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【BL】終の先の住処(全年齢)  作者: しあわせ千歳


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9/9

【最終章】森の中でポツンと暮らすおじいちゃん半妖受けが若い青年に絆されていく、約束の恋愛小説。

 




 トタン屋根の紡久の家へと帰ってくる。


陽が昇る前に一大決心をしてこの家を出たのが既にずっと前の事だと思えたが、土間の隅に昨日の朝に信大が茹でた栗がある。鉄鍋の中に入れたままのそれはとっくに冷めている事だろう。


「朝飯に栗でも食べるか」


 畳の縁に座り汚れた足を手ぬぐいで拭きながら話しかける。

隣では靴を脱いだ信大がただこちらを見て微笑んでいた。


よく見れば信大の顔に擦り傷がある。着ている甚平にも泥が付いている。飯より先に着替えと傷の手当てだ。


「水、汲んでくる。お前は先に着替えていろ」


 指示を出し、立ち上がろうと下駄を履き直し脚に力を入れたその時、信大の両腕が伸びてきて横から抱き締められた。不安定な格好で支えられず、紡久の身体は畳の上へと倒れる。一緒になって倒れてきた信大に唇を塞がれた。


「ん……」


 これまでは触れ合うだけだったそこへ、信大の湿った舌が触れる。そのうち息が続かず紡久も唇を開けばそれを待っていたように彼のそれが中へ入ってきた。


「もっと口、開けて」


 吐息交じりの信大の声が紡久を急かす。こういった事に対する知識が薄く紡久にはどうしたら良いか分からない。それに、たった今、ふたりとも帰ってきたばかりなのだ。


「こら、落ち着け」


 覆いかぶさる信大の胸を両手で押し、隙間ができて紡久はやっと口を開く。信大は熱い息を漏らし、紡久の瞳を覗き込んだ。


「約束しました、抱いていいって」


「その前にまず傷の手当てと着替えを……んっ」


 人が喋っているのにまた唇を塞がれる。







✿ ✿ ✿ ここから、本文を修正しております ✿ ✿ ✿



「きす」が深まり焦ったが、紡久は彼の好きにさせる。

しかし主に怪我をしているのは信大だ。本人がそれで良いならまあ良いかと諦め、紡久は彼に身を委ねる。

相手は信大だ、悪いようにはしないだろう。


今がまだ陽の昇り切らない午前中だという事も忘れてはいないが、彼が嬉しそうなので仕方がない。


「紡久さん、かわいすぎ」


「……それは褒め言葉か、それとも貶しているのか?」


「褒め言葉です。紡久さんがかわいい、そのままの意味です」


 男がかわいいと言われて嬉しいものだろうか。複雑な気分になりながらも紡久は黙った。


 しかし息が保たない。口吸いがこんなに苦しいものだと初めて知る。必死に口と鼻で呼吸をしながら、紡久は信大の成すことをそのまま受け入れた。


 唇が離れるとなんとなく寂しさに似た感情が胸に湧き上がる。紡久はそっと、彼の手へ指を絡めた。


ずっと年下の信大にこんな風に甘えるのも初めてだ。自然と紡久の頬に朱が差した。


 信大は何も言わずに紡久の瞳を見つめ、繋いだ手の力を強める。それがまるで『離さない』と言われているようで嬉しかった。


 信大と手を繋いだまま何ともなしに畳の床へ視線をやると、そこに小物妖怪が二体、座ってこちらを見上げている。


「……っ、見るな、お前たちは向こうへ行け」


「やーだよー!」

「つむぐ真っ赤」


「紡久さん? 側に妖怪か何かいるんですか」


 信大もそちらを振り向いたがやはり見えないのだろう、すぐに紡久へ視線を戻した。

困った顔をつくり、紡久は頷く。

こんな時は妖怪の見えない信大が羨ましい。


「まあ良いじゃないですか、その妖怪に害はないんでしょ」


 そういう問題ではない。と思いつつ、妖怪を追い出したところでどうせまたすぐ戻って来るのだ、仕方がなく紡久は彼らの好きにさせる。今は信大と過ごすこの時を大切にしたかった。


