走るものと、追うもの
そこにあったのは、一面の草原だった。
植物に覆われた世界のようだ。
丈は膝ほどで高くは無いが、地の果てまでも続いている。
遮るものがないので、微かな風でも遠くまで吹き渡るようだ。
葉先が陽光に透け、白い魚の群れが泳いでいるように輝いていた。
彼方には、大陸を縁取るように山脈が取り巻いているのがわかる。
北のノルアス山という霊峰だけは天に突き出すように目立ち、頂には雪が白く積もっていた。
王国手前だけは馬車が行き交うからか、地面が剥き出しになっている。
そこから北へ向けて、一本の道が伸びている。
馬車同士がすれ違える程の幅がある。地表の起伏や道の蛇行があるので全てを見通せるわけでは無いが、ノルアス山の麓に見える森まで続いているようだ。目指すのは、その手間にある村だ。
馬車は北へ向けて走り出す。
その街道の始まりには、両脇に石積みの塔のようなものが置かれている。標識のようなものだろうか。
車内では時折誰かが話し出すが、長くは続かず、車輪の立てる音だけが響いていた。
窓から見える景色には変化が無く、窓枠で切り取られたそれは、青空と草原という題の風景画のようだ。
中天に太陽が登った頃、馬車は止まった。
後部扉が開かれたので、車外へと出る。
昼食の時間だろうか。
身体を伸ばし、軽い体操をする。
常にマッホのことを気にしていたので関節が強張っていたようだ。
木陰になるような場所を見つけ荷物を拡げる。
思い思いの場所を選び、食事の包みを開いてゆく。具材は異なるが、朝食べたものと同じだ。
御者が温かい飲み物を配ってくれた。
遠足のようだ。
そのまま草に倒れたら眠ってしまいそうになる。
そういえば、昼寝をしたことで、この世界を再訪したのだったな。
「匂うな」
今まで一口も喋らなかったサンダムが呟く。
鼻を利かせてみるが、草いきれがするだけだ。魔物の気配があるのだろうか。
周囲は開けた草原が取り巻いていているだけで、僕にはその理由がわからない。
「ふむ、何者かが、跡をつけておるのかもしれん」
マジクルも辺りを見廻し、同意する。
「見てこよう」
ダルトレイが立ち上がり、草叢のなかに入ってゆく。
「私も行きます」
ジョンズも慌てて後を追う。
フィンとサンダムは周囲を窺っているようだ。
もう一台の馬車の乗員からも何人かが、後を付いて行った。
「魔物でしょうか?」
僕はマジクルに尋ねてみる。
「わからぬ。微かな魔力を感じたのだが、小さな魔物か、逃げてしまったのか、はっきりせんな」
マジクルが頬張ったまま返答をする。
「そんなに大勢の方で探し回っても、相手が警戒してしまうだけですよ」
マッホは諦めたような口調だ。
しばらくすると皆は戻って来た。
「馬車と並走して草が倒れていました。何者かが跡をつけていたのは確実です。土が乾いていたので足跡は、はっきりしませんでしたが」
ジョンズは地面を探し回ったのか、手足が土で汚れていた。
「御者がこの先に休憩小屋があると言っている。食事を終えたら、そこまで急ごう」
ダルトレイが皆に伝える。