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私の、そして、彼女の戦争  作者: 水金 銀
1/4

(1-1)

side:アヴァン

 

 1


奴隷制度。

随分昔からこの世界に浸透し、受け入れられている制度。

人を人として扱わず、それがただの人間であれ、能力を持つ人間であれ、その身分に堕ちたものは二度と人間として扱われることはない。

疑問に思わないのか。もし自分がその身分に堕ちたらどうなるのかを考えないのか。その身分に今いる人たちが何を思って、何に希望を見出して生きればいいのかも分からない。そんな状況にあることも考えつかないのか。

奴隷は多くの場合、労働力として使われる。

使い捨ての労働力として、死ぬまで労働を強いられ、死んだところでまた新たな使い捨ての奴隷がそこに投入される。

貴族たちに、殴り、蹴り、痛めつけられ、時には生きたまま腕や足をもいでいき、いつ死ぬのかを賭ける。そんな娯楽として、遊び道具としても使われる。

でも、それだってしょうがないのかもしれないと思う自分もいる。この制度があまりにも当たり前に浸透してしまっているから、その身分にある人間を卑下することで自分という人間を保ち、自己の向上を行おうとする。有効に使ってやろうと考えるのも当たり前かと、そう考えてしまう自分もいる。

だから殺す。それが間違いであるという認識なんて俺には植え付けることができない。そこまで賢くない。だから、もしそれを行うのであれば俺に狙われるようになると、俺が殺しに行くと、恐怖を覚えればいい。奴隷制をやめさせられればそれでいい。手段なんて、なんでもいいけれど、俺がとれる一番効果的な方法がこれだ。だから、こうして今も、殺し続ける。

国潰し。

そんな名前で呼ばれるようになったのはいつからだったろうか。奴隷制を採用している国を片っ端から潰し、この世界からそれをなくす。それを目標に今もこうして殺人を行っている。いつもと違うのはここが国ではないということ。奴隷たちを集め、何かは知らないが、人体実験を繰り返している地下施設。研究者も、施設の用心棒も、等しく殺して回っている。

気づくと俺の手は、衣服は、耳を覆い隠すほどに伸びた灰色がかった髪は、赤黒く染まっていた。返り血をここまで浴びるほどには殺して回っていたらしい。返り血を浴びてしまうほどには雑な殺し方をしているらしい。それでもここに自分の血が含まれていないのだから、俺の戦闘の感覚は鈍っていないんだなと、そんなことを考える。まぁ、貰い物の、雷の形をあしらったピアスが汚れていないだけ良しとするか。髪に隠れているから、よっぽど汚れないだろうけど。

殺しになると、意識があまり定かではなくなってしまう。素面で殺して回れるほど、俺は人間をやめていない。いや、殺人を行っている時点で俺も立派に人間なんてやめているのか。こんな戦争だらけの世界では、殺人も正当化される。それでも、明確な目的があるとはいえ、殺人を俺はあまり肯定したくない。言っていることと、やっていることがまるで異なっているけれど、それでもこの感情だけは今も忘れないでおきたい。いつか、誰も殺しなんてしなくてもよくなった世界に、少しでも馴染めるように、俺は俺でいたい。あるいは、その時に明確な悪でいられるように、これ以上の悪を増やさないために、俺は悪でいたい。

悪が必要なら、俺は喜んでそれになろう。

「おう、ノルン。ずいぶん暴れてるみたいだな。」

後ろから、返り血の一つもついていない男が話しかけてきた。

 こいつの名前は朝日蓮花。黒髪の短髪で、上下真っ黒の衣服。肌以外の場所はすべて真っ黒に染めている。その理由は特にないらしい。蓮花なんて言う女らしい名前だが、顔も髪型も、口調も男っぽさがずっと勝っている。ちなみにこいつに返り血の一つもついていない理由は、こいつの強さゆえだ。返り血がつくような戦い方をしない。俺だってその気になればこれくらいできるが、奴隷商を相手にするとどうしてもこうなってしまう。いちいち汚れないよう気にしているくらいなら、最初から汚れきってしまった方が戦いやすい。

 それと、こいつが呼んだから分かっただろうけど、俺の名前はノルン。女顔だとよく言われる。別にそれに文句もないけど、声は低いし、体格だってそれなりにいいのだから、女顔だと違和感しかないだろうと思う。しかし、俺の知り合いからすれば、そう思っているのは俺だけで、声も体格も顔も女に近いらしい。男らしくなりたいわけじゃないから別にいいけど。だからと言って女らしくなりたいというわけでもないが。

「もうちょっとちゃんと戦えよ。服汚れるだけだぞ?」

朝日は俺の周りに無数にある死体を、飛び散った肉片を、血液を眺めながら笑う。

足を振り上げ、倒れ込んでいた兵士の頭蓋を踏み潰す。

「おい、こいつ生きてたぞ?ちゃんと殺せよな。」

「知ってるよ。でも、反撃してくる風でもなかったからいいかなって。」

「何が危険か分かんねぇんだから、殺すに越したことはねぇだろ。」

「うん。そうだね・・。そういえば、朝日、弟子作ったんだって?」

「それ今しなきゃいけない話か?」

「ちょっと気になって。レゼ、だっけ?」

確かにこんな戦場でしなきゃいけない話ではないと思うけど、多少なり、日常を感じておきたい。日常から離れた場所にいるときは、こういう話が結構重要だと思う。

そもそも朝日は戦闘狂だし、弟子を取るなんて、そんな面倒な真似しないと思っていた。どちらかと言えば、こっちの方が理由としては正しいかもしれない。

「あぁ、そうだよ。レゼ。」

「ここには来てないのか?」

「こんなところに連れてこれるほど、まだ強くねぇよ。」

「ふぅん、そっか。」

 朝日の弟子。いつか見てみたいな。

「こっちの棟はお前に任せようと思うけど、それでいいか?」

「いいよ。俺一人で十分だし。」

「だからと言って、油断するでないぞ。お主も分かっておると思うが、もう儂の能力の期限が来とるんじゃからな。」

 頭の中で女性の、声質は女の子の声が響く。あの人は見た目も女の子だから、口調は古めかしいけど、別に女の子の声でもいいか。頭の中に響いた声の正体。それは、ヨツメさんの能力。離れていても脳内で会話ができる能力。テレパシーと思ってくれれば、多分それでいい。しかし、二四時間ごとにヨツメさんに触れることで更新しないと、それもできなくなってしまう。ヨツメさんに最後に触れてから、もう二四時間が経過しようとしていた。大きな地下施設ではあるが、攻略にそこまでの時間はかけていない。更新していないのはただの俺の怠慢だ。何の実験をしているのかも分からない。そんな施設。きっとヨツメさんに聞けば分かるのだろうけど、正直そんなことどうでもよかった。ここが奴隷を扱う施設である以上、殺すだけだ。研究所の目的なんてどうでもいい。

「朝日。お主はそのままB棟へ向かえ。ノルン。お主はそのまま進むか、儂の能力の更新をしにこい。」

「能力の更新はいいですよ。何か問題があるわけでもない。」

「ヨツメ。B棟って敵はどれくらいいる?」

「まだ手付かずじゃから、それなりにおるよ。お主が満足できるような相手はおらんじゃろうけどな。少なくとも、ノルンが進もうとしておる方よりは多い。」

「ならいい。」

 さっきも言った通り、朝日は戦闘狂だ。戦いが好きで、強い奴との戦いをより好む。かなりの有名人で、世界最強の名前を冠しているほどには強い。かくいう俺も、朝日が言うには、朝日に匹敵するほどには強いらしい。それもたいして興味はないが、自分の強さが、奴隷制度の廃止に役立つのなら、俺は喜んでこの力を使い、この名がその抑止につながるのなら悪名でも轟かせてやろう。

「それじゃあ、ノルン。俺はB棟とやらに行くからな。」

「うん。気を付けて。」

朝日は真横の壁を殴りつけ、それを破壊し、そのまま先へと進んでいった。道がないなら作ればいいと、いつだったか、朝日が言っていたような気がする。実際に見ると豪快な移動方法だ。俺もたまにやるから、人のことは言えないけど。

「気を付けるのはお主もじゃぞ、ノルン。お主の実力はよく分かってお・・・。」

 声が途切れる。どうやら能力の時間外になったらしい。こんなにギリギリならもっと早くに更新の話をすればよかったのに。言われたところで行かなかっただろうけど。

遠くで爆発音のようなものが聞こえる。朝日が道を作っているらしい。それでもさっきより静かになった。

俺も移動する。倒れ込み、それがもう何人なのか分からなくなっているほどに混ざり合った死体を跨ぎながら、踏みつけながら、先へ進む。足を置くたびに血液が跳ね、水たまりを踏んだような音が響く。

廊下の先にある扉を開け・・。

ガガガガガガッ。

銃の音。扉が開くのを待っていたらしい。俺を狙って発砲する。扉を開けた俺をハチの巣にでもするつもりだったのだろう。しかし、残念なことに銃は俺には効かない。

「なっ・・なんで銃が効かないんだ!!」

兵士の一人が叫ぶ。すぐに銃が効かないと判断できたところは称賛に値する。見たところ十人ほど。その後ろにもいることを考えると、おそらく十五人。いや、十六で確定だな。

「狭い廊下で銃なんて、逃げ場はないけど、全員が発砲できるわけでもないだろうに・・・。」

 ぽつりとつぶやく。聞かれたところで何にもならないし、それを俺が理解したかったわけでもないが、無意識的に言葉が出る。

 ガガガガガガガガガッ。

 さっきよりも数発多い銃弾が俺に向かって飛んでくる。さっきので学ばなかったのか。あるいは、何かの間違いだと確認をしたかったのか。どちらにせよ俺に銃は効かない。いや、正確には銃弾が当たらない。事実、発射された銃弾は俺への距離を随分と残して空中で停止している。

