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私の、そして、彼女の戦争  作者: 水金 銀
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(1-3)


 13


「君も不思議やなぁ。うちのこと嫌いなんやろ?」

「師匠のことを話せるのがあなただけなんですよ。」

「せやかて、うちのとこ来るかいな。君、実はうちのこと好きなんやろ?」

「嫌いです。」

「好きやろ。」

「嫌いですよ。」

「いいや嫌いやね。」

「だから、好きって言って・・、何を言わせようとしているんですか。」

「引っ掛かったのは君やろ。」

 十二位はそう言って笑いました。

 学校。授業後。屋上。お相手はフィートこと、十二位でお送りしています。

 お昼の時間はお昼ご飯を食べるために賑わう屋上ですが、授業後になると、皆さん部活に言ったり、家に帰ったりしてしまうので、閑散としています。というか、私と十二位の二人きりです。

「フィートこと、十二位やない。逆や、逆。」

「どっちでも変わりませんよ。」

「そこは、変わっといて欲しいけどなぁ。」

 当たり前のように心を読んでくる十二位に、もうツッコミも入れません。

 どうして私が十二位のもとに来ているのかと言うと、それはティーニャのことではなく、さっき言ったように師匠のことを聞いてほしかったのです。レオさんやエマに話せばいいとは思いますが、いまだに師匠のことを切り出せないでいます。レオさんには師匠のことを話しましたが、レオさんに話すと何となく、しんみりとした空気が流れてしまうので、どうにも憚られてしまうのです。だからと言って十二位のもとにわざわざ来なくてもよかったとは思いますが、しょうがなく、こうしています。しかし、この選択をあっさりとしてしまうあたり、しょうがなくでもしてしまうあたり、十二位の言うように私は十二位のことを案外好いているのかもしれません。

 向き合いたくない現実がそこにはありました。

「ほんで?君の師匠がなんで君をそばに置いとるか、やっけ?」

「はい。何かわかることがあればと思うんですけど・・。」

「知らんやん、そんなん。」

「知らないって・・、もう少し真面目に・・。」

「いやいや、真面目に、言うたってしょうがないやろ。君の師匠の、ノルンはんの過去は多少知っとるけど、君らの出会いは知らんねん。推測はどうやったって無理やろ。」

「それは・・・まぁ、そうですね・・。」

 言われてみれば、確かに・・・。なんというか、ずいぶん浅はかな考えで動きましたね、私。師匠と私の出会いを知っている人なんてほとんどいませんし、それを話す気もないのに、十二位に聞くなんて。例え十二位じゃなくても大間違いです。

「まぁ、でも君のことを教えてくれるんやったら、うちの見解くらい話たってもええけど。」

「それは嫌です。」

「せやろなぁ。ほんなら無理やわ。」

 十二位はあっさりと諦めてしまいました。

 私は師匠との出会いを、その時の自分のことを話したくなんてありません。それを察したのか、十二位は深く聞いてこようとはしませんでした。十二位は私が本当に嫌がっていることは、やらないし、踏み込んでこない。本当に十二位のことは分からない。皆目、見当もつきません。

「まぁ、でもせっかく頼ってくれたんやし、今思いつくことで言えば・・・そうやな、うちはいい加減、君の能力を見てみたいんやけど?」

「私の能力ですか?どうしてです?」

「君らの出会いが分からん以上、今の君が持っとるもんで考えるしかない。ほんなら、今君が持っとるもん全部見てみんことには、どうしようもないやん?」

「私の能力ですか・・・。それは、まぁ機会があれば。」

「なんや見せてくれへんのかいな。能力ないわけやないんやろ?」

「それはそうですけど・・・。じゃあ、十二位が先に見せてくださいよ。」

「うちが見せたら見せてくれるん?」

「それは・・・・。」

「じゃあ、うちも見せんよ。等価交換やないとね。こういうのは。」

 うーん。さすがに虫が良すぎましたかね。

 私はまだ、十二位の能力を知りません。順位上げの戦いを何度か見たことはありますが、そこで一度も十二位は能力を使っていないんです。なので、能力がそもそもないんじゃないか、と思ったんですが、十二位が言うには使うほどの相手でもないだけで、能力はちゃんとあるそうです。能力を明かすと言うのはこちらの手の内をあまりにも大きく見せてしまいますから、不用意に見せない方が良いんですけどね。

十二位が適当なことを言っているだけかもしれませんが、それでも、もしそれが本当なら、能力なしで、一桁まで順位を上げたということです。やはり、十二位は強いという私の予想は間違っていないようです。

「あ、そうだ。十二位に聞きたいことがあったんですよ。」

「うん?胸はどうしたって大きくならんよ?」

「そんなこと聞くわけないじゃないですか。」

「安心せぇよ。おっきくても、ちっさくても、需要はあるからな。」

「そんなことも聞きませんって。」

「触らせて?」

「嫌に決まっているじゃないですか。というか、もうただの欲望の塊じゃないですか。」

 十二位相手にまともに話が進みません。もう、相談するのやめよた方が良いですかね。ティーニャのことも頼ったら教える、なんて言っていましたが、聞いたら聞いたで教えてくれなさそうですね。

「すまん、すまん。ちゃんと聞くって。言うてみ?」

「本当に聞く気あるんですか?」

「聞くて。うちは君の話を聞くために産まれてきたと言っても過言じゃないねん。」

「過言でしょう、それは。」

「過言やないよ。」

「過言です。」

「・・・・・。」

 ・・・・・?

 ・・・・・・・。

「それは・・・・多分、無言です。」

 十二位はけらけらと笑いました。

 やっぱり聞くつもりなんてないんじゃないですか、十二位は。私の方から、十二位のもとに来たとはいえ、これはやっぱり間違いでした。

「ほんで?うちに聞きたいことって?」

 まだ、少し表情に笑みを残しながらも、十二位は私の目を見ました。

 いちいち許可を取っていたら、話が進まないので、もう切り出すことにしましょう。

「あなたのその性格のことですよ。いろんな人にあなたのことを聞いてみましたけど、こういう性格なのは、私の前だけらしいじゃないですか。どうしてなんですか?」

「そりゃあ、君とおるのが楽しいからよ?楽しかったら、テンション上がるやん?」

 私の言葉に十二位は、何も考えるそぶりを見せず答えました。つまりは、即答でした。

「ま、うちがこんなんになっとるんは、ほとんど君のせい、君のおかげやな。」

「そんなに私といるのが楽しいんですか?」

「そう言うてるやろ。君が思う何倍もうちは楽しんどるで。」

「それが分からないんですよ。私と他の人と何が違うんですか?」

 十二位は屋上の柵に背を預け、腕を組みました。十二位の赤い髪が、風に揺られました。

「君は知らんやろうけど、君ってこの学校やと結構有名人なんやで。」

「え・・そ、そうなんですか?」

「実力のことやないよ。性格のこと。誉め言葉として、君はええ性格しとるからなぁ。これも君は知らんやろうけど、君、ファンクラブ出来とるねんで?」

「ファ・・ファンクラブ?」

「君を好きな人の集まりってことや。そんなんができるくらいには君は有名人やってこと。」

「そんなものが出来ていたんですね・・・。知りませんでした。」

 私を好きな人の集まり。それはおそらく、恋というものではないと思いますが、嬉しいような、怖いような、複雑な気持ちです。どういうことをする人たちなのかは知りませんが、これは本格的にクダンさんのところへ行くとき、警戒した方が良いのかもしれません。

「じゃあ、十二位もそれなんですか?」

「いや、うちはそんなもん入る気ないよ。入らんでも、こうして君と話せとるしな。」

「そうですか・・。でも、それは十二位が私のことを気に入っている理由にはならないですよね。」

「せやね。やから、そうやな。うちが君を気に入っとる理由か・・・。なんやろな・・。」

 十二位は考え込むように顎に手を当てました。

 正直、これはちょっと意外でした。十二位のことですから、適当なことを言って、この場を流すと思っていたのですが、十二位は私の問いに真摯に答えを出そうとしてくれているようです。

「ま、こういうんは、言葉に表そうと思うと案外難しいもんやからな。漠然と君のことは気に入っとる。今のところそれが答えやな。」

「納得できないです。」

「そりゃそうやろな。うちもようわからん。まぁ、強いて言うなら、無理に言葉に出すのなら、君が馬鹿やからかな?」

「馬・・馬鹿?」

 十二位はなぜだか少し真面目な顔をしていました。つまりは、真面目な顔をして馬鹿と言われました。

「前も言うたけど、君は無知やねん。君は君が思っとるよりも、周りが見え取らん。ファンクラブのことに関してもそうや。君がいつも一緒におる、レオ、エマ、あの二人は気づいとるやろうけどな。あの二人は君に優しいからな。いや、甘い、か。」

「私が・・無知・・。」

「人はだれしも、無知なもんよ。知らんことの方がずっと多い。せやかて、君は人よりもそういうもんをおざなりにしすぎやねん。君は君が思っとるよりずっと、周りに守られとる。」

 十二位は目を閉じます。それはまるで、意図的に私と目を合わせないようにしているようでした。

「君に対しては皆甘いからなぁ。せやから、うちが君にとっての悪になったる。えぇもんよ。自分にとっての悪がおるっていうんは。前も言うたけど、うちは君に楽しくあって欲しいねん。君にとっての悪は少なければ少ないほどええねん。それでも、誰一人として悪がおらんのは、人間らしくない。」

 十二位はうっすらと目を開けました。それでも私と目を合わせようとはせず、上を向き、少しだけオレンジがかった空を見上げました。

「君はまず君自身のことをよく知るべきやね。今まで疑問に思ったことくらいあるやろ?」

「それは、ありますけど。でも私から聞くようなことじゃ・・。」

「それは君の信条かなんかか?そんなもん、うちからしたら逃げとるだけやと思うけどな。」

 十二位はここでやっと私の方を見ました。細く開けた目で、少しの悪意を感じさせる目で、私を見ました。

「ほーんと、君は馬鹿やなぁ。無知で、馬鹿で、考えも及ばん。せやから、君自身のことを知るべきやと、うちは君のことが好きなんやと、そう言うてんねん。」

 十二位はそう言って、親指を立て、立てた指で屋上の下に広がる中庭を指しました。

「まずは、あれから始めてみたらどうや?」

 十二位が差した中庭。屋上から覗き込むように、そこを見る。

 そこには。


 14


 私の目は良い方です。良い、とは言っても、ものすごく遠くが見えるとかそういうものではなく、良いか悪いか、で言われたら良いに分類される、その程度のものです。視力検査では結果はいつも一番上の値ですが、自分よりも目が良い人も同じ値に分類されてしまうので、私よりも目が良い人とどれくらい違うのかはうまく説明できません。まぁ、何が言いたいのかと言えば、私たちの学校、六階建てのその屋上、そこから中庭に誰がいるのか、何をしているのか、それを見るには十分な視力を持っていると理解していただければ、それでいいです。

