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マナ・アースで理想郷をつくる  作者: 鈴ノ木 旭
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第1話

 時は20XX年、季節は夏に差し掛かった頃。


 その日の天気は晴れで、思わず庭先で日向ぼっこをしたくなるような、日差しがなんとも心地良い昼下がり。


 そこは北海道のA市にある神居古潭とよばれる地の山中だ。


 そこを、大きめなリュックや手提げバックを肩に担ぎながら、背丈ぐらいありそうな細長い棒を片手に、ただ、ひたすら山の奥地に向かって歩き続ける男がいた。


 彼の名は、鈴堂リンドウ 和希カズキ、年は40を超えたアラフォーの未だ独身にして現在無職。


 容姿はやや細身で黒縁の眼鏡をかけており、見た目は若干年齢と見合わない幼さがあるものの、地味な見た目からか誰からも真面目で詰まらなそうという印象をうけそうな、はっきりと言って幸薄気な男である。

 

 その彼は一人、木々深い道無き山道を黙々と歩きながら過去のとあること思い出していた。




 ――――――



 

 『お前なんかより田んぼの肥やしの方がよほど世の中の役に立つぞ。糞にも及ばねぇとか』


 『会社に必要とされないただのゴミ虫野郎はゴミ漁りがお似合だな?』


 『何の役にも立たないお前は、ただのう〇こ製造マシンじゃねーか。人間か? それ? ぎゃはは』


 

 これは自分に向けられた言葉ではなく、俺が働いているときに聞いた会社の同僚が、ある後輩達に向けて放たれていた言葉だ。 


 これらは、いや、これらだけではないのだが、人間は時に本当に酷い言葉を生み出し、人の心を悪気も無く、遠慮なく抉っていく。


 そして、ある種の人たちに限るのだろうが、それらを平気で吐き続ける。


 何度も何度も聞き飽きてしまうぐらい、ただの憂さ晴らしをするかのように、人を侮辱するにもほどがある言葉の数々を延々と吐き続ける。


 何故か俺自身がその言葉を掛けられたことは無く、何故か俺の部下だった後輩たちが散々それらを浴びせられ退社していくということが多々あった。 


 今で言う所のパワハラというやつなのだろうが、当時はまだ世間ではそれほど騒がれていなかったためか、とにかく毎日のように”対象”をいびる行為が俺の目に映っていた。


 その対象となった者は、俺の直の後輩だったからと庇うわけでは無いが、毎日いびられるほどの落ち度があったとはとても思えなかった。特段、細かな指導が必要だったり生意気な態度とっていたわけでもなかった。


 新人なのだから経験不足などから、少なからず落ち度というものはあるだろう。


 でも、それは誰しもが最初はそうであるはずで、毎日しつこく咎められるものではないはずだ。


 けれど、そいつは何かの嫌がらせなのか、そういう性格だからなのか、それともただの欲求不満の解消なのか、毎日毎日対象と決めたものを追い込んでいっていた。


 普通ならそういう事をする奴は周囲から嫌われて孤立するか、見かねた上司が何とかするのだろうが、俺の職場にいた上司や先輩方はそれに対して何もしなかった。


 知らない振りだ。


 それにもいくつか理由があったりする。


 もっともな理由は、権力あるものに立ち向かう度胸が無いため、自分の平和な日常を犠牲にしてまでそれを正そうなどと思えなかったのだと思われる。


 俺は当時、非常に頼りない上司や先輩達だと認識し、辟易していた。居る意味がないではないかと。


 そいつは取り入るのと、持て成すのがとても上手いのだ。


 力のある上司にゴマを擦っては気に入られ、持て成し上手だとわかれば接待で重宝されるようになる。


 要は、権力者に気に入られ、それを盾に好き放題しているのだ。自分が強くなったと勘違いして。


 俺はそういう類の者を、社会の中で最も厄介なクズ野郎だと思っている。


 ただ、自分が昇っていくためにその技を使うのなら良いと思う。それも一つの手段であり、否定するほどの事ではないので好きにすればいいと思う。


 けど、それを利用して他者を貶めるのはダメだろうと思う。


 いくら人の性格は千差万別と言っても、やはりこの類の人種は常識外れの糞野郎だと俺は認識している。


 あと、この手の人種を理解していて利用する上司も同様に思う。


 結局俺はそれに対して何もできないまま後輩に辞められ続け、空いた仕事を掛け持ちで持たされ、仕事漬けの日々を送るようになってしまっていた。


 何回か上司に現状を相談したこともあったが『わかった。何とか検討する』という言葉だけで何も変わらなかった。


 今思えば、俺も彼らから向けられた”それ”の標的だったのかもと思えてくる。


 結局、俺はそれに対して何も変えることが出来なかったし、俺自身も何もしなかった。頼りない上司と同様何も出来ず、立ち上がる勇気が持てなかった。



 最後の方の俺の生活サイクルはこうだ。


 朝6時に起きてすぐ出社、昼食も、今までは社食で摂っていたものが事務所で軽く摂るようになり、仕事も二人分なので夜遅くまで残業、毎日睡眠時間がゴリゴリ削られていき、最終的には一日の睡眠時間が2時間、それが1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月、半年、1年、2年と続き、気が付けば俺は病院のベットで寝ていた。


