いざ学園へ
よろしくお願いします。
「エリーゼといいます。みなさん、よろしくお願いします。」
入学当日の挨拶はうまくできたと思う。
エリーゼは何百回、何千回、いや一万回以上は挨拶の練習をしてきた。
その為、挨拶はとても流暢に話せるようになったが、日常会話はまだボロが出るため、なるべく話さないように努めた。
周りからはエリーゼは『あまり喋らない子』とみなされた。しかも、途中入学。
訳有公爵令嬢は少し浮いていた。しかし高位貴族用のクラスに編入したため、表立った嫌がらせなどは特になかった。
授業は家庭教師による勉強の成果か、なんとかついていけた。特に数学は得意だった。
苦手なのはマナーの授業だった。
公爵家どころか、男爵家にいた時さえも人とあまり関わらなかったので、全体的な流れが今ひとつつかめない。
「エリーゼさん、そこは相手の動きを見てから動かないといけません。カップがぶつかります。とても危ない動きですよ。」
お茶の入れ方一つでも、教師に注意されてしまう。
この国の貴族が当然のように行う動作も、見慣れないエリーゼにはわからないものも多かった。
一緒のテーブルについた他の生徒からは、エリーゼがなぜその当たり前の動作ができないのかわからず、若干不審がられた。
「エリーゼさん、慌てなくて大丈夫ですよ。私達の弟妹もできることです。ひとつひとつ丁寧に身につけていきましょうね。」
優しい級友の言葉が逆に心をえぐる。
―うっ、年下にも劣るということか…。いや、そんな皮肉をこめるまでもなく、純粋にできないことを心配してくれてるっぽい。それはそれでダメージが…。
言葉の通り、慌てないことをひとつの美学とする貴族の流儀に則り、丁寧にやり直す。
何度もエリーゼのために授業が遅れた。
クラスにはこの国の第一王子もいた。
彼もまた、クラスでは浮いていた。
金髪碧眼、日に当たらない青白い肌に、ひときわ上等な生地の制服。ひと目見ていかにも王子様然としていた。
しかし、それよりもいつも不機嫌そうな表情、雰囲気であったため、不機嫌な王子と言う印象が強かった。
高位な者だけあって、クラスメイトもそっと様子を窺うのみだった。
クラスメイトは気軽に召喚獣や精霊を見せあっていた。ある時勇気ある者が王子に尋ねた。
「殿下はどのような召喚獣をお連れなのですか? 見せていただくことはできますか? 是非見てみたいです!」
そう言われた王子は、不機嫌な眉を更にひそめて、
「気安く見られると思うな」と一言吐き捨てて、去ってしまった。
それ以降誰も尋ねる勇気はなかったので、王子の召喚獣を見たものはいなかった。噂によると、立派な大型ホワイトタイガーの召喚獣だそうだ。王室公式の、幼少期の姿絵にも描かれていた。
召喚獣の話は王子の前では禁句となった。
しかし、王子は珍しい聖魔法を使うことができた。怪我をした同級生に治癒魔法をかけてやるなど、さり気なく聖魔法を使用しており、不機嫌だが優しい王子をこっそり慕うものも多かった。
王子は、エリーゼが授業の進行を止めてしまうたびに、
「自習してきます」
と教室から出ていってしまっていた。
そのたびに、教室には気まずい空気が流れた。
エリーゼとしては、とても懸命に授業に取り組んでいた。
公爵家でも、マナーがここまでできていないことは盲点だったため、挽回するために自宅でのマナー指導も強化された。
しかし、生まれてからずっとそのマナーの中で過ごしてきた者たちと、付け焼き刃で学んだエリーゼとは、努力ではすぐに埋めきれない差があった。
マナーの授業が思うように進まず、とうとうエリーゼは、教師に申し出た。
「わたしがいると、授業の妨げになってしまいます。どうか、別の部屋で授業を受けさせてください。」と。
エリーゼが口に出せたと思っているよりももっと拙い言葉遣いに聞こえたのだろう。教師が怪訝そうな顔をしたので、生徒のいない職員室で話しかけて正解だったと思った。
厳しいことで有名なマナー教師は、眉根を寄せてエリーゼをみる。
「そのようなことを、あなたが気にすることはありません。懸命に授業に取り組む姿は、他の生徒に良い影響をあたえています。」
意外な切り出しに、エリーゼは少しびっくりする。
「しかし、あなたのその熱意は評価するところがあります。通常授業はそのまま出なさい。」
マナー教師はそのトレードマークのメガネを指でクイッと押し上げ、続けてこう言った。
「特別授業も別で設けましょう。」
エリーゼは特別授業を受けることになった。
読んでいただきありがとうございます。
前話でいいねをつけてくださった方がいました!
ありがとうございます。
皆様のいいねや感想、評価などが書き続ける原動力となっております。