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ご令嬢へ媚びます

 

 アリストテルから家令へカトリーナとの面会準備が命令された。しかし公爵家とはいえ、急に皇太子が押しかけるわけにもいかない。俺にも皇太子としてのスケジュールがあるし。

 可及的速やかに予定が組まれた結果、なんとか今日のお昼過ぎに面会が決まった。

 

 アリストテルとの話を終え、宰相の部屋から出ると置いてきた側近達と宰相の秘書達が不安げに待ち構えていた。面倒だから無視をしたいが、不安を与えたのは俺なので何とかせねばならん。


「みな、悪かったな。速やかに宰相に確認したいことがあったとはいえ、業務を邪魔してしまった。それからダニエル、マルセル、朝から急がせた上に置いて行ってしまってすまない。気が急いていた」


 宰相の秘書達はお気になさらずと慰めてくれる。

 まぁそう言うしかないだろう。昨日の夜から働き詰めです分かってるなら邪魔すんなよ、とか仮に思ってても言えないのが仕事だ。


 この世界の場合、身分もあるから余計言えない。下の者が言えないからこそ、言われなくても上に立つ者は理解してる方がいいわけだ。前世から変わらず今世でも、言わないから大丈夫なんてことは存在しない。だから、俺は身分を理由に謝れないことはあっても、謝らないことはあってはならないと思っている。

 

 宰相の秘書たちは微笑んでくれたが、ダニエル、マルセルは顔を見合わせていた。2人はいずれ側近になることを見越して、10才頃から友人として俺のそばにいてくれている。


 2人とも16階までせっかく空を飛んだのに、先に命令した本人が到着してたら不満だろう。ダニエルは自力で空飛ぶの苦手だし。これが2、3年前なら不満が顔に出ていたはず。こいつらも貴族として成長しているなぁ。

 顔を見合わせたのも一瞬で、何も言わない。けれど、2人して視線で話し合っている。やっぱり文句はあるよな? 言ってくるのかな? どっちが言うんだろう。どちらにせよ早くして欲しい。秘書さん達からしたら皇太子が職場にいると邪魔だし。



 結局、最初に発言したのはマルセルからだった。

「いえ、殿下が1人で待つから2人で行ってくれと言った時点でこうなると分かっていたので、謝罪は不要です」

 俺って、諦められてる?

「分かっていたのに、殿下がお1人で戸を叩くまでに側にいれなかった我々の失態です」

 ダニエルまで。2人揃ってどこか悔しそうだ。ほんの2〜3分前よりすごく申し訳なくなってきた。とにかく邪魔になるし、謝罪が済んだ以上速やかに皇太子宮に帰るべきだろう。秘書達に見送られながらさっさと長い廊下を歩いていく。


 俺の後ろでシレッとした顔に切り替えた2人が唇を動かさずに会話を続ける。

「ユースティンなにがしてぇの?」

「また突拍子もないことが起きちゃったんだろね」

「マルセル、あとは頼んだ」

「ダニエル、お前が残れ。僕が帰る」

「2人とも付いて来なくていい」


 俺ら3人は幼少期からよく出来た子供だったと思う。

 マルセルは、この皇国の英傑を多数生んできた武門のカンタクジ公爵家の次男。ダニエルは、かつて大昔に存在した魔法公国の時からドラゴンを使役していたというドラクレシュ侯爵家の長男。

 3人とも、同世代の子供らの手本たれという綺麗事を掲げたお家の恥にならぬよう育てられた。


 俺が皇妃に睨まれていたこともあって、少年なら誰しもが憧れる秘密基地だとかは一切作れなかった。何回試してみても部屋からの脱走さえ叶わなかったし、庭師が精魂込めて作る庭を我儘に汚すことは躊躇われたし。


 一方で、暗号は簡単に作れた。

 魔法で空中に文章を描くことは魔法陣の初手だ。手や呪文を介さずに行うには練度が必要だったけど、少年の好奇心が勝った。普段使う言葉は日本語、魔法は英語と言語分野は幅広かったのもあって、点字を生み出せば簡単だった。

 ある程度、ルールがあって俺がダニエル、マルセルに教えられさえすればそれで良かったし。2人も生活にどこか窮屈さを感じていたんだろう。3人だけの暗号に瞳を輝かせて習得した。


 後は、魔法陣を透明化すること、透明になったものを3人は読めるようにすることの2点さえクリアできたら周囲にバレずに俺らは堂々と会話できる。

 透明化は簡単だった。

 元々魔法陣には、陣の要になるものを伏せる方式が生み出されていたし、魔法はイメージだからな。前世のクリアファイルとか透明な下敷きのイメージを魔法陣に付与したらできた。

