ハニトラ人材不足です
央の国と北の国は、現在概ね良好な関係です。しかし、長い歴史の中には大きな戦争が何回もありました。隣国同士とはそういうものです。北の国は、国土の北半分が荒地で、太陽の恵みが少なく、作物を育てることが難しいのです。なんとか南へ国土を広げようと画策しています。周辺諸国の情報はそのために必要でした。なのでハニートラップまで使うのでしょう。
ハニトラ男は、エレーヌではなくジジを狙っているようです。
「城内について簡単に説明しておきます」
と、ジジに蝋燭でゆらゆら揺れる瞳を傾けます。ジジは冷静でした。
「先に、エレーヌ様をお部屋に」
「そうですね。では、その後に」
ドアが開けられ、エレーヌの部屋の蝋燭に火が灯されました。豪華で広い部屋。天井には絵が描かれています。
ジジは、きびきびとベッド、ベッドの下、クローゼットの中、窓の施錠を確認します。そして、部屋を出てドアを閉じました。
『ハニトラ!』
エレーヌは興味津々です。大急ぎでドアにぴたりと耳をくっつけました。
「OK? じゃ、君の部屋で説明しよう」
『きゃー、部屋へ入ろうとしてる』
「いえ、ここでお願いします」
「そうだね。この廊下の突き当たりを左に曲がったところにレストルームがある」
「はい」
「ここから見えるドアは中庭へ出る。ほら、見てごらん?」
「暗くて見えません」
「そうかな。もういちど、じっと」
ばしっ
『なんの音?』
「失礼。」
「な、何をするんだ! 唇が腫れるじゃないか」
「では、その汚い唇とやらを近づけないでください」
『へ? 唇を近づけた?』
「不意打ちでキスすれば、大抵の女は落ちるのに」
『ええーっ。キスしようとしたの?』
「大抵の女でなくて申し訳ありません」
「君、綺麗なのに男慣れしてないのかな? こーゆーときは、さりげなくキスしながら部屋の中へもつれ込むもんなんだよ」
「北の国は人材不足ですね」
「は?」
「その程度で全ての女が落ちると思ってらっしゃるなんて」
「なっ」
「私は、いつも美形を見ております。美しき血筋と名高い央の国の王族イケメン、護衛&御者は顔採用と囁かれるほど」
「顔採用なのか?」
「笑止。胸板もフェロモンも不足」
「えっ、部屋へは……」
「顔変えて出直してきな」
足音が1人分、とぼとぼと遠のいていきました。さすがジジです。
エレーヌは、蝋燭を消してベッドに横になりました。しばらくすると、ジジの声で目覚めました。
「エレーヌ様はお休みになられています」
部屋の外から、張りのある大きな声が聞こえます。またまたエレーヌは耳をドアにくっつけました。
答えたのは小さなぼそぼそした男の声でした。
「私は北の国の王子。控えなさい」
「王子ではございません」
エレーヌは北の国の王族の家系図を思い浮かべます。王子はいるはずです。亡くなった先の妃の息子が3人。
「王子も同然だよ」
『同然ってことは、え、王子じゃないの?』
「3人の王子はこの城からお出になりました。この城にいらっしゃるのは、現在のお妃様の連れ子です」
『え、ちょっと待って。妃って20代に見えたんだけど。聞こえるの、大人の声じゃん。妃っていったい何歳? @_@』
「なーんだ。自己紹介するまでもないのか。じゃ話が早い。君は知らぬふりをすればいいだけ」
「エレーヌ様は疲れています」
「だいじょーぶ。だったらすぐ済ませる。仕込むだけだから」
『? 何を仕込むのかしら』
「ご冗談が過ぎます」
「そっちだって有難いだろ? 女の子が生まれたらラッキーじゃん」
『ひっ』
目的を知ったエレーヌは固まりました。ハニトラどころではありません。犯罪です。
「切り捨てますよ。王族でもない男を切ったなら、正当に裁判が行われるはずです。北の国は厳格な法治国家」
「ほ、ほ、ほ、本当に切ることないじゃないか!」
どたどたたたたた
廊下を走って逃げていく足音が聞こえました。エレーヌは思わずドアを開けます。床には、金髪がとっ散らかっていました。
「エレーヌ様」
「ジジ、ありがとう」
エレーヌは全てを理解したという視線を送りました。
と、そのときです。護衛が走ってきました。
「ご無事でしたか、エレーヌ様。おっと。さっすがジジ」
護衛は床にとっ散らかった金髪を見て、ジジが害獣駆除をしたと察しました。護衛がこちらに来たということは、
「お兄様に何かあったのですか?」
「ベッドに真っ裸の女がいました」
「大変!」
央の国の王子がスキャンダルに見舞われるなどもってのほか。エレーヌは走り出しました。
「お兄様」




