サオリの終末
リナをお願い、というのがランの最後の頼みだった。
けれど、崩れた洞窟跡を、社跡をどんなに探しても、リンはリナの姿はおろか、彼女がここにいたという痕跡すら見つけることができなかった。
辺りが薄暗くなるまでリナの名を呼びながら探し回ったリンは、ついに成果のないまま山を降りることとなった。
昼と夜の一瞬の合間のような、曖昧な明るさの世界が映し出すのは、灰になった国。
たった一晩。
たった一晩のことだった。
リンの愛したサオリは、すべてが灰となってしまったのだ。
ヨウガントが立ち入った山の一部は木々も燃え落ちてしまっていたけれど、そうでない場所は依然として森のまま。
リンは灰になった国から目を背けたくて、現実逃避だとわかっていながら、木々に身を隠すように森の中へ足を踏み入れた。
リンの足取りは重くてふらついていて、明らかに通常の状態ではない。
そんなリンに死臭を感じたのか、リンの背後を大型の獣が何匹も付け狙っていた。
危ないから整備されていない森には決して入らないように、とリンに言い含めてくれていたランは、もうこの世にはいない。
リンは奥歯を噛み締めた。
ギリギリと音が鳴るほど、力強く。
バウの言葉によって、サオリを襲撃したのはヨウガントという名のゴーレムだということはわかった。
けれど、それだけだ。
ヨウガントのミールが誰なのか。
どんな思惑によって、サオリを襲撃したのか。
何故、サオリの国民たちは蹂躙されなければならなかったのか。
なにも知らされないまま、リンは一方的に奪われたのだ。
ふつふつと、胸の奥で感情が沸騰するのがわかる。
怒りなのか、悲しみなのか、絶望なのか。
はたまた、そのすべてが混ざり合ったものなのか。
これまで姉に甘やかされ、妹に慕われ、国民たちに愛されて生きてきたリンが、今まで知らなかった感情だった。
森の中を歩き続けるリンの目に光はない。
リンの背後を付け狙っている狼たちが一定の距離を保っているのも、怒りと絶望が詰まったその瞳を警戒してだろう。
昨日から食事も睡眠もまともに取っていないリンは、肉体的な疲労と精神的な疲労も相まって、ついに地面へと倒れ伏した。
だんだんと、背後の狼たちが距離を詰めてきたのもリンにはわかった。
どこも怪我はしていない。
少し体に力を入れれば、簡単に立ち上がることができるだろう。
けれどリンは、狼が迫っていることに気付いていてなお、動かなかった。
ひどく、疲れていたのだ。
生きることを放棄したくなるくらいに。
手を伸ばせば触れられそうな距離まで近寄って来た狼が、リンの様子をジッと窺っている。
このまま噛み殺されるのだろうと未来を予測しながら、リンは冷静だった。
ーーだって、もう姉ちゃんもリナもいないし……。
目の前の狼が大きく口を開いた。
ギザギザした牙がむき出しになる。
ーーあぁ、殺される。
どこか他人事のように思いながら、リンは襲い来る牙をただ見ていた。
ひゅん、と風を切る音が聞こえた。
突如としてリンの視界に新たな異物が飛びこんでくる。
リンと牙をむき出しにした狼との間に突き刺さったのは、一本の杖だった。
老人が歩行の補助に使う、よく見る形状のものだ。
突然現れた異物を警戒する狼の目の前で杖がニョロリ、と身をくねらせたのを見て、リンは目を疑った。
ニョロニョロと動いた杖は、ほんの数秒で蛇へと変化した。
キシャー! と警戒音を発したその蛇に、狼たちは何事か吠えかけてから、尻尾を巻いて逃げていった。
この森の支配者でもあるだろう大型肉食獣の狼でも、杖から変化する得体のしれない蛇と戦う勇気はなかったようだ。
狼が逃げ去ってもぼんやりしていたリンの耳に、落ち葉を踏みしめる人間の足音が聞こえた。
「おまえも、その力を持っているのか」
後頭部側からの声の主の正体も判別できないまま、緊張の糸が切れたようにリンは意識を失った。