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ご令嬢は悪役?

 


 人生のすべてが定まっているのかもしれない。



 そんなスピリチュアルな考えがよぎったのは、婚約者が呟いた言葉からだった。

 朗々と響き渡っていた重低音の召喚呪文、割れる祭壇、焦げた臭いに混じる苦手な義母の甘ったるい匂い、大きすぎる皇帝の背中、前方をまっすぐ見つめている婚約者。

 緊張で粘つく口内をマシにしたくて唾を飲み込むと、婚約者たるカトリーナが身を震わせた。

 遠い前方では、日本人女性が聖女として讃えられている。


 さぁ、俺にこれから一体なにができるだろう?



*


 

 科学と魔法がアンバランスに発達し、緑豊かな島国であるルーミナ皇国。科学と魔法がアンバランスに混じって発達している俺の国。

 生まれ落ちた時から、ずっと既視感を抱いて生きてきた。今世の名前は、ユースティン・フォン・ルーミナ。ルーミナ皇国の第一皇子という立派な肩書きに加え、唯一の男児であることからよっぽどのことがない限り皇帝になる身だ。


 そんな俺が、「自分、前世を覚えてます。日本人として生きた気がします」なんて口が裂けても言うことはできない。口にしたら最後、気が触れた子供か、もしくは神様からの遣いとされる。だから黙って生きてきた。

 それってもしかして日本じゃない?と思っていても素知らぬ顔をする。それが俺の生き方だと思っていたし、そうやっていれば俺はただのよく出来た皇太子殿下としてちやほやして貰えた。


 殿下なんてご身分じゃ、お一人で服なんて着なくていい。だが、服を着せてくれる者、作る者、売る者に対しての敬意を忘れてはいけない。前世の日本人の習性なのか俺はよく感謝を口にしていたおかげもあって、広大なこの皇国のどこであっても非常に人気がある。誇張ではなく、本当に。決して、俺が金髪碧眼の美男子だからだけではないのだ。

 そう、俺は前世あまり関わりのなかったイケメンとやらに生まれ変わった。しかも曰く付き。


 前世の記憶、イケメン、殿下という身分、魔法のある国、しかも影のある幼少期。




 俺は確信した。これは異世界転生だ、と。

 俺は困惑した。これはどんな物語だ?と。




 俺が前世夢中になった漫画ではなかった。

 軽く読んだ小説の可能性はあったが、全く思い出せない。ファンタジーは好きだったけど、剣と魔法の国タイプではなく拳で語り合うタイプだった。スポーツ関連も好きだった。しかし、あまりにも自分の現状に即した物語は記憶にない。

 


 結果、俺はどうしたか。



 流れに身を任せることにした。

 そもそも、前世だって生まれてから出来ることを増やしてそれなりに生きたのだ。もし此処がどこかの物語の国であっても、知らないものはどうしようもない。


 例えば、仮に俺が桃太郎の世界線に生まれ変わったとしよう。


 桃太郎に転生できたらいい。だって桃から生まれてんだから、あぁ俺は、動物連れて鬼ヶ島に行って鬼を倒すんだなって思って生きていけばいい。そういう人生プランだ。


 でも、もし桃太郎の育ての親である爺さんに生まれ変わったら? 

