マースの変貌・・・・・・勇者の勘違い、リリア後悔
やがて、周りは道を作るようにその人物を迎え入れた。
オニキスのようなつやつやした髪と黒目、あの時と変わらない優しそうな顔、ほんの少しだけ逞しくなった身体、変わってしまった自分と違って彼はあの日のままの彼でいてくれた。
「……マース……」
リリアは状況も忘れて涙を流した。二度と会えないと思っていた、それでも毎日思っていた。思い出すのはまだ父と仲が良く、家の庭で一緒に遊んでいた思い出、年下のマースはいつもリリアの後ろを追いかけて、可愛い笑顔を見せてくれていた。それが一生続くと思っていた。
騎士になんかならなければよかった。そうすればマースと一緒にいられた。聖騎士の加護なんかいらなかった。
加護加護加護……加護を持っているものが強い、加護を持たなかったマースは……人間と認められなかった。
生きる場所を失った。それでも、リリアの傍に居たくて騎士団に残り続けた。それなのに……私が追い出した。
どこかで、平穏に畑でも耕して暮らしている筈なのに……
「……君は……どこかで?」
エルドラは突然現れた少年に困惑していた。どこかで見たことがある。でも、全然思い出せない。元々必要のない事は覚えない事にしている。自分にしか興味がないからだ。それなのに、妙に頭に引っかかる……
アミーとナセルは少年の異常さに困惑していた。
どう見ても普通の少年だ。むしろ身体も小さい。女性であるアミーとさほど変わらない。普通の女性より大きいナセルよりも小さい。線も細い、特徴的な黒髪黒目を覗けばどこにでもいる少年だ。
それが、恐ろしい魔物の中に平然と立ち、魔物たちは少年に懐いている。そんな異常な光景に震えた。
「……何かみんなが騒いでいると思ったら、人間の方でしたか。これは珍しい」
「……君は、誰だ。僕はエルドラ……勇者だ。この森にいる仙人と言う奴に会いに来た……」
「エルドラ?……ああ、エルドラさんですか!!あはは、お久しぶりです。昔に一度お会いしましたね。マースです」
「マース……もしかして、騎士団の……」
「ええ、そのマースです。僕も昔のことであまりよく覚えてませんけど何となくあなたの事は覚えてますよ。すいません、タカさんは今いなくて、今は僕が代りを務めています。まあ、いつもの事だとそろそろ帰ってくると思うんですが」
「その……タカさんって言うのが仙人なのか?」
「はい、まあ碌な人じゃないですけどねwwただの遊び人です。今もそろそろうっとうしくなってきたから、ちょっと泣かせてくるとか言ってどこかに行っちゃいましたけど」
「いつ戻ってくるんだ?僕らはそいつに用がある。魔王を倒すためにそいつの力が必要なんだ」
「魔王?……ああ、いましたね。そんなの。いやあ懐かしいなあ。本当に僕は外に出てないんですっかり忘れてました」
「な……お前は人間なのに、魔王の事を忘れただと」
「ははは、僕は加護なんて持っていないので関係ないかなと思ってたら、忘れちゃいましたね」
「……そう言えばそうだったな、加護も持たない屑だったな。お前は」
「エルドラ!!!」
リリアは激高してエルドラに食って掛かろうとした。
「お前は黙ってろよ!!あいつを一番裏切ったのはお前だろうが!!何を今さら言ってんだ!!」
リリアはその一言で身体が凍り付いた。
「あー、エルドラさん?あまり女性にそんなこと言うのは……」
「ふん!!おい、マース!!こいつはリリアだ!!お前の大好きなリリアだ!!お前を裏切って俺と結婚したリリアだ!!だから俺の身内なんだ!!今さらお前にどうこう言われる筋合いはない!!」
「ひ……やあ……やめ……」
リリアはマースに見られるのを恐れ身体を丸くして顔を隠した。
「え?リリア?」
「見ないで……マース……ごめんなさい……いやああ……」
もし、リリアの今の心の支えであるマースとの思い出、優しかったマースの思い出を罵声で塗り替えられたら、もはやリリアは生きて行けなかった。
裏切り者、死ねばいい、良くまだ生きて俺の前に顔を出せたな……
そんな事を言われたら……
「ああ!!リリアかあ!!久しぶり!!元気にしてた?ははは、懐かしいなあ」
マースは拍子抜けするくらい明るく朗らかにリリアに接した。
「……え……マース……」
「そうだよ、マース、忘れちゃった?」
「ううん……忘れた事なんてない……マース……マース……会いたかった」
リリアはそのままマースに抱き着こうとした。それをエルドラが止めた。
「おい、リリア、お前は今誰の妻だ?僕の前で誰に抱き着こうとした?一度こっぴどく裏切った奴に、最愛の夫の前でなにをしようとした?」
リリアは泣きそうな顔でマースを見ていた。
「いやあ、リリア結婚したんだよね。思い出したよ。そうだそうだ、僕が此処に来る前にそう言う話しあったんだもんね。おめでとう」