 そんな私は今、水に濡れてベッタベタです。季節が春に変わったとはいえ、まだ、変わってきたくらいのものです。つまりは、まだ長袖でないと少し肌寒いくらいのものなんですよ。昼間なら、日が照っていてあまり気になりませんが、夕方になり、日が陰ってくると、少し寒くなってきます。そんな中で水に全身が濡れれば、私は明日、風邪を引いてしまうかもしれません。しかし、幸い私は風邪をひいたことがありません。それは、私の体が丈夫だから、なんて思っていますが、何とかは風邪をひかないとも言いますし、丈夫だからと思っておきたい、という節もあります。さっき十二位にその何とかだ、と言われたような気がしますが、十二位の言っているそれと、今私が言ったそれとはベクトルの違うそれのような気がするので、多分大丈夫でしょう。

 まぁ、そんな話は置いておきましょう。私がずぶ濡れの理由というのは、バケツに入った水を思いっきりかけられたからですね。正確に言えば、それは私にかけられるはずの水ではなかったので、かぶったというより、かばった、が正しいです。

 まったくもう。師匠にどうやって説明したらいいんですか。

「なんだ、お前?」

「私はこの子の友達ですよ。あなたこそ、この子に水をかけて遊んでいたんですか?」

 私が水をかぶった、かばった相手はティーニャです。屋上から見たときにすぐにティーニャだと気づけたのは、私の視力のおかげでしょうが、それをやった相手に気づけたのは、それもまた視力のおかげですね。

「あなた、確か六位の・・・。」

「へぇ、俺を知ってんのか。俺もお前を知ってるぜ?アヴァンだろ?有名人だもんなぁ、お前。」

 この人は全校集会か何かで見たことがあります。さっき言ったように六位。確か名前は・・・ラ、ラル?・・・いや、ロレ何とかだったような・・・なんだったかな。もう六位でいいですかね。まぁともかく、私は六位がティーニャにかけようとした水によってずぶ濡れになったということです。

 というか、どうして私のことを知っているんですかね。さっき十二位に私はそこそこの有名人だと聞きましたが、まさか、こんな人まで知っているとは。私は十二位の言ったようにいろいろと知らないことだらけみたいです。私は無知みたいです。

「それで?有名人様がこんなところで何やってんの?」

「それはこっちのセリフですよ。水遊びなら他所でやってください。」

 六位の後ろには数人の人。舎弟って言うんですかね?呼び方はどうあれ、どうやら六位のお仲間みたいです。

「お前、俺の順位分かって言ってんのか?」

「順位は知ってますけど、お名前は把握してないです?聞いてもいいですか?」

 バシャリと。また水をかけられました。すでにずぶ濡れではあるので、もう何も思いません。強いて言うならば、制服がまた少し重くなったということと、師匠にどう説明したものか、ということくらいです。

「シャイなんですね。お名前、言いたくないんですか?」

 顔に張り付く髪をどかしつつ、私は言います。

「お前、誰に物言ってんのか分かってんのか?」

「さっき順位言ったじゃないですか。聞いてなかったんですか?」

 口調からわかると思いますが、私は今、敵意をむき出しにしています。理由はお察しの通りです。ティーニャが私を頼ったとき、この可能性を私は考えもしなかった。無知だと、十二位に言われたその言葉が心に刺さります。こういう現状がまさかこの学園にあるとは思ってはいませんでした。少し考えを巡らせれば分かったはずです。それでも私はこの考えを思いつくことができなかった。本当に馬鹿ですね、私は。

 私の後ろで小さくなっているティーニャの方を向いて声を掛けます。

「大丈夫ですか、ティーニャ。ごめんなさい。こういうことには私もすぐに気づくべきでした・・・。」

「ど、どうしてアヴァンちゃんが・・・謝るの・・。悪いのは私で・・。」

「おい。何二人で話してんだ?」

「うるさいですね。誰なんですかあなたは、いい加減名乗ってくださいよ。」

 バシャリと。また水をかけられました。

ティーニャにかからないように、少しだけティーニャに覆いかぶさります。とはいえ、私の体はティーニャに比べれば、ずっと小さいので、どうしても少し、ティーニャにかかってしまいます。

どれだけ溜めてるんですか。どれだけ持ってきてるんですか。中庭に蛇口はありませんし、室内からここまで持ってくるの大変だったでしょうに。

 それに、それをすべてティーニャにかけるつもりだったんですか?

 カキッ。

「名乗る礼儀も知りませんか?水をかけてるだけではどうにもなりませんよ?水掛け論って本当に水をかけるわけじゃないんですよ?」

 馬鹿なんですか?と言おうとしてさすがにやめました。言い過ぎはよくないですもんね。

 実はこれ、クダンさんに教えていただいたんです。クダンさんの暴言講座。あるいは、怒らせ講座。煽り講座、なんていう風に言っていたような気もします。もうちょっと過激なものも教えていただきましたけど、さすがにそれはよくないかなと思ったので言わないようにしています。師匠にも、クダンから変なこと教わるなよ、と言われました。役に立つときがあるかわかりませんでしたが、今が使い時でしょうし、世の中何が役に立つのかわかりませんね。僥倖。

一度使って見たかったんです。僥倖。カッコよくないですか?

「俺の名前ぐらい、お前で勝手に調べろよ。」

「忘れちゃったんですか?忘れん坊さんですね。」

 六位の額に血管が浮き出るのが見えます。さすがに怒らせるのはよくないですよね。使い時を考えていたものを、いざ使えるとなると楽しくなってしまってダメですね。反省しましょう。

海より深く。

「水遊びなら、あなたも濡れたらどうです?中庭ですし、水をまき散らしても、あんまり怒られないと思いますよ。」

 六位に向き合い、そう言うと胸倉をつかまれました。

 前に十二位にも掴まれましたけど、こんな短期間に二回も掴まれるような場所じゃないんですけどね。

「お前、なめてんのか?」

「そう見えまっっ・・!」

 殴られました。顔を。それも思いっきり。

 その反動で、私は後ろにいたティーニャと一緒に倒れ込んでしまいました。

 傷、残るかな。このくらいならすぐに治るといいんですけど。ほんとに、師匠にどうやって説明しましょう。

「強気だな、有名人様は。誰かが守ってくれるとでも思ってんのか?」

「守ってくれる?残念ですけど、今私は、守っている側なので。」

 私と一緒に倒れ込んだティーニャに目を向けつつ、少し体を起こします。

「それを?何の利益があるんだ?」

「は・・・?」

 私は一瞬、六位の言った言葉の意味が理解できませんでした。

 それ?今、この人、ティーニャのことを、「それ」って言いましたか?

 ペキャ。

「それともあれか?有名人様はまだまだ有名になりたいのか?人助けは気分いいだろうからなぁ。自分も周りも。」

「あなたこそ、気分がいいでしょうね。自分の下に人がいるって言うのは。でも、この国はそういうもの認めていないんですよ?」

「国が認めてないだけだろ?所詮、この世界は実力主義だ。実力があれば何をしたって許されるんだよ。」

「実力?はは、この学園で、上にまだ五人もいるのに、六位なんてその程度でずいぶん偉そうじゃないでっっ・・!」

 今度は蹴られました。同じく顔を。座っているので、さぞかし蹴りやすかったでしょうね。

 口の中に血の味が広がります。

容赦ないですね、まったくもう。

「図星でしたか・・?六位?」

 蹴られた頬を抑えつつ、煽るような口調で、煽るような目で六位を見ます。

 まだ、ダメかな。もうそろそろ来てもいいはずなんですけどね・・・。

額に血管を浮きだたせた六位が、こちらに近づいてきます。拳を強く握り、私を見下すような目です。胸倉をつかみ、私の体を引き寄せ、拳を振り上げる。

あぁ、ちょっと我慢の時間かな・・・。

目を閉じることもしません。さっきと同じような目で、私は六位を見ます。振り上げられた拳が振り下ろされる瞬間を待ちます。しかし、その瞬間はティーニャが六位の腕にしがみついたことにより、来ることはありませんでした。

「テ、ティーニャ・・・?」

「なんだ、お前。」

 ティーニャの体が震えています。震える手で、体で、六位に必死でしがみついています。

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。な、殴らないでください。その子は何にも関係ないんです。その子は何も悪くないんです。私が悪いんです。殴るなら私にしてください。頼ったのは私なんです。だから私が悪いんです。その子を呼んだのは私なんです。誰にも言いません。迷惑を掛けません。だから殴るなら私にしてください。私は慣れてますから。あなたの言う通りにしますから。その子を殴らないでください。あなたにお願いをすることを許してください。お願いします。その子を殴らないでください。お願いします。お願いします。ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。」

「テ、ティーニャ・・・?」

「はは。分かったよ、お前のお願い、聞いてやるよ。」

「あ、ありがとうございます。」

 六位は私から手を離し、ティーニャの方を向きました。

 私、今、ティーニャに守られて・・・。気づけなかったんだ、私。ティーニャが、こんな風になるまで追い詰められていたこと。ここまで弱っていたこと。そんな中で私を頼るということがどれだけ、どれだけ勇気のいる行為だったのか。私はそんなことにも考えが及ばなかったんだ。

 違う。今は、違う。六位は、この人は、こいつは、ティーニャに何をしているんだ。ティーニャがこんな風になるまで、何をしたんだ。こんなの、こんなの奴隷と何も変わらない。

 バキャ。ブチ。

「お前っっ・・・。」

「こら。ダメですよ。」

 立ち上がり、動き出そうとした私の体を止めるように、覆いかぶさるように、その人は私の後ろから抱き着いてきました。

「ラレイド。あまり見ていて気分のいい光景ではありませんよ。」

「あぁ?お前に関係ないだろ。」

 ラレイド。あぁ、そうでした。六位は確かそんな名前でしたね。やっぱり順位が近いと知っていて当然ですか。

「アヴァンさん。あなたも、あまりそうして敵意を向ける物ではありませんよ。」

「ア、アヴァンさん?」

 慣れない呼ばれ方をして、少し戸惑います。いつもの口調はどこへ行ったのでしょうか。

その人は、十二位は、いつものように私を君なんて呼ばず、丁寧な口調で、私をそう呼びました。

「授業外での、順位決め以外での、戦闘はご法度ですよ。いくら六位とはいえ、許されるものではありません。」

「知らねぇよ、そんなもん。それに、「戦闘」が禁止なんだろ?こんなもん、戦闘にもなってねぇだろ。」

「だったら、戦闘にしてあげましょ、ぶっっ・・。」

 私の口は十二位にふさがれてしまいました。かなり強い力です。

 十二位は私の方を見ることもせず、六位を見たまま言います。

「では、私が場所を設けてあげましょうか?」

「は?」

「あなたが戦う場所ですよ、ラレイド。摸擬戦の場所を用意しよう、そう言っているんです。アヴァンさん、ティーニャさん。お二人は知らないかもしれませんが、順位が一桁になると、好きに摸擬戦を行えるんです。本来なら、先生の許可がいるんですがね。」

