特別授業
よろしくお願いします。
エリーゼは、なかなか思うように身につかないマナーの授業をカバーする為に、特別授業を受けることになった。
「エリーゼさん。こちらへ。」
マナーの教師が先導して連れて行ってくれた先は、別棟だった。本棟とは中庭一つ隔てた場所にあり、あまり人気のない、やや薄暗い印象の建物だった。
エリーゼは、何となく隔離されているような感じがして少し寂しかった。でも、これから特別授業を受けて、公爵家や男爵家、それにマナーの教師、エリーゼを気にかけてくれた皆に少しでも喜んでもらえるように、気合を入れて別棟に足を踏み入れた。
特別授業は放課後行われる。教師は授業を受け持ってくれるマナー教師が担当してくれるものと思っていたが、紹介されたのは事務員さんだった。少し高齢の女性で、ふわふわの髪の毛とふわふわの笑顔が魅力のおばちゃんだった。
「エリーゼさん。この方が、これからあなたのマナーを見てくださいます。侯爵家のお方ですので、高位貴族にふさわしい所作を教えてくださいます。心して取り組むように。」
…さすが高位貴族用のクラス。事務員ですら、高位貴族とは。
エリーゼはそう驚いていたが、その実、良縁を結べなかった貴族の女性の就職先として学園は人気であった。
そんな貴族の裏事情を垣間見ながら、エリーゼは特別授業に熱心に取り組んだ。
マナーの特別授業を受けている間は、召喚精霊のイリスは自由に遊ばせていることにしていた。
月の精霊だけあって、静かで木陰の多いこの別棟の裏庭―中庭とは反対側にある、更に人気のない庭―を気に入ったようで、楽しそうにフラフラと遊び歩いていた。
――もう、イリスったら。私が大変な思いをしている間に楽しそうねっ。
エリーゼは完全なる八つ当たりと自覚しながら心の中で愚痴を言っていた。
発音が苦手なだけでおしゃべりは大好きなエリーゼにとって、唯一のおしゃべり相手イリスは大事な親友だった。実際先程のぐちを後で直接聞いてもらうつもりだったし、イリスはそれを聞いて笑って慰めてくれるだろう。
そう思いながら、特別授業を終え、イリスを探しにでたエリーゼは、予想外の人物と遭遇する。
「そう。僕の悩みを聞いてくれるのかい? 君は優しい精霊だね。」
廊下の角を曲がった先から、楽しそうな声が聞こえた。少し低めの、しかし声変わりしたての年ごろの不安定な声。
この声には聞き覚えがあった。
この国の第一王子だ。
廊下の角から、そっとその先を見やる。
そこには優しい表情でイリスに話しかけている王子がいた。金髪碧眼の王子様と、銀髪美少女の月の精霊が向き合っている姿はとても美しく、しばらく見ていたい光景だった。
しかし、気配に敏い王子はすぐさまエリーゼを見つけた。
精霊とのおしゃべりを見られた王子は、一瞬頬を赤く染めて恥じらった後、すぐさま普段の不機嫌な表情にもどり、やや威圧的にエリーゼの横を通り過ぎて行った。
エリーゼが特別授業をしている同じ階の別部屋では王子が自習をしていたようだ。
毎回エリーゼの為に遅れるマナーの授業が嫌で自習していたわけではなかったようだ。
――毎回これみよがしに退室して、授業が遅れることに対してのあてつけかしらとも思ったけど、違うみたいね。
そうよね。王位継承者だもの。時間が惜しいのは当然かも。
エリーゼの中で王子に対する好感度が上がった。
こうしてエリーゼは、同じく授業時間外も頑張る同士がいることにちょっぴり勇気をもらいつつ、特別授業に精を出していた。
エリーゼが特別授業をうけていると、まれに大きな音が鳴り響くことがあった。
「イリス〜。あの音何かな?」
その日は、授業が始まる前に特別大きな音が響いていたので、エリーゼはイリスに何となく話しかけた。別に回答が得たかったわけではないのだが、優しく、しかも好奇心旺盛なイリスは、音の謎を解き明かしてこようと思ったようだ。(暇だったとも言える。)
そうしてイリスが『わかったわ。私調べてくる。』といったきり、帰ってこなくなってしまった。
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