「返すよ。お前らのだろ。」

指を鳴らし、空中で停止した銃弾を返す。俺に向かって放たれた速度よりもずっと早い速度で。兵士の体を貫き、赤い血を飛ばす。倒れ込みうめき声をあげる。

「まだ生きてるのか。当たり所が悪かった・・いや、よかったのか?」

 うめき声をあげる兵士のもとへ近づき、そばでかがむ。首元に手を当てる。

「あっ・・アガッ・・グッ・ゴ・・。」

 息絶える。

こんなに丁寧に殺さなくてもいいか。もっと乱雑にやってしまえばいい。朝日に乱雑だと言われたことを気にしているみたいで癪だし。

「お・・お前、まさか・・・雷帝・・か?」

運がいいのか悪いのか、生き残った兵士が、息も絶え絶えに言う。

雷帝?あぁ、そんな風に呼ばれたこともあったな。最近は国潰しと呼ばれることが多かったから、忘れていた。雷帝。雷の皇帝。俺の能力をそのままに表した二つ名。国潰しと同じで、いつからそんな風に呼ばれるようになったのかは覚えていない。いつの間にか、だ。

 俺の能力は雷。電気と言った方が近いかもしれない。まぁどちらの要素も持っているし、似たようなものだからそのどちらかで、あるいは両方で、理解しておけばいい。俺に銃弾が通用しない理由は電気で想像した方が分かりやすいかもしれない。銃弾は鉄。だから電気、その磁力を使って銃弾を止めることができる。そして跳ね返すこともできる。ただそれだけの話。

「なんで・・雷帝がっ・・。」

「別になんでもいいだろ。俺がそうしたいと思ったからだよ。」

まだ少し息のある兵士に向け手をかざす。そして、轟音を、雷鳴を響かせる。飛び散った肉片が、血液が、俺の服に、顔にかかる。こういう攻撃に関しては雷の能力と理解した方が良いのかもしれない。

廊下を進む。殺す。階段を降りる。殺す。似たようなことを何度か繰り返す。

汚れ切った衣服は、もう汚れる隙間すらないほどに色を変えていた。元の色なんて覚えていないが、こういうデザインの服として見た方が良いかもしれない。

滴る血液が体を重く引っ張っているように感じる。足取りが重くなる。きっと、この服のせいだろう。

階段を降り切ったのか、目の前に鉄製のドアがあらわれる。鉄のドアなら、俺の能力で簡単に吹き飛ばせる。さっきの銃弾と同じ要領で磁力を使って、扉を吹き飛ばす。

左右には鉄格子。その中には所狭しと人が詰め込まれていた。手に、足に、首に手錠が掛けられ、ぼろきれのような衣服を身にまとっている。何人いるのか、それすら数えるのが面倒になってしまう。五十人。多分それくらい。同じような鉄格子が四つあるから、すべて合わせておそらく二百人くらいだろう。子供が多いように感じる。見た目でしか分からないが、一番年上でもおそらく二十にも到達していない。まぁ、見えないところにもっと年を取ったやつがいるかもしれないから、これも憶測。

鉄格子の扉に手をかける。鉄なら・・・もう言う必要もないか。

そこにいる彼ら、彼女らは俺を見て怯えた顔をしていた。血まみれの俺を見ればこんな顔になるのも当たり前だ。別に感謝されたいからこんなことをしているわけでもない。こんなものただの自己満足だ。怯えるなら怯えればいい。怖いなら、泣き叫べばいい。それでも誰も、そうすることはしなかった。きっと、そんなことすら許されなかったのだろう。同情する。それでも、俺の目的は果たさせてもらう。

「今この場所は、襲撃にあってる。だから、逃げるなら今のうちだ。ここで死ぬのか、この先、別の生き方を選択するのか。それはお前らが決めるといい。逃げるなら、居場所は保証する。残るなら・・・まぁ、好きにすればいい。」

 襲撃にあってる、なんて人ごとみたいな・・・。襲撃しているのは俺だろうに。

 ほかの鉄格子。その先にいる奴隷たちにも同じことをする。同じことを言う。一人、また一人と、少しずつ、檻から出て、俺が吹き飛ばした鉄の扉から出ていく。

 血まみれの死体とか、死体かどうかも分からない死体とかあるけど、大丈夫かな。そういう配慮くらい、少しはした方がよかったかな。

 今更そんなことを思ったって仕方がないか。あいつらがここにいるよりはずっとましだろう。そう思いながら俺はさらに先へと進む。どうやらここが奴隷たちの保管場所のようで、どれだけ先に進んでも同じような場所は見つからなかった。それでもあの場所に二百人近く奴隷がいたのだから、研究施設、実験施設というのは馬鹿にならないなと思う。

 ただ一つだけ。他の場所よりもずっと厳重に閉じられた扉があった。鉄の扉でもない。何かもっと、別種の強力な素材でできた扉。

磁力じゃあ開けられないな。しょうがない。こういう時は朝日を見習おう。

 扉を吹き飛ばす。俺がやったことは思いっきり扉を蹴っただけ。強力な素材だとは思っていたが、案外簡単に吹き飛ばすことができた。こういうところを朝日やヨツメさんは強いと言っているのだろうか。朝日ならもっと楽に吹き飛ばしそうなものだけど。

「なっっ・・!なんだっ、この臭い・・!」

 扉を吹き飛ばし、まず感じたこと。それはあまりの異臭だった。顔をそむけたくなるような、鼻が曲がるような、その場からすぐに立ち去ってしまいたいと思うような異臭。俺はこの臭いをよく知っている。そんな俺ですら、この臭いのもとには長居したくない。そう思わせるには十分すぎるほどの濃密な、異臭。

 鉄の、血の、肉の、混ざり、そして腐った臭い。今の俺に、返り血にまみれた俺に、そんなものに匹敵するなんてものじゃない。まるで別種の臭いと言った方が良いのかもしれない。

 それでも俺はその先へと足を踏み入れた。純粋にこの臭いの正体が気になった。ここは何かの実験施設だということは知っていたから、その実験が何なのかが気になってしまった。そんなものに興味がないと思っていた俺ですら、この異臭の元には、興味を惹かれてしまった。いや、引かれざるを得なかったんだと思う。こんな異常な、異質なものを封じ込めて、何をしたかったんだと。奴隷を使って何をするつもりだったんだと、純粋な怒りがそこにはあった。それすらこの異臭のもとには理解するのに時間を要したけれど。

 真っ暗な中を進む。足を踏み出すたびにびちゃりと、さっきも聞いた音がする。先へ進むほどに臭いは強烈なものに変わっていく。暗闇に慣れた目は、壁に染みついた何かの液体、何かの塊を映し出すようになっていた。

 不意に足に何かが当たる。よく見るとそれは人間の腕だった。自分のものと比べると随分と小さい。子どもの腕くらいの大きさ。右腕。小指と人差し指が欠けている。周りを見ると似たようなものが、数えられないほどに転がっていた。

 それは、左腕でもあり、指だけでもあり、あるいは足であり、眼球であり、首であり、そして何かも分からない、原形もとどめていない何かだった。

 胃の中にある何かが、逆流してくる。吐き出さぬようにこらえる。今までいろんな戦場に参加してきた、いろんな戦場を作ってきた。それでもここまでのものはただの一度だって見たことはなかった。

 能力を使い、手元を照らす。俺の能力は雷、電気なのだから、目が慣れるのなんて待つ必要がなかったのに、俺は今になって能力を使った。それほどに俺を動揺させるには十分な状況、部屋だった。

 先へと進む。たいして大きな部屋でもないだろうに、その一歩は、先へ、と言わせるほどには重たいものだった。電気を飛ばし部屋全体を明るく照らす。赤い部屋、その描写も間違っている。ここは黒い部屋だ。血が乾き、腐食したその場所は赤くなんてなく、ただただ黒い物体が、黒ずんだ何かがそこかしこに転がり、何かの虫が湧いている部屋。

 そんな部屋の先に、おそらくはこの状況を作るきっかけになった存在がいた。

 椅子に座り、両の手足を椅子から出た拘束具で固定されている。その背後には大きな何かの機械があり、そこから出ているコードはその椅子につながり、そして椅子に拘束された存在の背中につながっていた。

 うっすらと目を開ける。俺を見る。生気のない、死んだような、血まみれの、虫の付いた顔。

 俺を見て。これも少し違う。見てと言うよりは、ただ音に反応しただけのような動作。

少女は、言葉の一つも発しなかった。

 俺もまた、何も言わなかった。

 何も、言うことができなかった。


 2


 ・・・。

 ・・・・・。

 むにゃむにゃ。

 うーん。

 ・・・。

 ばちーーーーーん。起床!!

 ベッドから飛び降ります!

 カーテンを開けます!晴天!雲一つない快晴!と、言いたいところですが、多少の雲を確認!それでも快晴!

 寝室の扉を開けます!誰もいません!ならばつまり!これはそういうことですね!

 玄関の扉を開けます!

