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賽が舞う  作者: 和久井 玻緒
壱の目
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大きな黒い霧のようなものが、凄まじい勢いでこちらに迫ってきたかと思ったら、逃げる間もなく、一瞬にしてその霧に飲み込まれた。


 先ほどまでの景色が一転する。


暗闇に視界は閉ざされ、息苦しさが一気に増した。

すると、獣がうなるような低い声が聞こえてきた。


『グルルルルルゥ……』


 先ほどよりも霧が濃くなったのか、闇が深くなる。

 立っていられずに、その場に膝をついた。


 突然、胸に激しい痛みが走った。心臓を鷲掴みにされたような痛みに、思わず声が漏れる。


「ぐッ!」


それと同時に肩の傷が燃えるような、これまで感じたことのない痛みにたまらず叫び声をあげた。


「うああああああああああ――――ッ!」


 痛みにうずくまる。


 なんで。

 なんでこんな目に合わなければならない?

 俺が何をした?


真実を告げても誰も信じてくれず、嘘つきだと罵られて、気味悪がられて、拒絶されて、人に見えないモノが見えるというだけで、何ひとつ得などない。


こんなことなら、あの時喰われていればよかった。

もう嫌だ。


もう……疲れた。


見えないフリをするのも、怯えて生きていくことにも疲れた。

 こんなに強い力を感じたことがない。これまで遭遇してきた人ならざるモノたちとは比べものにならないほどの禍々しい気配だ。


 逃げ切れるわけない……。


そう思った時だった。

 胸の奥から声が響いてきた。


『よくも……よくも……』


その声は、憎しみ、悲しみ、さみしさ、怒り……あらゆる感情が渦巻いていた。


 なぜか懐かしさを感じたが、それは一瞬のこと、その気配は一瞬にして憎悪の塊と化していく。


相反して禍々しい気配を宿したモノは、皮肉な笑いを漏らす。


『フフフフフ……そんな所に 隠れていたとはな』


『よくもぬけぬけとわらわの前に姿を現せたな』


 憎しみに満ちた声が、俺の中から響いてきた。


 俺の中で何かが蠢いている。けれど、それが何なのか全く分からない。けれど、それと同調するかのように、俺の心までも憎しみに染められていく気がした。


『人間に肩入れするから、足元をすくわれるのじゃ。人間もろともお前を喰ってくれるわ! 我の糧となれること、誇りに思え』


 そう叫ぶと、黒い塊が俺めがけて飛んできた。


ここで喰われてしまえば、終わりにできるのだろうか……。


そんな考えが頭をよぎった時だった。

 胸を突き破るような鋭い痛みに襲われた。


「ッツ……」


 痛みに視界がぼやけたが、そこに見えたのは黒い塊。


 その塊が獣の形をとる。犬よりもひと回り大きなそれは、大きく口を開き俺を飲み込んだ。


先ほどよりも一層濃い闇の中にいた。

息ができない。

身体もビリビリとしびれてくる。

意識が遠のいていく中、繰り返し怨嗟の声が聞こえてきた。


『おのれ……よくも……よくも、わらわを……あの方を……』


 死ぬときには走馬灯のようにこれまでの事が思い浮かぶと思っていたが、憎悪の念を抱いた女性の声が聞こえてくるのはどういうわけか……しかも、恨み言とは……。


 これまで他人と深く関わることを避けてきた。だからこんな恨み言を吐かれる覚えはない。しかも女性とは……。


 全くもって心当たりはない。


 だとしたらこの声は俺を迎えに来たモノの声だろうか。

 天界からの使者というには、あまりにも憎悪を抱きすぎている。となると天界とは逆の使者か。


 自分にはそちらの方が似合っているとは思うが、そちらの使者の手は取りたくない。そう思うのは人の性なのか……。


 この世を去ろうとしているはずなのに、何故かのんびりとそんなことを考えていた。


 すると、ひと筋の光が闇を切り裂いた。


暗闇になれていたので、まばゆい光に視界がぼやけたが、ぼんやりとした視界の向こうに、うっすらと光に身を包んだ人影が見えた。