 こうなった原因は、過重労働による身体疲労と栄養失調による身体の衰弱と医者から告げられていた。


 そして、気が付いてからの診断でうつ病と告げられた。


 当時は何を言われてるのか理解できなかった。


 でも、医師の丁寧な説明で、こうなって当たり前の状況で仕事を続けていたのだとなんとなく理解出来た。


 その時誰だったか、付き添っていてくれてた誰かに「よくこんなになるまで何年も我慢したものだ」と感心されつつ、その会社に対して酷い嫌悪を抱いていたのを微かに覚えている。


 慰められたとも思うが、よくは覚えていない。包み込まれるような甘い匂いを感じていたので女性だったと思う。


 ただ、一言、『よく頑張った』という言葉だけが印象に残っている。


 それ以外のそのころの記憶は朧気にしか覚えていない。


 今思えば、あの女性は大恩ある俺のお師匠様だったのかもと思っている。


 それから3ヶ月入院し、ようやく自分の意志で動けるようになってから2年間、自宅療養で通院を続けた。


 この間、会社は休職していたのだが、今後も復帰できるとは思えず結局は退職した。


 ちなみに、会社に対して訴えを起こせばそれなりの額を要求することも出来る状況にあったが、何もしなかった。


 なぜかというと、戦う気力が無いため動くことが出来なかったからだ。この辺は、やられる側が一方的に不利な点だと俺は思う。


 親兄弟が居れば違ったかもしれないが、その時にはすでに両親とも居なかったし、親戚付き合いもほとんど無かったのだ。


 この点、俺は不幸だったかもしれない。


 ただ、会社に対して何かの意趣返しをしたとしても、きっと自分の壊れた何かは、きっと元には戻らなかったと思う。


 それに、やられた側なのに訴え出るのに決して少なくない費用が必要になる。長引けば長引くほど、たかが一市民にすぎない自分の少ない財産が削られていく……無駄な散財に思えてくる。


 お金が無くなり、気持ちもすり減り、疲れ切る未来しか見えない。


 結局その後、俺は何も出来ないまま、社会復帰も出来ないでいた。


 社会復帰出来ない理由は、人間社会が怖い、他人が怖いという感覚が頭から離れてくれない事と、働いていた会社で次々と辞めていく後輩を守ってあげられなかったという後悔? 責任感? みたいな思いが頭の中をぐるぐる回り続け、何も出来なかったことにより、自信を喪失してしまっていたからだ。


 すでに両親が他界していて、結婚もしていなかったため家族がいない。


 俺は人付き合いが苦手で、今では連絡を取り合うような相手も一人か二人いるか、その程度だ。


 自分から連絡をすることはまず無い。親戚付き合いもほぼ無い。彼女ももちろんいない。


 今の俺はほんと、ぼっちだ。そんな俺でも仲の良い人物はいるにはいる。


 人生の恩人ともいえる人物と唯一、俺を今でもお兄さんと呼んでくれる”元”妹だ。


 だが、その2人とも、もう何年も音信不通となっている。


 今でも仲が良いと言って良いのか自信が無くなってくる。


 そんなことから、今は両親が残してくれた自宅と多少の財産、15年働いて溜めた貯金と少ない退職金を元に、自宅に引き篭もるようになってしまっていた。



 ――――――  



 もっと違う人生は無かったものだろうか。


 俺は山道を歩きながらそれを思い出し、ただでさえ暗かった表情を更に暗くする。時折、右手で眼鏡の位置を直し、ため息を吐きながら山道を歩き続ける。


 なぜ神居古潭の奥地に行こうと決めたのか。


 それは一昨日の深夜、偶然窓から外を見たとき、一瞬の一筋の光が空に昇っていくのを見たからである。 


 何の前触れもなく下から上えと昇っていき、やがて細くなって消えるという、なんとも不思議な光だった。


 光を見た方向はたぶん神居古潭の方だ。


 方向的に山中だったと思うから神居古潭の山奥の方に何かあるのかも。


 何か気になる、何故か惹かれてしまう、見に行ってみたい。


 今までほとんど気力が湧かなかったのに何故かこの時は心が動いてしまった。


 幸いなのか今は何もやることが無い。

 

 もう、ただ生きていても楽しくも何にもない。


 何のために生きてるのかもわからない。

 

 人が滅多に入らないほどの山奥なら――


 何年もの間、心の中にあったそれを遂げるのに誰にも迷惑を掛けずに済むかもしれない。


 だから、何かが在っても無くても……そこを最後に。


 そこに何かが無かったとしても、行くことは無駄にはならないだろうと……


 それを無気力である自分の体を動かす理由の一つにした。

 


 実際、彼がその時見た”昇る光”は神居古潭の奥地だったのかどうかは確定したものではない。もしかしたら幻でも見たか、そう思い込んでるだけなのかもしれない。


 でも、行かない、という選択肢は浮かばなかった。


 神居古潭の奥地に何かがある。


 ただの予感めいたものでそう感じただけなのだが、彼は自分が感覚派の人間だと信じている。


 誰かに言えば間違いなく漫画やアニメの見過ぎだと馬鹿にされたのであろうが、自分のその時の感覚に、どうしてもいつもと違う何かを感じて、無気力のような精神状態でありながらも、自分の感覚を信じて行くことにしたのだ。


 ただし、悲壮な思いも胸に秘めて……


ここまでお読みいただきありがとうございます。


異世界に行く20話までは、毎日2話投稿できるように頑張ります。

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