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ごちそう様で、また明日  作者: みお(miobott)
シャンディ・ガフ、夕日のハンバーグピカタ
7/45

7

 蒼の店から瑠璃の家まではほんの数分である。

 人が一人しか通れないような細道を通り抜け、古ぼけた石の階段を降りる。

 狭い川の上にかかる、数歩程度の石の橋。

 それを越えて、壊れたトタン屋根の廃屋を目印に曲がれば……。

 

「あの、すみません」


 地面に落ちている看板をまたいで建物に足を踏み込んだ瞬間、瑠璃は足を止める。

 振り返れば郵便配達員が困ったように瑠璃を見つめているのだ。

 新人なのか制服と帽子は新しく、角がぴしりと立ち真新しい香りが漂っているようだ。彼はきょろきょろと周囲を探りながら、スクーターから飛び降りた。

「ああ、よかった。住人の方ですか? このあたり、道が入り組んでて困ってたんです」

 40代くらいの疲れ果てた男である。愛想はない……人のことは言えないが。

 目つきは悪く、表情は薄い。彼は無表情のまま瑠璃を見つめ、目を細めた。

「キンコツアパート……えーっと……C棟を探してるんですが……」

 普段の瑠璃ならきっと、無視をした。しかし答えようと思ったのは、蒼の食事のせいだ。酒と肉で、口が柔らかくなっていたせいだ。

「ここですが」

 地面に落ちた看板を指さし、瑠璃は答える。配達員は視力が悪いのか、目を細めて看板をじっと見つめる。

 目のせいだけじゃないだろう。地面にめり込んだ看板は、掠れて割れて、ホコリにまみれている。

 看板を足裏でこすると、ようやく『キンコツアパートC棟』の文字が浮かび上がった。

 これはアパートの入り口にかけられていた看板だ。1年前に瑠璃がここに越してきた翌日、突風に煽られ看板が落下したのである。

 大家に連絡をしたが、改修も回収もされなかった。おかげでそれ以降、看板はまるで門番のように入り口前の地面に突き刺さっている。

「ここだったんですね。AもBもないし……ずっとこの周辺をウロウロしてて」

 郵便配達員は瑠璃の指差す看板を見つめ、息を吐く。

(AもBもとうに解体されたけどね)

 瑠璃はそんな言葉を飲み込んで、生き残りのC棟を見上げた。

 2階建ての灰色アパートには6つの部屋。

 静まり返ったアパートを見上げて、彼はますます困ったような顔で瑠璃を見た。

「あの、1号室の深山……瑠璃さん。はここの住人でしょうか」

「ああ。私です」

 名前を呼ばれて瑠璃の肩が揺れる。

 配達員から渡された淡いクリーム色の便箋に載っているのは瑠璃の名前と住所だけで、裏面に差出人名はない。しかし瑠璃はそれを乱雑にポケットに押し込んだ。

「それと」

 ……立ち去ろうとした瑠璃を、配達員がまた止めた。

 彼の手にはもう一通、封筒が握られている。

「シアン、という人にも手紙が。でも部屋の号数も書かれてない上、名字もなくって……」 

「宛先間違えてますよ」

 瑠璃は彼が手にした封筒を見た。シアン先生。と書かれた厚い封筒だ。住所はここ。しかし部屋の番号は無い。

「え? シアンさん、ここに住んでない?」

「その人宛の郵送物、よく届くんです。でもここの住人じゃないみたいです」

 シアン、その言葉が瑠璃の目に、耳にのこる。

 シアンとは、緑がかった明るい青色を指す。しかし遥か昔は、薄暗い青のことをシアンと呼んだ。

 時代の流れの中で、意味は180度変わってしまう。

「昔は住んでたのかもしれませんけど」

 瑠璃は音のないアパートを見上げる。外壁にはヒビ。そして蔦がまとわりつき、屋根の一部も欠けている。人が住んでいることもびっくりな、古アパート。

「ああ……まあ、こんな時代ですしね」

 よく聞くそのフレーズを、配達員はため息とともに漏らした。

「……失礼しました」

 そして肩を落としたまま古ぼけたスクーターにまたがって、去っていく。

 冷たい冬の風と舞い上がるエンジンオイルの香りを吸い込んで、瑠璃は目を細めた。

 やがて唐突に雪が止む。足元に温い光が差し込んで、瑠璃はふと顔を上げた。

「夕日だ……」

 冷え切った紺色の空に、崩れる直前のトマトみたいな夕日が揺れている。

「……目の錯覚、か」

 しかし瑠璃が待ち望んでいた本物の夕日は、蒼の作ったハンバーグピカタより少し濁った色に見えた。

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