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賽が舞う  作者: 和久井 玻緒
伍の目
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 俺は口元の血を拭った。


 それが合図だったかのように、靄に包まれていた絡新婦がまとわりつく靄を払い姿を現した。


『小癪な真似を……。檻の中で尻尾を丸めておるとは、お笑い種じゃの』


 挑発する絡新婦に、九尾の狐は低く唸り声をあげた。


 よほどの恨みがあるのか、九尾の狐の周りに陽炎がたっている。


 今にも檻を破り絡新婦に襲い掛かりそうだ。


 でも、九尾の狐は俺の願いを聞き入れ、絡新婦を睨みつけるに止めている


「お前の相手は俺だ」


 絡新婦の視線を奪うように、九尾の狐の檻の前に立ちはだかる。


 凄みを利かして睨んだつもりだが、絡新婦は見下したような薄ら笑いを漏らした。


『クックック……。どちらが相手でも構わぬぞ。二人を相手にしたところで、我には造作もないことじゃがの』


 言うが早いか、絡新婦は大きく口を開けると、クモを吐き出した。


 サワサワと音を立て、大量のクモがこちらに迫ってくる。


『簡単に死なれてもつまらぬ。お主にこれを貸してやる』


 背後で九尾の狐がそう言った。


 すると、暗闇に小さな白炎が瞬いた。それはたちまち勢いを増すと、白い炎を纏った剣の形となった。


『それでヤツの心の蔵を貫け』


 言われるがままに空中に浮かんだその剣を掴んだ。


 ずしりと重みのある剣を構え、絡新婦に怒りの眼差しを向けた。


 驚いた表情を見せたのは一瞬のこと。

 絡新婦はバカにしたような笑みを浮かべた。


『そんな子どもの玩具で我の心の蔵を貫くじゃと? バカも休み休みいえ。お前を塵にするくらい造作もないが……、お前は極上の魂を持っておる。塵にするには惜しいのう』


 絡新婦は頭から足まで嘗め回すように見ると、舌なめずりをした。


「お前になんか喰われてたまるかッ」


 啖呵をきって向かっていったのはいいが、これまで剣なんか使ったことがないから、足元にいるクモを払うので精いっぱいだった。


 悲しいことに、絡新婦にたどり着く前に息絶えそうだ。


 そんな俺を見かねてか、九尾の狐が忌々し気に叫んだ。


『なんじゃそのへっぴり腰は! 剣は振り回せばいいというものではない。対象物から目を反らすなッ』


 言われたとおりに体を動かそうにも、武道など携わったことがない俺にすんなりできるはずもない。


『ただ切りつけるだけではダメじゃ』


『違うッ! そうではない』


『何度同じことを言えばいいのじゃ』


 一生懸命やっているのに思うように動けず、詰られ続ける。


『ああ、ダメじゃ。何をやっておる……』


『お前はわらわをからかっておるのか?』


 うまく動けるようになるどころか、すでに息切れし始めている。


 しかもクモの量が半端なく増えているのは気のせいか……。


「こいつら……さっきより増えてないか?」


『そやつらは単に切るだけでは、数を増やすだけじゃ。さっきからそう申しておろう』


「は? そんなこと……言ってたか?」


 それ、今初めて聞いたけどッ!


