《月子》 ここ
「――雛鶴峠のどこだって?」
トンネルを何度も往復しながら、太一兄ちゃんが苛々したように声を上げる。
あたしたちは都内から一時間半ほど車を走らせて、山梨県の雛鶴峠に来ていた。
実際に来てみてわかったけれど、雛鶴峠と言っても広い。
峠には今は新雛鶴トンネルというトンネルができ、往来がとても楽になっている。
「わからないよ。太一は雛鶴峠としか言ってなかった」
雛鶴峠と言っても、ピンポイントでどことは言わなかった。
無生野の雛鶴神社に行ってみたけれど、特に誰もいない。
朝日馬場のほうまで下りて、石船神社にも行ったけれど、誰もいない。
「一体どこだよ……」
途方に暮れたように、太一兄ちゃんは車を石船神社から雛鶴峠に向けて走らせていく。
広すぎて、わからない。
どうしたらいいか、わからない。
そう思った時、不意に車窓から一枚の看板を見た。
「あっ!!」
思わず大声を上げると、太一兄ちゃんが急ブレーキを踏む。
後ろに車もいなくて、無事に車は停まった。
「なんだよ月子、驚くだろ!」
太一兄ちゃんが焦った声を上げる。
あたしは特に答えもせずに、シートベルトを外し、車のドアを勢いよく開ける。
「おい、月子! 待て!」
「ここだよ!!」
指をさした先を見て、太一兄ちゃんは顔色を変える。
そして慌てて車を邪魔にならない車道の隅に寄せた。
太一兄ちゃんも車から降りてあたしを追ってくる。
雛鶴峠から石船神社に降りてくる時にはわからなかったけれど、逆から来たらすぐにわかった。
看板が立っている。
『雛鶴神社』と書かれたそこを、指し示している。
雛鶴神社は二つある。
無生野のほうと、朝日曽雌。
朝日曽雌の雛鶴神社は、ここ。
ゆるやかな山道を駆け上がって行く。
息が切れて、汗が滲むけれど、構っていられない。
土が肥えて柔らかく、何度もあたしの足を取るけれど、勢いよく駆けて行く。
あの時も、同じように駆けた。
ちづ姉に会いたくて、どうしても諦めきれなくて、あたしが今走っているのと同じ道を駆けた。
二つの時代が、重なり合う。
あたしはあいつで、
あいつはあたしだ。
そういう単純なことを、もはや受け入れるしかない。




