クズ男のハニトラ情報
翌日見送られるとき、1人、明らかにカツラでした。白くクルクルロールした裁判官が被るものです。
「ジジ、あの人?」
「はい。エレーヌ様を狙った、妃の息子です」
「感謝」
そのとき風が吹き、カツラが飛んで行きました。それを追いかけていく男の頭は、皮膚が見えるほど短いところと20cmくらいのところが混在して酷い有様でした。
昼食は屋外。焚き火で肉を炙りました。
「なんだかお疲れ様でした」
昨晩の騒ぎに参加しなかった御者が皆を労います。
「なかなか大変だったぜ」
と護衛。
御者の話によれば、妃は貴族ではないとのこと。
「そうなのか?」
ファウストは訝しげです。
「夫が死んで困ってたときスカウトされたそうです。その、なんだっけ、大臣がいっぱいいる一族に。男を手玉に取る才能があったらしく、とんでもない掘り出し物だったと一族が感心しているとか」
『恐るべし、ロリ顔マシュマロボディ』
「なんだよ、どこでそのネタ仕入れたんだよ」
護衛が御者に尋ねます。
「使用人が言ってた」
「女?」
「ま」
「ハニトラに気をつけろって言われてただろ。すっきりした顔しやがって」
護衛が御者にしゃぶり終えた骨を投げつけます。しかし御者はイケしゃあしゃあと言いました。
「こっちが仕掛ける分にはいーんじゃね?」
御者は、他にも様々な情報を得ていました。
「今じゃ都に近いところしか、栄えてないそうです。地方まで目が届いてなくて、役人がやりたい放題。農民が泣いてるとか。治安が悪く、暴動もちょくちょく起こっています。今、他の国に攻められたら負けると囁かれているという話です」
「城の使用人が、ピロートークであっても、そんな話をするとは」
ファウストは心を痛めました。
「役人が税の一部をポケットマネーにしてしまうことや、実際には戸籍より人が多いことが原因で、食糧不足に陥っているそうです。畑を捨てて金鉱山で働く農民がいるのも原因でしょう。パンの値段がどんどん上がって庶民の生活を圧迫しています」
「それは大きな問題だな。大丈夫だろうか」
心配するファウストを、エレーヌは元気づけます。
「お兄様、早く国王からの手紙を届けましょう。きっといい方向に向かいます」
「そうだな」
焚き火の中で木がぱちぱちと音を立てます。炎は片時も止まらず姿を変えます。躍り上がり激しく火の粉を撒き散らしたかと思えば、次の瞬間には小さくなって火の粉だけがぱらぱらと残ります。それを見ていると、エレーヌの心に、北の国王の言葉が浮かんできました。
『自分を殺そうとする妃のもとでしか、心を癒すことができんのだ』
なんという悲しい愛なのでしょう。
もしフォーが自分の命を狙っているとしたら……想像すらできません。
みんなの話題は、夜空のカーテンに移っていました。
「狐火を見に行くなら、手前の街で寒さに強い馬に変えた方がいいそうです。お勧めの宿を聞いておきました」
「「「「狐火?」」」」
「はい。夜空のカーテンのことを狐火と呼んでいました。狐が走る時、しっぽで雪が舞い上がって火になって空に上ったという話があるそうです」
『なんて可愛いお話なの!!』
エレーヌは夜空のカーテンを早く見たいと思いました。
「素晴らしいリサーチ力だね」
ファウストも感心しています。
「ついでに星宿る海についても何かあるかと思ったんですが」
『ですが?』
「聞いたことがないと言っていました」
「じゃあ、狐火って夜空のカーテンは星宿る海じゃないってこと?」
「はい、エレーヌ様。今のところ、そういった結果です」
エレーヌは落胆です。
御者は、北の国に入って、様々な女の子に「星宿る海」のことを話したそうです。
「女ってそーゆーの好きですよね。ロマンチックでモテそうなんで。自分の運命を知るとか、『君と一緒に見たい』なんて口説けるじゃないですか」
パッコーン
ジジは空になったお皿を投げつけ、御者を成敗してくれました。エレーヌが純粋な気持ちで信じている話を、女を釣るために利用しているなど不謹慎です。
「まあまあ。それで?」
ファウストがその場を収めます。
御者は「いてて」と頭を押さえながら続けました。
「北の国に入ってから、星宿る海の話、誰も聞いたことがないって言うんです。央の国ではみんな知ってた話なのに。国境の山を越えたとたん。だからオレ、あの話は北の国にはないって思います」
衝撃です。もっと早く教えてくれれば。
しかしエレーヌは考え直しました。早く知っていたとしても、北の国に来た以上、国王に挨拶するために、やはり同じ旅が必要でした。巡り合わせというものなのでしょう。
エレーヌは、狐火を見ようと決めました。
ep.1「貴方が産めば貴方の子」に加筆しました。大筋は同じです。