 まず、爺さんになるまで分からないことは確定。芝刈り行って奥さんが川から桃を拾ってくるまでに「桃太郎の親になるかも?」って思う要素は無いだろう。


 それでも、まだ爺さんならいい。

 桃太郎の生まれる村の誰かに生まれ変わったら? 桃から子供が生まれたなんて噂を耳にして、初めて桃太郎の世界線だと気づくレベルだと思う。


 そうやって、広げて考えていけば、桃太郎によって救われたんだなって後からわかるくらい遠い関係性になる可能性もある。

 ただのモブだな。今世の俺は皇族だけど、俺もモブの可能性はある。

 だって、桃太郎の世界でも為政者はいただろうけど、桃太郎に関わりはない。世知辛いけど、桃太郎の世界線では為政者とてモブだ。


 ここから分かる通り、物語を知らないものはどうしようもない。

 割り切って生きよう。


 と思っていたんだが、聖女召喚から雲行きがおかしくなってきた。なんてたって、この世界線が悪役令嬢ものである可能性が出てきたのだから。



 正直なところ、聖女召喚を行うと言われた時は、物語が動く予感と共にもしかして勇者に会えるんじゃないかとワクワクした。

 俺が勇者の可能性も少し考えたけれど、それ以上に普通の青年が勇者になるサクセスストーリーのほうが俺は燃える。

 勇者ものの王道といえば、大抵田舎の凡人もしくはちょっといじめられっ子のような人が勇者になる。だから俺は聖女召喚まで地方の勉強を精力的に取り組んでいた。この勉強の成果で、後の勇者の友達になれちゃうんじゃないかなって。るんるんだった。具体的にいえば廊下で軽くタップ踏みそうなくらい、るんるんだった。

 そう。

 俺はこの世界が勇者と聖女の冒険譚なのだと疑っていなかったのだ。聖女召喚でカトリーナが「悪役令嬢」というワードを口にするまで。




 カトリーナは確かにこう呟いた。

「私は悪役令嬢にはならない」


 ___悪役令嬢。

 俺も知っている異世界転生のテンプレだ。読んだことないけど広告でやたらと見た。吊り目がちな豪華なドレスを着た女性が高位貴族から婚約破棄されるところから始まるアレだ。



 カトリーナが悪役令嬢なら、多分婚約破棄を叫ぶ高位貴族は俺だな。

 だって、婚約者俺だし。



 テンプレだと、婚約破棄を叫んだ高位貴族はざまあされる側だったはず。勧善懲悪。悪役令嬢が幸せになって悪役令嬢を不幸にした相手はざまぁされる。俺は読んだことないけど、スカッとするのだろう。




*




「カトリーナに媚びるか」


 聖女召喚から13時間経った今朝。

 小鳥が囀る中で俺は決意した。布団を握る拳が震える。シルクの布団は肌触りが良く、皇室御用達の芸術的な逸品だ。


 媚びるなんて眉を顰める者も多いことだろう。でも、俺の日常は俺の身分で成り立つものだ。俺が皇族で、しかも唯一の男児で、皇太子になるにあたって問題なしの良い子ちゃんだから今の日常がある。俺付きのメイド一人とっても、俺の覚えが良いと知られるだけで、自身の家より上位貴族に嫁げたりもする。

 つまり、俺によくしてくれる者たちの運命も俺の身分で変わるのだ。


 今、俺は人生の岐路に立っている。国難の対処にも繋がる岐路である。


 この世界が悪役令嬢ものならば、皇帝になるためにはざまぁ回避が必須! 媚びを売ってでも、カトリーナに気に入られなくてはいけない。

 己の身可愛さだけじゃない。皇太子の面子は、皇国にまで影響する。絶対、ざまぁされてはいけないのだ。


「でも、すでに嫌われてんだよな」

 5才の顔合わせの時に卒倒された。

 唯一の皇太子殿下と、皇妃の血筋でもある公爵家ご令嬢の婚約は互いが2才になるよりも前に決定事項だったので、対面なんて無難に終わると大人達も含めて全員が思っていただろう。

 カトリーナも俺も当時から完成された美形だった。カトリーナのくるくる巻かれた金髪も、涼しげな目元も、意志の強そうな眉も今と変わらない。

 美人だなって思った途端にカトリーナは倒れていた。そんな相手を心配こそすれ、もしかして悪役令嬢だって気づいたのかな? なんて思わないだろう。

 イケメンって顔で人の意識刈り取れるんだな、ってポジティブに捉えてたんですけど。

 なんだよ、あいつ。5才の時から俺の顔はトラウマな訳??


