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賽が舞う  作者: 和久井 玻緒
肆の目
20/36

 ボソボソと話す声で目が覚めた。


 けれど、視界は暗く闇しか見えない。そんな中、ほんのりと青白い光が見えてきた。


 青白い光はフワフワと漂い、時折淡い光を放つ。

 すると、ひとつまたひとつと、その数を増やしていく。宗介はゾクッと背中が寒くなるのを感じた。


 懐かしい夢を見ていた。

 これまで全く思い出すことのなかった現実。

 幼い頃、まだ妖も鬼も、人ならざるモノの存在自体よく分からなかった時、おじいちゃんが妖と話をしていた。


 人間と妖があんな風に話をしているのを見たのは、その時が最初で最後だ。

 それから妖はたびたび姿を現していたけど、それをおじいちゃんに教えようとすると首を振って拒んだ。


 おじいちゃんが亡くなってからは一切姿を見なくなってしまった。

 だから忘れてしまっていた。


 でも今思えば、あの時、鬼に襲われ喰われそうになった時、助けてくれたのはおじいちゃんと話をしていた妖だった。


 おじいちゃんとあの妖はどんな関係なのだろう。


 人ならざるモノとは相いれないものと思っていた。でも、喫茶店で見た豆腐小僧や狸の妖怪は人を襲うことなく仲良く共存している。


 自分もいつかそういう関係を築けるようになるのだろうか……。

 懐かしい記憶に、じんわりと胸が温かくなった気がした。


 そんな温かな夢から覚め、現実へと引き戻されたはずである。けれど、闇に覆われたこの場所は未だ夢の中にいるようだ。


 ここの空気は毒々しくて、何やらイヤな気配を感じる。

 ぼんやりとする目を、ゴシゴシと擦った。

 暗闇に目が慣れてきたのか、周りの様子が少しずつ見えてきた。


 檻のようなものが見え、その中には犬、いや大型犬よりもひと回りほど大きな獣が丸くなっている。


 その檻の前に人がひとり立っている。

 淡く光る青い玉を、いくつも抱えたその人が口を開く。


「これであいつが救われるなら……」


『そんな戯言を信じてはならぬ』


 にべもなく答えたのは、檻の中で丸くなっていた獣だった。これまでに見たモノとは違う、けれど、明らかに人ならざるモノの存在に、鳥肌が立った。


「一体何なんだよ……」


 しわがれた声を吐き出した俺の存在に気付いたのか、檻の前にたたずんでいた者が振り向いた。その顔を見た途端、心臓を鷲掴みにされたような痛みを感じた。


 半分以上信じられなくて、声がかすれた。


「た……匠実……か?」


 声が届かなかったのか、こちらの姿が向こうには見えていないのか、匠実はまた檻の中の獣に目を向けた。


 何故、匠実が人ならざるモノと話をしているのか、そもそもここはどこなのか、まったく状況を掴めずただ呆然と立ち尽くしていた。


 呆然としていたが、心の中に『匠実を守らなければ』という使命感のようなものがムクムクと湧いてきた。


 これが夢でも現実でも、どちらでも構わない。

ただ匠実を人ならざるモノから助け出したい。


 その思いだけで、手刀をつくり手鞘に納める。

 深呼吸をして息を整え、呪文を唱えようとしたその時――――。


 視界がグニャリと歪んだ。


 次の瞬間には、新たな存在が目の前に現れた。


 深く暗い海の底を思わせるような、黒に見紛う藍色の色彩を身にまとい、長く鋭い槍を持った長身の男。


 その人は、藍色の瞳でギリッと俺を睨みつけた。

 その冷たいまなざしに、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


「闇雲に術を使えばいいものではないと、言わなかったか?」


 静かで冷たいその声は、怒鳴り散らされるよりも恐怖を感じるそんな声だった。


 男の言葉は記憶に新しい。


 余市さんに言われて、何ひとつ言い返せなかった言葉だ。


 目の前の男がなぜそれを知っているのか疑問を感じたが、それも一瞬の事。

 男が俺に疑問をぶつけてきた。


「お前にはあれが見えないのか?」


 男が何を指して言っているのか分からなかった。

 そんな俺に苛立ちを覚えたのか、男が俺の胸ぐらをつかんだ。


「あの青い光の事だ。あれは数日前から意識を失っている者たちの魂だ。下手に術を使えば、あの魂が消える。それでもお前は術を使うというのなら、俺はお前を狩る」


 状況が全く把握できず、愕然と青く光る玉を見た。


 あれが魂?

 そんなバカな。

 俺はただ匠実を助けたいだけだ。


 俺が口を開きかけた時、男が高々と槍を突き上げた。


「此れは穢れなき青き光を誘掖(ゆうえき)する光なり、主たる元へと導かん」


 荘厳な声が響き渡るのと同時に、槍の先端から闇を切り裂くように、青い光が四方へ流れた。


 すると、ゆらゆらと揺蕩っていた青い光が、その光に導かれるように、四方へと飛んで行く。


 その光景に檻の中に居た獣は低く唸っただけだったが、匠実が驚愕の表情を浮かべた。


 その瞬間、藍色の色彩を纏う男と宗介を飲み込もうと、黒い煙のようなものが襲ってきた。煙に飲み込まれる寸前、男が俺の眉間に触れた。


 途端に急激な眩暈が起こり、俺は目を瞑った。


 再び目を開けた時、そこはいつもの見知った自分の部屋だった。


 匠実も、檻の中の獣も、槍を持った男も居ない。

 シンと静まり返った部屋に、朝日が差し込もうとしていた。

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