いままでと、これからの物語
王宮内部では、慌ただしく人が行き交っているようだ。
今晩、王様による勇者の任命式があり、その後に晩餐会があるという。
旅人の僕も、王様や王族の皆に一度に拝謁する良い機会だからと招待を受けていた。
その場で、王国の兵士から集められた精鋭と魔法使いたちからの志願者で結成された、魔王討伐隊が披露されるという。
今は、その喧騒から取り残された場所に僕は居た。
そこは、宮殿内にある図書館の一室で、王の偉業を歴史書として残すための会議場であるという。
図書館といっても一般には公開されてはいないようだが。
円卓の上には、様々な書物や手書きの紙片が山と積まれている。
僕を入れて、十人が囲んでいるのだから大きなものだ。
「まずは、この世界のことから説明をしよう」
向かい側の老人が代表のようで、受け答えするようだ。
皆同じように歳をとった男性ばかりで、長老連と呼ばれているという。
「この大陸には、オネという名があるが、通常は大陸とだけ呼ばれている。他と比較することが無いからな。王国は、代々引き継がれる王の名前と同じで、ウォルド王国と呼称されている。現在の王の名は、オネ・ウォルド99世だ。だが、人々の中にはウォルコル王国と呼ぶものもおるな。これについては、後ほど王に会った時に理由がわかるであろう。王国全体は、高い壁で囲まれている。地図の中央辺りに円環が記されているであろう」
手元に、一枚の地図が置かれている。あの本の表紙に貼られていたのと同じようなものだ。
大陸の外周は連峰に囲まれていて、でこぼこしているので、馬鈴薯のように見えたが、全体としては、卵のように一方が伸びた楕円形をしているようだ。王国は卵の黄身部分だろう。
「内側に向かって、畑や農園、城下町、市場や商店街、教会や市民のための施設、そしてその中心になるのが、ここ、王宮だ。それぞれの地域は壁で区切られ、層に分かれている。特に王宮は、城壁に守られ水堀も掘られているな」
「壁が多いのは、何故ですか?」
「この王国の始まりは、今も王宮の裏手にある湖だったという。人々の交易の場になっていたのだが、辺りは岩山が多く、往き来に苦労したという。人が増え出した頃、定住し出したものが現れたのだが、その際に石を活用して建物を立てたというのだ」
この世界で見てきた建物が、どれも石造りだったことを思い出す。
「今まで障害物だったものが、身を守る役に立つというので、他のものも真似し出したのだ。その頃は野生の獣も多く、高い壁で周囲を取り囲んだという。その輪が広がるように王国は出来上がったので、今でも壁を作りたがると伝えられておる。近頃では、王国から出ずに生涯を終えるものが多いとも聞くがな」
「そうですか。それでは、王国の外はどうなんですか。兵士は、ここ以外に大地は無いと言っていましたが」
「大陸の外のことから先に話すとするか。古の歴史書よると、この世界は、水に沈み滅びゆく運命のはずだったというのだ。しかし、この場所だけは山脈に囲まれていたので助かったという」
「外には無かったのですね」
「我々も、過去の歴史書や記録を調べ、船も出して出来る限りの調査をしたのだが、沈んだ大地の痕跡の報告があっただけだ。そちらの世界には多くの大地があるのであろう」
以前にも旅人の話を聞いたことがあるというが、それから時間も経っているというので、僕は尋ねられるまま、自分のいた世界のことを話した。
「王国以外では、四方に人の多く住む場所がある。南には、サウアという漁村があり、毎日収獲されたものが王国の市場へ運ばれて来ている。大陸から海へ出られるのは、そこだけだ。山脈の底部の一部が崩れ、洞穴のようになっており通り抜けられるのだ。この世界が水没した後に崩れ、船で漂流していた我らの祖先がそこから上陸したと考えるものもおるようだがな」
海岸の様子は地図にも描かれている。
「西の山腹付近の地層には金や宝石などの鉱物が多く含まれているようで、ウェアスという集団が根城を変えながら採掘をしているという」
地図にも、はっきりした住居は記されていないようだ。
「東のエストは炭鉱町、地下深く複雑に坑道が伸びている。ようやく現れた勇者は、ここの坑夫だと言っておったな」
「どのくらい時間がかかったのですか?」
「魔物が現れてから三月は経っているな。封魔の剣は、王国内の記念公園に置かれており、誰もが手に取り自分が勇者か判別することは出来たのだが、王国民から選ばれたものは出なかった。大陸中に御触れが出され、誰もが王国へ連れて来られたのだ。あやつは人の多い場所は嫌だと炭鉱の地下でやり過ごしていたようだが、あらかた候補者もいなくなり、残りのものたちを、ようやく引っ張り出してみたら、勇者だとわかったのだ。それは数日前の出来事だ」
突然あんな大勢の前に立たされてどう思ったのだろうか。
「今日、あの場所で剣を引き抜いたのではないんですか?」
「既に選抜の儀式の際に見出されておったわ。今日のあれは、王国民に勇者の姿を披露するための舞台だ。大臣も兵士長も、派手なことが好きだからな。この世界には争いをする敵国が存在しないし、魔王も勇者にしか封じられぬから自分達が目立つ場が無いのだ。それに、旅立ちの準備にも時間は必要だ。今日の朝からの招集の鐘で集まった皆だって、そのことは勘づいておったであろう」
その場に僕は居合わせたということか。
「魔物というのは、どんなものなのですか? 皆さんは遭ったことがありますか?」
