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賽が舞う  作者: 和久井 玻緒
壱の目
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 短い橋を渡ってエントランスに入った。


 全面ガラス張りの通路からは、趣きのある庭が見える。何となく異空間に入り込んだ気分になった。


 最初に足を踏み入れたのは、光源氏の栄華を感じられる平安の間。実物大の牛車や平安時代の調度品が展示してあった。


 源氏物語にあまり興味はないが、架空の建築物『六条院』のジオラマには驚いた。広大な寝殿造の邸宅は、四町に分けられ四季を楽しめる造りになっている。それぞれの町には、その季節にゆかりのある女性を住まわせたとある。#源融__みなもとの とおる__#が光源氏のモデルのひとりといわれているが、六条院は源融の河原院と場所も広さも同じ設定らしい。


 とは言え、紫式部はその様子を細部にこだわって書いていることから、とても几帳面な性格なのだと思う。


 だからこそ、河原院が現存していないにも関わらず、架空の建物をジオラマに出来るのだろう。


 次の間へ移る通路は、架け橋となっているようだが、照明によって不思議な空間になっていた。


 物語は平安から宇治へ、光源氏亡き後の話に切り替わる。


 ミュージアム移動の際も、それを再現するかのように、架け橋を通ることでガラリと雰囲気を別にしていた。


 宇治の間は部屋全体をライトアップしての展示となっていて、香木の香りを試すことができたり、宇治十帖の代表的な場面を再現していたりと、それなりに楽しめた。


 源氏物語ミュージアムを出ると、宇治橋を渡り平等院鳳凰堂へ向かった。さすがに宇治というだけあって、平等院へ向かう途中には甘味処やカフェが多く立ち並んでいる。


 せっかくなので、宇治茶のパフェが有名だという店に入った。


 甘いものが得意じゃない俺は、宇治茶のソフトクリームを、他の四人は店おすすめの抹茶パフェを注文した。


 抹茶ソフトクリームに抹茶カステラ、抹茶ゼリーと見事に抹茶づくしの上にわらび餅ものっていて黒蜜をかけるのだが、見ているだけで胸焼けしそうなパフェを、匠実を除いた三人は写メをひとしきり撮り終えた後、ペロリと平らげた。


 匠実はというと、半分も食べ終わらないうちにギブアップした。

 それを待っていたかのように、甘楽が匠実の残したパフェに手を伸ばす。


「これ、もらっていい?」


 と聞いてきた甘楽に、匠実がバケモノでも見るかのような視線を向けた。


「お前まだ食うの?」


 匠実の言葉に嬉々として頷く甘楽。


 そんな甘楽に、妬ましい視線を投げるのは白川と橋本。


『それだけの量を食べて太らないのは何故だ』と二人の視線が訴えていたが、甘楽は全く気にせず二杯目のパフェも美味しそうに平らげた。


 カフェを出て、ようやく二つ目の見学地である平等院鳳凰堂へ来た。


平等院鳳凰堂といえば、日本人なら誰でも知っている、十円硬貨に刻まれている建物だ。


 世界遺産というだけあって、圧倒される仏堂である。今は青々とした木々が眩しく自然の生命力を強く感じるが、美しく色づいた木々との融合も幻想的だろう。


 宇治川や対岸の宇治の山を取り入れることで、極楽浄土を表現したといわれる池を配した庭園も圧巻で、極楽浄土への誘いを受けたような、不思議な感覚が駆け巡る。


 だが、見学個所を多大に盛り込んだため、感慨深く浸っている時間はない。

 早々に十円玉を手に写真を撮ると、弾丸ツアーよろしく次の見学場所へ向かう。


情緒あふれる平等院鳳凰堂から一変して、やって来たのは坂本龍馬襲撃事件で有名な寺田屋。


二日目は『源氏物語の世界』がテーマだが、一日目の見学個所からずいぶん離れた場所にあったため二日目に無理矢理足しこんだのだ。


 再建されたものとはいえ、刀痕や銃弾なども再現されていて、階段や部屋の佇まいは趣きがあり感慨深いものがあった。


 お龍が入いっていたとされる風呂や捕吏ほりを見つけて、裸で駆け上がったであろう階段を見て、想像を膨らませる男どもをよそに、案の定白川と橋本は次なる場所へと気持ちが急いていた。