「おはようございます!師匠!」

「あぁ、おはようアヴァン。朝から元気だな。」

「朝から、ではなく、私はいつも元気ですよ!」

 師匠は少し困ったように、私を見て笑います。

 お初にお目にかかります。初めましての方は初めまして。初めましてじゃない方も初めまして。そもそも初めての方しかいないんですから、初めまして以外はありえないんですけどね。ですが、ありえないという言葉を私は嫌っているのです。ありえないなら、ありえるまでやってやろうと言うのが信条にあります。嘘です。適当なことを言いました。反省してます。それはもう海より高く、空より深く。・・・逆でしたっけ?そもそも空じゃなくて、山でしたっけ?まぁ仮にこれが正しかった場合、海より高い場所ってどこなんでしょう。それはあまりにもたくさんありますから、海より深く反省することよりもずっと反省の意思を表していることになるのではないでしょうか。海より深くとはいってもそれは結局この世の範疇を出ないのでしょうし、海を深く行き過ぎてしまえば、それは反対側の海に出るだけですから、やっぱり海より深くというのはそこまでの反省を示せてはいないのではないでしょうか。だったら、この世界に広がる空を例えて、その先に広がる宇宙を例えて、海より高くと言ってしまった方が、反省の色は示せるのではないでしょうか。まぁ、空より深くの方はこの理論が通用しないような気もするんですけどね。海だけに許された理論ですね。これはこの世の問題を何か解決してしまったかもしれません、適当なことを言っているだけですけど。格好よく言えば戯言というやつですね。

 まぁ、それは置いておきましょう。自己紹介も終わっていないのにこんなに話を脱線させるのはよくないですね。初めまして、初めまして。私はアヴァンと言います。カタカナの「ア」に「ウ」に濁音をつけて、小さな「ァ」にとどめの「ン」でアヴァンです。師匠からいただいたありがたい名前です。私が何歳なのかは私も知りません。師匠が言うには十一とか十二とかその辺、とのことらしいです。一応は十二ということになっています。元気いっぱいです。体内に有り余るエネルギーをどこに放出しようか迷った結果、このようなことになっています。もっとほかの何かに向ければいいじゃないかという意見も出ることとは思っていますが、残念なことに私の頭ではそれも思いつかないのです。それにこうして元気なこともいいじゃないですか。子どもは風の子元気の子と言いますし。風のように暴れまわり、元気のように・・・元気のように?風のようにと肩を並べていいんですか、元気というのは。だったら子どもは風の子、海の子の方がよくないですか?自然現象と人間の感情を並べるのはいまいちな気がするんですけど。子供は風の子。つまりは風のように元気よく、走り回る。子どもは海の子。つまりは海のように未来が広がっている子。素晴らしい考え方じゃないでしょうか。これはまた一つこの世の問題を解決してしまったのかもしれません。決め顔をしておきましょう。キラーン。

 なんだか馬鹿っぽく見えてしまうことも甘んじて受け入れましょう。私の心は海のように広いのです。海って便利な言葉ですね。例え話にはもってこいのものなのではないでしょうか。海ほど多くの例えがされているものがこの世にはあるのでしょうか。ありそうですね。すぐ思いつかないだけで。ここはひとつ、そのことについて私の乏しい知能を使って考え、海のように深く掘り下げてもいいですが、今日のところはこの辺りで勘弁してやりましょう。私の心は海のように・・・以下省略。

以下省略って便利な表現ですよね。その先にある言葉が分かっているだろうから、もう言うことをやめる。とんでもなく怠惰なことですよね。以下同文とかもですけど、やる側は楽に済むからよくっても、やられた側は何を言うつもりなのか分からなかった場合に、もやもやするだけですよね。それを分かるところで切るからこそのあの言葉でしょうか。ふむふむ。便利なものは使って行くべきだとは思いますが、それによってないがしろにされていいものがあるべきではないですよね。これはまたこの世の問題を・・・以下省略。

さてさて、話が一転、二転、三転の天手古舞になったところで話を戻しましょう。戻す話も特にありませんが、師匠の話でもしましょう。師匠は師匠です。本名をノルン、と言います。私も昔はノルンさんとお呼びしていましたが、ひょんなことから、師匠呼びをさせていただく運びとなりました。右耳に、いつもきれいな、雷の形をあしらったピアスをしています。師匠はこの国で電気技師をしています。いろんな人からの依頼を受けて、電気工事もろもろを請け負っているのです。私も時々そのお仕事にご一緒させていただきますが、私は電気関係のことはまるで分からないのです。師匠に詳しく聞きましたが、あんまり理解が出来ませんでした。また、分かるようになったら説明するよ。少し笑ってそう言った師匠の顔が今でも浮かびます。分かるようになるのが一体いつになるのかわかりませんが、私も理解ができるように頑張っています。今のところその成果はほとんどないんですけどね。まぁ、継続は力なりと言いますから、継続したことが力になるのか、継続そのものが人生的な意味で力になるのか、あるいはその両方なのかわかりませんけど、きっと役に立つでしょう。師匠における、あらゆる弟子で私はありたいのです。

師匠と私は別に血縁関係があるわけではないです。しかし私たちは家族なのです。家族とは血縁関係の上に成り立つものではないといろんな場所で学びました。

 師匠と私の関係の始まりですか?話したくないですし、思い出したくもないです。はは。

 そういえば、「は行」の中で唯一「ほ」だけ笑い声に含まれていなくないですか?もちろん「おーほっほ」なんて言う笑い方はありますけど、それだって「お」がいないと成り立たないですよね。他のものなら一字で成り立つんですけどね。「ほ」だけ仲間外れなんて、なんだかかわいそうです。ほほほ。

 ということを話しているとまた脱線してしまうので、というかもう脱線しているので、ここは話を広げたい気持ちをぐっとこらえて、戻る場所もない話へと戻りましょう。

 師匠の容姿とか話しておきますか?かっこいいですよ。師匠のご友人の何名かに会って話すと、師匠はどちらかというと美人。そのように言う方が多かったですが、私は自信をもって言いましょう。師匠はかっこいいのです。それはもう例えるものがないくらいに、です。私の乏しい脳では表すことができません。この脳内を恨むこととしましょう。

「アヴァン。にぎやかなところ悪いんだけど、俺は今から仕事に行ってくるから。」

 私の頭の中をノンストップでよく分からないことが駆け巡っているのを師匠は見抜いているようです。さすがは師匠ですね。

「仕事ですか?まだ朝は早いですよ。一日が開始を告げた直後ですよ。」

「お前にとってはそうだろうけど、俺にとってはもう一日が始まってずいぶん経つんだ。」

「それにしても早くないですか?朝はゆっくりしたいといろんな人が言っていました。」

「そういう人もいるだろうけど、俺はそうじゃない。朝から活動的になりたいの。」

「じゃあ、いつもの師匠補給をさせてください。」

「そんなのやったことないだろ。初めて聞いたよ、俺の補給なんて。」

 師匠の行く手をふさぐように私は師匠の前で、両手を広げます。

「ここは通しませんよ、師匠。」

「俺を通さないなんて、できると思ってるのか?」

師匠は少し体勢を低くします。

 じりじり。

「おりゃー!」

そのまま突進です。策を弄せず、無策の強硬。猪突猛進。無鉄砲・・は違いますかね。

予想通り、師匠を簡単に捕まえることが出来ました。師匠と私の浅からぬ仲ですからね。師匠が私の突進を避けようとしないことなんて想像することは容易なのです。師匠がどうして私の突進を避けなかったのか。よけようと思えば師匠は簡単によけられます。私の突進を避けることなんて師匠にとっては朝飯前なのです。実際には、言語的な意味合いではなく、現実的な、実際に行った行動としては朝飯後だとは思いますが。しかし師匠は私の突進を避けなかった。それは単純によける気がなかっただけなんですよね。私の突進の成功は、つまり師匠に抱き着くことを意味するのです。私のその意思を察して師匠は避けようとしないのです。そんな師匠のことを私は今日も大好きです。

「アヴァンも早く準備しないと学校遅れるぞ?」

 抱き着く私の肩に手を回しながら、師匠は言います。

「え、本当ですか?」

「もう七時半になる。」

七時半。学校に間に合うためには八時にはここを出ないといけません。

「朝ごはんは作ってあるから、適当に食べて、遅れないようにな。弁当も忘れないように。それと、授業が終わったら、家じゃなくてクダンのところに向かってくれ。」

「クダンさんのところですか?」

「うん。久しく来てないから、来いってさ。」

「分かりました。じゃあ、授業が終わり次第向かいますね。」

「うん。それじゃあ行ってくるよ。」

「はい!行ってらっしゃいです、師匠!」

 お仕事に、どこかの電気配線の修復に向かった師匠を見送り、私は家に入ります。本日の朝の師匠補給は成功です。

私も学校の・・・以下省略。

・・・なんちゃって。ちゃんと言いますよ。

私も学校の準備をしないといけないですね。


 3


 ミリト。

 それが私と師匠の住む国の名前です。そこまで大きな国ではありません。のどかな場所もあり、発展した場所もある、そんな国です。私と師匠は国の中で一番栄えている所から、かなり離れた、国の端っこに住んでいます。そこは、周りを木々に囲まれたのどかなところです。周りに私たち以外の家はありません。なので、すごく静かなところです。

 世界では、いろいろなところで戦いが起こっているそうですが、この国、ミリトはそれに巻き込まれることが滅多にありません。というのも、この国は、世界でも有数の軍事力を誇ると言われているからだそうです。そこまで大きな国ではないけれど、とても強い力を持っている。だから、防衛が簡単で、巻き込まれることもないんだと、私はそう予想しています。

 私は師匠に戦い方を教えていただいています。国が巻き込まれることは少ないけど、こんな世の中だから、自分の身の守り方は知っておくといい。ということで戦い方を教わっています。まぁ、それを提案したのは私なんですけどね。その関係で私は師匠のことを師匠と呼んでいるのです。