 そこから婚約自体は結ばれたけど、カトリーナは俺に近づこうとしない。

 そりゃそうだよな。

 カトリーナからしたら、俺は婚約破棄で一度は傷つける予定のキャラクターなんだろう。


 でも、それなら、やっぱりカトリーナが物語を知っていて、俺の過去とか思いも読んで知っているのだろう。俺が周りの高位貴族からちやほやされても、皇帝家族とは疎遠であることも。それなのに、俺を無視してたわけだ。

 ふーん。

 嫌いかも。




 俺の実母は側室だった。

 皇国に望まれた側室で、皇帝に望まれた側室ではなかった。では何故そんな不幸が生まれたのか。

 理由は簡単だ。皇妃はなかなか子供を授からず、7年経ってようやく産まれた子も女の子だったから。


 皇国は男児以外継げない。

 周囲の貴族の不安視から皇帝は俺の母を側室に迎えた。皇帝は皇妃を愛していた。愛されていても、なのか、愛されているからこそ、なのかは分からないが、皇妃は母を強く憎んだ。


 その憎みがピークに達したのはいつだったのか。

 少なくとも、俺を身籠った頃には既に母は毒を盛られるようになっていたらしい。そして母が俺を身籠った頃、皇妃も第二子を身籠り、皇国貴族も舵取りの難しい10ヶ月を過ごす羽目になった。

 皇帝は賢帝と称えられているが、俺からしたらバカだ。種馬として最悪すぎる。


 結果、9月の末に俺は誕生し、10月の頭に皇妃は第二皇女を産んだ。そして10月の半ばに俺の母は毒殺された。

 表向きは、産後の日立ちが悪かったとするしかなかったようだが、皇妃に甘い皇帝でさえ口を噤むだけで声高に否定できないほどには、明らかだったようだ。俺の乳母がコロコロ変わったのも皇妃のせいだろう。


 実母の死後、俺は皇妃の養子になり俺の立場は固められた。皇国としては立派な皇太子の誕生に万々歳なわけだが、俺は笑顔あふれる皇帝一家の異分子でしかなくなった。

 そのくせ、皇帝に愛される皇妃よりも、皇妃の実子である姉や妹よりも、俺の立場は上で。



 周囲にたくさん人はいるのに、ずっと孤独だった。



 前世は独り身だったから孤独を知っているような気でいた。誰かに共感して欲しかった時。テレビを見て笑って、妙に笑い声が部屋に響いた時。インスタント食品を味気なく感じた時。

 たくさんの寂しさを知っていた。

 けれど、自分が空気のように扱われる息苦しさも、褒められても嫌われる辛さも、家族の発する「みんな」の中に自分が含まれない苦しさも、知らなかった。

 誰かがいる今世のほうがよほど孤独で身を蝕まれた。


 婚約者がいると聞いたとき、嬉しかったんだ。今一緒にいなくても、そのうち俺自身を心配してくれる誰かがいるって思いたくて、そんな誰かに婚約者ならなってくれるんじゃないかと思った。

 卒倒されて、手紙がちっとも型から外れなくて、嫌われてるって分かってたけど、でも、いつかって夢見てしまっていた。


 夢からは覚めた。

 朝日をしっかり睨みつける。俺は皇帝になる。なんのために孤独に耐えたのか、母は皇帝に嫁がざれ俺を産んだのか。皇国のためと俺を導いてくれた貴族のために、絶対にざまぁされるわけにはいかない。

 そうだ。

 やってやるさ。

 前世の知識だってあるわけだし、どんな物語かも想像はついた。俺なら出来る。

 朝の爽やかな空気を吸って喝を入れるように頬を叩いた。


「相手に嫌われてて、自分も嫌ってるけど婚約し続けようとか頭おかしいんか!!」

 

 ………叩いたはずみに本音が溢れてしまった。痛い。





初投稿です。つらつら書いてます。

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