揺れる、気持ち
穴の底のウルドの灰は埋め戻され、土饅頭の上には三本の枯れ枝が立てられた。
「墓標ですか」
僕の呟きに、ダルトレイが答えを返す。
「いや、誰かが間違えて掘り返さないための目印に過ぎない」
この先の村で、どんな魔物が待っているか分からないが、王国へ引き返すとしても足が必要だろう。
馬車は、魔王討伐隊が森の先に広がる大地の裂け目の調査を終えるまでは、村に停留するという。
とりあえずは、村まで同行してから行き先を決めよう。
ここに留まっていても良いことは無いだろう。
ここまでの道行でのことを思い出し、馬車に急いで乗り込もうとするが、マジクルは体型に似合わず意外と身軽なので、先に席についてしまっていた。
乗員は昨日と同じだったが、今日は僕がマジクルとマッホとの間に挟まれることになった。
マッホに迷惑が掛からないようにマジクルを押し留めようと努める。
窓外を流れる景色は、段々と草丈が高くなって来ていた。
霊峰だというノルアス山の偉容も迫って来る。
麓には森が取り囲んでいる。
その手前の村は、まるで、ミニチュアのように見える。
北方の大地は起伏が多いようで、車輪がホッピングを繰り返す。
「あ、ごめんなさい」
車内が揺れると、反射的にマッホが僕の手を掴んで来て、その度に彼女に謝まられてしまう。
座席は長椅子だけなのでベルト等で固定されていないし、肘掛けも存在しないので、掴まるものが無いのだろう。
「馬車に、乗り慣れていないのです」
「僕も同じですから、わざわざ断らなくても大丈夫ですよ」
車輪が地面の石に乗り上げたようで、マッホが急接近して来た。
「すみません。やはり、ご迷惑ではありませんか?」
「平気ですから」
「それなら、良かったです。本当に、宜しいのでしょうか?」
「構いませんよ」
「それでは、お願い致します」
その僕の返答に、マッホは自分の身体を近付け、両手で僕の手を掴んで来た。彼女の体温が伝わって来て、気恥ずかしい。
「ありがとうございます。安心しました。空を飛ぶのは平気ですが、地面の揺れは少し苦手なのです」
何か互いの認識に齟齬があるよな気がするが、指摘するのも悪いような気がする。
車内が振動する度に、握られた手に力が込められる。
王国付近の街道は手入れをされていたようだが、この辺りは、草が踏み倒されて道の様になっているだけのようだ。
やがて、手を掴む力が弱まって来たので、馬車の揺れに対して慣れて来たのかと思い横目で見てみると、寝息を立てていた。
「マッホは、緊張しておるようだわ。なにしろ、旅に出るのは初めてだからのう。それも、魔王退治だとは重荷であるわ。ヨミトよ、孫を少し休ませてくれんかな」
マジクルが、僕に視線を向けてくる。
「この子の両親に魔力の素質は無く、先祖返りなのだ。そのせいもあり、親子関係が上手く行っておらん。わしが祖父であることも魔法学校では妬まれておるようで、親しいものがおらんのだ。お前さんは、同世代のようであるし、マッホと仲良くして欲しいのだがな?」
「勿論です。けれど、彼女が良ければですが」
「嫌われては、おらんよ。お前さんが馬車に乗り込む時、マッホは自分から話しかけておったであろう。珍しいことだわ」
馬車は立ち止まらずに走り続ける。
他の人達は目を閉じて休息していた。追手の姿は無いのだろう。
ノルアス山が近づいて来ると、中腹に、無数の穴が整然と並んでいるのが見えてきた。
「あの穴は、何ですか?」
「どれであろうか?」
マジクルは車窓から身を乗り出すようにして探すので、そのまま落下しないか不安になる。
僕はそちらを、指さした。
「あれは、教会の跡だな。信徒が時を掛け、山を刳り抜き作り上げた伽藍だわ。一時は王国の別荘としても使われておったが、今は廃墟になっておるわ」
「どうして、使われなくなったんですか?」
「麓に、森が見えるであろう。昔は、聖なる森と呼ばれた神域であったが、今は、迷いの森と呼ばれておる」
どれほどの広さがあるのかは、ここからは分からなかった。
「歴史書には、森に魔物が現れた時のことが伝えられておる。その時、山腹の教会も襲われて、殆どのものが命を落としたそうだわ。山の頂の氷土に逃れ、生き長らえた者達も、その後は山を降りて、森の手前に村を作り移住したと云うわ。それ以降、森から先は、禁足地になっておる。だが、今でもノルアス山が霊峰であることは変わらず、仰ぎ敬っておるようだ。わしらが目指しておる村は、そこだわ」
山頂は万年雪に鎖されているように、白一色に塗られていた。
「村で何が待っておるか、わしにも判らんわ。今のうちに休んでおくのだな」