師匠は自分ではあまり言いませんが、かなり強い人です。師匠に戦い方を教わって、その強さは実感していますが、それでも、かなり強いというのは別の方からお聞きしています。今は、前線を引いてしまっているけれど、師匠の名前は戦いの抑止力になるほどの名前だったそうです。ならば、師匠もこの国が世界有数の軍事力と呼ばれていることに貢献しているのではないですか?と、一度聞いたことがあります。ですが、師匠がこの国にいることはあまり多くの人が知っているわけではないらしく、この国の軍事には、師匠はほとんど関与していないそうです。私たちが、国の端っこに住んでいるのもこの理由で、師匠はあまり目立った動きはしたくないそうです。国が襲われれば、手助けはするけど、手助け程度のことしかしない、という師匠ですから、軍事には関係がないという師匠の言葉には嘘はないんでしょうね。そもそも嘘だなんて思っていませんけど。どうして前線を引いたのかも聞いてみましたが、戦いがもともとあまり好きではなかったそうです。それでも戦わなければいけない理由があったから、師匠は前線に立っていたのです。

軍事と言いましたが、とても強い兵器があるわけでもありません。ひょっとしたらあるのかもしれませんが、この国は兵隊さんがとても強いそうです。ちなみに師匠はそのトップの隊長さんと仲がいいです。私も何度か、数えられないくらいにはお会いしています。隊長さんは名前をクダンさんと言います。朝の師匠との会話で名前が挙がった方ですね。女性です。最強の軍事力を持つ国のトップが女性だなんてとてもかっこいいですよね。まぁ、師匠の方が強いそうなんですけど。その関係で時々師匠は訓練として、戦闘を教えに行っています。だからこの国の兵隊は強いんだと、クダンさんは言っていました。私の師匠なのにずるいです。私も負けじと、兵隊さんと戦っています。兵隊さんを一度に四人までなら相手にできます。ですが、師匠やクダンさんは一度にすべての兵隊さんを相手にできます。ちなみに三十人くらい。国の兵隊さんとしては数が少なすぎないか?と思われるかもしれませんが、ちゃんと理由があります。それはまた別の機会に。私もいつか師匠やクダンさんのように、すべての兵隊さんを一度に相手できるようになりたいです。四人も相手にできるなら十分、いや、十分すぎるくらいだ。と師匠は言っていますが、私はいつか師匠よりも強くなって、師匠を守れるくらいには強くなりたいんです。そのためには私が、私の能力を使いこなせるようにならないといけないんですが、師匠は私が普段から能力を使うことをあまり良しとしていないんですよね。私もあまり使いたくないので、それはいいんですが、それでもこの能力を使いこなせるようにならないことには、師匠とクダンさんに追いつけないような気がします。しかし悲しいことに、師匠は兵隊さんと戦うときに一切能力を使わないんですよね。体術のみで兵隊さんを倒すんです。それはもうバッタバッタと。だから私が能力を使って、兵隊さん全員を相手にしたとしても、師匠には届かないような気がします。体が小さいからとか、力が弱いからとか、そんなことは言い訳にしたくありません。師匠と比べて足りない部分があるのなら、私はそれを補うような戦い方を模索していきたいのです。

ちなみに今私は登校途中です。上る太陽に向かって、私の道を照らす太陽に向かって、進みます。普通に歩けば片道一時間。学校の開始は八時半です。なので、さっき言っていた八時に家を出るでは、到底間に合いません。ならばどうして間に合うのか。それは私が、朝から猛スピードで走っているからです。時速何キロか知りませんが、我ながら足は速いと思うのです。なので、片道一時間を三十分足らずで登校することができます。そうはいってもギリギリなんですけどね。家から学校までの距離を測れば計算で私の走る速さを導くことができるかもしれませんが、面倒だからやりません。決して、計算をできる自信がないからというわけではありません。距離を測るのが面倒なだけです。本当です。制服だとスカートなので走りにくいです。スカートでなければもう少し早く走れると思うんですが、これもきっと言い訳ですね。弘法筆をなんとやらと言いますから。ちょっと違うかもしれませんけど。

もっと早く起きればいいという意見もあるかもしれませんが、こうしてギリギリを進むことで、私は自分の限界と戦っているのです。戦うためには、まずもって体力が必要になります。なので、走っているということもあります。瞬発力を鍛えるという意味でも走っています。あとは、というかこれが大体の理由ではありますが、私朝は弱いんですよね。元気に起きることはできますけど、起きられるかどうかは別の話です。覚醒してしまえば、元気いっぱいですが、覚醒しなければずっとぼやぼやしているだけです。それでも朝、師匠を見れば元気になります。師匠パワーですね、これが。

どれが?と思った方。頑張って考えてください。

というわけで私は今日もギリギリで登校、かと思いきや、今日はいつもより調子が良かったのか、始業までの時間をかなり残して登校することが出来ました。これは私の登校記録を更新したかもしれないですね。息は荒れています。ゼェゼェのハァハァです。息を整えつつ教室へ向かいます。

ミリト中央学園。

それがこの学校の名前です。私はその中等部に属しています。他にも初等部と、高等部があります。私は中等部で転入したので、初等部の雰囲気はよく知りません。ちなみにですが、どこに属するかで男の子はネクタイ、女の子はスカーフの色が違います。初等部は緑。中等部は青。高等部になると赤になります。もう一つ、ちなみに。編入試験の勉強も師匠が教えてくれたんです。師匠は戦いも強ければ、頭もいいのです。私の移動速度も師匠に聞いたらあっさりと答えが得られそうですね。私は師匠に勝てる部分があるのでしょうか。それも頑張って鍛えるしかないですね。

学園の教育目標は文武両道だそうです。この武は戦いの武です。世界有数の軍事力を持つ国家だ、なんて言われているからなのか知りませんが、週に三度戦い方を学ぶ授業があります。正直、師匠に戦い方を学んでいる身としてはあまり真面目に受けられません。というのも、師匠や、兵隊さんと戦っていると、学校の人たちがとても弱く見えてしまうんです。なので、あまり力を入れすぎると、大怪我をさせてしまうかもしれないので、真面目に受けられない、というよりは受けるわけにはいかないんです。とはいえ、何が自分を強くしてくれるのか分からないのですから、全力で、それでもやりすぎないよう力をセーブしながら授業を受けます。動きの基本を確認するという意味で受けると、初心に戻れているような気がするので、全く意味がないということはないです。師匠からもあまりやりすぎないように、と言われているので、細心の注意で取り組んでいます。

ちなみに半年に一回、学園内で戦いの順位を決める大会があります。確か生徒数は約千人ほどですが、私は五百十二位に位置しています。本気でやったらどのくらいになるのかわかりませんが、本気を出す気もないので、この順位でいいのです。私の強さは師匠や、クダンさん、兵隊さんが知っていますしね。

六階建ての校舎。その五階に私の教室はあります。片道一時間を三十分足らずで走った後に五階まで登るのはなかなかの苦行ですが、これも私の体力不足が故です。五階まで上がり、他の生徒さんに挨拶をしながら、教室の扉に手を掛けます。

「あれ?アヴァン。今日は早いんだね。」

 扉を開けるよりも早く、声を掛けられました。

「エマ!おはようございます!」

「朝から元気だね。いつものことだけど。」

 この子はエマ。私の同級生で、私と同じクラスにいる女の子です。とってもかわいい女の子です。エマに可愛いと言うとなぜか怒られます。エマが言うには、私は可愛い枠じゃなくてかっこいい枠になりたいんだと言っていました。身長は私よりも高いです。私の身長が確か百三十五くらいですが、エマは私よりも十センチ高い、百四十五くらいです。黒い髪を短く切っているので、見た目で言えばかっこいいのですが、女の子らしい部分もあるのでやっぱりエマは可愛いのです。

「今日は調子が良かったのかいつもより早く来ることができたんです。記録更新ですよ。毎日の全力疾走が実を結び、ついに私の体力もついてきたのかもしれないです。」

「片道一時間を三十分で走ってるんでしょ?もう十分体力はついてると思うけどなぁ。」

「でもエマも結構体力ありますよね?」

「それはそうだけど・・。アヴァンほどじゃないよ。そんなに体力があるなら、戦闘の成績も高そうなんだけどね、アヴァンは。」

「体力の有無と戦闘能力は一致しませんよ?」

「そうだけど、アヴァンのことを見てると、すごく強そうに見えるときがあるの。アヴァンって力をセーブしたりしてるんじゃないの?」

 ギクッ。

「セ、セーブなんかしてませんよ。する意味もありませんしね。」

「ふぅん。」

エマは私に顔を近づけます。ゆっくり目を逸らします。

「まぁ、いいんだけどね。ほら、扉の前にいたら邪魔になるよ。」

エマは扉を開けます。

バレてないですかね。バレてもいいとは思っているんですけど、私の力が割れて、師匠に迷惑をかけるようなことはしたくありませんし、私の力は知る人ぞ知るでいいのです。エマには明かしてもいい気がするんですが、ずっと隠しているので、明かすタイミングを見失ってしまったのです。悪いことをしているとは思いませんが何となく後ろめたく感じています。後ろめたく感じている時点で、悪いことをしていると思っているのかもしれないですね。

ちなみにエマの順位は八十二位だそうです。千人いる中で二桁に入るなんてエマは本当にすごいです。

「アヴァンちゃんおはよう。」

「おはようアヴァンさん。」

「アヴァンちゃんおっはー。」

私が転入してきてまだ一年と少ししかたっていないですが、皆さん私に本当によくしてくれます。

「はい!おはようございます!」

私も元気に返します。有り余るこの元気を、朝から全力疾走をしたとはいえ、すでに少しだけ回復しつつあるこの元気を皆さんに分けられれば、少しでも皆さんに恩返しができるのではないかと考えています。