 そう言い返そうとしたが、クモを振り払うのがやっとだ。息が上がっている俺は話すことさえままならない。


『ほんに情けない……。こんな奴の願いなんぞ聞いたのが間違いじゃった』


 九尾の狐があきれたようにため息をついた。


 絡新婦と言えば高見の見物ときてる。


『人間に(くみ)するとは、九尾の狐も下郎に成り下がったものだな。貸してやった玩具もまともに使えぬ奴じゃぞ? 天下に轟く九尾の狐が聞いてあきれるわ』


 露骨に蔑む絡新婦に、皮肉に答える九尾の狐。


『虫けらに言われとうないわ』


 だがその言葉は笑い飛ばされる。


『そんなところでほざいておっても、痛くも痒くもないわ』


 絡新婦の言葉に、九尾の狐が奥歯を噛み締めたのがわかった。

 胸がチクリと痛んだが、これは俺が決着をつけなきゃいけないことだ。

 小さなクモの群れに苦戦する俺を、絡新婦が鼻で笑う。


『たいそうな玩具を振り回すから、そこそこ楽しめるかと思うたが、他愛もない。ほんにつまらんのう。もう少し我を楽しませておくれ』


 すると、パラパラと糸が降ってきた。

 クモを排除することに専念していた俺は、降ってくる糸をまったく気にしていなかった。


 でも、糸は俺の身体に触れる直前針へと姿を変えた。


 体に幾筋もの赤い線が走る。


 けれど、数は多いがチクッと感じる程度で大した痛みはなかった。


『その針をないがしろにしてはならぬ。動きを封じられてしまうぞえ』


 せっかく九尾の狐が助言をしてくれたが、すでに遅く、体の感覚が少しずつ鈍くなってきていた。


「そういうの、早く……教えてくれないかな」


『愚か者がッ! 妖の攻撃を避けぬほうがおかしいのじゃッ!』


 せっかく九尾の狐が力添えしてくれてるのに、俺にはそれを使いこなす技量がない。自分のことながら、だんだん腹が立ってきた。体もどんどん麻痺してきて、剣を握っているのもやっとだ。 


 だが九尾の狐に怒鳴られ、俺の中で何かのスイッチが入った。


「あー、もうッ!」


 半ばやけくそぎみに剣で薙ぎ払った。


 すると剣を纏っていた炎の勢いが増し、纏わりついていたクモが塵となって消えうせた。


『ようやくできるようになったか』


 感心ともあきれともつかない声を漏らした九尾の狐に対し、絡新婦はあからさまに侮蔑したような笑いを漏らした。


『今更遅いわッ!』


 言うなり絡新婦は先ほどよりも長く太い糸を何本もつくると、俺めがけて投げつけてきた。まるで大きな杭のようだ。


 俺は懸命にそれを払いのけるが、すべてをよけきれるはずもなく、何本かは体に傷を作った。


 そのうちの一本が、左腕の付け根のところに突き刺さった。


「ウグッ!」


 その杭は刺さっただけではなく、意思を持ったかのようにグリグリとさらにめり込んでいく。


「うあ……ああああああああ!」


 痛みに片膝をつき叫び声をあげた俺を、絡新婦が嘲笑う。


『ほんに遊びがいのない奴じゃ』


 絡新婦は俺に糸を巻きつけると、その糸を引っ張り上げる。

 引っ張りあげられ宙に浮いた俺を勢いよく地面へと叩きつけた。


「グホッ……」


 痛みにうずくまる暇もなくすぐさま引っ張り上げられ、そして、同じように地面へと叩きつけられる。


 尋常じゃない痛みにうめき声すら出ない。このままでは体も心も持たない。だが、糸を切ろうにも体と共に両手も縛られている。


 どうすれば……。


 思考をめぐらそうにも、痛みで何も考えられない。そんな俺に絡新婦が冷笑を浴びせる。


『あやつの方がまだ気骨があったのう』


「た、匠実のことを……言っているのか?」


『名などいちいち覚えておらんわ。でも友救うんじゃと息巻いておったのう』


『匠実が?』


 聞き返した俺に、後ろから九尾の狐が叫ぶ。


『ヤツの話に耳を貸すな! 囚われる――』


『あやつは……』


 九尾の狐の言葉を遮るように、絡新婦が声を張る。


『あやつは我を見ても怖がらなかった。逆に笑っておったわ。ようやく友と同じ景色が見れたと言ってな。じゃが、奴も大したことなかったのう。せっかく集めた魂を無駄にしおって――』


 嘲笑を浮かべ饒舌に語っていた絡新婦が、突然口を閉ざしたかと思ったら、途端に血なまぐさいにおいが漂った。


 それと同時に俺を縛っていた糸がほどけけた。


 すると、どさっという音とともに、クモの足のようなものが目の前に落ちた。


 見れば絡新婦の右腕が肩から切り落とされ、そこから大量の血が流れていた。


 絡新婦は驚きこそすれ、痛がるそぶりも見せない。


 ようやく自由になり、持っていた剣を杖代わりに立ち上がる。その剣が赤黒い血で染まっている。


『……匠実のことを……そんなふうに言うな』


 絡新婦の肩からはダラダラと血が流れているのに、顔を歪めるどころか余裕の表情だ。


『ちょっとは楽しませてくれるようだな』


 絡新婦がニタリと笑う。

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