後ろ髪を惹かれる思いで寺田屋を後にし、源氏物語の庭と呼ばれる城南宮へ向かったのだが……。


バス停から所要時間二十分のところ、三十分以上歩いているが、一向に目的地に着かない。


 さしずめ迷子といったところか。


「おい、本当にこっちであってんのか?」


 匠実が先頭を歩いていた白川に声をかけた。


「だったら、あんたがナビしなさいよ」


白川はそう言うと、持っていた地図を匠実になげつけた。


「なんで俺がナビしなきゃいけないんだよ。お前らが源氏物語の花の庭だか何だか知らんけど、どうしてもそこへ行きたいって言ったんだろ。責任もってちゃんと連れてけよ。なあ、甘楽、お前もそう思うだろ?」


 後ろを歩いていた甘楽に匠実が話をふると、甘楽はイヤそうに顔を歪めた。


「オレを巻き込むな」


 匠実としては、ひとりでも多く味方にしたいところだが、相手もそれは同じらしい。


「甘楽ちゃんも協力してよ」


 男子が三人、女子が二人のグループ。男女比からみれば男子の意見の方が有利に思えるが、見た目は女、中身は男という複雑な人間がいるこのグループでは、甘楽の気持ちひとつで状勢が変わってしまう。


「城南宮は諦めたら?」


 意外にも匠実に軍配が上がったようだ。


「甘楽ちゃんひどぉ~い。甘楽ちゃんも城南宮には行きたいって言ってたじゃん」


 ぶーたれる白川に、甘楽がそっけない態度で返す。


「だって疲れたし喉かわいたし、お腹も空いたから、いつ着くかわかんないとこ行きたくなーい」


「お腹空いたって、甘楽は俺のパフェも食べただろ」


 目を丸くする匠実に、逆に目をしばたかせる甘楽。


「あれはおやつだよ。もう昼だしお腹空くのは普通だよ」


 匠実は信じられないような目つきで甘楽を見た。


 すると、二人の会話など全く聞いていなかったのか、先ほどからスマホと睨めっこしていた橋本が口を開いた。

       

「もう少し先に行ったところに安楽寿院があるから、そこで城南宮の行き方を聞いたらいいんじゃないかな?」


「ナイス、郁! やっぱり持つべきものは同性の友達だね」


 白川はジロリと甘楽を睨んだが、甘楽は興味なさそうにそっぽを向いている。


「だったら城南宮じゃなくて、もうそこでいいじゃん」


 匠実が新たな提案をした。


 どうしても城南宮に行きたい白川と橋本に対し、とにかくどこでもいいから到着したい匠実。


 疲れたと文句を言っていた甘楽も、当然匠実に賛同するかと思いきや、意外にも異を唱えた。


「あ、オレそっちの方向には行きたくない」


「うっわぁ~何それ、究極のわがままじゃん。そう思わねぇ~? 宗介」


 ひとり遅れて歩いていた俺に匠実が助けを求めてきたが、先ほどから何故か左の手のひらがチリチリと痛みだし、肩の傷が熱を帯びている気がしてそれどころじゃなかった。


「あ?」


 気のない返事をすると、匠実が驚いたように俺の顔を見た。


「おい……宗介お前、顔色悪いけど大丈夫か?」


「ホント、山城君、顔が真っ青だよ。ちょっと休憩したほうがいいんじゃない? 安楽寿院すぐそこだから、もうちょっと頑張れる?」


せっかく白川が優しい提案をしてくれたけど、俺は首を横に振った。


「ごめん……俺もその……そっちの方向には行きたくない」


「もう~何よそれ。そんな事言っている場合じゃないでしょ。山城君、今にも倒れそうだよ」


けれど、その言葉に素直に従えない理由がこちらにもある。


白川たちがいう安楽寿院の方角から、何やら嫌な気配が漂ってきている。甘楽がどういうつもりで安楽寿院の方向へ行きたくないと言ったかは分からないが、できることなら行きたくない。


 雨雲のような暗雲が立ち込め、何やら良くない気配のようなものを感じる。


 これまで何度かイヤな気配というものに遭遇したことがあるにはあったが、これまでとは比較にならないくらいイヤな気配が漂っている。


 立ち止まり、そちらの方を見つめる。


 どういうわけだか胸のあたりがもやもやする。

 なんだこの感情は……。


「宗介?」


俺の様子を訝しむ匠実。


 その時だった。


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