席に移動し、座ります。エマの席は私の隣なので、エマは私の隣に座ります。

「おはようございます!レオさん!」

「おはようございます。アヴァンさん。」

 私の前の席に座るレオさんに挨拶をします。

レオさんはよく本を読んでいる寡黙な男の子です。あんまり私やエマ以外と喋っているところを見ませんが、私が挨拶をするとこうして返してくれますし、困っている人を見ると率先して助けに行くので、寡黙な聖人というよく分からないあだ名がついています。私はよくレオさんと話すので寡黙というイメージを私はレオさんに対して持っていません。レオさんはこのあだ名について思うところはないんでしょうか。貶しているわけではないのでいいとは思うのですが、こういうことにレオさんはあまりコメントをしないので、どう思っているのかいつか聞いてみたいですね。

「レオさん、ちょっと聞いてください。」

「どうしたんですか?何か凄いことでもありましたか?」

「え、どうしてわかったんですか?」

「憶測で聞いてみたんです。当たっていましたか?」

「当たってますよ。すごいことがあったんです。」

「アヴァン、今日はいつもより早く登校してるでしょ?登校時間の記録更新ができたんだってさ。」

 私が言いたかったですが、エマが隣から私の言葉を奪ってしまいました。しょうがないので私は誇らしげに鼻を鳴らしておきましょう。ふふん。

「それは確かに凄いですけど、まだ体力をつけているんですか?これ以上つけてどうするんです?」

「体力はあって困るものではないですよ、レオさん。」

「困らないからつけているんですか?」

「それは・・・そういうことにしておきましょう。」

なんだかこの話をしていると、隠している私の戦闘のボロが出てしまいそうなので、この辺りで話を切り替えておきましょう。私から話題を振っておきながら、すぐに変えてしまって申し訳ないです。

「レオさんもいつも本を読んでいますよね。何かを目指しているんですか?」

「本から得られるものが損になることはないですからね。アヴァンさんの体力と同じで知識はあって困るものではないですよ。」

 私が相当な体力を持っているのに対し、レオさんもたくさんの知識を持っています。この学校にある図書館の本はもうすべて読んだのだとか。私はじっとしているのがあまり好きではないので、本はあまり読みません。嗜みません、と言っておきましょう。知識があるように見えますね、これで。

「私からしたら二人ともすごいと思うけどね・・・。」

「エマには戦闘能力があるじゃないですか。」

「私は八十二位だよ?まだ上にたくさんいるから、誇れるものでもないよ。」

「アヴァンさんは五百十二位ですし、僕なんかは最下位に近い九百六位ですから、それに比べたら、エマさんはすごいですよ。もちろんアヴァンさんもですが。」

レオさんは師匠と同じであまり戦いは好きではないそうです。ならばどうしてこの学校に入ったのでしょうか。そこまで大きな国ではないと言いましたが、この国にはもう一つ学校があります。そちらの学校はこういう武にはあまり重きを置いていないらしいので、戦いが好きでないのなら、そちらに入るべきだと思うのですが、どうしてかレオさんはこの学校にいます。どうしてでしょう。

「私はこの学校で一番になりたいの。そうでもしないとクダンさんの隊に入れないからね。」

 クダンさんの隊に?これは初耳です。

「エマはクダンさんの兵隊さんになりたいんですか?」

「それはちょっと違うかも。クダンさんのそばで戦いたいっていうのかな。やっぱり、この国にいると、クダンさんには憧れちゃうから。」

 クダンさんに憧れる。こういう方は少なくありません。何度か言っていますが、この国は世界有数の軍事国家と呼ばれているのです。その国を守る軍隊の、そのトップに女性でありながら立つクダンさんは、男女問わずいろんな人に憧れを持たれています。格好よく言えば、老若にゃん・・・。老にゃきゅ・・。・・・・・・。りょうな・・・。

ですが、なぜかその多くが、エマのようにクダンさんの近くで働きたい、一緒に戦いたい、というものなのです。どうしてクダンさんを超えたいとは思わないのでしょうか。私は師匠を超えたいと思っているので、間接的にクダンさんも超えたいと思っているのですが、憧れるだけでは、届かないことは重々承知しています。私が言えたことではないですが、クダンさんは並の強さではありません。憧れる前に、クダンさんの戦いを目の前で見るべきだとも思いますが、そういう機会はそう多くないので、しょうがないですね。

「レオさんは何か将来の目標とかあるんですか?」

「僕ですか?僕はもう叶っているようなものですよ。」

「叶っている?本をたくさん読むとかですかね。」

「それもありますけど・・・、まぁ、機会があれば話しますよ。」

 レオさんは少しだけ笑いましたが、深く言おうとはしませんでした。もやもやとします。以下省略された気分です。

「アヴァンさんはどうなんですか?やりたいこととかあるんですか。」

「私は師匠を越え・・・。えっとですね・・・。」

「師匠?アヴァン、師匠なんていたの?」

 これは失言です。師匠のことは秘密にしておかないといけないんでした。無意識的に発言してしまうのには気をつけないと、とは常に思っていたんですが・・。

「えっと・・・そうですね・・。」

「まぁ、いいじゃないですか。アヴァンさんに師匠がいても。それが何の師匠なのかは気になるところですけどね。」

 私の様子から何かを察したのかレオさんが助け舟を出してくれました。

「うーん。気になるけど、まぁいいや。その気になったらまた話してね、アヴァン。」

師匠の話をしてもお二人なら大丈夫だとは思っていますが、どこかで誰かがひっそりと聞き耳を立てているような人がいるかもしれませんし、ここは何も言わず、にっこりとしておきましょう。にこー。

 とはいえ、話題は新しく作った方が良いですね。

「そういえば、ちょっとお二人に聞きたいことがあるんです。」

「藪から棒ですね。どうしたんですか?」

「藪から棒なんて表現、久々に聞いたよ。」

「僕も久しぶりに使いました。」

これは思ったよりも簡単に話題が逸れてしまいました。思わぬ逸れ方、逸れたというわけでもなく逸らしてくれたような気がします。私が聞きたいこともたいしたことではないので、心の中でお二人に感謝しつつ、私の疑問は後にしましょう。

「藪から棒は、藪から突然に棒が飛び出してくる、という突然の出来事を表す言葉ですが、どうですか?お二人は藪から棒が出てきても避けられますか?」

「何その質問。まぁ私は避けられると思うけど。」

 話題が逸れて嬉しいとは思いましたが、展開の仕方が無理やりすぎる気がします。そう思いましたが、どうやらエマも同じようです。とはいえ、逸らしていただいたので、私もちゃんとその話題に乗ります。

「エマはすごいですね。私はきっと・・。」

 背後。何か来る。

それを後ろ手にキャッチする。わざわざ目を向ける必要もないですね。飛んできたのは消しゴムでした。

「ご、ごめんアヴァン。ちょっと遊んでて・・。」

「もう、危ないですよ。もうすぐ授業始まるんですから。」

男の子たちが教室の後ろで消しゴムを投げて遊んでいたみたいです。二度ほど頭を下げながら、また後ろの方へ戻っていきます。

「それで、えっと藪から出てきた棒でしたっけ?きっと私は避けられないと思いますよ。」

「アヴァンさん。今のを見せられてそれを信用しろと言うのは無理な話ですよ。」

「アヴァンって、本当に五百十二位なの?」

 お二人が不思議そうな、困惑した顔で私を見ます。何か不思議なことがあったでしょうか。後ろから何か飛んできているのが分かったからキャッチする。消しゴムだとはさすがに分かりませんでしたけど、うまく掴めたと思いますが・・・。

「そんな風に不思議そうな顔をしてる時点でアヴァンは本当に強いと思うよ。」

「アヴァンさんがご自分の実力を隠しているのか知りませんが、もしそうなら、もう少し努力をされた方が良いと思います。」

「え、何かしましたかね・・・。」

「普通の人は振り返りもせずにあんな小さなものキャッチできませんよ。投げた合図があったわけでもないでしょうに。」

 後ろから跳んできたものをキャッチしてはいけない。これは隠しておいた方が良いことだったんですか・・。戦闘をこの学校で学んでいる以上、ある程度の人ができると思っていましたが、次回から気を付けることにしましょう。

「まぁ藪から棒の話は置いといてさ、脱線させた私が悪いんだけど、アヴァンは何を聞きたかったの?」

「聞きたかったこと・・・。あぁ、そうです。これのことです。」

 私は机の上に、一枚の封筒を出します。

「さっき教科書を机に入れようと思ったら入っていたんです。こういう紙が入っているのはよくあることなんでしょうか?」

 この学校の制度の一つに果たし状というものがあります。それは、自分よりも順位の高い相手に送り付け、勝利すれば順位が上がるというとても分かりやすい物です。果たし状を送られた相手はそれを受けるかどうかは好きに決めればいいとのことですが、断ると、怯えているだなんて判断されて笑いものになるそうです。その果たし状だと思いましたが、私の順位を考えると、私に勝ったところで何にもならないんですよね。

