『実話 影女さん』
私の大学時代の話です。オホーツクな大学。昭和生まれには『番外地』と言えばすぐわかりますね。
大学は山のてっぺんにあり、私は1番近いであろうアパートから通ってました。本当に1番大学に近いのは某下宿でした。こちらの下宿、ジャイアンツが負けると、食事がカップラーメンになると有名な下宿でした。まだあるのかな?
すっかり脱線しましたが、さて、私が語りたいのは『影女さん』です。
まぁ、妖怪にあやかって命名したので怪談話に出る影女とは少し違うと思います。
私が四年間暮らしたアパートは二階建て、五部屋ずつで一棟十部屋でした。わたしは一階の四号室。たしか『A-104号室』だったはず。
独り暮らしでの寂しさもあり、独り言はずいぶん増えていたと思います。日常的に『今日の夕飯どーしよー』とか『あー! 風呂の栓すんの忘れてたわ!』とか、誰も聞く人いないのにぶつぶつ言ってしまいます。
ある日、雪かきで冷えきった身体を熱々お風呂で温め中に気が付きました。人の気配。
脱衣所に誰かいる。
玄関の鍵はきちんと閉めた。間違いない。
振り返ってみても、すりガラスの向こうには誰もいない。
「ええー、誰もいないのにー。誰かいたら、いたで怖いんですけど」とぶつぶつ言いながら前を向くと、脱衣所でワンピースやロングスカートを脱ぐような『しゅるしゅる』とした音が聞こえる。
振り返る、誰もいない、音も止む。
前を向く、しゅるしゅるしゅるしゅる衣擦れの音がする。
怖くなった私は浴室のドアを開けるも、誰もいない……。
きっと、独り暮らしの寂しさに、幻聴が聞こえているのに違いないと思うようにしました。遠距離恋愛になってしまって、彼女と別れてから数ヶ月経っておりそのせいもあるのかなと。
別に害があるわけじゃないと、意外と人間って慣れるもの。日が経つと「今日はいる」「はて? 今日はいない?」と浴槽から気配を探してしまうくらいに。
何だかいろいろ疲れていた日、入浴中にまたも影女さんの気配。
酔っていた私は脱衣所にいるであろう存在に声を掛けました。
「影女さん、一緒にお風呂入る?」
怪異を呼び込むバカがここに……。
本格ホラーならば、扉がバンッと開いてマッパの間抜け男は殺されますね。
一瞬、衣擦れ音は止んだのですが、10秒くらいするといつもより速い衣擦れの音。しゅるしゅるしゅるしゅる、すごく嬉しそうな気配。どうやって気配に感情を乗せているのか分からないけど、『嬉しい』『少し恥ずかしい』って気持ちが伝わってくる。
しゅるしゅるしゅるしゅる……何枚着てるのっ! ワンピースじゃなく着物だったのか……?
少しして、ぱさぁっと最後の一枚を脱いだような音が……。芸が細かいな、影女さん。
わたくし、影女さんが浴室に入って来るのを待ち過ぎて、のぼせました。
結局、浴室に入って来ないし。冷水を浴びてなんとか脱衣所に……。しばらく脱衣所でのびてました。
あんだけ嬉しそうにしてたんだから、介抱くらいしてくれてもよかったんじゃないかな影女さん?
次の日も嬉しそうに衣擦れ音させる影女さん。誘った日からは気配が濃くなったみたいで、すりガラスごしに薄い人影がみえることも。本当にうすーくて、ほんのり人影。細身、わりと巨乳……好!。
出現日、時間などに法則性は無かったように思います。昼間にシャワーしてても出たし。気まぐれな女でした。
なんだかんだ、一緒に暮らしました。
ただ影女さんはあの部屋付きの怪異さんらしく、ぎぎさんのお引っ越しには憑いて来てくれませんでした。結局、脱衣所に気配があるだけ、衣擦れの音があるだけ。人影はあったりなかったり。
影女さんと一緒にお風呂したかったのに。
いまもあのお部屋にいるの、影女さん?