 そっと、空いた方の手で彼の頬に指の背を当てる。信大の頬は思っていたより熱い。


「信大が好きだ」


 ぽろっとそんな言葉が溢れる。

それはどの時の告白とも違う心持ちだった。


信大はもう紡久のものだ。紡久ももう信大のものだ。何も恥ずかしがることなどない。人として同じ寿命の元、人を愛せるようになったのだ。


「俺も紡久さんが好きです」


 待っていた答えを、頬を染めた信大がくれる。これ以上に欲しい言葉などない。


初めて紡久から、信大へと心と身体を開いた。




✿ ✿ ✿ 変更箇所はここまでです✿ ✿ ✿





「紡久~、腹へった~」

「白米! 白米!」


 側で見ていた妖怪たちが話しかけてくる。このところは毎日、食事を作っては白米を分けてやっていたので、それで「白米」なのだろう。

うまければ何でもよくて、別に白米が食べたいわけでもないのだ。


「そうだな、朝飯にしよう。信大が茹でてくれた栗がある」


 起き上がり、妖怪たちへ答えてやる。

「やった~」と言いながら二体が畳の上で踊り始めた。いつもよりも妖怪の頭数が少ないのが残念だ。


「そうだ信大、怪我の手当てをしよう」


「はい」


 手当てと言ってもこの家に救急箱は無く、絆創膏も無いので出来る事は限られる。

庭に湧き出る聖水が残っていればと見てみると、窪みに溜めていた聖水までもが既に乾き切っていた。


あの時、土地は死んだのだ。つまりそういう事だろう。





 午後になり、信大が見た事のない板でその場に居ない誰かと話していた。

畑から戻った紡久は一人で会話をする信大を土間からただ眺めている。自分には見えない妖怪と話す紡久も信大にはこういう風に見えていたのかも知れない。


「遅くなってごめんなさい。遭難はしてない、俺は無事だよ」

「今? 群馬の山の中」

「信二、学校行ってるのか。偉いじゃん」

「もう少ししたら帰るよ」


 そんな信大の声が聞こえてきて、紡久ははっとした。


 信大はもうすぐ自分の家へ帰る。それは当たり前の事だ。どうして此処でふたりで暮らしていけると思ったのだろう。此処は紡久の家であって、信大の家は他にあるのだ。


 底知れぬ寂しさが胸に広がっていく。身体を重ね契りを結んだも当然なのだから、一生を共にするのだと思い込んでいた。


だがそう思っていたのは紡久だけだったのかも知れない。信大には自分の土地での生活があるはずなのだ。


「紡久さん。俺一旦、東京に帰るけど、またすぐ戻ってくるね」


「……戻ってくる?」


 話を終えたらしい信大が紡久のいる土間へと来て言う。信大は自分の家に帰り、もう会わないのだという紡久の解釈は違ったらしい。


「紡久さんが普通の人になったなら、ここで一人の生活は危険だと思うんだ。もし紡久さんが良ければだけど、どこかでアパートでも借りて一緒に住もう」


「私が此処を離れるのか?」


 信大の言う事の半分は理解ができないが、下山しどこかでふたりで暮らそう、と言われたのは分かる。

だが紡久はこの家での昔ながらの生活しか知らない。


若者の多い街で現代の人々と同じ暮らしが出来るのか、不安に思う事はたくさんある。それでも紡久の胸に浮かぶ答えはひとつだ。


「少し時間をくれ。土地を離れる準備がいる。その後ならどこへでも、信大に着いて行こう」


「やった! 紡久さん大好き!」


「わっ」


 抱き締められ、持ち上げられる。信大の強い力でくるくると回る。大人になってから抱っこをされるとは思わず怖くて狼狽えたが、信大が嬉しそうなのでまあ良いかと好きにさせた。


 それから三日後の朝に信大は一度、東京の家へ帰った。長く家を空けて家族が心配しているそうだ。


此処へ戻ってくるのにひと月はかかるらしいが、その間にふたりで住む家を見つけるなど準備をしてくれる。紡久もその間にやる事を済ませよう。


 半妖の紡久にとってひと月などあっという間だが、人になった紡久には長いだろうか、それとも意外と短く感じるだろうか。


信大は本当にひと月で帰ってくるだろうか。ひと月の約束を破ったりしないだろうか。ひと月経ったら信大が心変わりしないだろうか。


それは紡久も同じで、今は信大と街で暮らそうと思えるが、その時になって怖気づき嫌になったりしないだろうか。不安を思えばきりがない。


 だが今は信大の「戻ってくる」という言葉をただ信じて、やる事をしよう。


 紡久はここ生家で数日かけて藁を編む。切れてしまった御神木のしめ縄を新しくするのだ。


あの木にはもう土地神は宿っていない。だがあの木には紡久の百四十年分の思いが詰まっている。思い入れのあるケヤキなのだ。


 藁を編む途中で親指の腹を少し切ってしまった。これまではどんな怪我も瞬く間に治る半妖だったが、なんと傷は直ぐには治らず痛みが半日も続いた。これが人の痛みなのだと嬉しくなった。


今度、最寄りの集落の店で絆創膏を買おうと紡久は心を躍らせたのだ。


 人になった実感は他にもいくつかある。これまで気の向いた時に数日に一度、茶碗一杯の玄米で満たしていた腹が全く満たされなくなった。


日に二度は茶碗大盛二杯の飯を食わないと腹が減って腹が減って仕方がないのだ。


しかも人の欲は底知れないと聞くがそれは本当のようで、やはり信大が恋しい。

今でも身体に残る信大の温もりを思い出しながら、紡久は彼の帰る時を待ち望みに指折り数えながら冬先の山の家の中で自分の布団に包まっていた。


 この生家を紡久の終の住処としていた。


どのみちこの土地に縛られ山を出られない身だったからどこかへ行きたいなどと考えたのは若かりし頃までだ。この山には馴染みの妖怪も多い。毎日は姿を見せなくともたまに紡久へ会いに来てくれる個体もいた。紡久が土地を離れたら妖怪たちも寂しがるだろうか。


 たまには此処へ帰って来よう。街の暮らしに飽きたならまた此処に住んでもいい。だがしばらくは信大と街で暮らしてみよう。


きっと知らない事だらけだが優しい信大が教えてくれるばずだ。


 土地を離れても持って行くものは沢山ある。この棲み慣れた不便で愛しい生家から大好きな信大と共に、ここを巣立つのだ。





おわり







 







 

 

お疲れ様でした。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


いかがでしたでしょうか?

頭の硬い古臭い考え方の紡久と、柔軟に物事を捉えられる現代っ子の信大の恋の物語でした。

この後はどうなるのでしょうかね?

果たして都会の暮らしに紡久は慣れる事ができるのか!? いや無理でしょゼッタイ!

とか個人的には思ってしまいますが、しばらくは愛の力で(?)耐えられるかな!?

信大のあつぅーい介護が待っているかも。


そんなこんなで妄想は尽きませんが、

物語はいったんここで終わりです。

もし、もしも、続編が気になる〜などお声がけ頂ければ、気まぐれにまた書き出すかもしれません。あくまでも、かも、ですよ?^ ^ えへへ。


兎にも角にもここまでお付き合い下さり誠にありがとうございました!!!





 

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