「見た目からしても果たし状ではなさそうなんですよね・・・。」

「こういうのは開けてみないと分からないよ。まずは開けて読んでみたら?」

「そうですね。開けてみます。」

エマに促され、丁寧に封がされた封筒を、同じように丁寧に、少しずつ開いていきます。なかには一枚の紙が入っており、そこにはこう書いてありました。読み上げます。

「アヴァンさん。お話したいことがあります。明日の授業後、競技場裏に来ていただけませんか。・・・なんでしょうこれ?」

 この学校には体育館とは別に、競技場というものがあります。そこは戦いを学ぶ専門の場所で、そこに呼ばれるということは戦いを申し込まれているということです。しかし、この手紙には競技場「裏」とあります。そこにも何か意味があるのでしょうか。

「おぉ、これは随分いいものをいただきましたね。まぁアヴァンさんの性格や容姿の良さから考えると、納得もできますが。」

「アヴァンは可愛いからね・・。元気いっぱいで性格も素敵だし。」

「え、どうしたんですか?お二人とも。」

 突然お二人から褒められて私は少し困惑しています。

果たし状のルールは少しなら知っています。果たし状には差出人の名前と、順位を書いておかなければいけなかったはずです。そして、戦いの場所も競技場と決まっています。競技場裏ではないはずです。

暗号でしょうか・・。それにしたって、お二人が突然私を褒めた理由が分からないですけど・・・。

「行った方が良いんですかね・・・。」

「それはアヴァン次第かな・・・。」

「でも、これは果たし状ではないんですよね?それなら行く意味もないですし、学校が終わったら私はすぐに帰りたいので、行かなくてもいいですかね?」

「いや、行くべきだと思いますよ。それを出した人は少なくとも、アヴァンさんを待っているでしょうから・・。」

「でも戦いの申し込みではないんですよね?」

「アヴァンにとっては戦いではないだろうけど、相手にとっては大勝負なんじゃないかな?」

「私にとって相手にならないほどの相手って言うことですか?」

「ある意味そういう相手ではあるかもしれませんね・・。」

 さっきからどうにもお二人の言っていることがよくわかりません。お二人はこの手紙を出した相手が誰なのか分かっているのでしょうか。だとしたらお聞きしたいです。

「レオ君。これはどうするべきかな・・・。」

「僕らにできることはないですね・・・。ぶっつけ本番で行っても相手方がアヴァンさんに行動の意味を理解させるのに手間取りそうですし・・・。」

「だったら私たちが今ここで教えてあげた方が良いかな・・?」

「教えるってどうやってですか・・?僕は無理ですよ。そういうのはよく分からないですし、女性の方がこういうのはよく分かっているんじゃないですか?」

「私はどちらかというと男勝りな方だし、私もよく分からないよ・・・。」

「まぁ、まだ本当にこれが、あれだと決まったわけでもないですし、行ってみたら本当にただの戦いの申し込みだなんていう可能性もあるかもしれません。」

 お二人がひそひそと何か話しています。なんというか責任の押し付け合いをしているように見えます。よく聞こえないので、雰囲気だけですけどね。

「分かりました。私、明日この場所に行ってみようと思います。よく分からないなら、行ってみればよく分かるようになるでしょう、そして何とかなるでしょうという希望的観測のもとです。応援してください。」

「が、頑張ってアヴァン・・。」

「頑張ってくださいね・・アヴァンさん。」

 どうやら勝負事の一つを申し込まれているのは確かなようです。ならば師匠の弟子としてできるだけ負けたくありません。とはいえ、強い方だったら、それなりに善戦して負けることにしましょう。

 それにしたって、情報が不足しすぎていますね・・・。

どうしましょう。



 戦うときに重要なのは情報収集だ。自分と相手を比べたときに、自分にとって何が有利になって、何が不利になるのか、それが分かっているだけでずっと戦いやすくなる。

 師匠の教えです。もちろん師匠の教えはこれだけではありませんが、今思い返すべきはこれでしょう。しかし、困ったことにこれは相手が分かっている場合に使える教えです。そもそも相手が誰なのか、そして何を目的にしているのかも分からない以上、分析も何もできません。なので、まずは、何も分からない状態から分析してみようと思います。分析も何もできませんと言いましたが、それでも考えられることくらいはあるはずです。今、私の手元にある相手の情報。それはこの手紙のみです。ならばこの手紙から考えられることを考え出してみましょう。幸い私にはそうするだけの元気があるのです。頭脳があるかどうかは別ですけどね。さて、では考えてみましょう。・・・これを分析と言うのでしょうか?

 筆跡。

私は筆跡鑑定なんてやったことがないので、仮にこれを書いたのが私の知っている人だったとしても、その正体をこの筆跡から導くことはできないでしょう。そもそも文字にこれと言った特徴は見受けられませんしね。それ見つけるのが筆跡鑑定だ、と言われてしまえばそれまでなのですが、私の目では特に目立った特徴を見つけることができません。こういう時のために筆跡鑑定の知識を身に着けておいた方が良いのでしょうか。とはいえ多少の知識はあるのです。文字の始まりや終わり、細かな癖を見るんですよね。ふむふむ。ふむふむふむふむふむ。分からないですね。そもそも、比べる何かが無いといけないんでした。これだけ見ても導かれるものは何もないです。ちなみに文字自体は、きれいな文字ですが、頑張って書いたきれいな文字という気がします。なぜこうする必要があったのでしょうか。果たし状ならば乱雑な文字でもいいとは思います。その方が果たし状感が出ますからね。まぁ、これは果たし状ではないらしいですが。どちらにせよ、これを書いた人はきれいな文字を書くことを選択した、という事実がこの筆跡にはあります。そこにはいったいどんな意味があるのでしょうか。きれいな文字の方が勝負事のように感じる方なのでしょうか。勝負事に礼儀を重んじる方もいますし、事実私がそうですし、この方はそういう方なのかもしれません。

 手紙の出し方。

 この手紙は私の机の中に入れられていました。私より早く登校していたレオさんに私の机を触っている人はいなかったか聞いてみましたが、分からない。とのことでした。レオさんの席は私の前ですし、レオさんは基本的に本を読んで過ごしているので、私が話しかけでもしない限りは後ろを向くことはないのです。クラスの他の人にも聞いてみましたが誰も知らないとのことでした。つまりは、たまたま誰も見ていなかったか、昨日、あるいは今日の誰も登校していないうちに私の机にこれを入れたということになります。誰にも見られたくなかった。戦いの申し込みなら人に見られてこそ意味があるはずです。宣戦布告は大々的に行うべきものですから。しかし、前にも言った通り、私に勝ってもたいして意味はないはずです。なので、戦いではないと予想していましたが、エマとレオさんが言うには一種の戦いであるとのことでしたから、こればっかりは本当に分からないですね。手紙の出し方も丁寧でした。白い封筒に入れられ、封までしてあったのです。ここまで丁寧に出されてしまうと、この手紙に書いてある場所に向かわなければいけないような気がしてきます。

 文章。

 アヴァンさん。お話したいことがあります。明日の授業後、競技場裏に来ていただけませんか。書いてあったのはこの文章だけ。先ほど、手紙の出し方がとても丁寧だったという話をしましたが、差出人もないことを見ると丁寧ではないのかもしれません。文章を見る限り受取人として私の名前があるので、誰かと間違えて私の机に入れたというわけでもないようです。しかしどうして差出人である自分の名前を書かなかったのでしょうか。何か知られたくない事情があったのでしょうか。名前を知られたくない理由。あまりいい理由は思い浮かびませんね。

お話したいこと、という文もよく分からないです。何を話題として出されるのかが全く見当もつきません。私の普段の生活のことなのか、戦い方のことなのか、ひょっとしたら勉強のことかもしれませんし、エマやレオさんなど私のお友達のことかもしれません。あるいは、あまり想像したくありませんが、師匠についてのこと。私の師匠の過去を知っている誰かが、私を通じて師匠に何かしらのコンタクトを取ろうとしている。だとしたら、ここは私がどうにかして止めるしかありません。あまり手荒なことはしたくありませんが、そういうことも視野に入れないといけません。もちろん、それが通用する相手ということが前提になりますが。一度師匠に相談してみることにしましょう。私が気づかないようなことに師匠なら気づくかもしれませんし。

明日の授業後、という文もよく分かりません。なぜ、今日ではなく、明日なのでしょうか。今日は何か予定があって明日にするのか、明日何かが起こるからそれに合わせるように私を呼んでいるのかもしれません。明日何かあったでしょうか?学校行事としては特に何もなかったはずです。ならば相手にとって何か有利になるようなことが起こるのか、あるいは単純に、明日の戦いに備えるような形にしたかったのか。だとしたら、これは愚策ですね。戦いならば私の準備ができる前に奇襲をかけるのが一番いいと思います。まぁ、手紙を出してきている以上、私にもある程度の準備はできるんですけどね。そうはいっても、差出人が不明なので、できる準備がそう多くないという点ではいい作戦かもしれません。

文章の中で一番分からなかったのは競技場裏という点です。競技場ではなく裏を指定する。競技場裏なんて、私行ったことないですよ。場所の広さも知りませんし、何があるのかも分かりません。つまりは完全にアウェーな場所ということです。エマもレオさんも行ったことがないということでしたので、そういう誰も行ったことがないような場所に私をおびき出し、地形有利の中で勝負を仕掛ける。地形という点では私に不利の状況。しかし、相手は明日という時間の猶予を私に与えてしまった。一日あれば競技場裏の下見くらいできるのです。だからと言って、自分に有利な場所にできるかどうかは別の話ですが。そもそも相手が場所を指定しているのですから、私が下見をしたところで、少しは私にとって不利な状況になってしまうと思いますが、下見をしないよりはましなので、今日はそれをやっておくことにしましょう。しましょうというか、もうやってきました。