その人は腰に差してあった刀を引き抜くと、地面に突き刺した。


「此れは瘴炎のつるぎなり、禍なるモノ、悪しきモノを討ち祓う」


 すると、刀を突き刺したその場所から炎が立ち昇り闇を燃やした。

 辺りが明るくなるにつれ、重苦しかった空気が一気に軽くなる。


「ゴホッ……ゴホゴホッ」


 空気が大量に肺に入ってきたのか、せき込んだ。

 せきが落ち着くと息苦しさはなくなり、何かに押しつぶされそうになっていた身体がすうっと軽くなった。


 そして、ぼんやりだった人影が次第にはっきりと見えてくる。


 その人は、映画やテレビで見るような忍者の恰好をしていた。地面に突き刺した刀を引き抜くと、こちらに近づいてきた。


「大丈夫か?」


 聞き覚えのある声だと思いながら、近づいてくる人の顔を見た。


 その顔に思わず息を呑む。


 雰囲気が全然違うから全くの別人なんだと思うけど、その人の顔はクラスメイトの甘楽と瓜二つだった。


 でも、甘楽が女にしか見えないのに対し、目の前にいる人物は甘楽と顔が同じに見えるのに、どこからどう見ても男にしかみえない。


「立てるか?」


 声までそっくりだ。


 ただ茫然と見つめている俺にイラっとしたのか、甘楽にそっくりなその男はチッと舌打ちをした。


「すぐに瘴気で埋め尽くされる。さっさとここを出るぞ」


けれど、それを阻止するかのように、どこからか声が聞こえてきた。


『邪魔だてする者は、ただでは済まさぬぞ』


 獲物を取られまいと、意志を持ったかのように黒い霧が男を襲う。

 黒い霧の中からいくつもの針が男めがけて飛んできた。


 でも、男は事もなげに持っていた刀ですべて払い落とした。


 そして口元に人差し指と中指を立てた手を口元までもっていくと、何やらブツブツと唱え、カッと目を見開いた。


「邪悪な気配を闇に忍ばすその罪は、目障りだ、今すぐオレの前から消え失せろ」


 凛とした声が響いた。


 すると、先ほどまで蠢いていた霧が消し飛んだ。

 禍々しい気配はない。


 男が祓ったのかと思ったけど、男は悔しそうに顔を歪ませた。


「クソッ! 逃げられたか」


 ほんのわずかだけど、禍々しい気配は少し残っている。それを辿っていこうと行きかけたが、男はチラリと俺を見ると舌打ちした。


「こっちはちょっと厄介だな……」


 そう言うと、男はさっき俺を飲み込んだ獣の形をした霧に目を向けた。


『悔しい……憎い……』


 獣の形をした霧から怨嗟の声が聞こえてくる。


「大気の刃よ、真空の鋼となりて籬と成し、すべてをここに眠らせよ」


 男は呪文のような言葉を口に乗せると、剣で空に円を描いた。


 すると、不思議なことに宙に描かれた円が獣の形をした霧を包み込んだ。

目の前で何が起こったのか全く分からず、ただ茫然とその光景を見ていた。

そんな俺に腹を立てたのか、男は刀を俺に突き付けながら怒鳴るように言った。


「とっとと立て!」


そして、こう続けた。


「いいか! もう二度と、嘘でも喰われていいと思うな。それが付け入るスキを与える。生きたくて必死にもがいて、それでも生きられなかった者は大勢いる。その時が来るまでは、どんなにみじめな思いをしようと生にしがみつけッ! 簡単に命を捨てるなッ! これは願いでも要望でも願望でもない。命令だ! これ以上面倒をかけるなッ! わかったかッ!」


 その迫力に、俺は首が取れそうな勢いでコクンとうなずいた。


 だが、言われた通りすぐに立ち上がろうとしても、足に一向に力が入らない。情けないことに腰を抜かしてしまったようだ。


 その様子に男がもう一度舌打ちをした。


「ったく、面倒くさいヤツだな」


 どうみても男の方が俺よりも華奢な身体付きだったが、男は軽々と俺を担ぎ上げると、刀を天高く突き上げた。


「澄み渡る明光よ。我らを在るべき処に導き給え」


呪文のような言葉を発すると、剣先から眩い光が天に向かって伸びていく。

俺は刀から放たれる眩い光に目をつむった。

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