運命の出会いに、偶然出会う
「ようく降っておるの。奥の部屋で休んでおったが、表の方で騒いどるのが気になり来てみたが、泥棒ではなさそうだの」
半分ほど外側に扉を開き、7、80代に見える老人がこちらを伺うように顔を出す。
腰も曲がっておらず、声も外の風に負けずに響いていた。
木の実のような帽子を被っている。
「すみません、勝手に軒先に入り込んでしまって」
素早くズボンを履き直し、ボタンは後回しにしてシャツで隠す。
「ここは店舗だから誰でも歓迎するわい。玄関はここだしな。扉を閉めたいのだが、そこで雨宿りをしておるかい、それとも入るかのう?」
「あの、靴が泥に入ってしまったので脱いでしまって、今は裸足なんですけど」
「床は水拭きだから構わぬわ」
僕が入ると、老人は何度か扉を開け閉てする。ぴったり収まったようで物音が立たなくなる。
老人が背を向けて作業している間に、僕はズボンのボタンを留めた。
天井にあるランプの形をした灯りがつけられると、室内のいたるところに置かれた物の正体がわかってくる。
絵画、陶器、宝石、首飾りや指輪、石のかけら、貝殻、人形、ぬいぐるみ、地図、書籍雑誌……
世界中の芸術品や土産物を一部屋に詰め込んだらこんな風になりそうだ。
老人は奥の部屋に入り、しばらくすると珈琲を持って現れた。卓上に物が置かれていないテーブルは一台だけのようだ。
二脚ある椅子の勧められた方に座る。
「決まった時間に、営業をしておるわけではないのでな。今日は閉めておった。気が向いた時に店を開け、気が向いた客が来てくれるだけだからのう」
「それって、運命の出会いみたいですね」
今日は運命という言葉が何故だか気になってしまい、つい口から出てしまう。
「ただの偶然の出会いかもしれんがな。どちらも似たようなものだわ」
「いまさらですが、ここって、何のお店なんですか、喫茶店ですか、それともアンティークショップですか」
「心配せずとも、珈琲の代金は取らないわ。ここにあるものは、わしが若い頃に世界を旅をした時の思い出の品たちだ。誰かに譲ることもあるが、儲けが目的ではないわ。そうさな、個人的な博物館のようなものだわ。それでも、それなりに来客はあるものだがな」
「看板には何て書いてあったんでしょうか、文字が消えていたような」
「さて、あれは前の持ち主の忘れ物だから、わからん。以前ここは喫茶店だったようでな、その名残りの道具があったので、わしも珈琲を出すこともあるがな」
僕はカップを空にした後、部屋の中を見て回る。
木製の棚の上にある小さめの陶器人形を手に取ってみるが、値札が張られているわけではないし僕には価値がわからない。
その下は、本棚のようだ。
子供向けの絵本のような小さく薄いものや、机に載せなければ開けない大型の画集、見たことがある文字、記号としか思えない文字の本もある。
英語の本であれば勉強にもなるし、ペイパーバックであれば安いかも知れない。謝礼がわりに譲ってもらうか。
目星をつけて一冊を引き抜こうとするが、意外と本同士が詰め込まれていて抜き出せない。
まずは取り出しやすそうな背の高い本を引き抜くと、その空白に他の本が傾いてくる。
ドミノ倒しのように列が乱れ、そこから一冊の本がこちらに向かって空中に飛び出して来たので、落下する前に捕まえる。
緑色の布張りの大型の本だ。
タイトルも作者名も無い。
表紙に地図のようなものが貼られている。
馬鈴薯のような形をした大陸が描かれている。細密画のようだ。
「ほう、その本を再び目にするとは思わなかったのう。そんなところにあったとは。わしが見た時とは少し色が変わっておるようだがな」
表紙を開こうとした時に、背後から老人に声をかけられた。