結果報告。競技場裏はあまり広い場所ではありませんでした。裏というだけあって、片方は競技場の壁が、片方は木が壁を作っていました。木はその場所に光を通さないほどに生い茂り、そのためか、少しじめじめして、地面、そして競技場の壁には苔が生えていました。競技場裏は校舎からちょうど死角になっています。なるほどこの場所なら戦闘を起こしても、大きな音を立てない限りはバレることはないでしょう。ひっそりと戦うにはもってこいの場所ということですね。木に登ったり、地面を掘ったり、石を持ち上げてみたり、壁に耳を当てたりと何かしらのトラップが仕掛けられている可能性も調べましたが、そういったものは見つかりませんでした。明日の朝か今日の夜にトラップを仕掛ける可能性も十分にあるので、明日の朝はいつもより早く学校に来て、もう一度下見をすることにしましょう。

そんな分析を終え、私は今、この国の中心に位置する王城。その隣にある、訓練棟、と呼ばれる場所に来ています。理由は覚えているでしょうか。そうです。朝、師匠に学校が終わったらクダンさんのところへ来るように言われていたからです。

「アヴァンちゃん。いらっしゃい。」

「お邪魔します。師匠はもう来ていますか?」

「来てるよ。隊長と一緒にいるんじゃないかな?」

門番の兵隊さんにあいさつをして中に入ります。私は師匠とよく来ているので、大体の兵隊さんは私のことを知っています。そのためほとんど顔パスで入ることができます。まずは更衣室に行って制服を脱ぎ、訓練服に着替えます。もう一度言いますが、私は師匠とここによく来ています。なので、私の体に合ったサイズの訓練服が用意されています。訓練服なんてたいそうな言い方をしていますが、ジャージをイメージしてもらえばそれが正解なような気がします。もう訓練服ではなくて、ジャージと言ってしまってもいい気がしますが、何かこだわりがあるのでしょう。髪を縛り、訓練場へと向かいます。そういえば私の髪について何も言っていなかった気がします。まぁ、特に言うこともありませんが、私の髪は腰に届くくらいには長いです。白に近い金色です。ところどころに、本当に少量の赤色の髪が混ざっています。不思議な色味ですけど、理由はちゃんとあります。戦いのときは縛るようにしています。でないと結構邪魔になりますからね。じゃあなんで切らないのかと言われれば、それは師匠に昔褒めてもらったからです。それ以来私はこの髪の長さを維持するようにしているのです。戦いよりも師匠ですから。

そういえば、クダンさんの兵隊さんは約三十人だと前に言いましたね。覚えていますか?国の兵隊さんとしては少なすぎるという話も、その時に話したと思います。実は、国の兵隊さんとしてはもっといるのです。確か四百人くらい。クダンさんの兵隊さんは、国の兵隊さんとは別で作られた兵隊さんなのです。国の兵隊さんから、クダンさんが実力を見て引き抜いた部隊。名前は「落槍」。「らくそう」と読むそうです。どういう意味なのかは私も知りません。文字の意味としては、槍が落ちる、という意味だそうです。槍が落ちてくるというのはとても危険ですから、おそらくはそう言った危険性を何か示しているのではないでしょうか。よく分からないですけどね。

うーん。どうにも私はこういうところがあるんですよ。意味が気になっても、気になるだけで、聞こうとはしない。その結果こうして、よく分からないですけどね、と言うしかないことがよくあるんです。まぁ、ポジティブに行きましょう。よく分からない、聞かない、ということはその分、私の中で考えて答えを導き出そうとしているということです。考えるということは戦闘においてもかなり重要です。考えることで、相手の弱点や、地形の有利、不利など、そう言ったものを理解することができます。そういうことに備えて、私は意味を聞かず、自分で考えるようにしている。戦いの分析に備えているということですね。そういうことにしておきましょう。屁理屈だと思いますか?屁理屈ですよ。でも、私、結構屁理屈好きなんです。理屈や、正論よりも面白いですから。まぁ、屁理屈を振りかざす人間にはなりたくないですけどね。それは、正論や理屈も同じですが。臨機応変に使い分けていきましょう。それが出来るだけの頭が私にあればですけど。

さて、訓練場の扉を開けます。そこはいつも通り、騒がしく、怒号と剣がぶつかり合う音が響く場所でした。最強の軍事力と言われるだけあって、訓練は並のそれではないのです。そもそも並みの訓練を知りませんが。ここでは常に実践を意識して、命のやり取りの中に身を置き続けることが大事なんだそうです。そのため訓練で使うのは、模造刀や木刀ではなく、真剣です。師匠は初めのころ、私がこの訓練に参加することにあまり賛成してくれませんでした。護身のための戦いは知っておくべきだとは思うけど、純粋な戦闘のための戦いはあまり知るべきではないと師匠は考えていたのです。ですが、ある一件から、この訓練に参加させてもらえるように、そして、師匠自身が私に実践の戦闘を教えてくれるようになりました。時系列としては師匠が私に戦い方を教えてくれるようになったのが先でした。そのあとでこの訓練に参加し、初日で兵隊さん二人を相手に勝つことが出来ました。兵隊さん二人はそのあとでクダンさんにとんでもないほどに怒られていました。自分たちよりもずっと力が弱く、背も低い相手に負けたことではなく、そういう相手だからと油断をしたことが原因で怒られたそうです。仮にもノルンの弟子相手に一瞬の油断もするなと、私にとっては誇らしげな理由でクダンさんは怒っていました。仮にも、と言われたことには言いたいことがありましたけどね。師匠は私を褒めてくれましたが、それでもまだ複雑そうな顔をしていました。私が強くなることに何か不安があるのかと思いましたが、今でもその真相は分かっていません。そして師匠は今も私が強くなるたびに複雑そうな顔をするのです。クダンさんにもそのことを話しましたが、ノルンが言ってないことを、言わない選択をしていることをあたしが言うわけにはいかない。そう言われてしまいました。私も師匠に聞けばいいのですが、どうしてかその理由を聞くことができません。これに関しては、屁理屈とかそういったものではなく、師匠のあんな顔は見たことがなかったのです。私は今も、それが不安です。

まぁ、一旦それは置いておきましょう。今は訓練と行きましょう。手紙をもらった日にタイミングよくこうして訓練ができるとは思ってもいなかったので、明日に備えて今日は体を慣らしておくとしましょう。そう思って、周りを見ましたが、師匠もクダンさんも見当たりません。どこに行っているのでしょうか。

「アヴァンさん。来ていたんですね。」

「ハタさん。お邪魔してます。」

この方はハタさんと言います。クダンさんの側近をしている方です。つまりはこの隊のナンバーツーですね。もう一人、側近としてゼンさんという方がいます。ハタさんがナンバーツーと言いましたが、お二人はどちらが強いんでしょう。

「師匠とクダンさんはどこへ行ったんですか?」

「何か話があるみたいです。アヴァンが来たら先に訓練をやっていてくれ、ノルンさんからそう言伝をいただいています。どうされますか。」

「そうですね・・。じゃあ、そうすることにします。」

「いきなり実践でも大丈夫ですか?先にウォーミングアップでもされますか?」

「いえ、学校からここまで走ってきたので体はあったまってます。ぽかぽかです。」

「では、まずは一対一からやりましょうか。」

 そう言って、ハタさんは訓練をしている中からおひとりの名前を呼びました。呼んだのはエデルさん。兵隊さんの中でもかなり上のクラスに強い人です。

「どうしたんですか、ハタさ・・。おぉ、アヴァンちゃん。いらっしゃい。」

「お邪魔してます。エデルさん。」

「察したと思いますが、アヴァンさんと一戦どうですか?」

「どうもこうもないですよ。前回まるで歯が立ちませんでしたからね。願ったりかなったりです。」

「私も前より強くなってますよ、エデルさん。」

「それは僕もだね。この戦いで証明しよう。」

 訓練場に来てからいきなりの戦闘。いいでしょう。もともとこのつもり出来ていましたし、さっき言ったように明日のためのリハーサルのような気持ちでやることにしましょう。まぁ、リハーサルなんて言うには相手が重すぎるような気がしますけど。

 ハタさんは他の兵隊さんに声をかけ、中央を開けてくれました。

「ここまで開けてくれなくても、大丈夫ですよ?」

「いえいえ。アヴァンさんの戦い方は見習うべきものがあるので。クダンさんからもそう言われているのですよ。」

 そう言って、中央に促されます。エデルさんと私は促されるがままに中央へと移動し、一礼をします。訓練とはいえど、戦闘。礼儀は重んじる。あの手紙と同じように。

 エデルさんは構えを取ります。左手を前に、右手を少し引く。同様に左足を前に、右足を少し引く。体にも手にも足にも力がこもっていません。つまりは脱力している。あらゆる攻撃に対応できる、そしてあらゆる攻撃を行える状態。目つきは鋭く私を見据えています。

 対する私。足だけはエデルさんと同じように右を前に、左を後ろに構えます。しかし、手を構えることはしません。だらんと下げる、ただそれだけ。エデルさんの構え。それは力が、実力ではなく単純な腕力、脚力、肉体における力が拮抗している場合には有効です。つまり、私がその構えを取ったところでたいして意味はないのです。あの構えは攻守ともに優れているとは思いますが、エデルさんと私では力に違いがありすぎます。そのため攻守も何もないのです。攻撃が当たったところでたいしたダメージになりませんし、防御したところで私にとっては大ダメージなのです。だから構えを取らない。直前まで私がどういう攻撃をするのか、どういう動きをするのか、それを把握させない。それが、力で圧倒的に劣る私がエデルさん相手にとれる、この状態での最大の攻撃です。足以外の共通点をあげるとするならば、目でしょうか。鋭く、瞬きの一つもせず、エデルさんを見る。

