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Ⅵ.Miracle happened



 久しい再会の後、私とカレーヌの住む国は、隣国との激しい諍いを繰り返していた。

 もう一人の旧友が住む場所とは大きく離れていたから、すこしホッとした部分もあったのだけれど。

 その頃には、魔女の存在に関する噂もすっかり薄れていってたわ。


 人里がもたらす風習の、なんと儚く脆いこと。待ち望むほどに遠く、退くほどに近付く時間に、魔女も振り回されてきたものよ。


 だけど魔女の不幸な報せが届くことは無くなり、カレーヌもきっと穏やかに過ごせていたんじゃないかしら。

 あの子ほど、忍耐強く優しく在り続けた魔女を知らないもの。笑顔を絶やさず、怒りに囚われず、哀しみと張り合わず。

 そんな彼女を思うと、やっぱり寂しいという気持ちが強かった。


 私からは、はっきりとした年月の話はしたことがなかったの。彼女から話題を振られたら応える程度。

 彼女本人が気に留めなくとも、私は大切な人の前で言葉にするのが怖かった。

 私には、ほんとうにつらいことだったの。

 カレーヌの時間を、よりつよく意識してしまいそうで……。



「いらっしゃい。どうしたの? あなたから会いに来るなんて」



 私はカレーヌが来たことに驚いたけれど、表情に出すのはどうにか堪えたわ。

 20年ぶりに会った彼女が、とても困っているように見えたから。



「どうしても会いたくて、来てしまったわ」

「もちろん歓迎するわ。さあ、こちらに」



 キッチンに置いたウッドチェアを魔法で引き寄せ、そろりと入ってきた旧友を座らせた。



「だけど……あなた、身体は大丈夫なの?」

「ええ──」



 テーブルに腰掛けた私は、気もそぞろな彼女の様子が気になったわ。

 自分から頼み事をするのが、昔から苦手な子だったの。



「……ジェシカ、お願いがあるの」

「何かしら、カレーヌ」



 愛しい旧友の、滅多と聞けない言葉だもの。お願いの内容がどんなことでも、私は引き受けるつもりだった。

 それが食べ物を分けることでも良かったし、煙突の掃除を手伝ってと言われたら煤だらけになるのだって嫌じゃないわ。


 とにかく何だって良かった。また会えただけで心が踊ったし、彼女の助けになれることが嬉しかった。

 まだ頼ってもらえることに、幸福さえ感じていたの。

 けれど、すぐに私の気懸かりは現実となった。



「お願いというのは、これよ。このローブを作り直してほしいの」

「それはまた……どうしたの?」



 カレーヌから着ていたローブを渡され、顔色を窺ったわ。体調を崩してはいまいか、思い詰めてはないかと。

 でも、彼女の瞳に重い雲は罹っていなかった。


 ……そう、あれは光よ。

 夜でも鮮明さを失わない、三日月の眩さがあった。

 そして私は、そんな旧友の決意を薄々感じ取っていた。



「今度、南へ下りたところにある国と戦争を始めるらしいの」



 そこは不穏で悍ましい音が繰り返されてきた、かの隣国。

 私は国境線向こうにある町を手にしたと豪語する自国の騎士達が酒場で暴れて困るという話を、麓の人里で耳にしたばかりだった。

 更に領地を増やすべく、次の戦いに赴く日も近いという話もあったわ。



「あなたに一報が届いたの?」

「いいえ。だけどきっと喚ばれるわ」



 その声音は固く張り詰めていたけれど、彼女は物事を大袈裟に言ったりするような子じゃないの。むしろ私が気になったのは、その理由。



「どうして分かるのよ」

「……実は、男の子を拾ったの。人里に住んでいた男の子よ」

「そう……、そうだったのね……」



 私には、分かってしまった。

 彼女が私のもとへ来た気持ちも、また会えた理由も。


 奇跡だけが、恩恵のすべてじゃないのよ──と。


 村の婆様が言っていたことを、その時の私は密かに思い出していた。



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