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ご令嬢に会いたい



 ご機嫌麗しゅう、皆々様。


 俺の頬は真っ赤のまま、カトリーナに会う約束を取り付けるために行動を開始した。

 ここで問題です。

 Q:嫌ってる男から「会いたい」って連絡があった時、女の子はどうするでしょうか?

 A:潔く断る。良くて無視。


 ということで、まず間違いなく直球勝負では会ってもらえないだろう。

 

 それに、会うにしても俺もカトリーナも高位な身分で、お付きの人無しで会うなんて恥知らずなことはできない。

 だから、カトリーナも前世日本人? この物語ってどんなお話なの? みたいにフランクに聞くなんて出来やしない。

 明け透けに俺の前世なんて話したとしても、カトリーナの性格が分からない以上リスクが大きすぎる。


 もし、カトリーナが俺と婚約破棄できたら手段は問わないと考えてたら? 前世の記憶なんて奇天烈なことを言おうもんなら、あっと言う間に皇太子は頭か心のご病気だと騒がれるだろう。そうなれば幽閉まっしぐらだからだ。

 それじゃ意味ない。



 というわけで、俺は早朝からの武道修練の予定をズラして宮殿を歩いている。昨日の聖女召喚のおかげで、いつもは静謐な宮殿もどこか賑やかだ。

 コスモスが風にゆらめく中庭をつっきり、装飾のような古語魔法が描かれたガラスを撫でれば、あら不思議。カトリーナの父、ルーミナ皇国の宰相アリストテルの部屋の前に着いた。


 宮殿には失われた古代魔法がいくつか眠っている。全てを知っているのは皇族の中でも、皇帝と皇太子のみ。

 この移動魔法もそのうちの一つ。

 どの単語がどのように指定しているのか皆目検討もつかないが、庭の見える1階から宰相の部屋のある16階まで瞬時に人も物も運べるのだからありがたい。大昔に階段を登りたくない宰相でもいたんじゃないだろうか。気持ちはわかる。


 アリストテルはこの魔法を知らない。

 毎日16階分、空を飛ぶか階段を登るかしているため、細身の男である。ちなみに神経質。

 皇帝との仲は良くないが、賢帝の話についていけるどころか議論できる頭脳を持ち、しかも皇妃の従兄弟の血筋もあって若い頃から宰相として敬われている。



 意外なことに俺とは仲良しだ。

 実は、皇帝に俺の母を側室として入れるよう勧めたのはこの男だったりする。皇妃にとってみれば、俺もアリストテルも、大嫌いな奴である。だから嫌がらせの一環として、アリストテルの娘と俺の婚約が成ったのだ。


 皇妃の弟もアリストテルとは仲がいいし、竹を割ったような性格もあって、アリストテルを嫌う人は少ない。多分、すごく嫌ってるのは皇妃で、うっすら嫌ってるのは皇帝ぐらいなんじゃないだろうか? 考えてみれば、国政を行うにあたって致命的な人間に嫌われている。トップの為政者2人に嫌われて重鎮であるあたり、アリストテルの有能さが窺えるものだ。



「すまない、アリストテル。ユースティンだ。時間を作ってくれないか?」



 宰相の部屋のドアをガンガン叩きながら声をかける。側近たちには空を飛んで先に約束の取り付けをするよう頼んだのだが、俺が移動魔法なんてものを使ったせいで間に合わなかったらしい。用件があんたの娘に会わせてちょーだいよ、なんて私事であることもあって、自ら戸を叩いた。


「殿下!? お一人でいかがなされたのです?」


 長い廊下の奥で、一生懸命走っている側近を睨みながらアリストテルは俺を部屋に入れてくれた。アリストテルの自慢の白銀の髪が逆立ちそうな勢いだ。すまんて。片手を挙げて怒りを抑えるよう指示を出しておく。俺のせいだから怒らないでやってほしい。

 アリストテルの秘書たちにも席を外すよう頼みつつ、ソファーに身を沈める。


「アリストテルは不思議だろうね。聖女召喚も無事に済んだとはいえ、久方ぶりの偉業の後に皇太子が単身訪れるなんて。今日も色々忙しいだろうし、皆に負担をかけているのは俺も分かっている」

 ここでおべっかを使わずに、首肯してくるアリストテルだから俺も話しやすい。


 率直に言おう、と切り出せばアリストテルも背筋をさらに伸ばした。



「カトリーナに会わせてほしい」

「殿下は聖女がお気に召したので?」



 間髪入れずに問われた内容に頭の上で疑問符が弾けた。なにそれ? なんで、カトリーナに会いたいなって言ったら聖女が出てくるんだ??