 十二位はそう言います。

 違和感がすごいです。十二位の姿をした、別の人間が喋っていると言ってくれれば、多少納得できます。十二位は多重人格だったりするんでしょうか。

「なんで、俺がこいつと戦わなきゃいけないんだ?」

「そんなものお前が分かってるでしょ、うぶっっ・・・。」

 隙を見て口を開きましたが、その口に今度は指を突っ込まれました。私の舌と十二位の指が私の口の中で絡まります。

「あなたが戦わなければいけない理由はありませんよ?まぁ、強いて言うならば、あなたは弱いですからね。だからこの子の口車にのって、怒ったんでしょう?」

「は?」

「もごっ・・・む・・むぐっ・・・。」

 十二位は私の口の中に指を入れたまま喋ります。

 嫌なのは、いちいちその指を私の口の中で動かしてくることです。舌を撫でまわすように触ってきます。

「自身の弱さを当てられ、反論できないから怒ったんでしょう?」

「うあっ・・むふ・・・うに・・・。」

 さっきの私のように六位を煽るような口調。煽るようなというより、煽っていますね、これは。なんでこんな風に煽りながら、私の口の中をかき回してくるんでしょう。

「お前から、やってやろうか?」

「はは、私からですか?この子に負けるのが怖くて、私と戦うことしかできませんか?」

「低順位の挑発に乗るとでも思ってんのか?」

「思っていませんよ。まぁ、あなたよりは順位が低くても、私は、この子はあなたより強いと思っていますけどね。」

「俺より強い・・・?」

「えぇ、そうですよ。だってあなた・・・。」

そこで十二位は、六位を嘲るように笑いました。その顔は私と話している時のような、そんな顔でした。

「弱いじゃないですか。」

 十二位が笑いながらそう言うのと、ほぼ同時に起きた二つの出来事。

 一つ。六位が拳を振り上げ、十二位の顔めがけて拳を振るった。

 二つ。十二位の手が、私の口から離れ、私の行動を制限するものが無くなった。

 その結果起こったことは、いたってシンプルです。私の攻撃が六位の顎を捉えた。ただそれだけです。振るわれた拳が十二位に届くよりも早く、ガラ空きになった顎を、掌底で、下からアッパーを入れるように、打ち上げる。

 顎というのは人体の急所の一つです。顎が揺れれば脳が揺れる。弱い力でも、もちろん、当て方にもよりますけど、顎は十分に急所になりえる。私は良い当て方を知っていますし、攻撃もクリーンヒットしました。本来なら、気絶するなり、あるいはそこまで行かなくても、ふらつくくらいは絶対にしますが、六位はそうはなりませんでした。というのも、私はあえて、普段の私よりもずっと弱い力で攻撃したんです。音に表すなら、ペチン、その程度。掌で触れるように、少しだけ顔が上に上がってしまう、その程度の力で私は攻撃したんです。

 理由は、これもまた、いたってシンプルです。

「て、てめぇ・・・!」

 六位は激情し、再び拳を振りかざします。十二位は、再び私の体を引き寄せ、ふっと、鼻で笑いました。

「ほら、簡単に攻撃を当てられて、しかも、そうして怒っている。」

 目を細め、嘲り、馬鹿にし、十二位の持つ悪意をすべて前面に出したような表情で十二位は笑います。

「本当に、弱いですねぇ。」

「んっ・・んなもん、お前らが協力して・・。」

「言い訳ですか?六位ともあろうあなたが、みっともない。」

 ガラ空きの場所に、あえて弱い攻撃をする。言ってみれば、あえて攻撃をしないのと同義です。つまり、いま、私は六位に対して、完全に舐めた攻撃をしたんです。汚い言い方をすれば、舐め腐った攻撃をしたんです。まともな一撃を食らうよりも、肉体的なダメージよりも、自尊心を傷つけるような、精神的な攻撃を私は行ったんです。自分よりも下位の存在に、そう思っている存在に手を抜かれる。こんなに惨めなことはないでしょう。

「くっ・・・・。」

「悔しいですか、ラレイド?だから、場を設けると言っているんですよ?あなたが下に見ている存在を、大々的に蹂躙できる。そんな場を作ってあげようというんですよ?あなたにとって、これはとても魅力的な提案だと思いますが?」

十二位は少しだけ真面目な顔をします。しかし、私にはまだ、馬鹿にしているような顔にしか見えませんでした。きっと、普段から十二位と関わっているからこそわかることでしょうね。

「決戦は二日後。場は、先ほど言ったように私が用意します。それまでお互い好きに準備をしてください。」

「おい、フィート。」

「はい。なんでしょう。」

「そいつをやったら、次はお前だ。」

 六位は鋭い目つきで、十二位を見ます。

「おぉ、それは怖い。」

 十二位はそう言って、また少し笑いました。

六位は後ろに控えていた、数人のお仲間さんを引き連れて、ティーニャをその場に残して、中庭を去って行きました。

日はいつの間にかかなり傾き、中庭に重い影を落としていました。

「助かりました。ありがとうございます。十二位。」

 私の言葉に十二位は少しだけ困った顔を見せました。

「ですから、私は十二位ではなく、今は九位です。それに、フィートという名前もあるのです。いい加減そちらで呼んでいただきたいんですがね・・・。」

「あ・・ありがとうございました。フィート。」

「ふふ。いえいえ。私も彼の行動には業腹な部分がありましたから。」

十二位はそう言って、私を見て少しほほ笑むと、いまだ座り込んでいるティーニャの方を向き、その場にかがみました。

「さて、ティーニャさん。私はあなたのことが嫌いです。大嫌いです。正確に言えば、あなたのような人が大嫌いです。あなたが六位に向ける恐怖の感情と同じくらいに嫌いです。」

 十二位はティーニャの顔を、手の甲を使って器用に、そして無理やりに上げ、そしてまた、無理やりにティーニャと目線を合わせました。

「いま、この状況を作っているのは、作ったのはあなた自身です。あなたの弱さゆえ、あなたの愚かさゆえです。だというのに、あなたは座り込み、黙り込み、自らが作ったことに気づいてもいない。もう一度言いましょう。私はあなたが嫌いです。」

「じゅ、十二位、何を・・・。」

 キッ、と。十二位は鋭い目を私に向けました。

さっきの表情とは似ても似つかない表情。それは、私も見たことがない、強い敵意を感じさせる目でした。その目に気圧され、私は口をはさむことが憚られました。

 十二位は目を再び、ティーニャへと向けます。

「弱者のままでいないでください。もとはと言えば、あなたが引き起こしたことです。あなたが原因で、あなたが事態の収拾に動かなければいけない問題です。だから、声を出しなさい。声をあげなさい。そのままでいるのなら、あなたは一生ラレイドの奴隷でいればいい。アヴァンさんのことは私に任せていただければ、普通の生活にいくらでも戻してあげられますから。」

 ティーニャは十二位から一切目を逸らしません。いいえ、逸らせないんだと思います。今の十二位の圧、迫力のようなものは、十二位の本当の実力を、まだ見たこともない本当の実力を分からせるには十分すぎるもので、それをじかに当てられているティーニャは目を逸らすことが出来ないんだと思います。そんなことをすれば、今の十二位が何をするか分からない。そう思わせるには十分すぎるほどの、気迫。

「アヴァンさんに言われたのでしょう?頼ることの意味を。あなたには覚悟がまるで足りていない。今更戻れませんよ。頼りなさい。絞り出しなさい。私はあなたの置かれている状況を知っても、アヴァンさんのように優しくはしない。容赦など一切しない。変わりなさい。今、ここで。頼ることを許してくれる相手であることくらい、もうわかっているでしょう。」

 言葉を紡ぐごとに、十二位の威圧感は消え、優しさに近いそれが十二位から感じられるようになりました。

 十二位は立ち上がり、ティーニャの前から離れ、私に目を向けました。入れ替わるように私はティーニャの前にかがみます。

「ア・・・アヴァンちゃ・・・ん・・・。」

「うん。」

 うつむくティーニャのか細い声を、絞り出されるその声を、受け止めるようにうなずきます。

「あ・・あの・・・あのね・・・」

「うん。」

「私・・怖いんだ・・。あ、あの人が、何を・・するか分からないから・・・。もしかしたら、アヴァンちゃんも・・そのお友達まで・・ひどい目に合うかもしれない・・・。」

「うん。」

「で・・でもね・・私、クダンさんの・・クダンさんのところで・・・戦ってるアヴァンちゃんを・・・見たの・・・。」

 地面に着いたティーニャの手が震え、その上に何粒かの水滴が落ちました。

「それで・・もしかしたらって・・・もしかしたらこの子ならって・・・思ったの・・。」

「うん。」

「それでも・・あの人が怖くて・・でも・・助けてほしくて・・・。」

「うん。」

「だから・・だからね・・・アヴァンちゃん・・・。」

 ティーニャは顔をあげ、うるんだ瞳で、私の目を見て言いました。

「た・・・助けて・・。私を・・助け・・・。」

ティーニャが言葉を言い終わるよりも早く、私はティーニャの体を抱きしめました。

「任せてください。」

 小さく震えるその体を、私の持てる力全部で。

「私に任せてください。もう・・・もう、大丈夫ですよ。」

 ティーニャは小さく泣きました。それは少しずつ大きくなっていき、私の体では隠せないほどになっていきました。

「泣くのはまだ早いですよ、ティーニャ。戦いはこれからなんですから。」

 ティーニャから少しだけ身体を離し、ティーニャの目から流れ出る涙を、私の水に濡れた袖で拭います。

「まだこれからですけど、あんな奴ぶっ飛ばしてやりましょう!」

「・・・うん・・・うんっ・・・!」

 ティーニャは小さく、それでも力強く、うなづきました。

 さて、私も覚悟を決めないといけないですね。私の周りの人たちに迷惑をかける覚悟。私の本当の実力を見せるだけの覚悟。上等ですよ。やってやりますよ。私の力が誰かを救えるなら、私は喜んで戦いますよ。

正義が必要なら、私は喜んでそれになります。

「フィートもありがとうございました。あなたのおか・・・・げ・・・・。」

 十二位の方を振り向いたその時、私は唖然として固まってしまいました。

その光景に目を奪われてしまったんです。あまりにも、場に似つかわしくないその光景に、私は固まってしまいました。

 十二位は指をなめていました。

 もう少し正確に言いましょう。

 十二位は、さっきまで私の口の中に入れていた指を舐めていました。

「うん?あぁ、乾いたらもったいないなぁと思て。」

 うわぁ・・。

 十二位、この状況分かってないんですか・・。十二位がこの状況を作ってくれたんじゃないんですか・・・。ちょっと、いや、かなり感謝していた自分をどうしたらいいんですか・・・。ちゃんと名前まで呼んだのに・・・。

 うわぁ・・・。

 ・・・・。

 ・・。

 ・・・・・・・。

 ・・・・・・うわぁ。


 15


「だから、俺のことは気にしなくていいよって、前にも言った気がするんだけど・・。」

「それでもやっぱり、迷惑がどこかでかかってしまうんじゃないかって・・。」

「だったら、悔いの残らないようにやること。俺が被る迷惑なんて、たいしたものじゃないだろうし、自分で何とかするよ。それに、そんなことより俺は、アヴァンが自分の意思でそういう選択をしたことの方が嬉しいから。」

 師匠はそう言って少し紅茶を飲みました。

 あれから家に戻り、ずぶ濡れの理由を師匠に話そうとしましたが、そんなことよりまずはお風呂に、ということでお風呂に入り、上り、師匠が入れてくれた紅茶を飲みながら、今日あったこと、そしてこれから起こることを師匠にお話ししました。

