拾参ノ章 集結
自分よりもはるかに長い槍を、余市さんが華麗にさばく。
「己の欲に溺れ、清き魂を喰らわんとするその罪、醜すぎる。俺の前に現れたこと、悔いる前に散れ」
すると、余市さんの目の前にいた邪鬼たちが塵となって消えた。
次に脇から襲ってきた邪鬼を足で蹴り倒す。
だが、すぐに体勢を整え牙をむく。
余市さんは槍で邪鬼をひと突きにする。
刺された邪鬼は短い悲鳴を上げると形を保てずにぐずれ落ちた。
一瞬の静寂。
余市さんの背後で、空気が歪む。
覆いかぶさるように邪鬼が飛びかかってきたが、前からも邪鬼の唸り声が迫ってくる。
余市さんは前を見据えたまま、槍の柄を背後の邪鬼の腹めがけて押し込み、同時に前から来た邪鬼に槍を突き刺した。
刺された邪鬼は細かな粒子となって風に散った。
柄を押し込まれた邪鬼は、短いうめき声を漏らした。
それでも動きを止めない。
鋭い爪が余市さんを切り裂こうと迫る。
だが――寸前で、銀光がきらめいた。
上総さんの刀が、邪鬼の身体を真っ二つに切り裂いた。
余市さんが片手を上げて感謝を示すと、上総さんが小さく微笑んだ。
上総さんは銀の刀を軽やかに振り上げる。
高い位置から飛び降りてきた邪鬼の首が、音もなく宙を舞った。
まるで舞を踊っているかのように、上総さんは流れる動作で刀を振る。
銀色に輝く刀身が弧を描き、光を散らす。
「欲に落ち果て汚れたモノよ。直ちに消えていただきます」
振り下ろされた瞬間、ブォンという爆風が吹きすさぶ。
一見華奢に見える上総さんの腕からは想像もできない斬撃が炸裂した。
そこにいた何体もの邪鬼が清らかな風に溶けるように、一斉に消滅した。
それでも、邪鬼の数は一向に減らない。
次の瞬間、上総さんの周囲を黒い影が取り囲む。
優位を確信したのか、一匹の邪鬼がニィと口を歪めて笑った。
――パンッ。
乾いた銃声の音が響いた。
その邪鬼のこめかみを、深紅の弾丸が貫いていた。
残りの邪鬼が一瞬怯んだ――その刹那。
上総さんが刀を薙ぎ払う。
銀の閃光が走り、邪鬼たちは霧のように消え失せた。
そして、霧が晴れたその場所に、深紅を纏ったひとりの男性が立っていた。
上総さんがその人に肩に手を置く。
「多紀、助かった」
その言葉に、多紀と呼ばれた男性は、ウインクした。
「それにしても、ぎょうさんおるなぁ~」
関西弁……。
たしか、アーレアのパティシエ。
多紀さんは深紅を纏い銃を構えた。
「欲にまみれたモノたちよ。早う消えてもらうで」
多紀さんはひとつの狂いもなく、確実に炎の弾で邪鬼たちを打ち抜いていく。
右から邪鬼の胸を打ち抜き、すぐさま左へと銃口を向け引き金を引く。
邪鬼たちははじけ飛ぶように四散した。
そうかと思えば、今度は背後から、頭上からとあらゆる方向から襲ってくる邪鬼を、次々に銃弾で撃ち抜いていく。
地面から這い上がってきた邪鬼を打ち抜こうとした時、別の邪鬼が襲いかかり、多紀さんを羽交い絞めにした。
その時、右腕を払われ持っていた銃を落としてしまう。
羽交い絞めにされているが、左手だけは自由だ。
多紀さんは左手でレッグホルダーに手を伸ばしたが、もう少しのところで手が届かず、さらに強く首を絞められる。
そこへ、ビュンという音とともに、手裏剣が邪鬼の腕に刺さり、多紀さんの首を絞めている力が緩んだ。
その隙を逃さず、すぐさまレッグホルダーに手を伸ばし銃を抜くと、多紀さんは邪鬼の脚へ銃弾を撃ち込んだ。
「グオーッ」
邪鬼は叫び声をあげ、乱暴に多紀さんを放り投げた。
でも多紀さんは空中でクルッと回転してきれいに着地した。
そしてすかさず落とした銃を拾い、多紀さんは片膝をついて構えた。
先ほど多紀さんを羽交い絞めにしていた邪鬼は、少しずつ黒い霧へと姿を変えていたが、止めを刺すように、多紀さんが邪鬼の頭を打ち抜いた。
すると邪鬼は一瞬のうちに霧散した。
多紀さんが立ち上がると、その背後に背中合わせで甘楽が立つ。
「助かった、甘楽。サンキュー。それにしても数が多いな。こないにぎょうさんの邪鬼を相手にするんは、久々やな」
二人は、互いに邪鬼たちを狩りながら会話をする。
「今日は満月だからかな。ほんと、しつこいよね、こいつら」
甘楽は短剣を握りしめ、疾風のごとく走る。
邪鬼の間をぬうように走った。
甘楽が走り去った後には、邪鬼は一匹残らず塵と化す。
甘楽よりひと回り以上も大きな邪鬼が、前に立ちはだかった。
「欲にまみれたモノたちよ。今すぐ俺の前から消え失せろ」
甘楽は怯むどころか、軽く地面を蹴るとひらりと宙を舞い邪鬼を飛び越える。
