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ごちそう様で、また明日  作者: みお(miobott)
シャンディ・ガフ、夕日のハンバーグピカタ
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4

「大昔からこの地形は変わっていないんですって。50年、100年、300年。ずーーーっと」

 蒼は誇らしそうに地図を見つめた。

「ずっと、この地形のまま」

「みんな……変えようと思わなかったのかな」 

 瑠璃は地図を見つめ、つぶやく。

 大昔の人はこの地形を崩すことをせず、道に沿って家を作ったのだ。

 川を潰し、山を削って整地すればもっと使いやすかっただろうに、そうはしなかった。

 細い川には橋を作り、ぐねぐね不完全な道には、その道の形にあわせて商店と家を建てた。

 このバーが細長いのも、道の形に沿って建てられたせいだ。裏にある川を潰せば広い店も作れただろうに、川を活かし、道に従った。

 道と共に生き、死んで、また生まれる。こんな奇妙な時代になってもこの風景は昔から変わらない。

 アリの巣のように広がる道を見ると、瑠璃は人体をくまなくめぐる血管を思い出してしまうのだ。

 それは人が生きるために造られた、もっとも美しい曲線だ。

  

「……というか、蒼くん。これ、国の区画整理のマップじゃない。もしかして盗んできた?」

「まさか、僕、数ヶ月前まで解体屋してたんです。その時にもらった地図ですよ。まあ、この店を開くことになったのもその仕事がきっかけというか……そこで仲良くなった人がこの店の持ち主だったんです」

 蒼は洗い物でもしているのか、心地いい水の音が響く。

 彼の声も、どこか水の音に似た静かな響きを持っている。

「この店の持ち主のお父さんが、大昔にここでお店をしてたんですって。でも亡くなって……息子であるその人は店やるのは性に合わないって」

「で。蒼くん、押し付けられたわけだ」

「そうかも。でも昔から料理は得意だったし。以前は店を出すのも厳しかったらしいけど、最近は衛生管理の資格と配給制度の申し込み区分を1から2に変えるだけで許可証が出るって聞いて、やってみようかなって」

 蒼はにやっと笑うと、ポケットから茶色の紙切れを引っ張り出す。

「見て、ちゃんと許可証あるでしょ」

 店舗経営許可。と赤い判が押されただけの、シンプルな半紙。

 それを見て瑠璃は苦笑を漏らした。 

 そんなもの、ただの紙切れだ。

 実際、取り締まる罰則など機能していない。取り締まる人間も他の仕事で忙しいし、そもそも店など始める酔狂人の数は少ない。

「酔狂だな」

「僕からしたら路上でビール飲んでる瑠璃さんのほうがよっぽど酔狂ですけど……あそこで何してたんですか?」

 手にしたビールはすっかりぬるい。泡が抜けてしまって、酸味と苦味だけが残る。こうなってしまうと、ビールも残骸だ。

 まだ半分残っているが、諦めて瑠璃はそれをテーブルの上に置く。

「……空見てた」 

 蒼の真っ直ぐな視線が恥ずかしく、瑠璃は顔をうつむけた。

 しかし蒼は何も気にせず、カウンターの奥に置かれた冷蔵庫を覗き込み何かを取り出す。

 続いて、何かを切る音。

 全てカウンターの内側で響いているので、瑠璃の場所からは何も見えない。

 ただ木の隔たり一枚向こうから響く雑音は、妙に心地がよかった。

「僕、てっきり、奇跡の歌を聞いてるのかと思いました……最近よく町内スピーカーで流れるでしょ」

「あんなのもう、耳たこだよ。もう何百回聞いたか。君だってそうだろ」

 ビール缶を奥に追いやって、瑠璃はテーブルに頬を押しつけた。

(……あったかい)

 先程までの緊張感や疑惑がゆるりと溶けていく。気を張っておかなくては、という気持ちがどんどん薄れていく。

 それはこの店を包む香りのせいだ。

 雨と霧とコーヒーと酒と土煙を渾然一体とした香りが、瑠璃の緊張を解していく。

「瑠璃さん」

 ……この心地よさは、蒼の柔らかい声のせいもある。

 ゆっくりと染み込むような、柔らかい声が瑠璃の緊張を完全に奪っていった。

「じゃあ、何してたんです? ずっと、座ってぼうっとしてたでしょ。僕、声かけるか迷ってたんです……3分くらい」

 あんまりにもじっとしてたから。と、蒼は人懐っこい笑顔を浮かべる。テーブルに頬をつけたまま、瑠璃はため息をつく。

「……夕日を待ってた」

「夕日?」

「……夕日で空の色が変わるのが不思議だから……青色から赤に変わるのを待ってやろうと思って」

 瑠璃の言葉を聞いても、蒼は笑いもしなかった。

「夕日って、なんで赤いか僕、知ってます」

 蒼はフライパンを手にとり、そこに何かを投げ込む。彼の手元に湯気が上がり、食欲を刺激する香りが部屋いっぱいに充満した。

「太陽光って実は赤や緑や青色、いろんな色を放ってるんですけど、その中でも一番青色が多いんですって。その中でも青色が一番拡散されやすいから、空が青く見えるんです」

 彼は忙しそうに手元を動かし、右へ左へ駆け回る。が、声は静かだ。若いくせに、ゆったりと馴染むような声音である。

「夕暮れは太陽から遠く離れるから青色じゃなくって、赤とか別の色が優位にたって、赤く見える……って本で読んだだけですけど」

「じゃあ太陽からずっと離れた惑星だと、空の色が緑や赤に見えている可能性もあるんだ」

 瑠璃がつぶやくと、蒼が少し寂しそうに微笑んだ。

「きっと、そんな惑星もあるんでしょうね。そしてその色を見てる人は、ああ、青空の地球が恋しいなんて思うんですよ」

「脳に騙されてるのにも気づかず、にか」

 もう汗もかかないビールの缶を見つめ、瑠璃はつぶやく。

「楽しいことも、悲しいことも、脳のせい」

 そして、ビールが美味しいと思うのも、きっと脳に騙されているのだ。

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