その01
3作目です。今回はテンプレに全乗っかりです。
「トラオ、おまえはクビだ」
懇意にしている酒場の一室、パーティーメンバーがテーブルを囲んだ席で、リーダーのライネルから僕はそう告げられた。
ライネルは青い髪に整った顔立ちをしている長身の戦士。だが、今はその顔が厳しいものとなっていた。
「何を言ってるんだ、ライネル? それは一体何の冗談だ?」
僕たちは長い間、苦楽を共にしてきた仲だ。彼が本心でそう言っているとは思いたくなかった。
「冗談? はっきり言うがな、もうおまえは要らないんだよ。魔法は使えない、かといって、戦闘能力は普通の戦士以下の、職業・商人のおまえは足手まといなんだ!」
うっ、と言葉に詰まった。それは言わない約束である。
職業・商人。それはギルドに認められている公式な冒険者の職業のひとつ。なのだが、本当に商人で登録している冒険者はほとんどいない。
何故なら、ライネルが言う通り、商人は魔法は使えず、戦力としては一般的な前衛職に及ばない職業だからだ。
「いや待て、ライネル! 確かに僕は戦力としては微妙なポジションにいることは認めよう! でも、金銭的に窮乏していたこのパーティーを立て直したのは僕じゃないか!」
そう、職業・商人の価値。それは戦闘以外の場面にある。冒険者というのは基本的に脳筋だ。経済的な感覚が麻痺している連中が多い。後先考えずに金を使い、そのせいで冒険が行き詰ってしまうこともある。そこで役に立つのが商人だ。無計画な将来設計を見直し、支出と収入のバランスを整え、パーティーを安心・安定の未来へと導く、縁の下の力持ち的な存在だ。
「そうだな、確かにおまえには世話になったよ。駆け出しで適当に金を使って、どうにもならなくなっていた俺たちを救ってくれたのは、おまえだ! でも、限界なんだよ!」
「そうです! もう無理です!」
ライネルに同調するように声を上げたのは、僧侶のシエル。彼女も青い髪で、愛嬌のある顔立ちをしている。
「何でいつまで経っても装備品が中古なんですか? お金ならいっぱいあるじゃないですか! わたしたちだって、たまには新しい装備が欲しいです!」
「いや、だって、どうせレベルアップすれば、古い装備は要らなくなるから、新品を買う必要はないじゃないか。お金の無駄だよ。新品が要らないということは、それだけ君たちに将来性があるという証なんだよ?」
そう、彼らはすぐに新しい装備を欲しがるが、冒険者としての実力が上がれば、短期間でもっと良い性能の装備に変わることが目に見えている。ならば中古で十分だし、費用対効果も高い。
「いくら中古だからって限度があります! わたし、女なんですよ? 何で見ず知らずのおっさんが着ていた、男物の神官服を着なきゃいけないんですか?」
シエルの身長は自分よりやや低い程度で、女性にしては背が高い。そのためか、男物の神官服でも似合わないことはなかった。
「何でって……安かったから?」
シエルの着ている神官服はリーズナブルな価格で手に入れた。元は偉い僧侶のおじさんが長年愛用していたものらしい。
「洗っても洗っても、しみついた加齢臭は落ちないし、いくら強くなっても、同期の子たちからは『シエルって、わたしたちと違って、熟練の僧侶って感じがするよね、主に臭いが』って、嫌味を言われるんですよ? もう耐えられません!」
シエルは涙目だった。
「臭いって言われてもなぁ。僕たちは生き死にを賭けて戦っているんだし、魔物の返り血を浴びることだってあるわけだし、どうせ汚くなるんだから、そんなに気にするところかな?」
「これだから商人ってヤツは……」
ため息交じりに立ち上がったのは、魔法使いのルイーズだ。ライネル、シエルと同郷のルイーズもまた青い髪であり、背の高さは平均的な女性くらいで、僕より頭ひとつ低い。ちょっときつい顔立ちをしているが、まあまあ可愛い。
「はっきり言って、シエルはまだマシな方よ。わたしのこのローブに関してはどう思ってるの?」
ルイーズの着ている黒いローブは、ドラゴンの血で染め上げられた一級品である。パーティーメンバーの中でも、もっとも性能が高い装備品だ。
「いやぁ、それに関しては運が良かったよ。最高級の魔導士のローブが、美品でそれも格安で手に入ったんだからね! 商人としては最高の戦果だったかな? しかも特別な魔法まで付与されているんだよ?」
「それが例え墓場からの盗品だったとしても? これは大賢者のミイラが着ていたローブなのよ!? あとその特別な魔法とやらは、術者の命と引き換えに周囲を地獄に変える超絶迷惑な自爆呪文じゃない!」
ルイーズは自分の着ているローブをきつく握りしめた。
止めて欲しい、中古で売るときに値段が下がってしまう。
大体、ダンジョンで拾った装備と、墓場に埋まっていた装備に何の違いがあるというのか? いや無い。であれば、その程度のことは気にするべきではないはずだ。