「ここにいるものたちも書物のなかでしか知らんのだが、詳しいことは記されておらんようだ。調べようも無いしな。ある時、突然大地が裂け、地底より這い出す存在としか言いようが無い。植物を根から枯らしたり、獣の身体を操り暴れるというが、魔物に直接触れることは出来んようだ。黒い影が見えるだけだという」
「封魔の剣で魔王を封じることが出来るのは何故でしょう? それに、魔物と魔王は違うんですか?」
「魔とは、本来、人を惑わす事や存在のことを言う。魔物とは、まさに魔の事物だな。だが、魔法とは魔物の方法ではなく、自然の理を変えてしまうことをまるで魔物のようだと人々が恐れたからで、それゆえ魔法と呼ばれているのだ。現象だけを見るのならば、どちらも変わらぬのかもしれぬ。だからこそ、魔王は封じられるのだが、完全に消し去れぬ理由でもあるのだ。この世界が滅亡しかけたのは、魔王の仕業だとも、魔法の悪用の結果だともいわれているがな」
もしここに魔法使いがいたら、怒り出しそうな話だが。
「魔王は、魔物のなかの意識を持った存在をそう呼んでいるのだ。全ての魔物を操ることが出来、人間さえも操ることがあるという。蛇の頭のようで、そいつを封じてしまえば、尾の魔物どもも大人しくなるようだ」
「だから、魔王を討伐するというのですね」
「北に、ノルアス山と呼ばれる他よりも倍ほどの標高の霊峰がある。その麓にある森の手前には村があるのだが、そこの畑を凶暴化した獣が度々襲うようになったという。王国へも助力の嘆願が出され王宮の兵士が手を貸しているのだが、幾ら倒しても減ることが無いので、調査団を派遣したところ、大地の裂け目が見つかったという。今も静かに裂け目は広がっているようで、森に入ることを禁じている。勇者の最初に目指すべきは大地の裂け目へと向かい、魔王の痕跡を見つけ出すことだ。調査団ではわからなかったことでも、封魔の剣の助けによってわかることもあるかもしれない。魔王が魔物を操っているのだから、逆にそれを手繰ることで辿り着くことが出来るかも知れないからな」
「もし、勇者が倒された時はどうなるんでしょう? その時に封魔の剣を失ってしまったら」
「勇者が倒された時は、新たな勇者を剣が選ぶ可能性が高いように思われるな。今までの多くのものが選ばれたように。剣が失なわれてしまった場合は、再び封魔の剣を創り上げるしかないが、それには時間も、魔法使いの犠牲も必要になるであろう。それまでに世界が裂け目に覆われていなければ良いがな」
「封魔の剣は、どのように勇者を選んでいるんでしょうか?」
「剣には多くの魔法使いの魔力が込められているし、それを手にした歴代の勇者の思いも残っている。その積み重なりにより、剣自らが、相応しいものを勇者として選ぶといわれている。質問は、まだあるかね?」
「あと、少しだけ。これまでの旅人は、どのような人達だったんでしょうか?」
「記録によれば、年齢も性別も人種も異なっているようだ。私も、一度だけ会ったことがあるが、お主よりも小さな男の子だったな。そうだ、ひとつだけ共通点があった。それは、皆、偶然手に入れた本を読んだ後で、眠りについたことでこの世界を訪れるようになったのだという」
やはり、あの本が影響していたのか。もしかして、あの本を譲ってくれ老人は少年時代に旅人としてここを訪れていたとか。
「その頃のことを、何か覚えていませんか?」
「そうだな、王国で旅人が現れたと話題になっていた頃に、通りすがりに見かけただけだからな。私も小さい頃で人見知りだったので、その時に話しかけておれば良い思い出が残ったかも知れないな。そのうちに、姿を消してしまったからな。その分、今はお主には聞きたいことが山ほどあるわ。他のものは、旅人に会ったことはないかね?」
周囲に座っている人達に尋ねてくれたようだが、返答は無い。関わりになったものはいないようだ。
明日、小屋を訪れた時に、聞いてみよう。
「どのくらいの期間、ここへはいられるのでしょうか?」
「それは、わからない。何かの使命を果たしたようにして去ってゆくものもいるし、消え去るように突然に姿を見せなくなるものもいるようだ」
「最後の質問ですが、この世界に来た時から思っていたのですが、どうして互いに言葉が通じ合っているのでしょうか?」
「お主は、この世界に現れたこと自体が不思議だとは思わないかな。それは、魔法なのか、何者かの力か、不思議な縁なのか、とにかく一方的にこの世界への扉が繋がるようだからな。こちらからは行けぬようだが。何者かがそのような本を作り上げたのかも知れぬし、この世界の本が偶然世界を繋ぐ扉になった可能性もある。知りたかったのは、それぐらいであろうか。今度は、こちらからの質問に答えて欲しいのだが。その前に、休憩を挟んでおくか」
卓上にあった鈴を手に取って鳴らされる。呼び鈴なのだろう。
「それにしても、その格好は、どうにかならないのかね」
「変でしょうか」
「王宮に相応しくないな。これまでの旅人の服装が、この世界で流行ったことがあったというが、お主のは無理だな」
初めてこの世界に現れた時の旅人の服装は、現れる直前の姿が引き写されるという。裸の場合どうなるのかは、わからないが。
大抵は、すぐに、こちらの世界の服に着替えるようで、それ以降は元の世界の姿は引き写されないという。
それでも最初の来た時の服装は残されるようで、素材や裁縫技術が研究されることがあるというのだ。
再び、僕の姿を確認される。
「ふむ、話を聞くよりも、謁見に相応しい服を見立ててもった方が先かも知れないな」