邪鬼の後ろへ着地した甘楽は、大きく飛び跳ね邪鬼の首に飛苦無ひくないを突き刺した。
『グオォォォ』
短いうなり声を上げたが、飛苦無もろとも跡形もなく闇の中に散った。
甘楽はその最後を見届けることなく、すぐさま金色の色彩を纏う男の元へ駆けつける。
「穂国くーん。今日の晩ごはんは何?」
この場の雰囲気には全く似つかわしくないトーンで尋ねる甘楽。
穂国と呼ばれた男は、まるで散歩でもしているかのようなトーンで返す。
「うーん……親子丼にしようと思っていたけど、なんかこいつ見てたら肉を食いたくなくなってきた」
彼もアーレアで働いていた男だ。
彼の作ったハンバーグドリアを思い出す。
あの店で働いてるメンバーがここに集結していた。
穂国さんと甘楽の前に二メートルはありそうな邪鬼が立ちはだかる。
顔なのか頭なのか分からないが、そこにはいくつも目があり、そのひとつがギョロリと穂国さんを睨み、他の血走った目が甘楽をねめつけた。
口からは鋭い牙が生えており、その隙間からダラッと涎を垂らしている。
肉の塊にしか見えない体を、ズルズルと引きずるように距離を縮めてくる。
二人はその醜悪な姿を一瞥すると、まるで意に介さない様子で会話を続けた。
「えー、オレ肉がよかったのにぃ~。じゃあ、天丼は?」
不満たらたらだが別のメニューを注文する甘楽に、穂国さんが渋々といった態で頷く。
「天丼か。ちょっと胃がムカつきそうだが、ま、いっか。今日は天丼にしよう」
「やったー! おっきいエビのせてよ」
そう言って喜ぶ甘楽めがけて、邪鬼が丸太のような腕を振りかざしてきた。
穂国さんはすぐさま鎖鎌を投げ、邪鬼の腕を切り落とした。
『ウウウウ……』
邪鬼は地響きにも似た唸り声を上げると、切られたところからニョキニョキと腕を生やした。
邪鬼は再び腕を振り上げると、今度は穂国さんを襲う。
甘楽がすぐに手裏剣を投げたが、虫でも追い払うかのように、軽く薙ぎ払われてしまった。
もう一度投げようとした甘楽だったが、意外にも邪鬼の動きが早く、甘楽の目の前まで迫ってきていた。
急いで邪鬼との距離を取ろうとした甘楽だったが、岩のような手が甘楽を頭から押さえつけ、その場に押しとどめた。
甘楽は今にも潰されてしまいそうだったが、穂国さんが鎖鎌を邪鬼の腕に巻き付けグイッと引っ張った。
力が弱まったところを、甘楽は転がるように邪鬼の手から逃れる。
穂国さんは懸命に鎖鎌を引っ張ったが、それ以上はビクとも動かず、逆に邪鬼に鎖を引っ張られてしまい、穂国さんもろとも振り回されてしまった。
穂国さんはすぐさま鎌を手放し、宙返りをして地面に着地した。
「欲に憑りつかれたモノよ、見るに耐え難い。消去」
穂国さんがそう言った瞬間、手を離れた鎖鎌が――動いた。
まるで龍のごとく自らの意思を持って動いているかのように、鎖鎌は空中を泳ぎ、邪鬼の首を刈り取った。
邪鬼の頭が地面に転がる前に、体と共に黒い霞となり風に吹かれて消えた。
甘楽も穂国さんもホッとする間もなく、次から次へと襲ってくる邪鬼に対峙していた。
目の前で繰り広げられる光景を、俺はただ見ているしかなかった。
甘楽たちが次々に邪鬼を切り伏せ、焼き払い、撃ち抜いていく。
光と闇が交錯し、それは、まるで別世界だった。
自分にも何かできることはないのか、必死に考えた。
だが、今の自分がこの中に飛び込んでいっても足手まといになるだけだ。
むしろ、彼らの動きを鈍らせてしまう。
それよりも、俺がやるべきことは――。
匠実。
あいつを助けなきゃ。
匠実はがっくりと肩を落とし、呆然と立ち尽くしていた。
無事な姿に安堵したのは一瞬のこと。
様子がおかしい。
恐る恐る声をかけた。
「……匠実?」
振り向いた匠実は、真っ赤になって怒鳴り返してきた。
「俺は……俺は、願いを叶えてほしくて……そのために必死に集めたのに……それなのに……それなのにッ!」
徐々に匠実の顔が変わっていき、憎悪に歪んでいく。
「必死で集めた魂を、あいつらが……それを全部無駄にしやがった」
そう言って、余市さんたちを鋭く睨んだ。
「匠実お前、妖と取引したのか? それがどういう事か分かっているのか? 妖と取引をするということは、それなりの代償を払うってことだぞ」
揺さぶるように匠実の肩を掴んだ俺の手を、不快気に払う。
「うるさい」
冷たく、突き放すような声だった。
これまで俺のことをそんな風にあしらった事はなかった。
だから、余計に不安が募る。
少なくとも、匠実は人に頼ってまで望みを叶える奴ではなかった。
それほどに叶えて欲しい願いとは何だ?