「……え……」
リアは何を言われているのか解らなかった。罵倒でもない、怒りもない、本当に良かったと言う顔でマースはそう言っている。あんなに自分はマースの事を思っていたのに。
「まあ、もうすぐタカさんも帰ってくると思うので、家に案内しますよ。大丈夫、ここの仲間は僕が一緒だったら襲ってきませんから。本当に気のいい奴らですから」
「ふん、僕らが此処の奴らに負けるはずないだろう……ただ、余計な戦闘はしたくない・……」
エルドラはそう言うのが精いっぱいだった。リリアは顔を真っ青にしながらとぼとぼと歩き出した。
そこは、普通の家だった。森の中にできた広い広場の中に一軒だけの家だった。気で出来たありきたりの家、広さだけはある。家の傍には倉庫もあり鍛冶も出来るようになっていた。
無界の中に、普通の家おかしな光景だった。
「さあさあ、ここはあんまり使わないんですけどたまにタカさんが家で寝たいなって思って作った所なんです。広さだけはありますんで、ご自由に使ってください」
マースはニコニコとエルドラたちに言った。
「あ?あんまり使わない?」
「ええ、普段は僕らは森で寝てますから。たまに人間だったんだよなって思いだす時にしか使ってません。あ、大丈夫ですよ。掃除はしてますから。今お茶入れますね」
マースは馴れた手つきでお茶を入れ始めた。
「……随分手馴れているんだな……」
「あははは、前にタカさんがお茶にはまった事がありましてね、30年位入れ続けました。おかげでもう考えないで入れられます」
何を言っているのか解らなかった。30年?
「ああ、気になりましたか?えーとですね、ここの森はですね、時間が止まっているんですよ。ほら、僕の姿も昔とあまり変わってないでしょ?もう少し成長してくれても良かったんですけどね」
確かに、マースは昔の儘だった。いや、昔のまますぎた。変わっていなさ過ぎた。5年もたてば20歳を超えている。その割には幼すぎる。
まるで時間が止まっているみたいに。
「マース?じゃあ……あなた……ここに来てから……どれくらい……」
リリアはやっとそれだけ聞けた。
「うーん……多分だけど600年位かなあ……よく覚えてないけど……」
「馬鹿な!!そんなはずは!!だって僕がお前をここに追い出したのは5年前……」
「……エルドラ……今なんて言ったの……」
エルドラは自分のミスに気が付いた、リリアにはマースに当座の資金を与えて土地を用意し、手厚く送り出したと言ってあった。
それが追い出した上に、無界へ送り込んだ。それは死ねと言っているような物だ。
「ねえ、エルドラ……あなた今なんて言ったの……私にはマースは土地を与えられて、でも騎士団との責務で無界に自分から行ったっって。追い出したってどういうこと?しかも……ここに」
「……うるさい……」
「答えなさいよ、あなたがマースの身を保証するって言うから、私はあなたと結婚したのよ……ねえ、答えなさい。……答えろおおおお!!!」
「うるさい!!役立たずがぎゃあぎゃあ吠えるな!!昔の事なんか知るか!!あの時はそれが一番良かったんだ!!大体加護もない奴が生きていける程甘くないんだ!!だったらさっさと殺してやるのが慈悲ってもんだろうが!!」
「貴様ああああああ!!!!殺してやるわ!!あんたのせいでマースは!!!」
「ふん!!お前なんかにやられる訳ないだろうが!!僕は勇者の加護を持っているだぞ!!聖騎士ごときがかなうわけないだろう!!どうせ帰ったらお前ともお別れだ!!どっちの言う事を信じるかな?聖騎士の代りなんか都合がつく、お荷物のいう事なんか……」
「加護ってそんなに大事ですかねえ?」
マースはニコニコと笑いながらそう言った。
「加護って結局、当たりくじみたいなものですから。たまたまそうなったってだけなんでしょ?でも、本当に大切なのは人としての在り方だと思うんですよねえ」
「……はあ?お前何言ってんだ?」
「強くなるのに、加護ってそんなに大切じゃないと思うんですよ。例えば僕もタカさんも加護なんて持ってませんが、それでもここの森に棲んでいる仲間と同じくらいには強いですし、やり方次第でたいていの事は何とかなりますし」
「あああ?お前が強いだと?あの化けものたちよりもか?」
「まあ、まる子とかはまだ勝てないですけど、あ、後タカさんにはまだ一発も入れられません。ぼこぼこにされてます。ははは」
「マース、いいのよ、こいつは私が殺すわ。たとえ私が殺されても、こいつだけは」
「ああ、いいよリリア、エルドラさんのおかげで僕はここに来れたんだ。むしろ感謝してるくらいだよ。おかげでタカさんに会えた。それで強くなれた。でもタカさんはもっともっと先にいる。目標もできた。森の仲間たちもいる。おかげで僕は今幸せだよ」
「……マース」