 ダニエルもマルセルも、目の前でやってみせたら、イメージが出来たみたいで時間はかかったけど身につけれたし。

 魔法陣は元々、小さな凹凸が生まれること、発生時に光を纏うことの性質を持ってる。だから目からそれほど離れずに透明化で出現させるだけで、点字の容量で読むことが出来た。

 


 最初は小さな単語だけで始めてもう、5年。


 前世のネットの掲示板かと疑う勢いで、魔法陣の会話が生まれるようになった。魔法陣、なんで円なんだろう? このスピードで出てくると読みづらいんだけど。不満たらたらな開発者の俺と違って2人はとても気に入っている。


 寡黙で阿吽の呼吸が取れる、と周囲から一目を置かれてるせいか、声に出した方が早い会話さえこの有様。  

 今だって、「何を言ってる?」「お馬鹿さんなのかな?」「皇太子の自覚なし」ってポンポン陣が描かれ続けている。しつこい。声に出して不敬で処罰されたらいいのに。


「カトリーナに会いにいく。女性との逢引きに男はいらないだろう?」


 止んだ。

 うるさかった魔法陣の出現が俺の分を最後にぱったり無くなった。代わりにせかせか歩かされている。後ろからの圧が凄すぎる。お先にどうぞって譲りたくなる勢いで俺を追い立ててきていた。




 先んずれば人を制す、とは生まれ変わっても変わらない格言である。皇太子宮に着いて直ぐに業務に取り掛かれてホッとした。

 昼過ぎの約束のためと、朝からの予定がズレている分を合わせての業務が立て込んでいたことも幸いだったな。俺は、皇太子宮に着いてからも仕事へ逃げ、マルセル、ダニエルからの追求をのらりくらりと躱し続けることに成功した。




*




 柔らかな陽射しがアントネクス公爵家に降り注いでいる。

 夏の暑さが秋の爽やかな風と共に気配を消したことで、公爵家の庭園の木々も色づき始めているようだ。暑さに弱っていたのは人間だけで無く、植物もだったのだなぁ。


 ……どこか伸び伸びとした美しさを纏う見事な庭に感嘆しながら、ガチガチに緊張している人間に目をやる。


 朝から生きた気がしません、と言わんばかりの顔色の悪さ。

 カトリーナは16歳が纏うには大人っぽく、ボルドー色の品の良いドレスを着こなしていた。肌の白さが美人の要素を強めるからこそ、用意してくれただろうにカトリーナの顔は白というかもう青。


 凍えてるのかな? とぼけたくなる位震えてもいる。なんでだろう。居るだけで悪いことをしているような気がする。



「アリストテルから聞いていると思うのだけれど」

 ………今世で初めて茶器がこんなに音を立てたな。

 声をかけた瞬間に、俺たちの前に鎮座していた公爵家所有の美術品のような茶器が飛び跳ねた。どうやらカトリーナが震え上がって、テーブルに当たったらしい。目の前の菓子たちまで衝撃で少しずっこけている。

 俺も便乗して「なんでやねん!」って椅子から転げてみたらいいかな? 

 一昔の芸人がしていた転げ芸を披露したら、もしかして殿下も転生人!?みたいに察して貰えちゃうかな? 

 いっそ、その方が早いかな?