「わたしのローブは、加齢臭どころか死臭がするのよ! この前入ったダンジョンでは、グールが仲間と勘違いして、わたしに群がってきたじゃない! そんなことで良いと思ってるの!?」
ルイーズさんが身体を震わせて怒っている。
「え? いいんじゃない? 仲間と見做されるんだから、グールたちから攻撃されるわけじゃないし、特殊耐性がひとつ増えたと思えば、むしろラッキーなのでは?」
彼女が何をそんなに怒っているのか、僕には理解できない。死臭というデメリットはむしろメリットになっているし、性能的には最高のローブだと思うのだが。
「「「そういうとこだぞ、トラオ!」」」
ライネルとシエルとルイーズが声を合わせた。
「いや、でもそんなに嫌だったら買い替えればいいだけで、何も僕をクビにする必要は……」
買ってきた装備が臭い、などという理由でクビにされたら、良い笑いものになってしまう。
「それだけじゃないんだよ、トラオ」
ライネルの目が冷たく光った。
「おまえ、パーティーの金を使い込んでいるだろう?」
「えっ?」
正直、心当たりがあり過ぎた。ただ、正確に言うと、パーティーの金を投資で運用して利益を出し、そのお金を使って、色々なことに手を出していただけだ。原資はしっかり残っている。
「女だけで構成されているパーティー・ガーネットは、おまえが金を出して囲っているそうじゃないか?」
「それは……」
事実だ。だが、何故ライネルたちがそのことを知っている? 緊張で僕の口の中が急速に乾いていった。
「ガーネットっていったら、わたしたちより4つくらい下の子たちでしょ?」
ルイーズが汚いものでも見るような目で、僕を見た。
「お金を出して、そんな若い女の子たちに何をさせていたんですか?」
シエルの表情も嫌悪感を露わにしていた。
「違うんだ! 確かに彼女たちにお金を使っていた! でもそれは……」
「何が違うんだ、トラオ? 要は金で女を買ったってことだろう? それもパーティーの金に手を付けて」
吐き捨てるようにライネルは言った。
「…………」
「おまえは商人だ。まさか、善意でガーネットに金を使っていたわけじゃないんだろう? おまえは何らかの見返りを求めて金を使ったはずだ。それも、よりにもよって若い女にな」
それはその通りだった。商人は無駄なことに金を使わない。必ずリターンを求める。
「わかったか、トラオ? おまえは俺たちを裏切ったんだよ。最悪な形でな」
不味い、何か言い訳をしないといけない。そうでないと、本当にパーティーを追放されてしまう。
僕は商人だ。舌先三寸でどんな場面でも何とかしてきたはずだ。だけど今は、仲間たちの僕を見る視線が刺すように痛い。そのせいで上手く言葉が出てこない。
「パーティーの金を置いて出ていけ、トラオ。もう、おまえの顔は見たくない」
最後通告をライネルが告げる。
「……わかった。わかったよ、ライネル。僕は出ていく」
そう言うしかなかった。何の譲歩も引き出せなかった。これでは商人すら失格だ。
僕はテーブルの上に、金貨が詰まった袋を置いた。
しかし、それでも僕には、ひとつだけ言わねばならないことがあった。
「ライネル、魔王討伐はまだ時期尚早だ。それだけは止めてくれ」
魔王討伐。冒険者たちの最終目標であり、最高の栄誉。
現在、金の牙という実力派のパーティーが他の複数のパーティーに、共に魔王領へ潜入することを呼び掛けている。
魔王軍・四天王の3人が他国に攻め入るために留守にしており、今こそ魔王を倒すチャンスだ、というのだ。
僕たちのパーティー・ブルーリングにも声がかかっている。ブルーリングは冒険者ギルドの認定する最高ランクのSに入っており、実力的には申し分ない。
しかし、魔王は別格の相手だ。四天王もひとりだけとはいえ、筆頭を務める魔人ベッケル。4本の腕と4つの眼を持ち、その実力は計り知れない。現状では情報が足りなければ、力も金もまだ全然不足していると僕は見ていた。
「おまえはそう言うと思っていた。だから追放するんだよ、トラオ」
ライネルは不敵な笑みを浮かべた。
「おまえは所詮商人だ。俺たちと比べると、レベルが上がっても大して強くならない。だから、いつまで経っても力が足りないと思い込んでいるんだ」
「それは違うぞ、ライネル。商人だからこそ、僕は冷静に算盤を弾くことができる。自分を客観的に見ることができない商人は二流だ」
さすがにそれは聞き流すことはできない。目利きができない商人と言われては、商売あがったりだ。
「おまえは二流の商人だったんだよ、トラオ」
ライネルは冷たく言い放った。
「出ていけ、俺たちはおまえがいなくてもやってみせる」
彼の目を見て、何を言っても聞き入れられないことはわかった。シエルとルイーズも同じ考えのようだった。
「わかったよ……」
僕はそう言うと、酒場を後にした。