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賽が舞う  作者: 和久井 玻緒
肆の目
21/36

 あれが夢だったのか、現実のことなのか判然としない。


 自分自身特に変わったことはなかったが、滞ていたことに変化が生じた。


 橋本や白川、意識不明だった者たちが、その日を境に目を覚ました。


 藍色を纏った男の言葉が蘇る。


『あれは数日前から意識を失っている者たちの魂だ』


 あの時は信じられなかったけど、意識不明だった者たちは無事に意識を取り戻し、元気に学校に出てきて、何事もなかったかのように笑っている。


 その姿を見ると、あれが夢ではなかったのだと思い知らされる。


「白川、ちょっといいか」


 俺から声をかけることはめったにないので、白川純子は不審げに俺を見つめる。


「何?」


「意識がなくなる前の日、匠実と一緒に居たって本当か?」


 証拠写真まであるし匠実は言い逃れ出来ない状態だけど、これで白川が否定してくれれば匠実の無実が証明される、そう信じて俺は敢えて白川に尋ねた。


 だが、白川の答えは全く予想だにしないものだった。


「それが全然記憶がなくて……。でも、女の人の声がずっと聞こえていた気がする」


 隣にいた橋本郁も頷いた。


「そう、なんか昔の人っぽい話し方をする人だよね」


「そうそう、えっと……ワレだったかな……わらわだったかな、とにかく時代劇っぽい話し方だった」


 白川と橋本の共通点は、話し方に特徴のある女の人の声という事くらいで、二人の口から匠実の名前が出ることはなかった。


 匠実の無実が証明されたわけではないが、二人とも匠実に対して特にイヤな印象を受けた様子もなさそうだった。


 匠実も二人とは普通に話をしているし、特に変わった様子はない。


 ただひとつ気になることはある。


 昔っぽい話し方をする女の人。


 心当たりがあるだけに胸の中がサワサワしてくる。


 とりあえず匠実が直接事件に関係してるわけではなさそうだ。

 そのことにホッとした。


 でも、無実は証明されたが、事件が解決したわけじゃない。

 相変わらず意識不明者は続出している。


 その間隔は次第に早まり、最初は一日置きだったのが毎日になり、ひとりずつだったのが二人、三人と日増しに人数が増えていった。それはこの学校に留まらず、他校でもそういった噂を聞くようになっていた。


 それと比例するように、匠実の様子が次第におかしくなっていく。笑顔が減り、学校を早退するようになり、休む日も多くなってきた。


「匠実!」


 俺が呼び止めると、匠実は青白い顔で振り向いた。


「お前、大丈夫か?」


「おう、俺はすこぶる元気だ」


 言葉に反して、匠実の言葉にも顔にも勢いはない。注意深く匠実の様子をうかがったが、とりわけ何かに憑りつかれているわけでもなく、人ならざるモノの存在を感じることはなかった。


 すぐさま踵を返す匠実の肩を、俺は力をこめて掴んだ。


「何かトラブルに巻き込まれているんじゃないのか? 困っていることがあるんじゃないか?」


 頼りにならないかもしれないが、それでも何か力になりたくて尋ねた。でも、匠実は俺の言葉を軽く流す。


「俺がイケメン過ぎて困ってるくらいかな」


「ふざけるなッ!」


「お前が心配することは何もないよ。もういいだろ」


 思わず叫んだが、匠実は他人事のように落ち着いた声で返してきた。

 いつもと雰囲気が違う匠実を引き留めたくて、知らず肩を掴んでいた手に力が入ったが、匠実は何食わぬ顔で俺の手を払った。


「匠実……?」


 拒絶する匠実の態度に、俺はその場に根が生えたように佇み、匠実の姿を見送るしかなかった。


 悶々と考えを巡らせていたら、また喫茶店『テッセラ』に来ていた。


 けれど、店の前まで来ると、『close』という札が立てかけてあった。

 自分で来たにもかかわらず、店が閉まっていることに内心ホッとした。なんだか顔を合わせるのが気まずかった。


 先日余市さんに厳しいことを言われたのに、それでも諦めきれなくて、おじいちゃんのノートを貪るように読み込んだ。

 術を闇雲に覚えるのではなく、どの術がどんなふうに効くのか、そんな事も気にしながら術を覚えた。


 霊力がなければ、術を覚えたところで使いこなすことはできないが、霊力に関してはどう推し量ればいいのか分からない。とりあえず術を身につける事だけに専念したが、だからといって人ならざるモノに抵抗できる力を得たわけでもない。