 息を吐く。

 集中。

集・・・中。

あぁ、雑念があるな・・・。

 ・・・・。

 集中。

 目を閉じる。

 目を開けたその瞬間には私の顔に、正面からこぶしが迫ってきていました。それに合わせるように顔を、体を逸らし、バク転の要領でそのまま回る。持ち上がった足でエデルさんの顎を捉える。しかし、私の足は掴まれ、投げ飛ばされる。転がるように受け身を取る。顔をあげるころには二撃目が来る。転がり、かがんだ状態の私に同じように真正面からのこぶし。それは私の鼻先を捉えるその瞬間に止まりました。

「アヴァンちゃん。どうしたんだ?いつもなら一撃目の時点でもっといい反撃が出来ていたはずだけど・・・。」

もっといい反撃。そうです。きっといつもなら私のあのバク転の攻撃がエデルさんの顎を捉えていたはずなんです。顎は人体の急所なので私の弱い力でも十分な威力になりますし、バク転の遠心力も合わせればなおさらだったはずです。目を閉じて、攻撃を誘導するまではよかったんですが・・・。

「集中が欠けるようなことでもあったのか?アヴァンちゃんらしくないと思うけど。」

「ごめんなさい。集中できると思っていたんですが・・。実践だったら死んでますね、私。」

「アヴァンちゃんが実践を想定する必要はないと思うけど。ってことは何か本当にあったのか?」

 エデルさんは座り込む私に手を差し出します。私はその手を取り、立ち上がります。

「その・・・今日よく分からない手紙をいただきまして・・・。」

「手紙・・・?」

 ポケットから手紙を出します。実は師匠にすぐ見せられるようにずっとポケットに入れていたのです。

「これについていろいろと考えてみたんですけど・・。書いてある意味が全然わからなくて・・・。」

 エデルさんに手紙を渡します。周りで見ていたほかの兵隊さんも集まってきて手紙を覗き込みます。なぜだか少しざわざわとしています。

「私なりに文章を分析してみたり、その競技場裏というところに行ってみたりはしたんですが、それでもよく分からなくて・・。皆さんなら何かわかりますか。」

「これは・・あれだなアヴァンちゃん・・。」

「ついにアヴァンちゃんにも春が来たか。」

「若いなぁ。うらやましい。」

「青春の味がする。」

「ノルンさんが見たらどうなるんだ、これ。」

「俺たちのアヴァンちゃんが・・・。」

「気温が上がってきた気がする。」

「甘酸っぱさが思い出される。」

「思い出す甘酸っぱさなんてお前にないだろ。」

口々に言いたいことを言っていきます。そのどれもが的を射ていないような気がします。

春?確かに季節的には今は春ですが、春は私だけに訪れるものではないですよね?それに青春とは何でしょう。青い春。春はピンクのイメージがあるんですが。味がするということは何かの食べ物なのでしょうか。それと私は皆さんのものではなく師匠のものです。師匠に言うと怒られるんですけどね。お前はものじゃないって。あとは気温で言えば、冬から春に変わったので、それはもちろん上がって当たり前だと思います。甘酸っぱいというのは何でしょう?訓練前に何か食べたんでしょうか。

皆さんのコメントをまとめると、結局のところ私のこの文章における分析はまるで足りていなかったということが分かりました。そもそも分析に足る知識が欠けていただけかもしれません。季節なり、味なり、所有なり、気温なりと、この文章一つでここまで分析ができるなんてさすがですね。私もできるようになるでしょうか。

「おーい、お前らー。どうした、サボりか?」

 訓練場の中に声が響きます。訓練服ではなく、軍服を着て、ポケットに手を突っ込んだまま、その人は師匠とともに現れました。ちなみに煙草をくわえています。身長は師匠と同じくらい。黒縁の眼鏡をかけ、ポケットに突っ込まれた手にはおそらくいつものように白い手袋をしているのでしょう。ボブカットの整えやすそうな髪には、もう夕方だと言うのに寝癖ができています。それともあれはただのくせ毛なのでしょうか?それと、女性を描写するときは絶対に言っておくべき、と、ある方から言われていますが、胸は大きいです。山、でいいんですかね?ちなみにその人が言うには私は崖らしいです。君のそれはそれで、需要があるねんと、その時に言われました。よく分かりませんけど。

「クダンさん。お邪魔してます。」

「あぁ、アヴァン。久しぶり。」

「師匠も、お先に訓練を初めてます。」

「どうだった。久しぶりの訓練は。」

「うーん。あんまり身が入らなかったですね・・・。」

「身が入らなかったのか。ノルンの教育不足だな。」

「俺のせいなのか・・まぁ、そうかもしれないけど・・・。」

「うじうじしてないで否定しろよ。あたしが悪いみたいじゃねぇか。」

クダンさんはかなり口が悪い方です。それでもすごく強くて、優しくて、素敵な方だと知っているので、私はこの口の悪さが結構好きです。公務として、人の前に立つときのクダンさんは、もっとちゃんとしているのですが、普段はこんな感じです。クダンさんにあこがれを持っている人はこの状態のクダンさんを見てどう思うのでしょうか。私はこっちの方が見慣れているので、公務の方のクダンさんはちょっとだけ苦手だったりします。それでも普段のクダンさんを知っているので、ギャップが苦手というだけなんですけどね。

「ちょっと、ノルンさんも隊長も。訓練の話なんていいんですよ。」

「はぁ?訓練の時間だろうが。それ以外に何するってんだよ。」

「まぁまぁ、隊長、これを見てください。」

 エデルさんは手紙をクダンさんに見せます。クダンさんは乱暴にそれを受け取り、師匠も横から覗き込みます。クダンさんの手には予想通り、白い手袋がはめられていました。師匠の顔に煙草の煙がかかっていますが、師匠は大丈夫なのでしょうか。

「へぇ。いいもんもらったなアヴァン。」

「こういうの久しぶりに見たな。」

「見たことあんのか?ノルン。」

「知り合いがもらってるのを見ただけだけどな。」

 知り合いがもらっている。なんと、師匠は私と同じ経験をした人を知っているのですか。やはり、師匠なら詳しいのではないかと予想した私の考えは正しかったようですね。

「んで。明日か。どうするんだ?オッケー出すのか?」

「オッケー?許可を出すようなものなんですか?」

「あぁ?こんなもんラブレター一択だろ。」

「らぶれたー?」

 初めて聞いた言葉です。

「隊長デリカシーない。」

「隊長ありえないっすわ。」

「ほんと雑なんだからこの人は。」

「本当にアヴァンちゃんと同じ女性なんですか?」

「学生の応援をしてくださいよ。」

「ノルンさんの方が女子。」

「ノルンさんの方が美人。」

また兵隊さんたちが口々に、思い思いの言葉を言います。後半はらぶれたーとやらに全く関係がなかったような気がするのは気のせいでしょうか。

「デリカシーもへったくれもないだろ。分かってねぇんだから教える。それだけだろうが。」

「隊長恋とかしたことないんですか?」

「あるわけないだろ、隊長に。」

「隊長は暴力に恋してるから。」

「ノルンさんの方が素敵な恋してそう。」

 そう言った四名は壁と仲良くなりました。それはもう頭から突っ込むくらいに。

「うわ、隊長暴力的。」

「そういうとこですよ。隊長。」

「お前らもこうしてやるよ。」

 突如としてクダンさん対兵隊さんが始まりました。瞬きの間にすでに五人ほどが地面と仲良くなっています。それはもう花壇に植えられたお花のように。

 らぶれたーとやらが宙を舞います。

 恋?聞いたことはありますね。ですが、形を捉えづらいというか、実体がないというか、とにかくよく分からないと言う印象です。なるほど、これは恋を伝えるものだったんですか。この文章だけでそれを察することができるものなんですね。覚えておきましょう。

 とはいえこれ、私宛ですよね。私に恋?恋って、好きとか言うあれですよね。私が師匠に抱いているあれが多分一番近いと思いますが、そうなると私はやっぱりここに行かないべきなのではないでしょうか。師匠以外の人を好きになるなんて思いませんし、それを向けられても私がどうしたらいいのかわかりませんし。

「アヴァン。これもらって、どう思った?」

暴れ回るクダンさんに目もくれず師匠は私の横にかがみました。手には宙を舞っていたらぶれたーが握られています。

「これをもらってですか?正直、よく分からなかったです。でも、兵隊さんやクダンさんが言うようにこれが恋を伝える物なら、私は明日ここには行かないでおこうと思います。」

「それは、なんで?」

「私が今知っている恋は、師匠に向けるものくらいです。恋って何人にも向けるものではないですよね・・・?」

「じゃあ、これを送ってきた人のことはないがしろにしてもいいのか?お前が俺を好いてくれているなら、俺がそれを無視したとしてお前はそれをどう思う?」

「それは・・・。それはとても悲しいことだと・・そう思います・・・。」

 とても悲しいこと。自分の好意を相手が受け止めもしてくれない。受け止めて、考えて拒絶されるよりもそれはきっと、とても辛いことのはずです。

「うん。だから俺はそこに行くべきだと思うよ。お前が断るのなら、その意思をちゃんと相手に伝える。それが相手に対してお前ができる一番誠実な対応だよ。」

「できますかね・・。誠実な対応なんて・・・。」

「できるよ。お前なら。きっとね。」

 師匠はそう言って私の頭を優しくなでてくれました。

 地面にはさっきよりもたくさんのお花が植わっていました。


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