「俺にはクダンがいるし、それでもどうにもならなければ、俺がじかに王族に圧をかければ、まぁ何とかなるから。」

「そ、そんなことして師匠、大丈夫なんですか?」

「俺の名前は結構恐れられているからね。顔を隠せば問題ないし、どうにでもなるよ。まぁ、クダンには怒られるだろうけど。」

「クダンさんにですか・・・。」

「大丈夫だよ。あいつはなんだかんだで俺には甘いから。それよりも、平気なのか?相手は六位なんだろ?」

「それは全く問題ないです。」

 六位との戦い。これに関しては全く問題がないと思っています。六位と会って、正面から話して、攻撃をくらって、食らって、分かりました。

六位は弱い。私よりもずっと。十二位とクダンさんに、私が簡単に勝てるくらいの実力だということは聞いていましたが、実際はどれくらいなのかと、多少心配していました。しかし、それは杞憂に終わりました。

六位の弱さを分かりやすく説明しましょう。一番分かりやすかったのは、私が六位に攻撃を当てたあの時ですね。あの時、六位は、十二位の挑発に対し、私ではなく十二位に集中していた。六位が拳を振るった相手が十二位で、十二位の手が、それを防ぐなり、カウンターを入れるなりで、私から離れることくらい容易にわかりますし、そうなれば私が攻撃に転じることくらい、これも容易に想像がつくでしょう。だというのに、私が攻撃を当てるその瞬間まで、六位は私に意識を向けていなかった。そもそもあの構図は二対一だったんですから、一人に集中を向けている、向けすぎている時点で、六位の弱さは分かってしまうんですよね。

まぁ、だからと言って、六位と戦うときに油断をする気はありませんけど。

「師匠は、私が負けると思いますか?」

「いや、まったく。でも、不安だよ。」

「え?でも、私が負けると思っていないんですよね?」

「そうだけど・・・師心っていうか、親心っていうか・・。」

師匠は小さく何かを言いました。耳を澄ませてみましたが、よく聞こえません。

「まぁ、それは置いといて、この国でもそんなのがあるとはな。」

「ティーニャのことですか?」

「うん。そういう、奴隷じみたこととは無縁だと思ってたんだけどね。」

「私も、それを見たときは信じられませんでした。」

「学園の先生は誰も来なかったのか?」

「待ってみたんですけど・・だれも・・。」

 中庭で私が六位を相手に反撃をしなかった理由。それはもちろん、騒ぎを起こしたくない、あまり実力を見せたくない、という理由が一番ですが、それと同時に、先生を待っていたんです。十二位が言っていたように、授業外、順位決め以外での戦闘はご法度。なので、先生が来れば、この状況も解決しますし、ティーニャのことだって解決するかもしれないと、そう思っていたんですが、誰も来なかったんです。授業後とはいえ、そこまで時間は経っていませんでしたし、中庭という目立つ場所でもあったので、誰か来るだろうと思っていたのですが、私の当ては結構簡単に外れてしまったんです。

「あ、そうだ師匠。ラレイドって方を知ってますか?」

「ラレイド?・・・いや、知らないと思うけど。フルネームは?」

「ラレイド・ロージックです。」

「ロージック・・・?」

 師匠はあまり表情を変えませんでしたが、眉が少しだけ動いたのを私は見逃しませんでした。

 あの後、十二位に、六位の本名をノルンはんに言ってみるとええよ、と、そう言われていたのを思い出しました。それに意味があるのかどうかわかりませんでしたが、師匠のこの反応を見る限り、師匠はロージックという名前に覚えがあるようです。

「師匠、知っているんですか?」

「ロージックね。どうりで誰も来ないわけだ。」

 師匠はそう言って少しため息をつきました。

「ロージック家はこの国の貴族だよ。政治に関与しているくらいには大きな家系だから、誰も来なかったんだろうな。」

「政治に関与していると、どうして来ないんですか?」

「それだけ偉いと、いろんなことに口出しできるから。息子に告げ口でもされて、学園を追い出されるのが嫌なんだろうな。」

「そんなに偉いんですか・・。」

クダンさんが前に、戦う相手によっては問題があると言っていたのはこのことでしたか。そんなにえらい人の子どもを相手に戦ったら、師匠のことが・・師匠のことが?

「し、師匠。ど、どうしましょう。そんな人の子どもを相手にしたら、ひょっとしたら、師匠のことがこの国に・・・。」

「いや、心配いらないよ。心配することなんて何もない。」

 師匠は少し笑って、笑ったというよりは、ただ口角をあげただけのような、そんな表情で言いました。

「貴族相手なら、やりやすい。」

 紅茶の入ったカップを持って、師匠は私に笑いかけます。

「師匠、その表情怖いです。」

「え、あ、ごめん。」

「いえ、全然気にならないですけど、悪いことを考えてる顔になってますよ。」

「悪いことで、その程度で済めばいいんだけどな。」

「怖いですって師匠。」

「悪だくみは楽しいから。」

 師匠は、ふっと笑って紅茶に口をつけました。それを見て、私も口をつけます。

 師匠が入れる紅茶はとても美味しいです。葉を選ぶところから決まってるんだよ、と師匠が前に言っていましたが、どうやって見分けるのか私はよくわかりません。教えてもらったんですか、見ただけで、どうやって判別しているのかいまだに分かりません。

 余談ですけど、師匠はコーヒーを入れたり、お茶を入れたりするのも上手なんですよ。クダンさんは、飲み物に関してはあいつの右に出るものはいない、と言っていました。どういう評価だろうとは思いますが、私は日常でそれを実感しています。お酒だけは、クダンさんの方が詳しいそうなんですけどね。

「それで、そのラレイドってやつと戦うのに何か対策はするのか?」

「対策は・・何か考えようとは思ってますけど・・、でも、勝つ気はないんです。」

「負けるつもりなのか?」

「できるだけ善戦したうえで、負けるつもりです。私みたいな低順位と、対等に戦っている姿をほかの人に見せるだけで、十分ですから。」

「アヴァンがそれでいいなら、そうするといいよ。」

 ティーニャには、ぶっ飛ばしてやりましょう、なんて言いましたが、実際そうしたい気持ちはやまやまですが、私の目的で言えば、六位の地位を落とすことが目的なんです。順位的な地位ではなく、他人からの見え方、という意味での地位です。学園で行われる戦闘は誰でも、外部の人でも、見に来ることができます。それはもちろん、摸擬戦でも同じです。十二位の話だと、六位はプライドだけは無駄に高いから、どうせ観客を大量に呼ぶ、と言っていましたし、さらに、私が戦うとなればいやでも観客は集まるそうです。それに言いたいことがないわけではないんですけど、観客が多いなら、私はそれを利用してやろうと考えたのです。六位という地位を使って、そして師匠に今聞いたように、家系の力を使って、大きな顔をしている六位が、私のような低順位と互角の戦いをしているとなれば、恥ですからね。

それが出来れば、私は勝つ必要なんて全然ないのです。戦いで負けても、目的が達成できればそれでいいのです。

「能力は使うのか?」

 ポットにまだ残っている紅茶を師匠は、カップに注ぎます。

「能力は・・多分使わなくても平気だと思うので使うつもりはないですけど・・・。使った方がいいですかね。」

「まぁ、クダンのところよりもレベルは低いだろうから、使う必要はないかもな。」

 カップを師匠の方へ差し出すと、師匠は紅茶を注いでくれました。

「俺も見に行こうかな・・。」

「え、師匠も見に来るんですか⁉」

「明後日だろ?今のところ予定はないし、たまにはいいかなって。」

「そ、そうですか・・・。」

「行かない方がいいか?」

「いえ、来てくれたらそれは嬉しいですけど、師匠がいる前で、負けている姿を見せるのは・・・。」

「俺が行くなら、多分クダンも行くと思うぞ。」

「ク、クダンさんもですか⁉なおさら負けづらくなりました・・。」

「気にしなくていい、って言いたいところだけど、気にするよな。」

 気にしますよ、師匠。師匠の前で負ける姿なんて見せたいわけないじゃないですか。でも、本当に師匠が見に来るんだとしたら、どうしましょう。勝つつもりはないですし、かといって、負けるわけにもいかなくなりますし・・・。

「まぁ、俺はアヴァンが負けてもいいと思ってるんだ。お前が、自分で満足できるのなら、それでいいんだよ。」

「でも、私は師匠の弟子です・・。負けたくないです・・・。」

「俺は、俺の弟子としてのアヴァンじゃなくて、一人の人間としてのアヴァンの戦いのことを言ってるんだ。自分の正しさに進めばいいよ。俺に依存するんじゃなくて、たまには自分の心に従ってみるものだよ。」

「自分の心に・・・。」

 自分の心に従うのであれば、私の中で最も優先されるものが師匠であることは、師匠だってわかっているはずです。それでも、師匠がそういうのなら、そこにはきっと、私に対して、何かの願いがあるのでしょう。

 その正体も私はよく分かっています。師匠が今言ったように、私が私らしく、私だけのものであること。師匠のことが大好きな私からすれば、それはなんだか悲しいことのように思えてしまいますが、それでも、その言葉に込められた、師匠が込めた思いを私は汲まなければいけません。

 私が私らしく。

 これもまた、立派な覚悟です。


 16


 あの話本当なの⁉危ないよ。危険だよ。どうして戦うことになったの?勝てるわけないよ。今ならまだ間に合うよ。何がきっかけなの?一桁なんだよ?

 やめた方が良い。

 危ない。

 戦ったらだめだ。

 翌日、私が学園に行くと、そんなことを朝からたくさんの人に言われました。クラスの人もしかり、先生方もしかり、私の知らない人もしかり、おそらく私のファンクラブとやらの人もしかり、いろんな人に六位との戦闘をやめるように言われました。昨日の今日の出来事なのにどうして皆さんそんなに早く情報を得ているのかと聞いてみると、単純に人から聞いたという人が多かったですが、元をたどると、六位のお仲間さん、舎弟さんが広めて回っているそうです。暇なんですかね。こんな風に大々的に広める必要がどこにあるんでしょうか。そこまでして、私に勝つところをいろんな人に見てほしいんでしょうか。こうすれば、私にプレッシャーでも掛けられると思っているんでしょうか。残念ながら、そんなものは全く感じていません。感じているもので言えば、たくさんの人に心配をかけてしまって申し訳ないという気持ちです。

 いろんな人に六位との戦いを止められるたびに、私は、

「大丈夫です。心配してくれてありがとうございます。」

 そう返しました。もうこの言葉を、朝から何度言ったのかわかりません。一生分のこの言葉を使った気がします。同じ言葉を聞きすぎると耳にタコができると言いますが、これだと口にできそうです。口にタコができるというのは、自分で作っているだけのような気もしますが。口を尖らせたらタコみたいですもんね。

 まぁ、耳にできるタコはそのタコではないんですけど。

 ともかく、いろんな方に心配をしていただきましたが、残念なことに、私に、頑張って、と言ってくれる方はいませんでした。普段、実力を隠しているので、これはしょうがないと思いますが、とはいえ、少し寂しいです。一応は負けるつもりですが、それでも善戦はするつもりなので、そこで証明することにしましょう。それはそれで、どうして隠してたの!と言われそうですけどね。その時言うことも何か考えておかないといけません。

