不在の王と、二人の王
勇者の任命式は、謁見の間という場所で行われた。
百名ほどが、一部屋に集まって来ている。
椅子が整然と並べられており、身内同士で固まって話をしている。
王国民は居らず、王宮の関係者が多いようだ。先程の長老連の姿もある。
僕は居場所が無いので、部屋の隅の方に空席を見つけ、壇上を眺めていた。
玉座は、部屋の最奥に設えてあり、前部が階段状になっている。
王族達に見下ろされる舞台装置だ。
部屋の入り口から、そこまで絨毯が部屋を横断しており、通路として開けられていた。
最前列は、魔王討伐隊のための専用席のようで、王国の兵士と魔法使いとが絨毯を挟み、左右に分かれて並んでいる。
僕はこの世界での一般的な服に着替えたのだが、生地が薄く軽いので通気性が良すぎて気恥ずかしい。
一枚の布の中央に穴を開けて、そこから頭を出す貫頭衣と呼ばれるもので、余った布は腰に帯として結ばれている。
今、着ているのは正装用で、一般的なものと形は同じだが、糸が細く光沢がある高級品だという。
下着も同じ素材なので、何だか心許ない。
足下は木靴で、履き慣れないので歩き難い。
兵士たちは、鎧と、綿糸で編んだジーンズのようなものに革靴。そちらの方が良かったが、僕は兵士では無いので仕方がない。
兜は被らず膝の上に載せているようだ。
魔法使いは、暗色の全身を包むようなマントやローブ、それに先端の尖った帽子という、いかにもな格好をしているが、それが正装なのだろう。杖を持ったものもいる。
部屋の外から、ラッパのような音がする。
話し声が途絶え、席を離れていた人達も戻る。
任命式が、始まるようだ。
扉が開かれると、先頭に楽団が現れた。
前方へとは進まず壁際で向きを変え、扉のある壁前に立ち並び演奏を始める。
王様達が入って来た時には人々が歓迎の意を表すために起立したので、姿は見えなかった。
しばらくして、壇上で一列になり王族は着席をする。遅れて、参列者たちも席に着いた。
封魔の剣の台座の上でも見かけたマント姿の大臣が、ここでも司会を務めるのか、玉座の椅子の背後に立っている。
「ユニバス王は、今も、病から立ち直れず床に臥せっており、生出になれないという。その息子である、ウォルド、ラコルの双王に代理として、この場での勇者の任命者の役目をお願いすることになった」
中央の玉座は空いており、少し奥へと椅子が置かれていた。
その両脇に、二人の男性が座っている。兄弟なのかも知れないが、王様が二人とは珍しいような気もするが。
いかにも王様だという飾りの多いマントを羽織り、王冠を被っていた。二人とも似たような格好をしている。
「まずは、王から、お言葉をいただけますかな」
右側の男性が立ち上がる。
肌が青白く、表情からは神経質そうに見える。
中年より手前の、三十代ほどに見える。
「ウォルドだ、皆も知っての通り、魔物たちは王国民を苦しめている。一刻も早く、その苦しみからの解放を願っている。そのための協力を惜しむことはない」
こちらが兄なのだろう。代々、ウォルドという名は、王として継承されていると言っていたが、父親である王が病だとはいえ存命なのに、その名を引き継いだのだろうか。
空席を挟んだ左側の男は、勢いよく立ち上がる。
日に焼けているせいもあるのか野生的に見える。
「弟のラコルだ。兄と思いは同じだ。俺が力を貸せれば良かったのだが、それは叶わなかった。それぞれに役目はあるのだから、自らの役目を果たすまでだ。何か、力になれることがあったら言ってくれ」
やはり、兄弟のようだ。
弟は、自分が勇者に選ばれると思ったのだろうか。
ウォルコル王国とは、おそらく、この兄弟ふたりの名前を合わせたものなのだろう。
「それでは、これより勇者の任命式を始める」
楽団が音楽を再開する。
扉から、赤毛の勇者が姿を現した。