 匠実の疑いも完全に晴れたわけではなく、先日見た夢の事も、白川や橋本が言っていた女の人の事も気になる。

 何ひとつ解決の糸口を見つけられず、悶々としていた。


 何度目かのため息を吐きだし、俺は踵を返した。


 すると、不機嫌さを隠そうともしない甘楽と、何とも言い難い表情の上総さんがそこに居た。


「ここまで正々堂々と営業妨害をする人を初めてみました」


 半ば感心したような上総さんの声に、俺はハッとした。


「あ、あの、いや……そんなんじゃないです」


「店の前で大仰に陰気なため息をついて、どの口が言うかな」


 甘楽に非難を込めて睨みつけられ、俺はこの場をどう取り繕おうかと言葉を探した。


 けれど、何も言えずうなだれるしかなかった。


「あ、もしかしてバイト希望ですか? 君なら即採用。ってことで、明日から働けますか? 週三で働けます? 土日も働けますか?」


 切り返しの速さもさることながら、矢継ぎ早に質問する上総さんに慌てたのは甘楽だった。


「ちょっと待った、上総君こいつ雇うつもり? マジで? ウソでしょ」


「宗介君ならお使いも頼めるし、いいと思うのですが……」


 至極真面目に答える上総さんに、甘楽が興奮気味に言葉を重ねる。


「えー、こいつお使い出来なかったじゃん。それに『気』荒いし、変なの連れてくるし、鈍いしアホだし陰気だしイジイジしてるし、客商売に向かないんじゃない?」


 最後の方は悪口にしか聞こえないが、すべてが当てはまる事だったので反論する余地はない。


「はじめは誰しも失敗するものです。甘楽も人手がほしいと言っていたじゃないですか。それに豆腐小僧とも上手くやって行けそうですし、そういう人材はそう簡単には見つかりませんよ」


「確かにそうだけど、え~、オレこいつと一緒に働くのヤダ」


 本人を目の前に思いっきり拒絶するのもどうかと思うが、それ以前に本人の意思に反して話が進んで行くことに、落ち込んでいる場合ではないと気付く。


「あの、俺ここで働くなんてひと言も……」


「おや? 違いましたか。ではやはり営業妨害でしょうか」


 少し困った表情をする上総さん。


「俺、そんなに不審者に見えますか?」


 どこまでが本気なのか分からない上総さんに、俺の方が困惑する。


「はい、とても立派な不審者です」


 気持ちいいくらいにきっぱりと断言する上総さんの言葉は、地面にめり込んだかと思えるほど俺を気落ちさせた。


 だが、上総さんの隣で肩を揺らして笑う甘楽を、睨みつける気力は残っていた。


 俺は、地の果てまで落ちていきそうな気持ちを引きずり出し、上総さんに立ち向かう。


「いやいやいやいや、そうではなくて……客、という選択肢はありませんか?」


 本気とも冗談とも取れる上総さんの表情を窺うように尋ねると、上総さんは納得したようにポンと手を打った。


「ああ、なるほど、それがありましたね。では、本日はお帰りください」


 そう言うと、上総さんは丁寧なお辞儀をした。


 前にも思ったが、上総さんは引き際が妙に早すぎる。

 思わず、こちらが必要以上に追いすがってしまうくらい。


「え? っちょっと待ってください。客なのに追い払われるんですか?」


「はい、今日は休業日ですので、後日いらしてください」


 満面の笑みで答える上総さん。

 ノックアウトされた気分だ。


「休業日なのに、なんで甘楽はここにいるんだよ」


 悔し紛れに放った言葉を甘楽が拾う。


「だって、オレんち此処だもん」


 そう言って甘楽は店の二階を指差した。


「マジで? ウソだろ?」


 思わずつぶやいた言葉に、甘楽が即座に答えを返してくる。


「そんなことウソついて、どうすんだよ」


 俺に本当の家を知られたくないから。

 適当な事を言って早く話を切り上げたいから。

 ……などなど理由をあげればきりがないが、甘楽がウソをついているようには見えない。


 すると、上総さんがクスリと笑った。


「せっかくお友だちが来たのだから、家に上がっていただいたらどうですか?」


 上総さんが驚くべき提案をしてきた。

 これに驚いたのは甘楽のほうで、慌てた様子で必至に否定する。


「クラスメイトってだけだよ。オレ、こいつと友だちじゃないし、単なる知り合いってだけ」


 一瞬胸がチクッと痛んだが、これはいつものこと。甘楽が悪いわけではなく、これまで人と接することを避けてきた結果だから別にたいしたことではない。


 だが、いつも以上に胸が痛むのは何故だろう。

 俺の心中など知る由もない甘楽がさらに続けた。


「それに、穂国君も多紀君もいないし、余市君寝てるの起こすとメッチャ機嫌悪くなるからイヤだ」


「確かに、余市を起こすと面倒ですね。彼はすこぶる寝起きが悪いですから」


 上総さんは少し困ったような表情をした。


「あの、皆さん一緒に暮らしているんですか?」


 二人の会話に疑問を感じて尋ねると、上総さんが答える……が何やら様子が変だ。


「はい……」


 上総さんは何かに気を取られたように俺から視線を外し、これまでにない険しい表情を浮かべた。


「何やら雲行きが怪しくなってきましたね」


 そう言って空を見上げたので、俺も上総さんの視線を追った。

 ちょうど俺の家がある方角に、黒く厚い雲が広がっていた。

 妙に胸がざわつく感じに、ジッとしていられなくなる。


「俺帰ります」


 それだけ告げて帰ろうとすると、上総さんが心配気に声をかけてきた。


「ひとりで大丈夫ですか?」


 雨のことを気にしている割には、上総さんの言い方が気になったが、深く考えてる暇はなかった。


「はい」


 と短く答え、急いで家に向かった。

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