プロローグ
私ナティアは誰からも必要とされていなかった。
25年前ニッピア国で第二王女として生まれたが、赤い瞳のせいで父や母、兄弟や召使いからも蔑まれて育った。
住む場所食べるものには困らなかったが、人として最低限のものだけ与えられ、贅沢などしたこともなかった。
16歳の時売られるように大国ユヴェットに嫁いだ後は正妃として迎え入れられ暮らし、18の時第一皇子を生んだ。
だが、夫である陛下の愛は手に入れられなかった。
私は初めて陛下を見た時に心を奪われた。
漆黒の髪にヘーゼルの瞳、切れ長の目に通った鼻筋。誰もが見惚れるような顔立ちに鍛えられ整った体。
薄い唇から発せられる声は低く艶やかでこの方と一生を共にすることができるなんて、と心躍らせた。
決して仲が悪かった訳ではなく、普通の皇帝と皇妃だったと思う。
陛下が私を愛していないことなど知っていた。
この方は誰も愛さないのだろう。しかし私の隣にいてくれるのだろう。それならそれでいいと思った。
2年前異世界から現れた娘がいた。
娘は陛下の散歩中に突然現れて陛下に保護された。
異世界から突然来たのだから戸惑いや不安、私に分からない程の苦痛があるのだと思った。
3ヶ月ほど経った頃、陛下といる娘を何度も見た。
黒髪黒眼の華奢な可愛らしい娘だった。
陛下はあのように笑うお方だったろうか?
私は陛下の正妃である。第一皇子も生んでいる。あの娘はなれて側妃だろう。私の方が立場は上なのだ。これからもずっと。公の場で陛下の隣に立てるのは私だけ。そう考えることで自分を落ち着かせた。
ある日、娘が私の所へ話をしにやってきた。
その娘はピンクの唇を震わせ私にこう言った
「カイル様が愛しているのは私です。あなたはカイル様のためになにかしましたか?ずっと部屋に籠もりっきりで!私の方があの人のそばにいるのに相応しいと思います。カイル様を分かってあげられるのは私です。異世界からきた私に優しくしてくれたカイル様の事を好きになってしまいました。エルト様にもお会いしました。あなたがちっとも構ってくれず寂しい思いをしていると言っていました。私ならあんな幼い子を放っておくなんてしないのに!あなたは母親としても失格です!」
そう言ってくる娘に私は何も言えなかった。
私だってエルトに会いたかった。この手で抱きしめ愛しみ毎晩大好きだと囁きながら共に寝たかった。
あの子が転んだら真っ先に駆け寄り泣き止むまでそばにいたかった。
愛する人との間に生まれた子を愛してない訳がない
けれど、私とエルトが普通の母と子である事を望まない者たちがいた。
異国の蔑まれて育った姫である私とは距離を置かせたかったのだろう。
生まれてすぐ取り上げられ7歳になるあの子と話したのは両手で足りるほどしかない
毎日庭ではしゃぐあの子をただ見ていることしかできなかった。仲良くしない事があの子が憂いなく次期の王になれる方法だと言われればそうするしかなかった。けれどそんなもの全て無視すれば良かった。
あの娘はいつの間にか聖女とよばれるようになっていた。
ほぼ毎日町へ下り貧しい者たちに食料や宝飾品を配っているらしい。
私は2日ほど前から牢屋の中にいる。陛下が隣国へ行ってからすぐのことだった。
私の部屋にあの娘とエルト、そして衛兵が大勢やってきて私を捕らえた。
『母上、貴方は聖者ナツキを害そうとした罪、そして貴方の祖国であるニッピアへ我が国の情報を流しこの国を陥れようとした罪で捕らえさせて頂く!!』
『あたしあなたに酷いこと言ったかもしれませんがまさか殺されかけるとは思いませんでした!それに国を売るなんて最低です!もしかしたら戦争でも起こすつもりだったんですか?!罪を償って下さい!』
どちらも身に覚えが無かった。私を虐げていた祖国へこの国の情報を渡すなんて有り得ないし、娘を害そうとした事なんて全く無い。
出来るだけ落ち着いて私は無実だと、身に覚えがない、そもそも証拠は?と話し問い掛けたが聖女とよばれる娘とエルトは私の言う事を全く聞く気が無いらしく衛兵が私を地下牢へ運ぶ。
仮にもこの国の皇妃である私が凶悪な罪人がいれられる地下の牢屋へ入れられるなんて、ここまでくると笑えてくる。エルトとあの娘の言葉だけで皇妃を地下牢へ入れる事を誰一人としておかしいと思う者はいなかったのだろうか。ただの貴族でも地下牢へ入れる事なんて滅多に無い事だ。
陛下が帰ってきたら何か変わるだろうか。それとも、陛下も私があの娘を害そうとしたと信じ、お怒りになられるのだろうか。
私がしてないと言えば私を信じてくれるだろうか。
エルトは私の事をこれほど憎んでいたのか。母の言葉よりも異世界からきたあの娘の言葉を信じたのか。いや、当たり前か。生んだだけで自分を放置している女と、明るく微笑み自分の話を聞いてくれる女、幼い子がどちらの話を信じるかなど分かりきっている。いつの間にあんなにしっかりと言葉を話せる様になったのだろう。あんな内容でも声を聞いたのも久しぶりだった。ここから出れたらまずは全てを無視してエルトと話がしたい。私はエルトを愛してると、今までの事を謝り、たくさん話がしたい。
狭く暗い牢屋の中で蹲り、陛下の帰りの知らせを待つ事しかできなかった。
3日目の朝、娘が一人でやってきた。
『ナティア様、あなたに毒をのんで死んでもらおうと思って今日は来ました!安心して下さいね、あなたが死んだ後はあたしがカイル様のお嫁さんになって、この国の皇妃になって、エルト君も自分の子のように可愛がりますから!エルト君、言ってましたよ?あなたを母だと思った事ないって。これからはあたしを本当の母だと思ってくれるって!カイル様も帰ってきたらあたしに言いたい事があるって言ってたんです!きっとプロポーズだと思うんです。だからあたしあなたが死んでくれると良いなぁ、と思って…。でも苦しむのは可哀想だからちゃんと苦しまずに死ねる毒を下さいって言ってもらったから楽に死ねるはずですよ!役立たずの虐げられて育った人より、愛をもらって育てられて聖女っていわれてる私の方が皇妃にふさわしいと思うんですよね。あ、カイル様が今日の夕方くらいには帰ってくるみたいだからそれまでに死んでおいてくださいね!あなたもカイル様にそんな汚い姿見せたくないでしょ?生きててもみじめに振られるだけだし!じゃあ、あたしこれで失礼します。あ!毒ここに置いておきますね!』