貴方が産めば貴方の子
央の国に、それはそれは美しく、ん? な王女がおりました。
ん? というのは、なんと言いましょうかーーー
「ああ、この子らはお留守番なんです」
「借ります」
「いえ、お待ちください。お待ち、、、誰か、誰かーっ」
お馬番が止めるのも聞かず、王女は厩の馬に馬具をセットしてまたがり、もう1頭の手綱を持って出かけてしまいました。
出かけた先は狩場。まだ狩りは開始されていません。紳士達は山林横の草地で馬に乗り、談話しています。馬の足元には訓練されたマッチョな猟犬が群れています。始まるのはキツネ狩りです。
風下の物陰で馬を降りた王女は、2頭の馬を放ちました。
2頭の馬が現れると、紳士を乗せていた馬達が暴れ出しました。やってきた2頭を追いかけ、いななき、後ろ脚だけで立ち上がり大騒ぎです。本能を曝け出し、我先にと2頭の馬のお尻を狙います。
「うわぁっ」
「誰だ! 発情したメスを連れてきたのは!」
「こら、追うなっ」
わんわんわんわんわんわん
けたたましく猟犬が吠え、馬に踏まれないよう走り回り、収拾がつきません。
紳士達は馬を宥めるのに必死。キツネ狩りは台無しです。
ーーーと、まあ、個性的な王女でした。
その日、王女は、母親である女王に呼ばれました。
『あ”ー、バレちゃったか』
怒られるのを覚悟したのに、馬のことではありませんでした。
「エレーヌ、16歳になってだいぶ経ちますね。そろそろお婿さんを選びましょう」
その覚悟はしていません。エレーヌは5人兄妹の5番目。4人の兄達はまだ誰も結婚していないのですから。
許嫁が決まったという同級生の話はちらほら聞きます。それでもエレーヌは、自分の身に結婚話が降りかかるのは、もう少し先だと思っていました。
「お母様、私はまだ恋も知りません。結婚など」
エレーヌは、夢見る乙女でいたいのです。
「お黙りなさい」
「……」
「立場というものがあります。この国の秩序を守り、存続させる自負を持ちなさい」
「そんな、お母さ、」
「とっとと産みなさい。大変なんだから出産は。若い方がいいでしょ」
「そんな、お、」
「最初から女の子が生まれるとは限らないの。私みたいに何人も男の子しか生まれないかもしれない」
「そん、」
「誰の子だって構わない。貴方が産めば貴方の子!」
エレーヌはうちひしがれました。
『お母様、ひどい』
「秩序」と言った舌の根も乾かぬうちに「誰の子でも」とはなんということでしょう。母親は女王、国の絶対的権力者。子を産む奴隷となれと命じられたも同然。
エレーヌは、暗い廊下を歩き、自室でベッドに潜って丸くなりました。
『逃げよう』
エレーヌは決めました。決めてからの行動は早いものです。
『ドレスってめっちゃ非合理的』
きらめく布がふんだんに使われ、袖やスカートは別々の布。コルセットだけでなく、下にはあれを履いてこれを履いてここで結んで、と一人で着ることもできません。でも、脱ぐことは自分だけでできます。エレーヌはぽいぽいっとクソ重いドレスを脱ぎ捨てました。
すぽっ
エレーヌはときどきお忍びで城下へ遊びに行くときの町娘の姿になりました。被って胸辺りから腰までをきゅっと締めるだけ。シンプルです。足捌きはらくらく。エレーヌは城壁を登り、壁の凸凹とツタを伝って外へ出ました。
勝手知ったるなんとやら。外からは堅固で難攻不落な城であっても、中から外へ出ることは、それほど難しくありません。
満月は、エレーヌの行き先を明るく照らしてくれました。
エレーヌには行きたいところがあるのです。ーーー星宿る海ーーー
星が終わりを迎えて消え、新しい星が生まれるところ。そこでは風が美しい音楽を奏で、それを聴いた人は、自分の運命を知ると言われています。
央の国の誰もが知る話です。エレーヌは様々な本を調べました。旅の本、民話の本、天文学の本。けれど、どこにも載っていませんでした。
エレーヌは自分が女王になって央の国を背負うとは信じられません。優秀な4人の兄達を差し置くなど、理不尽です。
『絶対に私は、好きな人と大大大恋愛をして幸せに暮らす運命なの!』
そのことを確認したいのです。
歩いていくと、道の先に、煌々と篝火が燃えていました。エレーヌは夕食を食べていません。お腹がきゅるるると鳴ります。パンを分けてもらおうと、ふらふらと篝火に近づきました。
が、そこには4人の兄達が、覆面兵達を従えて待っていました。
「お兄様!?」
「最初にこのルートを教えたの、オレじゃん」
と4番目の兄。4番目の兄に教えたのは3番目の兄、3番目の兄に教えたのは2番目の兄、2番目の兄に教えたのは1番目の兄。でもって、1番目の兄に教えたのは母親である女王でした。
当然エレーヌの逃亡はそこまでです。
4番目の兄はエレーヌの鼻を弾きました。
「痛っ」
「狐狩りのときみたいに上手くいかなかった?」
エレーヌに向けられた悪戯っぽい笑いは、篝火のせいで半分哀しく見えました。明るいオレンジの光に照らされてできた濃い黒い影。
何頭もの猟犬に追われ、逃げ、追い詰められるゲーム、狐狩り。ゲームセットの後、人間に捕えられると、噛み殺せと猟犬の中に放り込まれます。エレーヌは、自分は狐になるのだろうと思っています。央の国の代々の女王達のように。
城内。
大理石の冷たさは、まだ追い詰められる前の心地よさでした。エレーヌは床に跪き、悪戯の後のルーティン通り反省の言葉を述べました。女王は数メートル離れた高い玉座。エレーヌが垂れていた首を上げて見つめると、女王は「はー」と深いため息をつきました。
「そうよね、エレーヌ。結婚なんて嫌よね?」
逃げるというアクションは、エレーヌの結婚したくないという強い気持ちを示したようです。それは女王の心を動かしました。
「お母様。私は世界のどこかにあると言われている星宿る海へ行きたいのです。風が奏でる美しい音楽を聴いて、自分の運命を知りたいのです」
女王はイスの肘掛けに肘をついて頬杖をつき、しばらく考えました。そして「そーね」と承諾。