「大丈夫なの、アヴァン・・。」

「大丈夫です。心配してくれてありがとうございます。」

「そのセリフはさっきも聞いたよ。相手は一桁なんだよ?それに、偉い人の子どもって聞いたし・・・。」

「それも含めて大丈夫です。」

 レオさんとエマにも、明日の戦いについて聞かれています。説明会です。釈明会かもしれませんが。

「大丈夫じゃないよ!アヴァンは五百位で、相手は一桁なんだよ!一桁は普通の実力じゃないんだよ!」

「普通の実力じゃない?」

「この学園で一桁なんだよ?並の実力じゃないことくらいわかるでしょ!」

 エマは不安そうな顔で、少しだけ怒った顔で、声を荒げ、私に言います。

「レオ君も!とめなよ!」

「僕は止めませんよ。戦わない方が良い、そんなことも言いません。」

 レオさんはエマとは真逆に、何も心配していないような顔で、冷静な口調でそう言います。

「止めないって・・・。それでも友達なの⁉」

「ごめんなさい、エマ。レオさんは悪くないんですよ・・。」

「悪くないって・・・、どういうこと・・・?」

「それは・・・その・・・。」

「エマさん。誰にでも言いたくないことの一つや二つくらい・・。」

「レオさん。」

 レオさんは、また私に助け舟を出してくれましたが、私は自分でそれを遮りました。

「・・・話されるんですか?」

「話さないといけないことですから・・・。」

「アヴァンさんが、そう言うなら・・・。」

 エマは困惑した顔で、私とレオさんを見ます。

「エマ・・、その、実は、私自分の実力を隠していたんです。実際に戦ったわけではないので、断言はできませんけど、六位くらいなら、相手にならないくらいの実力はあるんです。」

「六位くらいなら・・・?実力を隠していたって・・どうして・・。」

「それは・・。」

 少しだけうつむきます。今まで隠していたことを、話すこと、明かすこと、これも立派な覚悟です。私らしくいるための覚悟です。

「エマ。国潰しって知っていますか?」

「国潰し・・・、何の話?」

「大事なことです。知っていますか?」

 エマの目をまっすぐに見て、真剣な口調で問いかけます。

「聞いたことくらいはあるよ。国潰しって、国を、暇つぶしに国を潰して回って、誰彼構わず虐殺をしたっていう・・、あれだよね。」

「大量虐殺なんてしていませんよ。あの方はそんなことは断じてしていない。」

 隣でレオさんが言いました。声には少しだけ、威圧感が混じり、そこには怒りの感情も読み取ることが出来ました。

「どうして、レオ君がそんなことを知っているの?」

「よく知っていますよ。僕は、国潰しの被害を受けた国にいた人間ですから。」

「そ、そうなの・・!でも、どうして今そんなこと・・・。」

「私の師匠、私の親代わりになってくれている人が、その国潰しなんです。」

「え・・・・・。」

 エマは、私の方を見て固まりました。

 師匠のことは国潰しとしてよく知られています。名前まで、ノルン、という名前まで知っている人はなかなかいませんが、師匠のことを、今エマが言ったように、暇つぶしに、誰彼構わず、殺して回ったと言っている人は多いです。師匠のことは、今では教科書に載るほどです。大罪人だと、極悪人であると、そこには書かれています。

「師匠に、私は戦い方を教えてもらっているので、順位が一桁、その程度じゃあ相手にならないんです。」

「そ、それが本当なら、アヴァン、危ないんじゃ・・・。」

「エマさん。あの方を侮辱するなら、僕はあなたのことを嫌いになりますよ。」

 レオさんは感情をあらわにして、滅多に表さない感情を表に出して、エマを睨みつけました。

「で、でも国潰しって・・。」

「エマ。エマは師匠のことを、国潰しのことを誤解しているんですよ。」

「誤解・・?」

「私も人づてに聞いただけですけど、師匠が殺したのは、その国の政治を担う人だけです。国潰しは、ただの政治の中枢を壊す行為なんですよ。政治が壊れれば、国は形を保てなくなる。だから国潰しと呼ばれているんです。」

「でも、じゃあ、どうして大量虐殺なんて嘘が・・。」

「そうした方が、その国の王族にとっては、都合がいいからだと思います。極悪人に仕立て上げた方が、殺しやすいでしょうから・・。」

 極悪人に仕立て上げることで、その首には自然と賞金がかかるようになる。そうすれば、自分たちが直接手を下さなくても、師匠を死に追いやることができる。仮に殺せなくても、生きづらい環境を作ることができる。だから、師匠の行いに、あることないことを脚色して世界に広めた。

「でも、国を潰したのは本当なんでしょ・・?」

「本当ですよ。いくつもの国を潰した。でも、暇つぶしなんて、そんな理由じゃないんです。師匠が、国を潰して回ったのは、奴隷解放のためです。」

「奴隷解放・・?」

「師匠が国潰しを行う前、奴隷制はほぼすべての国が行っていたんです。師匠はそれをやめさせるために、奴隷制を容認している国を潰して回った。」

「そんな話聞いたことないよ・・。」

「ないでしょうね。アヴァンさんの言った通り、奴隷制は、昔は当たり前でしたから。否定されるべきは、悲しいことですけどノルンさんの方だったので。」

「どうして、レオ君はそんなこと知ってるの・・・。」

「さっき言いましたよね。僕はノルンさんが潰した国にいたんです。そして、僕はノルンさんにこれ以上ないほどに感謝しているんです。つまりは、・・・そういうことです。」

 レオさんは、最後に少し、言葉に詰まりました。

「私がいま、師匠のそばにいるのも、似たようなものです・・。」

「あ・・・う・・・。」

 エマもまた、言葉に詰まりました。自分がもともと奴隷であった事実を話されれば、反応に困ってしまうのは当たり前です。それでも、エマは私たちにかける言葉を探してくれているようでした。

「大丈夫ですよ、エマ。もう平気ですから。・・・・まぁ、だから、許せなかったんですよ。六位がティーニャをそう言う風に扱っていたことが。」

 少しだけ無理やりに、私は話題をもとに戻しました。私としても、きっとレオさんも、あまり触れたくない、思い出したくないような話ですし、エマも、こうして反応に困っていますから。

「か・・勝てるの・・・?」

「負けますよ。」

「え、負けるの?」

「一応はその予定です。」

「でも、さっき相手にならないって・・・。」

「まともに戦えばそうですけど、今回に関しては勝ってもあまり得られるものがありませんし、ギリギリで負ければ、六位の評価を貶めることはできますから。戦いには負けてしまうかもしれませんが、目的が達成できればいいんです。」

 エマは少しだけ不安そうな顔を見せました。

「いいんですか?アヴァンさん。」

「私の目的は、六位の行為をやめさせることですから。今言ったように、六位が大きな顔を出来ないような状況を作ることが出来れば、それで私の勝ちなんですよ。」

 レオさんも少し不安そうな顔を見せました。

「そっか・・・アヴァンは実力を隠して・・・。」

「エ、エマ。ごめんなさい。その、隠していたつもりは・・。」

「ううん。いいの。私も何となくわかってたから。だから、気にしない・・いや、許さない。私アヴァンのこと許さない。」

「え・・、あ、その・・わ、私・・・。」

 エマの放った言葉に私は、動揺してしまいました。

 こういう反応をされることだって、想像していなかったわけじゃありません。それでも、今まで実力を隠して、エマのことをすごいと言い続けてきたのは、取り方によっては、それはただのエマへの冒涜です。心の中で見下していたとか、そんなことは全くないです。断言します。それでもそう取られたって仕方がないことです。

「エマさん・・。アヴァンさんには事情があると、今ので分かって・・。」

「うん。分かってるよ。だから、許さない。だから、私はアヴァンにその贖罪を求めるんだよ。」

「しょ・・贖罪・・・?」

「うん。今までアヴァンが実力を隠していたこと。それを許してほしかったら、今度、私に戦い方を教えて。それで、チャラってことにしてあげる。」

「で・・でも、私は・・。」

「うん。分かってる。私に対して申し訳ないって気持ちがあるんでしょ?だから、そう思っているなら、私に戦い方を教えて。」

「わ、私、誰かに戦い方なんて教えたことないですよ・・・。」

「そっか、じゃあ許してあげない。」

「い、いいんですか?私なんかで。」

「もちろん。せっかくなら仲のいい子に教えてほしいじゃん。」

 エマは笑ってそう言いました。

「ありがとうございます、エマ。」

「お礼を言うのはまだ早いよ、アヴァン。これからなんだから。」

 本当に、本当に優しいです。

 十二位の言っていた、周りの、いろんな人に守られている。その言葉の意味を、やっぱり私は、ちゃんと考え直さないといけないようです。

 こうした優しさが、私の気づかないようなところでもきっとあって、私はそれに感謝しないといけない。今回の戦いだって、きっといろんな人が私のことを思ってくれているのでしょう。私の気づかないような、私を取り巻く環境に私は目を向けないといけない。

それもまた、立派な覚悟です。

「アヴァンさんの戦い、僕たちも見に行きますね。」

「お二人も来るんですか・・。でも、私負けますよ?」

「いいんですよ。アヴァンさんがアヴァンさんらしくいる場所なら見てみたいですから。」

 レオさんは少し笑って、エマは横でうなづいています。

「あ、見に来ると言えば、お二人は私のファンクラブとやらを知っていますか?」

「あぁ、アヴァンさんの耳にも入ったんですか。」

「その、ファンクラブというのは、どういう人たちの集まりなんでしょう。」

 ふと、気になったことです。前に十二位にファンクラブの話を聞いたとき、そのことについてはなんとなく考えていましたが、正直、どういうことを目的としているのかが、全くわかりません。十二位は私のことを好きな人たちの集まり、と言っていましたが、私の耳には十二位から聞くまで入ってこなかったですし、そこまで隠密的に行動しているのなら、一応、何を目的としているのか、それくらいは知っておいた方が良いと思ったのです。何かあったときの対策にもなりますからね。

「簡単に言えば、ファンクラブはアヴァンさんのことを、好き、というか、信奉している人たちの集まりですかね。」

「信奉?私、神様みたいになっているんですか?」

「まぁ、例えとして、です。実際は何というか・・。」

「でも、多分その例えが一番近いんじゃないかなぁ。」

「神様がですか?」

「何と言いますか、ファンというのは、その人たちがファンになっている対象を近寄りがたい、本当に神様のような存在として見る傾向にあるので、意外と間違っていないんです。」

 神様。そんな雲の上のような存在にされているんですか。知りたくなかった事実というか、理解不能というか、私、一応人間なんですけどね・・。

一応というか、ちゃんと人間なんですけどね。

「私も勧誘されたなぁ。」

「勧誘されたんですか⁉誰にですか⁉」

「えっと・・・誰かは知らないけど、スカーフが赤色だったから、多分高等部の人。」

「高等部の・・・」

 高等部の知り合い・・。そんな人はいませんけど、おそらくは特定の個人というわけではなく、ファンクラブの一人というだけなのでしょう。高等部にすらそんな人がいるなんて・・・。

