Ⅰ.Magnolia denudata
これは、森に住む魔女と青い流れ星にまつわる噺よ。
とある晴れた日、私は森の魔女に会いに行ったわ。
ともに山脈地帯で隠れ住むことを選んだ旧友に、50年ぶりに会いたくて。
彼女の名は、カレーヌよ。
どんな時も、愛を忘れたことがない魔女だった。
カレーヌの家の近くには、雪原の空と呼ばれた場所があったの。
その正体は樹齢200年を越える、白木蓮の林なのだけれど。
なかでも一際おおきな樹が、北西の両端に立っていてね。
樹齢500年を経て生長を止めてしまった2本のそれは、昔その場所に魔女の村が存在していたことの証なの。
古くから魔女たちは、領地を示すこの縦軸と横軸にそれぞれ植えた樹を、故郷の目印にしていたわ。
けれど魔女の村は廃れてしまった。
──魔女狩りがあったの……、何年も、何年もね。
私たちと親しくしてくれた付近の町にも、あっという間に噂は伝聞していって。
それから魔女たちは、村を離れるという苦しい決断をしたわ。
だって危険ですもの。
明日は自分の番かもしれない。
次第に皆の心は疲弊し、虫も殺せぬほど根が穏やかな子まで苛立ちを見せるようになっていたわ。
当時は、そういう時代だったのよ。
顔見知りや家が隣同士だった魔女たちも、新天地を探して旅に出てしまった。
だけど、私の旧友は故郷に戻ったの。誰よりもつよく、故郷を想っていたわ。
あとで知ったことだけれど、彼女はそのとき既に大切な家族を失っていたの。
魔法は使えないけれど、とても親しくしていた人間たちとの別れよ。
寝食を共にし、武芸に明け暮れた第二の家族。
後に彼女は、そう教えてくれたわ。
旧友と共に故郷へ戻ったのは、私ともう一人の魔女だけだった。
私たち3人は、まだ箒を掃除道具として扱っていたような幼いうちから、一緒に村のお祭りに参加したり、いたずらをして怒られたり……。
それはもう、ほんとうに楽しい日々だった……。
人々が信じていた魔女狩りという意識はゆっくり北上していき、時代の波に流され、徐々にその様相を変えていくところも見てきたわ。
村の名残を見せる場所にも、とうぜん人の気配なんて無かった。
自分たちが幾数年離れているうちに家屋や納屋は煤け、風車は頽れ、膝下まで伸びた雑草に埋め尽くされていた。
不思議な光景だったわ……。
親に叱られて拗ねていた丸太小屋も、300歳になる婆様の聖誕祭をした真っ白いお屋敷も、とっくに蔓草で覆われていた。
でもね、2つの白木蓮の樹は残っていたの。
村を見守り続けてきた変わらないその姿が、私たちに幼かった頃の気持ちを思い出させてくれた。
太い幹、大きな葉、甘く香り高い花。そして空を昇る梯子のように高く伸びた、おおきな背丈。
自然がもたらす生命の、なんたる偉大さか。
遠くから見るよりも、ずっとずっと美しい白亜の三角帽子。
村で代々の長となる婆様が、永い時をかけて注ぎ続けた魔力を有して。