「……てめえ、強くなっただと?加護は必要ないだと?勇者の前でよくそんなこと言えたな……面白い、そこまで言ったんだったら覚悟はできているんだよな?腕の一本は覚悟しろよ?」
「エルドラ!!」
「いいよいいよ、リリア。エルドラさん、僕の腕を落とせたら喜んでタカさんは協力してくれますよ。あの人そう言うの大好きだから。いつも言っているから。加護持ちごときが本物の人間に勝てるわけがないって」
「……殺してやるよ」
エルドラの顔は狂犬にしか見えなくなった。加護こそがエルドラの全てだった。それを真っ向から否定されたのだ。
家から出て、庭で二人は向き合った。得物は木剣、だが勇者の力で叩きつけたらただでは済まない。むしろ真剣よりも危険だった。リリアは代りに私がエルドラと立ち会うと言ったがマースは笑って断った。
そして、エルドラは構えた。本気で殺してやる。そう思った。そしてエルドラはマースと立ち会った……気がした。最初におもったのは違和感だった。
マースが消えていた。気配も、姿も見えなくなっていた。姿は解る。でも、そこに居るのに存在が解らなくなった。背景に消えて、存在という物が全く解らなくなった。
一瞬の混乱、そしてそれは殺し合いにおいて致命傷になる。
気が付いたら、マースの木剣はエルドラの首筋に当たっていた。怪我をさせないように触っただけだった。一度死んだ
「うわああああああああ!!!」
エルドラは叫んで思い切り剣を振りながらバックステップをした。マースはエルドラの動きが解っているかのように、エルドラについていき……
寸分たがわない所に木剣を当てていた。はたから見たらエルドラがマースを引っ張ったかのように見えただろう。首筋に木剣を当てたまま、そのまま後ろへ下がったように……二度死んだ
「きいいいいい!!」
エルドラは勇者の力を開放して本気で殺そうと木剣を振り上げた。振り上げた所をマースに押されてバランスを崩した。そのままの態勢で尻餅をついた。マースの木剣は同じところに置かれていた。三度死んだ。
地面を転がり必死に逃れた。そして身体を返してマースに向き合おうとして、首筋の後ろに木剣の先が当たった。四度死んだ。
前に転がり距離をとった。マースはエルドラが動き出す前に動き出した。激しいエルドラの動きとは違う、速さも力強さもエルドラとは比べ物にならない程遅い。だが、それを補って余りあるほどマースの動きは洗練されていた。
そして、エルドラが立ち上がると同時に、鼻先に木剣の先を触れさせた。五度死んだ
。
そのまま、数えきれない程死んだ。外から見るとマースがエルドラを操っているように見えた。マースの木剣の場所にエルドラがやってくるように見えた。幼児のお遊戯のように、決められた剣舞のように、必死なエルドラの表情と対照的にマースは無表情だった。
そう、空気のようにそこにあるのが当たり前のように、エルドラには死が訪れ続けていた。どこへ逃げても目の前、首筋、後頭部、脇腹、股間、目の前、即死するところに木剣がある。逃げ場などない、袋小路に入ったようにどこへ行っても死しかなかった。
そして、エルドラは狂った。
「アミー!!!!ナセルウウウウウ!!!攻撃だああああ!!本気でやれえええ!!」
その言葉は明確な敗北宣言だった。自分では勝てないと認めたも同じだ。この時点でエルドラは人類最強、勇者としての誇りを捨てた。
アミーもナセルもリリアも動けなかった。
あまりにも次元の違うマースの実力にあっけにとられていたのである。
エルドラは最強だ。一緒にいた自分達には良く解る。どんな魔獣も数合打ち込めば倒せる。大勢のオーガにも単騎で対処できる。そこに自分たちがはいればどんな場面でも勝ててきた。バルカスに負けるまで無敵だったのだ。その原動力はいつもエルドラだった。
そのエルドラが、何もできていない、反撃しようにも剣を振りかぶった瞬間に振りかぶった最高点を抑えられ、動けず、そのまま首筋にマースの剣が添えられる。
バックステップをして刺突を繰り出すと、ほんの数センチだけマースは動いてエルドラの剣の軌跡の横をマースの剣がなぞり、マースの剣だけがエルドラの心臓の位置に当てられる。
エルドラが横に回ろうとすると、磁石でもついているのかマースは上体を動かさず、足の捌きだけでゆうゆうとついていく。勇者としての強さ、はやさ、全てが無効かされ、いなされ、かわされ、エルドラの攻撃はそのままマースの攻撃となり、エルドラだけが死んでいった。
初めて出会った。自分が勝てない奴などいなかった。バルカスでさえメンバーのせいで負けたと思っていた。だが、今は一対一、何も言い訳できない。それに戦えば戦う程嫌でも伝わってくる……
ものが違う……
ご評価、ご感想是非お願いいたします!!なんだか書くモチベーションになります!!