「僕も勧誘されましたね。確か、初等部の人でした。」

「しょ、初等部の人・・。私、どうしてそんなに有名人なんですか・・。中等部の方ならまだわかるんですけど、高等部と初等部の人とは、あまりお話しする機会もありませんよ?」

「それでも、アヴァンさんはなぜか有名人ですからね・・。まぁでも何となくその理由もうなずけるんですが・・・。」

「うん。まぁ、たしかに・・。」

 レオさんの言葉にエマもうなずきます。

「納得できるんですか?」

「まぁ、はい。そうですね。」

「そうだね。納得できるよ。」

 納得できるそうです。私は出来ていないですけど。

 ちょっと考えてみましょう。私がどうしてそんなに認知されているのか、有名人なのか、ファンクラブというものができるほどの存在なのか。それに、そこでは私は神様に近い存在になっているそうですし、自分で言うのもなんですが、私はどうやらただものではないようです。しかし、私は私。原因の想像くらいは何とかなるのではないでしょうか。自己分析ですね。やったろまい。

 とりあえず、今ある情報を整理してみましょう。

 まずはファンクラブ。今聞いたように、それは、その対象を神様のように崇める物らしいです。神様のように崇めるということは、そうするだけのきっかけがあったということ。道ですれ違っただけの人を突然神様のように信奉し始めるわけがありませんし、そんなことがあったら、それはおそらくその人の能力です。私はそんな能力じゃあありませんし、その人たちに対して、私が何かをやってしまった、この場合はやってあげた、というのが正しいのかもしれませんが、どちらにせよ、何かをしたのは確実でしょう。では何をやったのか。

うーん。私はできるだけいろんな方に挨拶をするようにしていますが、基本的にそれだけです。もちろん、何か困っていたらできるだけ手助けをしようとは思っていますが、そんな場面にたまたま出くわすことなんてなかなかありません。今回のようなティーニャの例はものすごく珍しい、というか、今回が初めてなので、そういったこともないでしょう。では、私が何をしたというのでしょうか。まさか、実は私には、挨拶をしただけで相手の興味を引き付けるような能力でも隠されているのでしょうか。私の能力は何が出来て、何が出来ないのかよく分かっていないですし、そういう可能性も全くないとは言えません。

まぁ分からないことに思いを馳せても仕方がないので、ここは分かることで考えましょう。

情報整理二つ目。というか、これとさっきのものしかないので、整理と言うのはあまり適している気がしませんが。とりあえず、二つ目です。それは少し前の話。私がティーニャからの手紙を受け取った頃の話です。レオさんと、エマ。お二人が私を褒めたときのことです。思い出してみましょう。

「アヴァンさんの性格や容姿の良さから考えると、納得もできますが。」

「アヴァンは可愛いからね・・。元気いっぱいで性格も素敵だし。」

 そんな風なお褒めの言葉をいただいていたのです。つまりは、私は多分、それなりに容姿が良いんだと思います。十二位も似たようなことを言っていましたし、おそらくは、そう言うことなのでしょう。そう言えば、十二位が私は私の性格のことで、有名だと言っていました。なるほど、私は性格が良いんですね、と思っている時点で性格が悪いような気がしますが、とりあえずそれを受け入れておくことにしましょう。

 なんというか、自分で言うのがものすごく憚られます。仮にこれが事実だったとしても、です。人のこと、例えば師匠のことを私はかっこいいと自信を持って言いますし、エマのことも可愛いと言います。ですが、自分のことを自分で褒めるとなると、ものすごく恥ずかしいです。私は可愛いですから、とか、かっこいいですから、とか、あんまり言いたくありません。そう言っている方を非難するわけではないんですけど、私が言うのはちょっと、いやかなり憚られます。なぜでしょうね。この世の不思議の一つにでもランクインしているんじゃないでしょうか。他に何があるのかと聞かれれば分からないですけど。

「ところで、アヴァン。六位の人との摸擬戦って、もう明後日だけど、何か、準備とかしなくていいの?」

「準備は・・まぁとりあえず大丈夫です。必要になったらクダンさんのところにでも行きますし。」

「え・・?クダンさん?」

 おっと。

「あ・・えーっと。そうですね。私は一応、その、クダンさんとは・・はい。」

「え、アヴァン、クダンさんと知り合いなの⁉」

「えっと・・。まぁ、はい。」

 エマはバッと、レオさんの方を向きました。

「あぁ、僕も一応存じてはいましたよ。アヴァンさんの師匠さんに関連する話ですから、話題には出さないようにしていたんですけどね。」

「あ・・う・・・へぇ・・。クダンさんと・・。へぇ・・・。」

 エマが私を見ます。ものすごくうらやましそうな眼をしています。

「紹介はしませんよ?」

「そんな、しょ、紹介なんていいよ!やだなぁ、もう、そんな、クダンさんと突然会っても話せないよぉ!」

 エマは、ニコニコ、ニヤニヤしながら、うねうねしています。擬音って便利ですね。これが無かったら、今のエマを表すことができなかったと思います。

「アヴァンさん。これが一種のファンというやつです。」

「こ、これ・・。今のエマがファンの姿ですか。」

「この状態の人がアヴァンさんの知らないところにたくさんいると考えてください。」

「なるほど。こんな風に自分のことを好いてくれているというのは、嬉しいですね。」

 レオさんは私の言葉を受けて、少し笑いました。

「本当にアヴァンさんは素敵な性格をされていると思いますよ。もちろん誉め言葉で。」

 不思議とレオさんに褒められました。自分のことを純粋に好いてくれているのなら、それは喜ぶべきことだとは思うんですけど。レオさんは、笑ってはいますが、なんだか少し、違和感のある表情なのはどうしてでしょう。

「どうしたんですか、レオさん?」

「いえ、まぁ、物事をそう言う風に受け止められるのはいいかと思いますが、一応もう少し危機感を持った方が良いかと思います。」

「危機感?」

「えぇ、まぁ、誰もがエマさんのように、見ているだけで十分、というわけではないですから。」

「えっと・・・・つまり・・?」

「まぁ、あまり言わないことにしておきましょう。少なくとも今は平気みたいですし。」

今は平気。つまりはいつか平気にならない時が来るということでしょうか。これに対して何か対策を打った方が良いんでしょうか。

今のエマを見る限り、そこまでの疑問は浮かびませんが・・・。まぁ、私には知らないことがたくさんありますし、これから知っていきましょう。

 これもまた、何かの覚悟なんですかね。

多いなぁ。覚悟。

でも、不思議と不安はありません。

今は二日後に備えましょう。


17


「あれから大丈夫ですか?ティーニャ。」

「うん。大丈夫だよ。あの人から呼ばれることはなくなったよ。」

 競技場裏。授業も終わり、人の通りが全くないその場所で私たちは話しています。

 昨日の出来事だと言うのに、ティーニャは呼ばれることが無くなったと、そう言いました。きっと、毎日のようにあの人から呼ばれていたのでしょう。それはつまり毎日のようにあの人からそういう扱いを受けていたということ。

 私の中に不快感が広がるのが分かりました。

「あの・・ご、ごめんなさい、アヴァンちゃん・・。」

「何がですか?」

「その・・、今日、いろんな人に、知られていたみたいで・・・。」

「あぁ、大丈夫ですよ。十二位からもともと、そうなるだろうという話は聞いていましたし、特にプレッシャーにもなりませんからね。ひょっとして、ティーニャの方にも誰か行きましたか?」

「う、うん。少しだけだけど・・。」

 この事件を知って、ティーニャのもとへ行く、つまりは、おそらくそういう人たちは、ティーニャが受けていた扱いを知っていたのでしょう。この一件で、いい機会だと思ったのか何なのか知りませんけど、願わくは、そう言った人たちが、この先も、ティーニャと関わり続けてくれるとありがたいんですけどね。私一人では、できることに限界がありますから。

 私にできることは六位の地位を落とすこと。それ以上のこともできればいいなとは、もちろん思っていますが、それに適した人がいるのなら、私はその人にティーニャを一任しようと思っているのです。

「あ・・アヴァンちゃん・・。」

「そんなにびくびくしなくても大丈夫ですよ?」

「あ・・うん。ごめんね、・・癖で。」

「癖・・・。」

 誰に植え付けられた癖なのか・・・。あぁ、本当に。

 イライラする。

 ペキッ。

「アヴァンちゃんも、誰に対しても・・その、敬語・・だよね・・。」

「私のこれも癖なんですよね。こうして、年が同じくらいのこと話すことが、昔は少なかったので。」

 今でさえ、こうしてティーニャや、レオさん、エマのように同年代のこと話すことが多いのですが、昔はほとんど師匠としか話さなかったので、染みついてしまったんですよね。この喋り方。それでも、ティーニャを自然と呼び捨てできるようになっているあたり、私のこれも、少しずつ脱却しつつあるのかもしれません。

「で・・でも、ラレイドさ・・あの人には・・そうじゃなかったよね・・・。少しだけだけど・・。」

「そうですね・・。癖ですけど、ああいう場面で、私の癖が無くなるのは、新しい発見です。」

 誰かのことを、お前、なんて呼んだのは、あの時が初めてです。

 正直、あんな人を相手に、敬語なんて使いたくありません。しかし、少ししかそういう言葉遣いが出ない当たり、やはり私の癖、染みついたそれは馬鹿にならないんだなとそんなことを考えます。

脱却しているかもしれないなんて考えた直後に、気づきたくないことでした。私も師匠と会う前は、多少そういう話し方が出来ていたはずなんですけど・・・。

あれ?師匠と会う前?そんなときに、私は誰かと話すことなんてありましたっけ?

 あれ?

