人斬り以蔵のコト ──あやうくやらかしてしまうところだった件
自分は今、坂本龍馬を題材にした小説を細々と連載しています(ただし、龍馬本人は一切出て来ないのですが)。
その作中に、中島三郎助という幕臣を登場させようと思い、このところ色々と調べていました。
中島三郎助は、砲術と西洋船造船の専門家です。
下級武士の身ながらも、あの勝海舟とともに長崎海軍伝習所の一期生に抜擢され、その後の幕府海軍創設に大きく関わる人物なのです。
今でこそ知名度は低いですが、当時はかなり高名な人物だったらしく、某サイトで調べてみるとかなりの大物たちとの関わりも次々に出てきます。
『桂小五郎(木戸孝允)や吉田松陰までもが教えを乞いに訪ねてきたとは──すごい人だったんだなぁ』などとしきりに感心していると、そのページにこんな記述があるのに気付いたのです。
『岡田以蔵は妻・すずの実弟であり──』
──えっ、マジか!?
岡田以蔵って、あの『人斬り以蔵』のことですか!?
『人斬り以蔵』こと土佐の岡田以蔵は、『幕末四大人斬り』にも数えられた凄腕の剣客です。
過激な尊王攘夷派の武市瑞山(半平太)の手下として、開国派や佐幕派の人物を何人も密かに斬りまくった、実に物騒極まりないヤバい男なのです。
なのに、同郷の龍馬の頼みを断り切れず、なぜか開国派の勝海舟の護衛を引き受けてしまったりするなど、ちょっと憎めないおバカな一面もあったりします。
その人斬り以蔵が──中島三郎助の義弟!?
龍馬を主人公にした有名どころの小説や漫画でも、このことに触れたものは全く見た覚えがありません。
まあ、龍馬と三郎助の間に直接の接点はなかったのですから、それも無理はないのですが。
しかし、大先生方すら取り上げなかった、あるいは見落としていた繋がりがまだ残っていたなんて──。
このネタ、使えるっ!!
さあ、そこからは大変です。
勝との繋がりで、実は勝の護衛の件も、三郎助からの口利きもあったのではないか──とか。
そういや、以蔵も武市の供で江戸に行っていた時期があるから、少し足を延ばして浦賀の姉のところを訪ね、同郷の面白い男がいると三郎助に龍馬の話をしていたんじゃないか──とか。
いや、勝とはどうもそりが合わなかったらしいので、逆に勝の悪口を以蔵にこぼしていたんじゃなかろうか──とか。
そりゃあもう、妄想がどんどん膨らみ、色々なシチュエーションが浮かんできて、PCのキーボードを叩く指先も快調に踊るわけです。
ところが、勢い任せにほぼ1話分、5,000字ほど書いたところで、ふと我に返りました。
歴史ものを書くときには、時系列に齟齬がないかなど、よく確認しないといけません。
岡田以蔵についても、色々と調べながら書いていたのですが──。
『……待てよ? そういえば、以蔵の姉に関する記述を見た覚えが──全然ない!?』
それに、よくよく考えてみれば、土佐のごく低い身分である以蔵の姉が幕府の奉行所の与力に嫁ぐなど、果たしてあり得るものなのか……?
そう思って、最初のサイトの『中島三郎助』の項を恐る恐る見直してみました。すると──。
『岡田井蔵は妻・すずの実弟であり、──』
──ああっ! 字が違うやん!
それ、岡田以蔵じゃなくて岡田井蔵やん!
──思い込みって怖いですねぇ。
いや、岡田井蔵という幕臣のことは前々から知ってはいたんですよ、ホントに。
海軍伝習所の二期生ですし、咸臨丸で渡米したほどの人物ですしね。
しかし、龍馬のことが念頭にあったためか、大物志士たちの名を見た直後だったためか、ぱっと見で『人斬り以蔵』のことだと完全に思い込んで、そのまま一気に暴走モードに突入してしまい──。
あやうく大恥をかいてしまうところでした。
当然のことながら、半日以上かけて書いた部分はすべてボツです。
自分がアホだったので仕方がないとはいえ、何とももったいない……。
──歴史ものを書く同志の皆様。
資料調べはくれぐれも慎重にしましょうねっ!
ちなみに、この間違いは昔から良くあるものらしく、岡田以蔵のものとして出回っている写真はほとんどが岡田井蔵のものだそうです。
『岡田井蔵』でググっても、『もしかして: 岡田以蔵』とか出てきますしね。
アホなのが自分だけじゃなくて良かった──。
拙作『戦国維新伝 ~日ノ本を今一度洗濯いたし申候』も併せてお読みいただければ嬉しいです。
(https://ncode.syosetu.com/n2631hb/)
ただし、人斬り以蔵はいっさい登場しませんので、悪しからずご了承下さいw