離れた場所と、かけ離れた世界
前方の席から、晩餐会場に移動する。
会場奥の壁際には、王様専用のテーブルが横向きに置かれていた。
他の参列者は、長方形の部屋に合わせて、縦にテーブルが置かれている。継ぎ足されて長くなっているようだ。
先程見かけなかった女性が、弟王の隣で食事をしていた。
紹介は無かったが、弟王の妹が妃なのかも知れない。
兄王は結婚していないのだろうか。
互いの交流を深めるためなのか、王宮兵士と魔法使いはテーブルを挟んで向かい合って座っていたが、僕の席は一番遠い場所だったので声は聞こえてこない。
王宮の晩餐会だというので、食事は豪勢で味も美味しいのだが、時折、僕のいる世界では見たこともないような食材が混じっているので、何を食べて美味しいと思ってしまったのかと困惑してしまう。
そもそも、この世界で食事をする必要はあるのだろうか。
目覚めた時には、どう感じるのだろう。
暑さや喉の渇きを感じるように、この世界で餓死することもあるのだろうか。
食事の終わり頃、僕の元に大臣が現れた。
「王様が挨拶をしたいと申しておりますが、食事は終わりましたでしょうか?」
「はい、大丈夫です。食事のお礼をしたいと思いますので」
もし、この世界に暫くいることになるとしたら、王様に会っておいた方が、後々の役に立つだろうとも計算していた。
参列者の背後を通り、前方へと進んでゆく。
長テーブルの端には、勇者フィンの姿があった。僕の視線を感じたのか、こちらに一瞬目線を向けるが、大臣が僕のことを王に紹介し出したので、すぐに卓上へと顔を戻してしまった。
王の面前へと、出る。
跪いたりした方が良いのだろうか。
この国の作法がわからない。
「お前が旅人か、歓迎するぜ」
ラコル弟王が、盃を軽く持ち上げて気楽に声をかけてくる。
「一杯どうだい、上等なやつだぜ」
顔が赤い。酔っているようだ。
「ラコル、旅人の住む世界では未成年の飲酒は禁じられているという。そうであろう?」
ウォルド兄王が執り成してくれる。
この兄弟は、いつもこのような関係なのだろうか。
「そうよ、あなた、無理に勧めては駄目よ。ごめんなさいね、この人は、いつもこうなのよ」
弟王の隣の女性が嗜める。
やはり、妃なのだろう。
王族としては気さくな感じを受けるが理由があるのかも知れない。
「ねえ、旅人さん。あなたの名前はなんて言うのかしら?」
その女性に、尋ねられる。
「そうだな、皆にも旅人のことを知らせてやらなくてはな」
ラコル弟王は、立ち上がる。
手を打ち鳴らして、注目を集める。
「食事は楽しんだかね。今日は、もうひとり主役がいるんだ。迷子の旅人だ。さぁ、後は任せたぜ。お前さんのことを知ってもらうといい」
弟王を治めてくれるようにウォルド兄王の方を見たが、意外な返答をされた。
「頼めるかな。この世界では、旅人は変化の兆しであると言われている。勇者が認められた日に現れたなんて、他の者も吉兆だと思うはずだ」
皆の視線が僕に集中している。
断ることは出来そうになかった。
覚悟を決め、言葉を発する。
すぐ近くいる勇者フィンの視線も感じる。
「白瀬 詠人です。ヨミトと呼ばれることが多いです。この世界では旅人と呼ばれるようですが、向こうの世界では、学生をしています。突然、この世界を訪れることになって戸惑うことばかりですが。よろしくお願いします」
僕は自己紹介が終えると、何故だか拍手をされる。
食事の後、僕は行き先が無いので今日は王宮の空き部屋に泊めてもらうことになった。
外は、勇者の旅立ちの準備に忙しいようだ。
眠りにつけば、元の世界に戻れるのだろうか。
そのことに、早く気付けば良かったな。
外の廊下を行き交っていた足音のひとつが、僕のいる部屋の前で、突然に止まった。何か用だろうか。
扉がノックされる。
「どなたですか?」
この世界に、深夜に訪ねてくるような人に覚えは無い。
「夜遅くに、すまない。話したいことがあるんだ」
扉が厚いようで、声がくぐもって聞こえるので誰だかわからない。
正体は分からないが、王宮内に不審なものが紛れ込んでいるとも思えない。
それに、鍵も掛けていなかった。
「お入り下さい」
部屋のドアを開けると、そこにいたのはフィンの姿だった。勇者が訪ねて来たのだ。
「どうしたんですか、こんな夜中に」
とりあえず、部屋に入ってもらうことにする。
ひとつだけあった椅子を勧め、僕はベットの縁に腰掛ける。
「何の用なんでしょうか?」
「頼みたいことがあるのだ」
いきなり、力強く手を握られる。
「ヨミトに、魔王討伐隊に加わって欲しいんだ」