「ア、アヴァンちゃん・・。どうしたの・・・?」

「え、あ、あぁ、何でもないです。ちょっとぼーっとしてしまって。」

 なんだか、思い出さなければいけないような、大事なことの気がしますが、多分気のせいでしょうね。きっと・・多分・・・。

「だ、大丈夫・・・?」

「大丈夫ですよ。少なくとも、六位と戦うのには何の問題もありません。」

「六位・・・。そう言えば、フィートさんのことなんだけど・・・。」

「十二位がどうかしたんですか?」

「十二位・・?」

「あぁ、もともと順位が十二位だったので十二位と呼んでいるんです。もちろん、今の順位を知っていますし、本名も知っていますが、これも癖みたいなものですね。」

「そ、そっか・・。」

少し意外でした。ティーニャの口から十二位の話が出てくるとは思っていなかったんです。おそらく、十二位とティーニャが会ったのは、あの中庭が初めてでしょうし、初対面であんな風に詰め寄られたら、話題に出すのも憚られると思いますが。話題に出したということは、もともと知っていたんでしょうか。

「それで、十二位がどうかしたんですか?」

「あ・・その、どうして、フィートさんと仲がいいのかなって。」

「仲がいいわけではないと思いますけど・・。まぁ、十二位が私によく話しかけてくるからですかね・・・。どうしてですか?」

「その・・フィートさんって、謎が多い人ってよく言われてるから・・。」

「謎が多い・・・?まぁ、確かにそう思う部分はありますけど、そこまでの人ではないですよ?」

 謎が多い。ティーニャが、周りの人が言っていることはなんとなく分かります。でも、私の知っている十二位は私しか知らないようですし、私の中での謎と、他の人が思う謎はきっと違うものだと思います。

「フィートさんは・・アヴァンちゃんがここに来る少し前に来たんだよ・・。」

「え?十二位って初等部のころからこの学園にいるわけじゃないんですか?」

「う・・うん、転入してきたんだよ。その時のことはよく覚えてる・・。突然、入学してきて、十位台に突然入ったって話題になってたから・・。」

 十二位って、私と同じように、途中でこの学園に来たんですか・・・。そして、一気に上位に食い込んだ。

「でも、それってそんなに不思議なことですか?実力のある人が突然入ってくることくらい、今までにあったんじゃないですか?」

「私も・・聞いただけだから詳しくはないけど・・・、転入の時に、多少実力を見る戦いがあるよね・・。その時は、最下位近いほどの実力だったらしいの・・。」

「最下位・・?」

 転入時の順位決め。

 この学園では、順位が決まっていないといけない、という不思議なルールがあるので、転入の時に、実力を見るための摸擬的な試合が行われます。五百位から下の順位の人から、無作為に一人選んで戦う。それで、仮の順位を決めるんです。

 でもその時に、ティーニャの話では、十二位は最下位近い順位だった。今の十二位を見ればそんなことは全く想像できませんし、実際本当に弱かったというわけでもないでしょうから、つまりは、その時十二位は実力を隠していたということになります。

 いったい・・どうして・・?

「だから、突然、上位に来たときは・・話題になったの・・・。八百長なんて言われることもあったみたいだけど・・・フィートさんの戦いを見て、誰もそんなことが言えなくなった。」

「ど、どうしてそんな風に実力を隠すようなことを・・・。」

「それは・・ごめんなさい・・。私も分からない・・。」

 実力を隠すような行為。私もやっていますし、人のことを言えませんけど、だとするならば、十二位にもそうするだけの、事情があったということなのでしょうか。だとするのなら、じゃあなんで順位を上げたのでしょうか・・・。

 そうするだけの事情が無くなった?あるいは、事情が変わった?

 確かに、謎が多いですね・・・。

「それで・・だから、どうしてアヴァンちゃんはあの人と仲がいいのかなって・・。アヴァンちゃんの前だと、普段と違うみたいだし・・・。」

 普段と違う。

 私の口の中に入れた指を、舐めまわしていることが普段と違うことならば、それはそうであって欲しいですけど、というか、私の前でもそうではない人でいて欲しいですけど、今のティーニャの話を聞いて、十二位が私だけに態度を変えているのは、何か別の、前に聞いたものではない理由があるような気がしてきました。

 私以外の人と話している十二位を初めて見ましたけど、あの時も思ったように、十二位はまるで別人でした。十二位にとって私は何なのか。その意味をもう少し考えた方が良さそうですね。

「私の前で、十二位が普段と違うように見えるのは、十二位が言うには、私のことが好きだからだそうです。」

「す、好き・・?」

「はい。そんなようなことを言っていました。」

 なんというか、誰と話すときも、何かと十二位のことが話題に挙がっているような気がします。十二位と会った時に、十二位のことが嫌いと言った手前、あんまりこういうことは言いたくありませんが、今は、十二位のことをそこまで悪い人だとは思っていません。というか、あの時から、特に悪い人だとは思っていなかったんですよね。

 嫌いではないですけど、悪い人ではなく、むしろいい人だと思っている。複雑です。

「な・・なんだか納得しちゃった。」

「納得?」

「うん。フィートさん、不思議な人だから・・・そういう理由の方が、逆に納得できるなって・・・。」

「好きだと納得できるんですか?」

「うーん。何となく・・かな・・。」

「ファンクラブみたいな感じですかね?」

「それは違うよ。」

 ティーニャは、今までのおどおどした様子からかけ離れた、少し早口の、私の言葉を遮るくらいの即答をしました。

「ティ、ティーニャ?」

「いい、アヴァンちゃん。ファンクラブっていうのは、フィートさんの言ってる好きとは、また違う好きなの。言ってみれば、信奉的な好きってことなんだよ。でも、多分、きっと、フィートさんの言ってる好きは、ガチ恋なの。」

「が、がち・・・?」

「本気、っていうことだよ。」

 ティーニャはなぜだか少し前のめりに、私にそう言います。不思議と十二位と同じような雰囲気を感じます。というか、十二位とはまた別種の、圧を感じます。

「で、でも、十二位が私のことを好きだという確証なんてないですし・・。」

「確証はなくても、可能性はあるんでしょ?」

「まぁ、そうですけど・・・。」

「アヴァンちゃんはね、世に言うロリなんだよ。」

「ろり?」

 ティーニャは、私の聞いたことのない単語をまた言いました。

「簡単に言えば、小さい女の子ってことだね。」

「はぁ・・なるほど。」

「ロリは世界を救うんだよ。」

「なるほ・・え?」

 世界を救う?ティーニャは私のことをロリと言いましたし、そのあとで、ロリは世界を救うと言ったということは、つまり私がそういう存在であると、ティーニャはそう言いたいんですよね・・・?まぁ、確かに、ティーニャが今まで見てきた世界を変えようとしているのは、私ことロリですけど、何となくティーニャが言っているのはそういう意味ではない気がします。

 まぁ、初めて聞く単語ですし、多少理解に齟齬があるのかもしれませんけど。

「フィートさんは身長もそれなりにあるし、確か年もアヴァンちゃんより二つくらい上だし、お姉さん、っていう感じだよね。」

「え・・まぁ、はい・・・そう・・ですかね・・?」

 今度は十二位の話に変わりました。

 確かに十二位の身長、年齢は、私よりも高いです。それに、私の前での性格こそ、あんな感じですが、立ち振る舞いは結構しっかりしていると、クダンさんも言っていました。

お姉さん。納得しつつ、納得できません。

「つまりはね。二人は世に言う、おねロリなんだよ。」

「おね・・?」

 また知らない単語が出てきました。

「ロリだけでも尊い。うん。そこにさらにお姉さん要素が加わるんだよ。世界の問題が解決されるよ?いや、逆に世界の問題をさらに悪化させてしまうかもしれない。もちろんね、もちろん、どちらか単体の方が良いという意見もあると思う。良いと思うよ。趣味嗜好は人それぞれだもんね。それを否定する気は私にはないよ。でもね、私はやっぱり、これが一番だと思うな。こういうのは、結構、ロリ側が、お姉さん側にアプローチを掛けるものが多いんだけどね、アヴァンちゃんの話を聞いてると、そんなことはないんだよね。フィートさんが攻めになってる、つまりはお姉さん側が攻めになってる。アヴァンちゃんが、ロリ側が受けになってる。ジャンルとしては確かに珍しいかもしれないけど、全然ありだよ。新しい分野を開拓していくべきだとは日頃から思っているんだけど、まさか、こうして目の前で起こっているのを見られるなんて思ってなかったよ。それに、なんていうのかな、ロリ側がお姉さん側を少し嫌っているっていうのも、ポイントだよね。ポイントが高いよね。ちょっとぶっきらぼうなんだけど、いいところはあるって認めているところがまたいいよね。こういうのが日を追うにつれて、恋愛感情に変わっていく様と言ったらもう、これ以上に素晴らしいものってこの世界にあるのかな。ないよね。人類は皆これを知るべきなんじゃないかな。そしたらきっと戦いなんてこの世界からなくなるよ。いやでも、別の戦いが起こるのかな。きっとその戦いは、今起こっているものよりも過激になるのかな。もう、尊死だよ。私、こんなの見せ続けられたら、肌で感じ続けたら、尊死しちゃうよ。」

「・・・・。」

・・・。

「ど・・どうしたの・・・アヴァンちゃん・・?」

「・・・・。」

 ・・・・・・?

「ア、アヴァンちゃん・・・?」

「え、あ、ごめんなさい・・。えっと・・ティーニャ・・?」

「う、うん?どうしたの・・?」

「あ、いや、何でもないです。」

 あれ、今、違う人がいませんでしたか?私、ティーニャと喋ってましたよね?大丈夫ですよね、間違ってないですよね?別人がしゃべっているような感覚でしたけど・・・、六位と会った時の、私と話すとき以外の十二位みたいな感じでしたけど・・。

「あの・・アヴァンちゃん・・。」

「は、はい。なんですか?」

「ラレイ・・六位との戦い・・大丈夫なの・・?」

 ティーニャはいつの間にか、ティーニャに戻っていました。

 不安そうな顔で、私を見ました。

「大丈夫ですよ。いろんな人に知られて、戦いを見に来る人もたくさんいるらしいですけど、全く問題ないです。」

「ど、どうして・・・アヴァンちゃんはそこまで強くいられるの?」

 少しだけ顔を伏せながら、ティーニャはそう言いました。

「強いわけじゃありませんよ。弱いままでいることが嫌なだけです。」

「弱い・・ままで・・。」

 師匠のために、クダンさんのために、私に戦い方を教えてくださっている方々のために、私は、少なくとも戦闘という一点において、弱いままではいたくないのです。

 そして、私は師匠のために、私の過去のために、弱い人間でいるわけにはいかないのです。

「私が私らしくあるためには、強くあること、そうでありたいと思い続けて、実践し続けることが前提にあるんです。そうでなければ、私の大切な人たちを、自分自身を、守れませんから。」

「私も・・強くなれるかな・・・。」

「ティーニャ次第ですよ。これから先、何を選択するかですから。たくさんいろんなことを知って・・」

その分多くを諦めて。

「それを自分の中に取り込むから強くなるんです。私もまだまだ弱いので、偉そうなことは言えないんですけどね。」

それもまた、一つの覚悟ですから。


18


「ほんで、なんでうちがおおとりやねん。」

「そういう運びになったんですから、しかたないじゃないですか。」

「そんなもん、君次第でどうにでもなるやろ。」

「嫌でしたか?おおとりは。」

「好きよ。そうしてくれるんは、好き。」

なんとなく十二位の扱いが分かってきた、そんな授業後、そんな屋上です。

明日の戦いに備え、というわけでもありませんが、私は最後に十二位に会いに来ました。会いに来たというか、十二位がいることを見越して屋上に来たら、案の定、十二位がそこにいただけですけどね。十二位は私の心を見透かしていると、そう思っていますが、私は私で、十二位の行動を見透かしているのかもしれません。

「あの時は、十二位が変なことをしていたので言いそびれましたけど、ありがとうございました。本当に。」

「ございました、やないな。まだ、終わっとらへんのやから、ございます、やろ。」

「ふふっ。そうですね。」

 私がそうして笑うと、十二位は不思議そうな、驚いたような顔をして、私を見ました。

「どうしたんですか?十二位。」

「ん?あぁ、君がそういう風にうちに笑いかけてくれるんは、初めてやなぁと思て。」

「・・・そうでしたっけ?」

「笑っとるときは、もちろんあったけど、そうして、安心したみたいに笑ってくれるんは、初めてやな。ふふっ、嬉しいわ。」

 十二位は、私がそうして見せたように、十二位がそう評価したように、安心したような顔で、少し笑い声を洩らしました。思い返せば、私も十二位のこんな笑い方を見るのは初めてのような気がします。