「アリストテル、言葉が省略されすぎていないか? 俺は貴方ほど頭が良くないのだ」

「ご謙遜を。殿下の才能を知らぬものはこの皇国にはおりませんよ。魔術に関しても政策に関しても貴方様が皇太子であられることが、どれだけ我が国の誇りであるか」


 なぜだか褒められた。

 わけがわからないが、もしかして話をズラそうとしているのか? 本日も手入れ完璧ピカピカに磨かれている革靴の先で床を叩く。

 アリストテルはわざとらしく肩をすくめた。


「殿下、決して殿下の質問を蔑ろにしたわけではありませんよ。ただね、聖女召喚の翌日に仲の良くない婚約者に会いたいと言われてごらんなさい。聖女であれば皇妃にもなった前例もございますしねぇ」


「なるほど。カトリーナにそう言われてるわけだ」



 長々と疑いの目をかけてくるアリストテルを見据えると苦笑が返ってきた。アリストテルにとってカトリーナは愛娘らしい。羨ましいことだ。


 それ以上に不快だ。


 アリストテルに疑われたことではない。

 カトリーナが相談しているならば俺が翌日から行動を起こす事は、物語の本編なんじゃないだろうか。俺の行動は一体どこまで俺の意思で決めれているのだろう。



「カトリーナは幼い頃からずっと、殿下は聖女を慕うようになると言っていましてね。聖女召喚なんて考えもしなかった頃から言っていたもんですから、私としたことがつい、疑ってしまいました」

「そんなに前から?」

「まぁ、妄想でしょう。親としては、殿下のように優れた方とせっかく婚約を結べたのですから、不仲でいるより仲良くなれた方が娘にとって幸せだろうと思いまして、やいやい言ってしまったのですね」


 アリストテルは俺の背後にある窓よりもずっと向こうを見つめながら話している。この視線の先には、現実の景色などではなく、幼い頃のカトリーナが映っているのだろう。


「最初は親に反発したい、自分以外の誰かと言っても自分以上の適任者が見つけられず聖女なんてものを引っ張り出しただけだと思いますよ。それがまさか本当に聖女召喚が行われるなんて。カトリーナが1番驚いているでしょう」



「羨ましいことだ」

 そう返すとアリストテルは子供のようにきょとんと目を丸くした。カトリーナはアリストテルに似て吊り目だから、意外とあいつも驚いたらこんな表情になるのかもしれん。

 それにしても、全くもって羨ましい。

 妄想だと思っていても受け止めてくれる親がいることも。幸せを願って口出ししてくれる関心を向けられていることも。




 ……ますますカトリーナのことが好きじゃなくなってしまった。胸の内に広がる黒いものを外へ逃すように息を吐く。

「俺の聖女への関心なんて、我が国の問題解決に協力してもらえるかどうかの1点だけだ。なんせ昨日の召喚の時でさえ、聖女よりも我が婚約者のほうが気になったくらいでな」

 疑わしそうに見るな、アリストテル。

 確かに恋愛的な関心ではなく、自分の進退への関心だけど、事実だし。聖女なんかこれっぽっちも覚えてないのに、俺の頭の中は昨日の夜からカトリーナばかりだ。


「アリストテルが知らぬなら恐らく大丈夫であろうが、聖女召喚の途中から血の気が引いていた。カトリーナは優秀だ。召喚時の異変などで何か気にかかることでもあったのでは、と思ってな」


間違いなく、カトリーナも自分の進退が気になってるだけだと思うけど此処は利用させてもらおう。アリストテルは少し考えてから、確かにと呟いた。

「帰ってきてから自室から暫く出て来ませんでしたな……。とはいえ、朝にはいつも通りでしたので、話に聞いていたのと実際に目の当たりにするのでは衝撃が違ったのだろうと勝手に納得しておりました。私の方で調べておきましょう」


「いや、俺が直に話を聞きたい。隣にいながらカトリーナは気づいて俺は気づけなかった」

 小声で悔いるように呟いてみる。

 アリストテルにはそんな俺がどう映っているだろうか。後ろの窓からの光で影が出来てたらいいんだが。


「現在、聖女に関する問題は我が国の最優先事項になっている。カトリーナが気づいた内容が、もし陛下へ上奏しなくてはいけない案件の場合、俺とカトリーナの証言が食い違っていたら大変な騒ぎになるだろう。どんな騒動の目であっても早いうちに摘んでおけるほうがよい」


 俯いていた顔をあげた瞬間、俺はカトリーナへの切符を手にしたのだった。



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