記憶の音色
衣擦れのような音がした
君が身動ぎバネが軋む
グリッサンドを弾くように
窓の上を跳ねる音がする
耳を澄ませば
遠くから小川の流れる音がした
近くに川なんて流れてないのに
暗い部屋の中で身体を起こす
窓から差し込む微かな光が
部屋をぼんやりと照らしていた
ただ独りの部屋
隣に君の姿はない
衣擦れの音は外から聞こえた
何かが窓をぱたたと叩いた
全ては夜半に降り始めた
雨が生み出した音だった
夢見た景色は霧に呑まれて
鳴り止まぬ音が断絶していく
創り出された見知らぬ景色は
意識と記憶で埋められていく
かつての景色と
あり得た景色
まだ見ぬ景色が
綯い交ぜになって
くすんだ色水に溶けていく
色をなくして白く濁った
光沢のない真珠の空は
昇らぬ陽を待ち沈黙している
横たわるとバネが軋んだ
タオルケットを丸めて抱きしめる
衣擦れの音と微かな温もり
顔を埋めて瞳を閉じる
せせらぎの音は勢いを増し
跳ねる音は小太鼓のようで
たった独りの部屋の中で
賑やかさだけが増していた
体を丸めて耳を澄ます
マーチのような子守唄は
心音になって鼓膜を叩く
かつての音と
あり得た音が
あるはずのない音楽を奏でて
澄んだ音色として流れていく
色をなくして不純を含んだ
屈託もなく降り続く雨は
陽を迎えるよう歌い続けている
創り出された見知らぬ景色が
意識と記憶を塗り変えていく
ただ独りの部屋
君はいないけど
あり得たはずの温もりの中で
かつての景色の中に埋もれてく
どこかで
衣擦れのような音がした
褪せぬままでいて
流れゆくことなく