「十二位に言われたこと、少しだけ分かりました。」

「なんかあったか?」

「周りの人に守られている、って言葉ですよ。もともと、そうであることくらい、私もわかっていましたけど、それでも、私の知らないところで、もっとたくさん守られていたんだってわかったんです。なんだか胸がいっぱいです。」

「君の胸はいっぱいやないやろ?」

「・・え?」

「君の胸はなんも詰まっとらんやん。ぺったんこやし。」

「そういう話をしているんじゃないですよ、私は。」

 今、いい話をしようと思っていたのに。十二位を相手にすると、話がどんどん脱線させられるような気がします。そんなに真面目な話がしたくないんですか、十二位は。

「あと、胸はいっぱいやなくておっぱい。」

「そういう話もしていないんですよ、私は。」

「ええやん。えっちぃ話しようや。うち好きよ。」

「それは知ってます。」

「うちがそういうん好きなんは知っとるかもしれへんけど、君はそういう知識ないからなぁ。うちが教えたるわ。」

「遠慮しておきます。そう言うことはおいおい知っていくと思っているので。」

「おいおい?おいおい、そりゃあ、ないで。」

 風に揺られて十二位の赤毛が揺れ、十二位はいつものように上機嫌に笑いました。

 本当にこの人は、楽しそうに私と話をします。

「あ、そう言えば十二位。私は、ろり?なんですか?」

「え?なんや、どないしたん、急に。とち狂ったか?」

「とち狂ってません。ティーニャに言われたんですよ。ろり、がどうとか、おねろり?が何とか。」

「あの子そんな趣味あったんかいな。否定はせぇへんけど、むやみやたらに教えるもんやないで。」

「小さい女の子という意味だって聞きましたよ?」

「間違いではないな。そんでも、その言葉の付加価値にはあんま良くないもんがある。」

「良くないもん?」

「悪く言えば、愛玩動物、みたいな意味やな。」

「愛玩動物・・。でも、十二位、前に私にそんなようなこと言ってませんでした?」

「あれは失言。うちもあの後、一人で反省したねん。」

 十二位は意外と真面目なのです。真面目な話こそしてくれませんし、させてもくれませんが、こうして自分の過ち、みたいなものを、よく反省しています。しばしば、という意味でもあり、とても深く、という意味でもあり、二つの意味でよく反省しています。

「この話題って意外と盛り上がらないんですね。十二位なら食いつくと思ったんですけど。」

「まぁ、好みはそれぞれやし、たまたまってだけよ。ほんでも、食いついたとしたらどうしとったん?」

「それは・・・。」

 食いついてくれたら、きっと楽しいだろうから。

 心の中でそう思いましたが、私はそれを口に出さないことにしました。その理由こそ、すぐには分かりませんでしたが、なんだかんだで、私はやっぱり、十二位とのこの時間が楽しいのでしょう。うすうす気づいていたことです。十二位と過ごすこの時間は、他の誰とも共有できない、二人だけの時間という気がするのです。師匠やクダンさん、レオさんにエマ、それにティーニャや兵隊さんもみんな好きですし、過ごす時間はどれも大切ですが、この時間は、私に何か、大切なものを与えてくれているような気がするのです。

 師匠と二人で過ごしている時とは、また別種の何か。一番大切なのは誰?なんて残酷な質問をされれば、私はきっと師匠を選ぶでしょうけど、その次は十二位を選ぶような気がします。それくらい、私にとって十二位は、フィートはなんだか大切な存在なのです。

「それは・・まぁ、何となくです。十二位なら好きなんじゃないかなと、そう思っただけです。」

「ふぅん。ま、嫌いやないけどね。」

「そういえば、ティーニャが言うには、十二位は「お姉さん」らしいですけど、十二位は兄弟とか姉妹とかいるんですか?」

「おるよ。下に妹が一人。」

「妹さんですか。どんな子なんですか?」

「かわえぇよ。ほんとに。何よりも大切やと自信を持って言える。まぁ、向こうはうちのこと覚えとらんやろうけど。」

 十二位は空に浮かぶ雲を見ました。

「覚えてない・・?何かあったんですか?」

「それは・・あんま話す気せんな。聞かんといてくれ。」

「そ・・そうですか・・。」

 過去に十二位が、話を聞かないでほしいとやめたことは、一度だってありませんでした。へらへらと笑って、話す気もなく私に話を振って、私が話すことをやめることはあっても、聞かないでほしいと言われたことなんて、一度もなかったのです。それほどに、妹さんとは何かあったということなのでしょう。

 ひょっとしたら、その妹さんに不幸があったとか、そういう話なのかもしれません。

「じゅ、十二位?」

「うん?なんや?」

「頼るなら、ですよ?私はいつでもいいですからね・・・。」

「あっははは。なんや、心配してくれとるん?嬉しいわ。」

 そう言って笑いながらも、十二位の顔にはどこか、悲壮感のようなものが見て取れました。

「ま、そのうちな、そのうち。」

十二位は私が悩んでいると、私で遊びながらも、いつも相談に乗ってくれます。私も、その逆ができるようになりたい。十二位が悩んでいるのなら、私は力になりたいのです。それでも、私は待つことにしましょう。十二位のことを信じて、私は待つことにしましょう。

「十二位。少し真面目な話をしてもいいですか?」

「嫌。」

「え、嫌なんですか?」

「真面目な話ってうち嫌いやねん。知っとるやろ?」

「それは、まぁ知っていますけど、なんだかんだで十二位は私の話を聞いてくれますから。」

「なんや、冷たくしてくれや。そうしてくれた方がうちは調子でんねん。」

 十二位は口を尖らせ、少し困った顔をしました。

 十二位の話をいろんな人から聞いて、十二位の像がさらにぶれてはいましたが、それでもこうして十二位のことが、私は少し分かるのです。それが、なんだか誇らしく、嬉しく思えてしまいました。

「普段も、別に冷たくしているわけではないですよ。」

「そやったん?じゃあ、どんな気持ちでうちと接しとったん?」

「それは・・・めんどくさいなぁと。」

「あっははは!それや、それそれ。うちはそれが好きやねん。君から向けられるそれが好きなんよ。」

「変な趣味ですね・・・。」

「悪趣味やと思う?」

「いえ、そうさせているのは私なので。」

「ふぅん。えらい、大人んなったなぁ。」

「大人?」

 十二位の言葉。私を普段から子ども扱い、それもちょっと違う気がしますが、普段の扱いからは考えられなかった十二位の言葉に、私は少し驚いてしまいました。

「そういう考え方ができるんは、大人びとるよ。責任が自分にもある、疑問もなくそう判断できるんは、少しは大人っぽいと思うけどな。」

「まだ、子供ですよ。知らないことだらけですし、知れないこともいっぱいですから。」

「おっぱ・・」

「いっぱいです。」

 十二位相手に真面目な話が出来ません。こういう時の対策ってあるんですかね。真面目な話が出来ない相手と真面目な話をする方法。放っておくは不可です。解決策を求めます。

 まぁ、相談しておいて何なのですが、十二位の場合。

「ほんで?真面目な話って?」

 こうして自分から話題を戻してくれるんですよね。さっきも似たようなことを言いましたが、十二位は謎ではありますけど、分かりやすい人なのかもしれません。

 少し、ふっと笑って、私も話を戻します。

「十二位は、何者なんですか?」

「うん?うちは、フィート。それ以上もそれ以下もないけど?」

「ティーニャから聞きました。十二位もこの学園に転入してきたらしいじゃないですか。しかも、最初は最下位近い順位だったと聞きましたよ。」

「なんや、あの子そんなこと話したんかいな。」

「理由を聞いてもいいですか?」

「なんもおもろいことあらへんよ。気分や、気分。」

 十二位は少し投げやりにそう言いました。

「じゃあ、十二位はここに来る前、何をしていたんですか?」

「なんでもええやん。ここに来る前も、うちはうちやったよ?」

「そうですか。私は奴隷でしたよ。」

「・・・は?」

 十二位は聞き直すように、耳を疑ったように、私を見て、そう声を出しました。

 意表をつきたいとか、一泡吹かせてやりたいとか、そういうことを思ったわけじゃありません。私自身、口をついて出たその言葉に、自分で言ったその言葉に、少し驚いてしまったんです。

 それでも、どうしてか私は、堂々と、冷静に、まっすぐに十二位を見ていました。この人になら、明かしても大丈夫だと言う確信があったのかはわかりません。それでも、起きてしまったこの出来事に安心しているあたり、私の中にはそういう思いがあったのかもしれません。

「奴隷というか、研究対象、実験動物、ですかね。」

「そんなもん、言ってええんか?君もあんま思い出したいことやないやろ?なんでうちにそんな話したん?」

「十二位ならしてもいいかなと思ったんです。理由は聞かないでください。私もよくわかりません。」

 十二位は申し訳なさそうな、悲しそうな、そんな顔をしました。

「十二位は本当に優しいですよね。私が奴隷だったという事実を聞いても、すぐにそうして心配をしてくれる。」

「そらするやろ。今でこそ、奴隷制なんてなくなって来とるけど、奴隷だった事実は消えへんのやから。」

 屋上の柵に背を預ける。赤い髪が揺れる。

「十二位のこと教えてもらえませんか?」

「なんで、そんなうちのこと知りたがるん?」

「十二位は・・フィートは・・大切な友達ですから。」

 フィートはさっきと同じように、それでも、さっきとは全く違う感情を感じさせる表情で、ふっと笑いました。

「恥ずかしげもなく、ようそんなこと言うわ。」

 嘲るようなその表情は、私に向けたものではないと、なぜだかすぐにわかりました。

「うちはな、もともと話し相手やってん。」

「話し相手?」

「対象が壊れへんように、意識を保ち続けさせるために、その対象と話し続ける。そういう役割を与えられとった。」

 眉間にしわを寄せ、どこか遠くを眺めるように、目を細める。

「嫌なもんたくさん見てきたわ。それでもうちは、それが普通やったから疑いもせんかった。でもな、それが間違いやって、教えてくれた人がおった。まぁ、教えたというより、うちが勝手に教わっただけやけどな。」

「その人は・・どんな人だったんですか?」

「よう知らんよ。うちが勝手に知っただけやし。でも、うちがここにおるんは、その人のおかげやな。」

 懐かしむ顔が、その人のことなのか、フィートの過去のことなのか、はたまた妹さんのことなのか、私にはわかりませんでした。

「ま、ええんや、そんなことは。明日の戦いにでも備えるんやな。」

 十二位は半ば強引に、話を終えました。

「負けるつもりなんやろ?明日。」

「え・・、どうして知っているんですか?」

「そりゃあ君の考えることくらい、何となくわかるでな。」

「フィートは本当に私の心が読めるんじゃないですか?」

「ははは。君のことをよう見とるから分かるだけよ。」

 フィートはそう言って、そう笑って、私の頭に手をのせました。

「明日。君の目的が果たせるように、祈っとるよ。」

 私の頭を撫でるその手に、懐かしさを感じた理由が私にはわかりませんでした。


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