の中、暖炉の前で体が溶けるように温まってきます。
護衛、御者、ジジは隣の部屋で休み、ファウストとエレーヌは2人、子供のころのように暖炉の前で並んで床に座りました。暖かいレモネードの入ったカップを床に置きました。お行儀が悪いので、大人になってからはしなくなったことの1つです。
「エレーヌ、狐火が出て良かった。救われたよ」
「救われた? お兄様が?」
「ああ」
「何か悩みでもあったのですか?」
「私は自分の存在が間違いではないかと、ずっと思っていた」
「そんなはずないじゃないですか。お兄様は、誰よりも……」
ファウストは自分が女に生まれなかったことを呪っていました。自分が女だったなら、母親は1人目の子で後継を産むという使命から解放されたのです。
「エレーヌは、私の父親が誰か知ってるかい?」
父親達の話は城内でタブー。
「いえ」
ファウストの父親は、プレイボーイと名高い貴族でした。実名を聞いて驚きました。今では辺境の地の老人だからです。
央の国は女王の国。女王は自分の娘に後継となる女の子を産ませなければなりません。相手は問いません。遥か昔、女性が集落の外の男と関係して身籠るという形でした。それを受け継いでいるのですから。
エレーヌの母親は、14歳のとき、女性の扱いに慣れているというだけの理由でプレイボーイと名高い、要するに、ヤリチン野郎をあてがわれました。女王はヤリチン野郎と部屋に軟禁状態。妊娠の兆候が現れるまで部屋を出ることが許されませんでした。
「地獄だったと思うよ。私はそれを知ったとき、母の顔をまともに見られなかった」
ファウストが生まれました。
「それでも母は私に優しかった。いつも『貴方が男の子でよかった』と言ってくれたんだ。……。ごめん、エレーヌ。こんな言葉」
母親は、ファウストの父親を拒みました。そして、城への出入りを禁じました。それでもファウストの父親はますますモテ、城以外で開かれる舞踏会では引っぱりだこでした。王家に選ばれたというハクがついたのです。
母親は、女王として即位すると、ファウストの父親を辺境の地へ追いやりました。それほどまでに辛い経験だったのかもしれません。
ファウストは父親のようになりたくないと思いました。モテるとかチャラいとか(ヤリチン野郎とか)、そういった部類に「絶対なるまい」と自分を律しました。勉学に励み、心身を鍛え、人間としての品性を身につけようと切磋琢磨しました。
「お兄様は、望んだ通りの人になっていると思います」
「エレーヌは優しいね。そう言ってくれてありがとう」
どれだけ頑張っても、ファウストにはゴールが見えませんでした。女王となった母親の接し方は変わらず慈愛に満ちていました。しかしファウストは、いつもどこかで自分の存在が咎である気がしていたのです。
「今夜、空からの緑の光を受けて、許された気がしたんだ。それはただの気のせいとか勘違いかもしれない。けれど、波が凪ぐように、とても心が楽になった」
それを聞いたエレーヌは、母親にも狐火を見せたいと思いました。
「エレーヌ……。私は決して権力や王座が欲しいわけじゃない」
ファウストはそう前置きしてから語りました。
「私は、女系継承を考え直してもいいんじゃないかと思ってる。国の統治が、1人の不幸の上に成り立つのは間違いだ」
「お兄様、そこだけは強硬派すら意見しない部分ではありませんか」
それは全ての人が決して触れない、央の国の聖域です。
「エレーヌ自身が女王になることを望まないなら、私は母上を脅してでも、女系継承という制度を変える。央の国を取ることも辞さない。それが私のエレーヌへの愛だ」
「……お兄様」
なんという深い愛でしょう。エレーヌは、ファウストの正義に満ちた愛の前で怯みました。