 卓に着いて5分も経っていないのに、思考まで投げやりになってきた。



「昨日の聖女召喚で、アントネクス嬢は途中からやけに顔色が悪かったね。あの召喚の時に何か気になることが生じたなら教えてくれないか?」

 公爵家のメイド達がささっとテーブルの上を片付ける中、俺もささっと切り込む。カトリーナが卒倒する前に片付けたい。

「殿下がお気になさるようなことでは……」

「婚約者の様子を気にしてはいけない?」

「そういうわけではございませんが」


 金髪のつむじが見えそうなほど俯いている。蚊の鳴くような声でぼそぼそ呟いてて聞き取りづらいし。


「私と会うと気分が悪くなる? 我が国の都合で召喚した聖女へ皇太子の婚約者まで背負わせたいほど?」


 目があった。ようやく。

 やっぱり、アリストテルに似て、意表を突くと目がまんまるになるんだな。普段よりずっと幼く見える。

 剣呑にならないように、悲しそうに見えるように、でも呆れてるように思われないように。息は吐かずに見つめ合う。

 ただ、カトリーナに訴えるしかない。


「俺はアントネクス嬢をそんなに震えさせるほど、傷つけてしまったのだろうか?」

 悲しそうに俯くと、カトリーナが息を呑んだ。


 これでも傷ついてるんだ。

 前世の記憶があっても、いずれ夫婦になる人に嫌われてるんだなと思いながら10年以上。

 物語の俺が婚約破棄で傷つけるとしても、もしかしたらそれよりも前に何か傷つけるのだとしても、それは物語でだろう。今の俺自身は何もしてないはずだ。


 ______物語を知らないから、そんな風に思えるのかもしれないけれど。でも、だって、傷つけるほど、俺たち何も関わってないじゃないか。


「アントネクス嬢。教えて欲しい。聖女召喚で何か気になることはあった?」

「いいえ。あの、殿下、本当に全く、私は、」

「気になることがなかったのに、青ざめていたの? 尋常じゃ無い様子だったよ」


 はくはくと唇が動いている。

 唇も丁寧に手入れがされているようだ。彼女自身が気をつけているのか、公爵家のメイド達のおかげか。もともと完成された美形が、より珠玉の宝石のように輝いている。顔色がこんなに悪いのに、美しく見えるんだから美形とは罪だな。


 風が俺とカトリーナの間を通り抜けていく。風もずいぶんと冷たくなった。ほんの少し前までは、もっと温かったのに。


「すまない、追い詰めてしまったね」


 アントネクス家は良い家だ。目上の者の応対にあるまじき醜態を晒していても、呆れではなく、主人を案じるような視線が多い。カトリーナをこれ以上追い詰めても、俺も気分が悪いし、カトリーナの周囲も良くは思わないだろう。

 誰のためにもならない。


「だが、アントネクス嬢。私達ももう16歳。学生でいられるのも、婚約者で居られるのも、残されている時間はあと1年ほどだ」

 椅子から立ち上がり、カトリーナの前に膝をつく。声にならない悲鳴のような空気の揺らぎが、カトリーナの周囲から上がる。洗練された公爵家のメイド達が仰天するくらい絵になってるならよかった。

 俺だって恥ずかしい。

 前世でプロポーズやアイドルがファンへのサービスで膝まづいている事を見たことはあれど、まさか生まれ変わって膝をつく側になるとは思いもしなかった!

 今なら顔から火が出せるかもしれん。むしろ、もう出ているか? 

 でも、同じように前世を持つカトリーナに衝撃を与えるのには、より効果的なはずだ。



 なぁ、カトリーナ。

 前世の物語にこんなストーリーはあるか? 俺の知っているハワイで、転生悪役令嬢ものは大体婚約者の前に悪役令嬢が膝まづいていた気がする。

 そのあと、悪役令嬢の前に本物の王子様役が颯爽と現れて、元の婚約者はざまぁされる。


 だが、そんなテンプレなんて知らない! 

 悪役令嬢に膝まづく王子様が婚約者だって良いだろう!


 細い白い手を掬い、唇を近づけかけて、離れる。流石に口づけは無理かも。膝まづくことに比べて、必要な勇気の度合いが桁違いだ。……嫌われてるのに手に口づけして、裏で猛烈に洗われる。簡単に想像がついちゃうし。



「貴女がほしい」


 行動で示せないならせめて、言葉で。

 ジッと見つめれば、ようやくイケメンマジックが効いてきた。カトリーナは目を回してそうだけど、顔が青から白を越して赤になっている。嫌いな相手でも美形は美形。

 カトリーナがどんな美形が好きなんだろう。

 俺はたぬき顔系のイケメンだけど、キツネ系が好みの可能性もあるもんな。でも、カトリーナがざまぁしないなら、好みの顔に変える努力だってする!

 だから、せめて好みを知ることが出来る関係くらい欲しい。


「今までみたいに悠長にはしていられなくなってね。君の気持ちが前向きになるのを待てなくなった。貴女から、些細な気がかりなことも打ち明けて貰えるような関係になるために、これからは手加減しないよ」

 意訳:これから全力で貴女に媚びます。


 庭が一気にピンク色になった気がする。肝心のカトリーナは分からないけど、周囲のメイド達からは好評価みたいだ。

 公爵家で宣言できてよかった。

 カトリーナだけではなく、外堀にまで着手できた。将を射んと欲すればまず馬を射よ、とは前世からの教えである。

 皇太子の婚約者でありながら仲が思わしくないなんて、さぞ仕える皆は気を揉んだことだろう。これで、俺がアプローチすれば主人をせっついて上手く誘導してくれるはず!





 ______この皇太子告白宣言事件は、瞬く間に皇国内に広がった。

 一切の情報漏洩を許さない鉄壁の公爵家内で起こったとは思えないほど、詳細が噂として流れていったのだ。噂を耳にしたら、その詳細さから情報源は補償されたくらいには。おかげで、貴族も民衆も揺れるロマンス騒動が誕生。

 カトリーナは皇太子溺愛の婚約者になっていく。


 ……現実には手紙の返事ですら、困惑が見えるくらいの仲なんだけどね。まぁ、型から外れただけ一歩前進でしょう。




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