自宅軟禁、からの精霊召喚
よろしくお願いします。
「エリーゼ、あなたは今まで見てきた生徒の中で、一番出来が悪い。」
そう言ったのは、エリーゼにつけられた専属の家庭教師だった。家庭教師自体は珍しくないが、エリーゼは外に出ることを禁じられているので、まず第一にちゃんとしゃべれることを目的としてつけられていた。
基本的にはひたすら発音の練習をしていた。エリーゼの年で通う初等学園にもいけないので、あわせて初期魔法の練習や、歴史、国語、算数などの初等教育も勿論行われた。その中でも一番力を入れられたのが、精霊の召喚魔法だった。
召喚魔法は卒業式の際に、招かれた親族や来賓の前で披露することになる。通常は召喚自体は幼少期に済ませてあり、その召喚獣や精霊をいかに使役できるかを披露する。エリーゼは入学すら果たせていないが、召喚もできないので今のうちから練習しておく必要がある。
召喚の練習の際、何度発音してもうまくできないので、一番発音がしやすかったイリスという精霊の召喚を中心に行うことにした。イリスは月の精霊で、派手な技が無いためあまり召喚相手としては人気がないそうだ。
召喚には、相手の名前だけでなく、来て欲しい旨を告げる文章を丸暗記する必要がある。さらに、召喚されたものは荒ぶっていることが多いので、従わせる文章や縛り付ける文章も覚えておく必要がある。
エリーゼは難しい発音を覚えるため、単語一つ一つどころか、スペル一つ一つを丁寧に発音した。前世の記憶をもとに、発音記号を使ったのだ。それでも、慣れ親しんだ日本語や英語、その他聞いたことがあるどの言語にも似ていない発音形態に、対応する発音記号を模索する段階から難航していた。
聞き取れないし、書けないし、発音できない。幼児が使う簡単な言葉ですら、何度も何度も繰り返し発音練習をした。
その様子に、家庭教師は呆れて首を振った。文字を覚えたての幼児よりもおぼつかない。それでも、目に涙をためながら、ひたすら練習した。中身が成人している身としてはとてもしんどいものがあった。しかし、幼い子供だとしてもしんどかっただろう。どの道だ。ひたすら努力するしかない。
監視役がいないところで召喚の文言を暗唱するのは危ないため、夜一人になったときは、ひたすらイリスの名前を読んでいた。一つ一つのスペルを丁寧に丁寧に、ひたすら1年間、読み続けた。
「イリス、イリス、わたしのところにきてください。」
ついでに、「うまくしゃべれますように。」とお祈りしながら。
発音以外の基礎学習が済み、とうとうエリーゼも学園に通っていいことになった。
「エリーゼ、あなたは今まで見てきた生徒の中で、一番出来が悪かった。そして、一番努力をしてきた。その成果を、見せてください。」
厳しかったが、実は優しさもあった、口のやや悪い家庭教師はエリーゼを広間の中心へと向かわせた。
そして、エリーゼは学習成果お披露目のため、家族と家庭教師が見守る中、イリスの召喚に取り組んだ。
公爵家に来てから1年間。ひたすら丁寧に思いを込めて呼び続けたイリス。
「イリス」
その名を呼び、来て欲しいと伝えた瞬間、魔法陣に光が湧き、家庭教師が念の為唱えようとしていた束縛魔法を唱える暇もなく、顕れたイリスはエリーゼに飛びついた。
イリスはエリーゼの耳元でそっと囁いた。
「ありがとう。やっとそばに呼んでくれた。」
召喚相手が即懐くなど聞いたことがない。そう言って公爵家の家族と家庭教師は驚いた。しかし、エリーゼの優しい性格、懸命な様子を1年見守ってきたため、そういうこともあるかと思うことにした。
こうしてうまくしゃべることができなかった元男爵令嬢のエリーゼは、無事召喚の儀を終えて、公爵家の一員として改めて迎え入れられた。
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