考えれば考えるほど不可解な要素が増え、頭の中はいくつもの糸が絡み合って縺れていく。
混乱する俺を見る匠実の顔が、もはや人の面影がなかった。
「匠実……?」
額に青い筋をいくつも浮き上がらせ、目を吊り上げるその表情は、まるで悪鬼の形相だ。
突然、匠実が俺の首に手を這わせ、力の限り絞めあげてきた。
その手は異常なほど力強く、解こうとしてもビクともしない。
「……た……くみ?」
声にならない。
息が……吸えない。
首を絞めつけてくる痛みと、酸素が奪われていく苦しさで、視界が歪み、頭の中が真っ白になっていく。
抵抗することさえも出来なくなったとき、不意に締め付けられていた手が解けた。
「ッゴホッ、ゴホゴホゴホゴホ……」
急激に大量の空気が入り込んできてむせていると、肩に刃が刺さって呻く匠実の姿が目に入った。
刃が刺さった肩からはシュウシュウと音を立てて、黒い霧のようなものが出ている。
「そいつはもう、人ではない。お前もそれに気づいているんだろ?」
声がした方をみると、甘楽が立っていた。
「そんな……そんな事はない」
首を絞められたせいなのか、恐怖ゆえか分からない。
でも、俺の口から出たのは頼りない掠れた声だった。
そんな俺を、甘楽は静かすぎる表情で見つめていた。
甘楽は痛みに呻く匠実にチラリと視線を投げると、無表情に告げる。
「オレの刃は、普通の人間には刺さらない」
甘楽の言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
人間には刺さらない?
でも、確かに匠実の肩には刃が――。
「何を……言ってるんだ?」
「そいつは……藤原はすでに人ではない。俺の投げた刃が刺さったことが何よりの証拠だ。この刃は……人に仇なすモノを狩る刃だ」
肩に刺さった刃が匠実を黒い霧に変えようとしていた。
なんで匠実が?
なんで……。
考えても答えが出るわけもなく、その間にも匠実の体は少しずつ黒い霧となり散っていった。
慌てて匠実に駆け寄り、刺さった刃を抜こうとした。
けれど、空を掴むばかりで刃に触ることすらできない。
「甘楽ッ! 甘楽、早くこの刃を抜いてくれ。匠実が……匠実が消えちまう」
何故か視界がぼやける。
無表情に見つめる甘楽の顔も、苦しそうに顔をしかめる匠実の顔も滲んで見えなくなる。
空を掴む手にポタポタと水滴が落ちた。
この時、初めて自分が泣いている事に気付いた。
涙を拭う事も忘れ、叫んだ。
「甘楽ぁ~頼むから、これを……これを抜いてくれよぉ~、匠実を助けてくれ」
叫ぶ俺の声が聞こえないはずはないのに、甘楽はただそこに立っているだけで何もしてくれない。
「甘楽にも、どうすることも出来ない。自分の手を離れた刃は引き抜くことはできない。甘楽を責めるな、甘楽はお前を助けただけだ」
俺が甘楽に詰め寄ろうとするのを制するように、余市さんが甘楽の前に立ちはだかる。
「俺は……俺は……」
「助けてくれなんて頼んでいない、なんて言うなよ」
言いよどむ俺に、叱責するような声をかけてきたのは上総さんだった。
気付けば多紀さんも穂国さんも、俺と匠実を囲むように立っていた。
誰もが複雑な表情で、俺たちを見下ろしている。
同情とも、あきらめともつかないまなざしだった。
周りを見渡すと、すでに人ならざるモノたちはいなくなっていた。
まるで、後は匠実を残すのみと言外に言われているようで、俺は守るように匠実を抱きすくめる。
誰にも、こいつを渡さない。
すると俺の首元に冷たい何かを感じた。
見れば刃が向けられていた。
信じられない思いでその刃の先を追うと、余市さんが居た。
余市さんが俺の首元へ、長い槍の刃を向けていたのだ。
「我々は人に仇なすモノを狩る。それが誰であろうとだ。例えば甘楽が人に仇なすモノに与すれば、我々は容赦なく甘楽を狩る。だが、仲間の誰かが窮地に陥れば、持てる全ての力で助け出す。それがたとえ人ならざるモノであろうとな」
余市さんの声が冷たく胸に突き刺さる。
助ける術がないと告げられた気がした。




